15-8 ヘイゼル 丁寧になる
「要するに、何もする気はないと言いたいのかな?」
ヘイゼルはめずらしく弱気な声を受話器に向けていた。なぜかというと、電話の相手が父親のシュッティファント氏だからだ。エブニーザをこちらで保護できないかと頼んでいたのだが、
『何もできない、というのが正しい』父親の返答は厳しいものだった『シュタイナーに反抗するのはシュッティファントでも難しい。それに、人さらい云々は外国の問題だ。口出ししないほうがいい。いいか、あの国は闇の部分が相当に深いぞ。下手に恨まれると何をされるかわからん。管轄区は法が整備されていない。殺し屋を放たれる可能性だってあるんだ。イシュハとはわけが違う』
ヘイゼルは受話器を乱暴に壁に叩きつけた。ソファーにどかっと座り込み、しばらく考え込んでいたかと思うと、突然起き上がって部屋を出た。そして、寮の事務室の窓口に近づいた。窓口の職員は新聞を読んでいて、入ってきた客には気づいていないようだ。
「ちょっと相談があるんですけど」
「え?はい、なんですか……!」
窓口の職員が顔を上げ、ヘイゼルを見た途端、固まった。
「エブニーザのことなんですが」
「は、は、はい、どうかした?」
職員の声が震えていた。後ろにいたほかの職員も全員が驚いていた。
あのヘイゼル・シュッティファントが、丁寧な言葉で控えめにしゃべっている!
「なんか企んでるんじゃない?」
奥にいた職員が小声でつぶやいた。
「あいつは成績がいいから、次のタームからカレッジに行くことになってるんですが、まだ精神不安定で、一人で暮らすのはまだ無理だと思うので、この寮にとどめておけないでしょうか」
職員はしばらく、ポカーンと口を開けたまま黙っていたが、後ろの職員にペンで肩をつっつかれて、あわてて説明を開始した。
「残念だけど、それは無理なんですよ。ここはあくまで上級までの生徒が暮らすところでね。カレッジの寮は別にあるんだ。そこに入ってもらうか、自分で部屋を探してもらうしかない。ルームメイトを探してはどうかな?」
絶対に何か言い返してくるに違いない、と全職員が見守っていたのだが、
「わかりました」
ヘイゼルは、おとなしくそう返答すると、事務室から出て行ってしまった。
「おいおいおい」事務局長が席から立ち上がって窓口に近づいてきた「何だ今のは」
「今日、シュッティファント家で何かあったか?ニュースは?」
「別に、いつも通りどっかを買収したとかいうのだけですよ」
「ハリケーンでも上陸するんじゃないか?」
「いや、地震が来るぞ」
「缶詰を買い込んでおかないと」
「ミネラルウォータを大量に注文しろ」
「お前の家にシェルターあるだろ、うちの家族も入れてくれ」
「そんなスペースねえよ」
暇を持て余していた職員たちが、一斉に騒ぎだした。




