2-14 エレノア アンゲル カフェ
エレノアは朝に弱い。
目ざましが鳴ってもいつまでもいつまでもいつまでも起きないので、怒ったフランシスは、大量の目覚まし時計を用意し、エレノアの部屋を『時計だらけ』にした。
しかし、その大音響でさえ、エレノアをすぐに起こすのは不可能だった。
「起きろ!起きろってんだよ!このアマ!!クソ女!!聞こえてやがんのか!!」
結局、逆上したフランシス(身分が高いくせに口が悪すぎる!)がベッドに飛び込んでエレノアをなじりながらたたきのめし、やっと目覚めたエレノアは怒鳴り散らす『女王様』から逃げるように部屋を出てきたというわけだ。
帰り道、図書館のカフェにアンゲルの姿を発見。近寄っていくと、エレノアに気がついたアンゲルがあわてて手に持っていた雑誌をテーブルの下に隠そうとした。
「何を読んでるの?」
アンゲルがはずかしそうにエレノアに見せたのは、『イシュハのセレブ達』なんていう変なゴシップ雑誌だった。
「シュッティファントの事が知りたかったんだよ」アンゲルが言い訳のように言った「寮の連中がヘイゼルを妙に怖がってるって言うか……偉い人を取り巻いてるというのかな、とにかく変な態度なんだ」
「シュッティファントはこの国で一番の富豪で、イシュハの国債のほとんどを握ってるっていう話よ」
「国債?」
「昔ニュースで見たわ」
「あ、そう」
ニュースに出るほど有名なのか。管轄区ではそんな話聞いたこともなかったな……。
「シグノーは国で二番目の金持ち。シュッティファントは一番金持ち……フランシスがそう言ってたわ。それに、旅先で聞いた話だと、大企業が何か不祥事をして一時的に株価が下がると、そこを狙って買収を仕掛けるとか……あまり好かれていないみたい。どこに行っても悪口しか聞かなかったわ」
「そうなんだ。そういえばバイト先でも文句を言ってる奴がいたな。『欲しいまま奪い取る』とか何とか」
「それは言いすぎね」
エレノアが厳しい顔で、断言するような強い口調で言った。
「そう……そうだね」
ヘイゼルの悪口を言おうと思っていたアンゲルは、そこで口ごもってしまった。
エレノアはアンゲルの向かいの席に座り、フランシスが、朝起きられないエレノアのために目ざましを部屋中を埋め尽くすくらい買ったという話をした。
「そこまでするフランシスもずいぶんヒマ人だな。でも、そんなに起きられないなんて変だよ。夜更かししてない?」
「10時には寝てるわ」
「早いなあ……昔何かあったとか、悩み事があるとか、あ、薬飲んでない?睡眠薬とか抗うつ剤とか……」
「飲んでないわよ!」
「俺は何もなくても、6時に目が覚めるんだ」
エレノアは驚いた顔をした。
「管轄区じゃそれが普通なんだ」アンゲルがどこか寂しそうな顔で話し始めた「みんなそろって6時に起きて、揃って祈って食事して、学生も会社員も公務員も、全く同じ時間に家を出て、同じ時間に帰ってくる……つまんない国だよな」
「そんなことないわ」
「そういえば、ヘイゼルは俺より早く起きるんだよ」アンゲルが苦笑いした「ソファーで目覚めたら、新聞を読んでるオヤジみたいな男が最初に視界に映るんだ。気持ち悪いからやめろって言ったら、面白がって毎日やるようになっちゃった」
「本当?」
「本当。朝の6時前に電話してみるといいよ、絶対ヘイゼルが出るから」
「ヘイゼルが早起きって、イメージに合わないわ」
「だよなあ、夜遊びして昼寝てますって言われた方があいつには似合うよな……」
そういえば、ヘイゼルって夜遊びとかしないよな?金持ちなのに?
アンゲルがそんなことを考えていると、
「エレノア」
外国人風の、ギターケースを背負った男が現れた。
「忘れてた!音楽科のブースを予約していたの!」エレノアが立ち上がった「じゃあね」
「またね……」
エレノアは、ギター男と一緒に歩き出した。とても仲がよさそうだ。歩きながら何か喋って、お互いに笑いあっている。
……やっぱりエレノアはもてるんだなあ。当たり前だよな、あんなに美人なんだから。
アンゲルは二人の後ろ姿を見つめながら、一人意気消沈していた。




