14-4 ヘイゼル イシュハの学生に説教する
部屋の中からは、何人かの学生が『だから管轄区は遅れているんだ』『頭がおかしいんだ』『そのうちあなたも何かされるかもしれないですよ』という声が聞こえてきた。
こいつら!何も知らないで変なことばかり言いやがって!
アンゲルは強い怒りを感じた。しかし、
「へー」
「ほー」
「あっそ」
ヘイゼルはずっとこんな調子で、生返事だ。明らかに真面目に聞いていない。
「君たちは、統計学の単位をちゃんと取ったのかな?」
「えっ?」
「基本科目に入っているはずなのだが」
学生たちが黙り込むと、ヘイゼルはいつもの偉そうな口調で、長々と説明し始めた。
「この50年で、事件を起こした管轄区の留学生は、たった一人なのだぞ?たったの一人だ!50年で!すばらしいことじゃないか。アケパリやノレーシュの留学生は、毎年何十人も麻薬の密売だの傷害だの、著作権侵害だので捕まっているじゃないか!華麗なるイシュハの学生なんて、年に十人以上の殺人者を輩出しているのだぞ!(痴漢と性犯罪者に至っては、全世界NO.1の輩出率ですしな!)君たちは学校で何を勉強しているのかな?それくらいの計算もできんのか?それとも、君たちはこの学校から、生徒を全員叩きだしたいのかな?(レベルの高い学校ですからな!馬鹿なイシュハ人より外国人のほうが人数は多いのだぞ!)だいいち、君たちは、シグノーのご令嬢の所に行って『イシュハとドゥロソは紛争中だから、ドゥロソ系のルームメイトは追い出せ』なんて言えるかね?そんなに顔面ストレートを食らって再起不能になりたい?ほほう、変わった趣味をお持ちだね!それなら別に止めはしないがね……それに、管轄区人ほど一緒にいて安全な人種はないのだぞ。なんせ朝から晩まで女神様イライザ様しか頭にない、酒もたばこも麻薬も興味がないクソ真面目な連中ですからな。(話は全く面白くないがね!)むしろ今のこの状況のほうが俺には怖いね!イシュハの愛国過激派ほど身勝手で怖い連中はいないからな!」
そして『帰れ帰れ、シッシッ』という、野良犬でも追い払うような声が聞こえたかと思うと、ドアが開き、イシュハ人学生がぞろぞろと部屋から出てきた。
アンゲルがヘイゼルにお礼を言おうと中に入ると、ヘイゼルは、どう見ても管轄区から来たとしか思えない、質の悪そうなダンボールをあさっていた。
「おおエンジェル氏」ヘイゼルが何の気もなさそうな声を上げた「シュッティファントの管財人がクレハータウンに行ったのだが、レノウス婦人が銀行の窓口で怒鳴り散らしているのを発見してね」
「怒鳴ってた?ほんと?母さんが?」
アンゲルは耳を疑った。母親が怒鳴っているところなんて見たことがないからだ。
「どうも、封鎖の事を知らなかったらしい。あっちの情報操作は完璧だな。何も知らないで生活していたのさ。それで、荷物をあずかってきたのだが……」
ヘイゼルが、箱から封筒を取り出して、勝手に封を切った。
アンゲルは手紙をひったくろうとしたが、ヘイゼルは飛びのいて、また中身を読み始めた。
「『アンゲルへ。国境が封鎖されているなんて知りませんでした。元気ですか?そちらでは問題ないのですか?銀行から送金ができないので、とりあえずシュッティファントの人に箱を預けましたが、ちゃんと届いてますか?うちはまたお父さんが川から変なものを拾ってきて……』」
「人の手紙を勝手に読むなああああ!」
アンゲルは追いかけるが、ヘイゼルはかまわずに、部屋中を飛び回りながら手紙を読み続けた。
「『そういえば、この前またミレアちゃんに会いました』おおお、またミレアちゃんですなエンジェル氏!」
「うるさい!」
アンゲルは、ヘイゼルを追いかけて飛びまわっているうちに気がついた。
……わざとやってるな!
気がついたものの、どうしていいかわからなくなり、結局ヘイゼルに付き合って、1時間ほど部屋中を駆け回った。何を悩んでいたか、そのうち忘れてしまった。エブニーザが図書館から帰って来た時には、疲れ果ててソファーでぐっすり眠ってしまい、ヘイゼルに礼を言おうとしていたことも、すっかり忘れてしまった。




