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アンゲルとエレノア  作者: 水島素良
第十一章 里帰り

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11-4 エレノア フランシスの母と会う

 レストランというより、お城のようだわ……。

 エレノアは、初めて見る『ポートタウンで一番高いレストラン』を見回して、うっとりしていた。

 ここは会員制で、一定の地位がある人間でなければ、店内に入ることすらできない。

 エレノアは、今回『シグノーの招待』で入ることを許可されたわけだ。

 白い壁、高い天井……天使の絵が空いっぱいに広がってるわ!前に見た管轄区の大聖堂のようね!王室のパーティのようなドレスを着た女性客に、上品なタキシードに身を包んだ男性……ウェイターもウェイトレスもものすごく綺麗。

 ひとしきりうきうきとした後で、エレノアは自分の服を点検した。

 今着ているスーツに決まるまで、フランシスが大騒ぎして大変だったのだ。

『とにかくガレットの靴と、名のついたブランドのスーツじゃないとダメ!』

 と、わざわざ特注で作らせたのだ。もちろん、エレノアをセカンドヴィラまで拉致して。

 どうしてそこまでする必要があるのかしら……。

 とエレノアは思っていたのだが、フランシスの形相があまりにも怖いので(呪いのかかった魔女のようだった!)黙って言う事を聞くことにしたのだった。

 案内された席に座っていると、すぐに、美しい、でも、かなりきつそうな目つきの(フランシスにそっくりだ!)女性が現れた。フランシスが言っていた通り、ガレットの靴に、ハイブランドのスーツを着ていた。美しい金色の髪は、きついウェーブを描いて、胸元でくるくると回っていて、おそらくダイヤモンドであろうピアスがその上で光っていた。でも顔色はあまり良くない。機嫌も悪そうだ。

「あなたがエレノア?」

 近づいてきた女性は、金属をこすりつけるようなきつい声を発した。

「はじめまして。お会いできて光栄ですわ」

 エレノアはできるだけにこやかにあいさつをした。女性……シグノー婦人は、やはり、ちょっと見下すようにエレノアを睨むと、無言で席に着いた。そして、ウェイターにワインをボトルで持ってくるようにと『言いつけた』(としか言いようがないほどきつい口調だった!)

「あの気違い娘に耐えられるルームメイトが何者か知りたかったのよ」婦人が早口でしゃべり始めた「きっと金目当てに近づいて来たに違いないと思ったけど、どうもあなたはそうじゃなさそうだし、いつも人の悪口ばかりのあの子が、あなたの悪口だけは一言も言わない。これはどういうことなのかしら?」

「さあ……私もフランシスの悪口は言わないですから」

「うそをおっしゃい!」

 婦人がきつい声で叫んだので、エレノアは驚いて軽く肩をのけぞらせた。

「あんな気違いと暮らして、悪口を言わないなんてありえないわ」

「お言葉ですが、フランシスは気違いじゃありません」

「またそんなおべっかを使うのね」婦人の顔に浮かんでいたのは嘲笑だった「私はあの子の母親ですよ?『あれ』がどんなにおそろしい子かよく知ってるわ」

 エレノアは婦人の言葉のひどさに絶句した。怒りすら湧いてきた。

 自分の子供に向かってそんなことを?なぜ言える?

「確かに、ときどき、フランシスは怖いですけど……気違いでもないしおそろしい子でもありません。気が強いだけです」

「ところであなた、何を専攻しているの?」

「音楽科です」エレノアは急に誇らしげな気持ちになった「オペラハウスの試験を受けるんです。この間、オペラハウスから正式に受けろと言われました」

 エレノアは、少々自慢するつもりで言ったのだが、

「オペラなんかやめるのね」

 目の前の『貴婦人』は、そう冷たく言い放つと、ワインを一気に飲み干した。

「早く目を覚まして、いい相手を見つけなさい。あなたは見た目が美しいから、若いうちに良家の長男を紹介してあげます」

 言われたことが理解できず、フォークを持ったまま止まっているエレノアには構わず、目の前の貴婦人……フランシスの母、シグノー婦人は、ウェイターに新たなワインボトルを持ってくるように言いつけていた。

これでもう3本目だ。親子そろってアルコールが大好きらしい。

「あのう」エレノアが、控えめに疑問を発した「私は、小さいころからずっと、オペラハウスに入るのが夢で、それが今かなうかもしれないという所まで来ているんです」

「なにを言ってるの」冗談でしょ?とでも言いたげな口調だ「今は若くてお綺麗だからいいけどね、年を取ってごらんなさいよ。だれもあなたのことなんかかまわなくなるわよ。オペラ歌手だって、若いのがあとからいくらでも出てくるでしょう?」

「でも、年を取った方が歌に心がこもるからって、往年の歌手なんかも言ってて……」

「オホホホホホホ!」

 心から軽蔑しているような甲高い笑いが響いた。怖くなったエレノアはこころもち後ろに身を引いた。できればそのまま椅子から飛び上がって店から出たかった。

「そんなのは、老いぼれた自分をなぐさめるために言ってるだけですよ!」

 心から楽しそうにそう言うと、シグノー婦人はエレノアを追いつめるように身を乗り出してきて、何かを企んでいる顔でこうささやいた。

「あなたくらいの美貌があれば、貴族の一人や二人はすぐに見つかるわ。それで一生楽ができるじゃないの。古臭い歌を歌って甲高い声を上げる必要なんてなくなるわ」

 エレノアはショックのあまりなにも言えなくなってしまった

 同時に、いらついて物を投げたくなるフランシスの気持ちを、初めて、心から理解した。

 自分の親がこんなのじゃなくてよかった!

 エレノアがそんなことを考えている間に、婦人は、一方的に、今度はシュッティファントの悪口を言い始めた。格式がないくせに金にものを言わせているとか、シグノーのほうが格式があって歴史的には重要な家柄だとか、要するに妬んでいるとしか思えない内容だった。不機嫌そうな様子なのにしゃべるのは好きらしい。ものすごい早口でたたきつけるように話し続けるのだ。悪口ばかりを。

「あなた、ヘイゼル・シュッティファントだけはやめておきなさい」

 婦人がそんなことを言い出したので、エレノアは『もう帰っていいですか』と口に出しそうになった。

でももちろん言い出せず、そのあと、何時間も、いろいろな貴族の悪口と『嫁ぐならこの家がいいわ』という、どう考えても使えない情報を聞かされる羽目になった。



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