9-18 寝室のドアの前
夜中。エレノアの寝室のドア。
ケンタとエブニーザが、ドアをふさぐように座りこんでいた。
実はエレノアも起きていて、中で二人の話を聞いている。
「で、俺はほんとにすげえギタリストになるんだな?」
「間違いないですよ。見えますから。イシュハ中のギター少年が、ケンタと同じギターを欲しがるんです」
「真似されるのは好きじゃねえし、ギターが良ければいいってもんでもないけど、まあ、悪い気はしねえな」
ケンタはエブニーザの『未来が見える』という話を普通に、ジョークだと思って聞き流しているようだ。
「エレノアじゃなかったら、むしろ大歓迎なんだけどなあ」ケンタが、背中のドアを親指で指した「美女が二人、からんでいちゃいちゃしてるのを見られんだから、最高だぜ?」
「やめてください」
エブニーザが露骨に嫌な顔をした。
「わかってるよ。ああ、俺たちは何をやってるんだろうな」
「ケンタもエレノアが好きなんですか?」
「そうだよ」
ケンタは迷わずに即答した。中でエレノアが身震いしたのを知らずに。
「でも、俺は自分が圏外だって知ってるよ……俺はギターと結婚するさ」
「ギターと結婚?」エブニーザが真面目に驚きの声を上げた「そういう手続きが、アケパリにはあるんですか?」
ケンタは驚き、背中を丸めてうずくまると、声を殺して笑い始めた。
「どうして笑うんですか?」
「おまえ、面白え」
ケンタがアケパリ語で呟きながら、低くうなるような笑い声を洩らした。
結局、二人が心配したこと(クーがエレノアの寝室に入ること)は起きなかった。
「久しぶりに徹夜した。眠い」
「ケンタ」
朝、あくびしながら部屋に戻ろうとするケンタにエブニーザが声をかけた。ケンタがふり返ると、エブニーザはどこかさびしそうな顔をしていた。
「アンゲルは長生きしないよ」
ケンタはそれを聞いて、無言で眉をひそめた。エブニーザはさらに続けた。
「僕もそんなには生きられない。だから、その時にもまだエレノアが好きだったら、エレノアを守って」
エブニーザが敬語を使わないのは珍しいことで、それだけ内容が深刻だということなのだが、ケンタはそんなことは知らずに、
「覚えとくよ」
とだけ答えて、歩き出した。
エレノアは部屋の中で、ドアの前に呆然と立ちつくしていた。
……今のは一体どういう意味?




