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アンゲルとエレノア  作者: 水島素良
第九章

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9-5 エレノア 音楽科

 エレノアはブースで、アンゲルにもらった楽譜を広げて、歌った。

 小さいころに少し聞いたきりで、ほとんど忘れていたのだが、歌っているうちに記憶がよみがえってきた。

 これ、すごくいい曲ばかりなのに。どうして絶版になってるの?

 私が偉くなったら、『フラネシア』をもう一回上演するわ!

 そんなことを考えて、舞台衣装や演出をどうしようか空想し、うきうきし始めたが、すぐに『声がおかしい』と言われたことを思い出し、また落ち込んでしまった。

 今日のレッスンで、自分の声をテープにとって聞いてみたのだが、それが、自分の声とは思えない、妙な、気味の悪い声だった。

 ブースで歌っているときは、そんな風には聞こえないのに。

 自分が認識している声と、実際にテープで聞いた『他の人が聞いているであろう声』のギャップに、エレノアは驚いていた。

 小さいころから旅芸人として歌ってきたのに、自分の声を、こういう形で聴いたことがなかった。

 ……自分ではプロのつもりでいたけど、もしかしたら、全然ダメなのかもしれない。

 エレノアは焦っていた。今のままではいけない。練習するしかない。

 でも、元の声に戻るんだろうか?そもそも、元の声って何?

 どんな声ならいいのか?

 ロック?

 声楽の声?

 それとももっと別の?

 悩みながらブースを出ると、ケンタが入口でエレノアを待っていた。

 エレノアが誕生会のことを面白おかしく話すと、

「誕生日だったのか、もっと早く言ってくれればなぁ」

 ケンタがしみじみとそう言ったので、エレノアは慌てた。

「前にピックをもらったわ!別にいいのよ!誕生日の話なんてするべきじゃなかったわ。物欲しげに聞こえるわよね」

「その発想はアケパリ的だな。こっちのやつらはみんな言いふらして回るだろ」

 二人で笑った。

「それにしても、アンゲルは本気だな。エレノアが何を求めているかちゃんと分析してるんだ。心理学は怖いな」

 ケンタが笑う。エレノアは、

「そうね」

 と困った顔をした。

 単なる心理学なんだろうか、それとも、本当に自分を思って、なのだろうか?

 エレノアはずっと考えているが、当然答えは出てこない。

「最近、例の奴、つけてこないな」

「たぶんヘイゼルにからかわれたんじゃない?」

「それはぁ気の毒にぃ」

 ケンタが老人のような、変にしわがれた声を出した。

「全然気の毒に聞こえないけど?」

「じゃあアケパリ語で言いなおそう。『自業自得』」

 ケンタがニヤケ顔でそう言うと、エレノアは声を上げて笑った。



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