9-4 アンゲル ヘイゼル 男子寮の部屋
パーティが終わった後、ヘイゼルがアンゲルに、グーファー・レコンタの本を『やるよ』と言って差し出した。
アンゲル自身もヘイゼルに借りようと思っていた本だが、向こうから『読め』と差し出されるとなぜか不愉快だ。
「教会っ子は純粋だからこういうのはお嫌いだろうな。でもな、自分に合わない思想でも知っておくべきだ。イシュハのほとんどの人間はこういう発想で生きて、行動しているってことを知っておいた方がいい。お前がそれに賛成するかどうかは別の問題だ」
「不気味だな、なんで俺に本なんかプレゼントするんだよ」
「エレノアに楽譜買って、悲しきアルバイトで貯めた小銭が消えたろ?」
「……ダイレクトに指摘されると痛々しいね」
「それに、お前、イシュハに移住するだろ?」
「は?」
「もう教会に睨まれてる。襲われただろ?戻れないだろ?」
ヘイゼルの目つきは同年代の学生のものではなく、権力者『シュッティファント』の、脅すような目だった。
「覚悟しておけ。タフサみたいにな」
「ちょっと待て、俺はそんなつもりは……」
アンゲルの言葉を聞かず、ヘイゼルは部屋を出て行った。
アンゲルは本を見つめながら『なんか変だなあ……』と思ったが『自分に合わない思想でも知っておくべきだ』には賛成だった。
言ってることは正しいんだけど、あいつに言われるとむかつくな。
そう思いながら、もらった本をめくってみたのだが、
「富は求める人間のところに集まる……本当にそうだったら苦労しねえよ」
いちいち皮肉を突っ込みたくなる内容ばかり並んでいた。
すぐに投げ出して、ぼーっと考える。
イシュハに移住する?そんなこと考えたこともなかった……大学で資格を取ってからのことは、何も考えていなかった。
確かに、管轄区では心理学の資格を持っていても仕事はない……仕事どころか、また教会から言いがかりをつけられるかもしれない……どうすればいいんだろう?




