2-1 アンゲル ヘイゼル 男子寮の部屋
寮に来た次の日の朝。
アンゲルは授業選択の書類を読んでいるうちに、
『心理学と医学を希望する生徒のみ、大学に入る2年前に各教科の専門教育を受けること』
と書いてあることに気がついた。
大学の二年前、つまり、上級の2年から心理学ができるってことだな!
アンゲルの胸が高鳴った。基本教育なんて早く飛ばしてしまいたかった。
「ほんとに心理学やるのか?」
ヘイゼルがソファーの後ろから書類を覗きこんできた。表情が険しい。
アンゲルは驚いて飛びのいた。
「おい!ここは俺の部屋だろ!人が読んでいるものを覗くな!」
「ここを通らないと外に出れないんだからしょうがないだろう」ヘイゼルが呆れた顔をした「教会っ子のくせに朝祈らないのか?」
「うるさい」
管轄区の人間(敬虔なるイライザ教徒たち)は朝起きたら祈る。朝食の前にも祈る。昼食も夕食も。そして寝る前にも祈る。女神イライザに感謝するために。
しかし、アンゲルは女神を信じていないので、ずっと祈るふりをして、家族が目を閉じてぶつぶつ言っている最中も、別なことを考えていた。
ここイシュハに来てしまったら、もちろん祈りなんてしない。
そんな習慣はすっかり忘れたつもりでいたのに、ヘイゼルのせいで思い出してしまった。
「学年は?」
むっとした顔のアンゲルを無視して、ヘイゼルが眠そうな顔で質問してきた。
「今日の試験で決まるんだよ。お前は?」
「去年の続きだから……上級の2だ」
「いいなあ」その学年なら心理学に入れるな、とアンゲルは思った「エブニーザも今日試験だろ?」
「そうなのだが……」ヘイゼルがテーブルの周りをうろつき始めた「頭は最高にいいのだが……」
「だが、何だよ?」
「部屋から出てこない」
「えっ?」
「人前に出るのが怖いらしい。朝食も食ってない。あと5分待って出てこなかったら引きずり出してくれ」
「なんで俺が?」
「同じ会場に行くんだろ?」
「おいおいおい、俺はエブニーザにどう対応すればいいか全く知らないんだぞ」アンゲルが立ちあがって抗議した「特殊な事情があるんだろ?カウンセラーを呼べよ」
「心理学やるんだろ?俺はあいつらが嫌いなんだ!」
「お前の好き嫌いの問題じゃないだろうが!」
二人が言い争っている時、電話が鳴った。アンゲルは、このときまで部屋に電話があることに気がつかなかった。
「誰だ?……ああ、大丈夫ですよ。アンゲルが連れて行きますから、はいはい」
「おい!勝手に人を使うなよ!なんの話……」
「じゃーあとで~」
文句を言うアンゲルを無視して、ヘイゼルは愛想よく電話を切った。
「カウンセラー連中が試験会場でお待ちだ。引きずり出そう」
「はあ?」
呆れているアンゲルを無視して、ヘイゼルがエブニーザの部屋のドアを乱暴に蹴り始めた。




