7-10 歓迎パーティー
歓迎パーティ。
エレノアの父ミゲル・フィリには、特別な才能がある。
『娘に気がある男を一瞬で見抜く』のだ!!
この日も、アンゲルがエレノアを見る目つきから、
『娘に気がある!!』
とすぐにわかり、(エブニーザについては『心配いらない』こともすぐに気がついた)酔ったふりをしてアンゲルに絡んできた。
「お前は本を読むのか」
「え?」いきなりからまれて驚き、アンゲルの声が引きつった「ああ、読みますけど……」
「小説は読むか?」
「えーと、読まないですね、学校では心理学とか医学が専攻なので……」
「最近の小説は何でもあからさまに描きすぎる」アンゲルの言葉が聞こえていないかのように、ミゲルは勝手に話し続けた「なあ、セックスとか恋愛っていうのは、ひどく個人的でデリケートな問題じゃないのかね?なのに、最近は簡単に、だれとやったとか、誰を妊娠させたとか書きやがる。自慢するようなことか?己の低俗さをひけらかしているだけさ。もっとウィットに富んだ話題や、上品で美しい表現があるだろう?本当に腕のいい作家ならね」
苦手な話題に青ざめているアンゲルに向かって、ミゲルはさらにこう言った。
「君はどうなのかね?女と寝たことはあるのか?まさかどっかのお嬢さんを妊娠させたりしてないだろうな?ん?」
……このオヤジ、俺の苦手な話題をわざとふってるんじゃないか?
管轄区では、こういう話題自体がタブーなのだ。前にも説明したが、女性の裸を想像しただけで『罪』で、人によっては延々と懺悔するほどなのだ。
ミゲルが卑猥な話を(もちろん、わざと)している間、アンゲルはずっとイライラしていたが、もちろん顔には出さない……つもりだったが、目元と口元が引きつってピクピク震えていたので、それに気づいたヘイゼルが、ニヤニヤと笑いつつも、
「教会っ子にそういう話題はだめですよ」
と忠告した。そして、フランシスに近づこうとしたが、フランシスは彼を避けるようにクーのほうに歩いて行き、ワイングラスを手に取った。
「ご令嬢は機嫌が悪いのかな?」
「別に何でもないわよ」
ヘイゼルに背を向けたまま、フランシスがつぶやいた。ヘイゼルは珍しく何も言わず、ニヤニヤしながらその場を離れて行った。
……変ね、いつもならここで言い合いが始まるのに。
「今日は物を投げないの?」
クーが素朴な疑問を口に出すと、フランシスが無言で鋭い視線を向けてきた。
そのころ、エレノアの母ヤエコはというと、エブニーザの肩にがっちりと腕を回して、逃がさないようにつかまえて、
「かわいい子だねえ。こういう子はめったにいないわよ。うちのエレノアがいやなら私なんてどう?」
……要するに、遊んでいた。
彼女から見てもエブニーザは『天使のように可愛い美少年』なのだ。
しかし、エブニーザは、真っ青な顔でひきつった作り笑いを浮かべながら
……どうやって脱走しよう?
しか考えられなかった。
あまりにも気まますぎる両親に、エレノアは頭を抱えていた。
クーが傍に寄ってきて、愛しげな眼をしながら、
「おもしろいご両親ね。見てると笑えるわ」
と、おもしろがって言った。
エレノアは、走って寮に逃げ帰りたいと思い始めた。
「あんたの親は面白くていいわね」
フランシスはうらやましさを隠さずに、気ままな両親を見つめていた。
「ヘイゼルはどこ?」
「ヘイゼルなんてどうでもいいでしょ」
「そうだけど……」
エレノアは『何か変……』と思ってあたりを見回したのだが、ヘイゼルの姿が会場になかった。
そうだ、アンゲル、電話してって言ったのに!!
エレノアがそんなことを思い出して会場を見渡したが、アンゲルと父ミゲルの姿も見えない。
母ヤエコに近づくと、エブニーザが飛びあがるように走りだし、外へ逃げて行った。
「あらやだ。うぶなんだからもう……」
逃げたエブニーザの方を見ながら、ヤエコが残念そうな顔をした。
「お父さんはどこ?」
「ああ、なんか、あんたに気のある少年を連れてどっかに行ったよ」
「えっ?」
「かわいそうに、一晩中飲まされるよ。そんで、変な話を吹きこまれて、あんたに近づかなくなるんだ……それとも、持ちこたえるかねえ」
ヤエコはそうつぶやくと、にやにやしながら、アケパリ語で、
「で、あんたはどの子が本命なの?」
とささやいた。
エレノアがぎょっとした顔をすると、ヤエコはさらに楽しそうに、アケパリ語でエレノアに耳打ちした。
「白い目の美少年?管轄区の真面目な子?それとも、レズビアンのお姫様?」
「えっ?」
「アケパリのワイドショーで言ってたよ。ノレーシュの姫君はレズだって」
「そんな話をここでしないでよ!」
「私は自由な人間だから、どれを選んでもあんたの味方。ささ、白状しなさい」
「どれでもないってば!!」
エレノアはそう叫ぶと、いつまでもニヤニヤしている母から離れた。
お父さんも、きっと何かを疑っているんだろうな……。
だからアンゲルを連れて行ったんだわ!
違うのに。私は……。
私は?
私、誰が好きなの?
誰かが好きなの?
何でもないの?
いや、アルターに来たのは歌を歌うためのはず……。




