1-13 エレノア フランシス 女子寮の部屋
「フェスティバル?」
「女神アニタ降臨祭。まあ、ようするにバカ騒ぎよ」
食事は一通り片づいて、フランシスが『もういらない』と言い張っているエレノアのグラスにむりやりワイン(本当は未成年だから飲んではいけないのだが、フランシスはそんなこと気にもしない!)を注ぎながらにやりと笑った。
「音楽をやってる連中が何人か歌うんだけど、最後に歌うメインの歌姫が決まってなかったの。毎年一人選出するのよ。私が決めるの。あんたがやって」
「ほんとに?」
エレノアはわくわくしていた。学校での初舞台だ!
でも、どうしてフランシスが決めるんだろう?他の生徒の意見は?
「フェスティバルっていつなの?」
エレノアは疑問に思ったことはあえて口に出さず、どうでもいい質問をした。
「9月に決まってるでしょ。降臨祭なんだから」
神話では、9月の最後の日に、女神アニタが歌うたいの声に惹かれて、地上に遊びに来た(彼女はめったに自分の世界から降りてこない)ことになっている。
「あ、あなたそういえばイシュハ人じゃないものね」
「国籍はイシュハよ」
「へえ」フランシスがどうでもよさそうな顔でエレノアを見た「一つ忠告していい?」
「何?」
フランシスが鋭い目で、試すようにエレノアの目を覗きこんだ。さきほどの、獲物を睨む目つきだ。敵か味方か、生かすか殺すか、見定めている目だ。
エレノアは軽い恐怖を感じた。
「シュッティファントとは関わらないで」
フランシスが低い声でささやいた。
「シュッティファント?例のお金持ち?この学校にいるの?」
「ヘイゼル・シュッティファントよ!」フランシスは急に荒い息使いで叫び始めた「悪魔よ!史上最悪の男よ。人につきまとって余計なことばかりべらべらとしゃべりまくるのよ。しかも嫌がらせまでしてくるわ。人が飲むワインに虫を混ぜたりね!」
「ほんと?」
「私は気がついたから飲まなかったけど。何人か犠牲者が出たわ。それに、舞台で歌ってた人に向かって『何だその下手くそな歌は!俺の方がうまいぞ!』って言いながら突進していって、マイクを奪って自分が歌い出したの。去年のフェスティバルの話よ」
「ひどいわね」
エレノアはそう言ったが、実は、『歌手のマイクを奪う客』というのは世界中どこにでもいるので、大した問題だとは思わなかった。歌い手の上手い下手は関係なく、酔っぱらった客が突進してきたり、妬み深い人々がじゃまをしに割って入ってきたり、警察を呼ばれたり……そんなことはよくあることなのだ。そんなことにいちいち怯えていては旅芸人など勤まらないと、父ミゲルがよく笑っていたものだ。
「停学になって、管轄区のシュタイナーのところに送られたって聞いてたのに、戻ってきちゃったのよ!変な精神病の男を連れてね!さっきうちの使用人が連絡してきたわ。冗談じゃないわよ!」
フランシスがつりあがった目をさらにひきつらせてわめきたてたかと思うと、ワイングラスを乱暴につかんで一気に飲み干した。そして、驚きで目を丸くしているエレノアに向かって、
「気をつけなさい。あいつはパーティーをぶち壊すのが趣味なの。絶対今年のフェスティバルもめちゃめちゃにするわよ」
と言った。
「大丈夫よ、少なくとも、歌はけなされるほど下手じゃないし……」
そう言いながらも、エレノアは心配になってきた。
イシュハのお金持ち、という種族には、旅先で何人も会っているが、確かにあまり質の良い客ではない。金払いはいいが、あきらかに見下した態度をするか、人をパーティー会場のインテリアや音響機器扱いして、ただ何時間も延々と曲芸や歌を続けることだけを要求してくるか、後片付けを押しつけられるか……。
しかも、シュッティファント……イシュハ一の大富豪。
その息子?わがままそうだわ……。
「ま、いいわ、あんなバカのことは」
フランシスは新しいボトルを開け、エレノアと自分の両方のグラスになみなみとワインを注いだ。
「もう飲めないってば……」
エレノアは明日、新入生のための試験を受けることになっていたので、これ以上飲みたくなかったのだが、フランシスはそんなことを気にする様子は全くない。
「いいからいいから」フランシスは急に、はしゃいだ子供のような顔で笑った「アルターへようこそ、エレノア」
フランシスがグラスを掲げた、エレノアは控えめに、そうっと、自分のグラスをフランシスのグラスに当てた。
古い、使いならされた楽器のような澄んだ音が、キャンドルに照らされた部屋に響いた。




