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冬生 -トウマ-  作者: 梨屋細肢
2/3

1.1 負けて



冬生(トウマ)が振りかぶったそれ(・・)に刃はない。鞘を纏ったままなのだ。

観客にとって冬生(トウマ)の戦法は意外だったらしく、思わぬブーイングを生むことになった。闘技場には野次が飛び交い、冬生(トウマ)への口汚い罵声が絶えない。

一方で、冬生(トウマ)と相対する少女の息はとっくに切れ、肩を揺らして呼吸していた。

腰を低く落とし、小さな左手を冬生に向けて突き出している。


「お覚悟!」


闡枷(せんか)”には(つば)がない。ちょうど鞘と柄が合わさる部分を握りこみ、少女、皇明(コウ メイ)を迎え撃つ。

中華風の衣服を纏う(メイ)の右手に針が仕込まれていることは試合前の決まりで確認済みだ。

冬生(トウマ)(メイ)の手の動きに合わせて構えをなおし、受ける瞬間に“闡枷(せんか)”を手前に引く。掌が“闡枷(せんか)”を突く。しかしほとんど触れた感触を残さないままに、冬生(トウマ)は五メートルほど後方へ移動していた。


(メイ)は焦っていた。もう何度もこうして攻撃をやり過ごされている。

勝機の見えない状態が続き、体力の限界も見え始めた。

けれど(メイ)は負けられない。伊達や酔狂で、ここには立っていないと自身を奮い立たせる。

フードを被り、顔も見せないような輩に倒されてなるものか、と胸の内が荒れ狂う。


「何故逃げるのです!」


必死と顔に書いた(メイ)の叫び声にも冬生(トウマ)は微動だにしない。反応したのはフードの肩で体を丸めている梟だった。


「いやあな、大したもんだと思ってよ」

「何がですか」

「そういうところだよ」

「ワケがわかりません…!」


再び明が踏み込み、冬生(トウマ)に迫る。


“スカイダム”アジア予選第二試合が開幕し、約三十分が経過していた。





「今度の相手、娘だったぜ。お前より頭一個半は小せえガキンチョだ」


黒羽(コウ)はばさりと羽を閉じて冬生(トウマ)の所へ戻ってくるなり、そんな報告を始めた。試合開始まで十分もないというのに、暢気なもんだと冬生(トウマ)は隠さず漏らす。

“スカイダム”出場選手に与えられる控室は無駄に広く、開放的な造りをしている。牢屋の鉄柵を取り外して部屋にした、と説明されても頷ける。

なので、通りを一歩きすれば選手の顔も簡単に確認できてしまう。


「別に頼んでない」

「なーに言ってんだよ、お前、こんなの基本だろ。まあ最後まで聞けって」


黒羽(コウ)の言い分に、冬生(トウマ)は仕方なしとばかりに口を閉じた。


「ガキンチョだが、ただのロリじゃねえな。顔がマジ(・・)だった」

「そのスラングどうにかならない?」

「お前がチビの頃より迫力あったぞ」


にやにやと笑う銀色の梟に冬生(トウマ)は溜め息を吐く。


「なんだよ、不服か?」

「猛禽類はこっちじゃ珍しいから、狩られないといいなって」

「んだそれ、意地悪か」

黒羽(コウ)ほどじゃな、い」


不意に、フードから覗いた深い色の前髪が揺れた。間を置いて、そうか、と吐息のような声が漏れ出る。

第二回戦が始まるまで五分と少し。





「僅か十二歳にして功夫(クンフー)と針術の使い手、皇明(コウ メイ)!微動だにしない冬生(トウマ)へ再び仕掛ける!!先ほどから避けられてばかりだが今回はどうだーー?!」


ゲームナビゲーターが大きく吠える。

(メイ)の右手が(しな)ったように見え、刃を恐れない一撃が繰り出される。軽そうに見えてその実は大の男をも昏倒させる、子供が扱うにはあまりにも重たい突きだ。食らえば彼女の全体重以上の衝撃が襲うに違いない。

強い子供だと、冬生(トウマ)は正直に思った。

一回戦で相対した剣士は冬生(トウマ)が刀を振るう前に尻を地面につけていた。けれど。(メイ)は圧倒的に、力量以前に、冬生(トウマ)に敵わないものがある。

勝敗を分けるのは、単純にそれ(・・)だけだ。


「ワタシは」

「…」

「負けるわけにはいかないのです!」

「…」

「力の差、経験の差、当然です!それでも…!」


小さな拳が下がると、今度は左膝が頭を狙って蹴り上げてくる。「黒羽(コウ)」と呼ばれ、梟が冬生(トウマ)の肩から飛び上がる。と同時に、冬生(トウマ)の手が伸びて(メイ)の両腕を引っ掴み地面に引き倒した。

強く背を打ち、(メイ)の肺から空気が叩き出された。

負けじと冬生(トウマ)を睨み、フードの中に落ちる影の先から視線を逸らさない。(メイ)は、泣くなと自身を叱り付けた。


皇明(コウ メイ)という少女は特別強いわけではない。誰が何と言おうと“常人より少し強い”だけの、それ以外は普通の少女である。格闘術を身に着け、医術を応用した針術を用いようとも変わらない、越えられない境目がある。

斬るべきは、そんな彼女を喰らおうとする連中。


「基本的に、負けばかりだ。こんな世の中では、どうしても、」


そう述べた冬生に、(メイ)は瞳を見開いた。(メイ)の覚えにある限り、(メイ)に向けられた冬生(トウマ)の声を聴いたのは初めてだった。近くに降り立った梟は静かに二人を眺め、こういう時に限って軽い口を開かない。


「どうしても、変えられないものもある。それでも」


冬生(トウマ)の場合、何をするにも語らず、ある時から顔すら隠すようになった。黒羽(コウ)は変わらずまだ静かに羽を休ませている。

正否に関わらず、冬生(トウマ)が酷く疎んでいるものがある。そういう、冬生(トウマ)が隠しているもの…醜く暗いものに、(メイ)は触れた気がした。だから、叫びをあげてやる。アナタとは違う。そう言わんばかりに、明は大きく息を吸って、(思い)を吐き出した。


「ワタシは、家族のために戦うのです。自分を犠牲にするのでもなく。ワタシたちの平穏のために!こんなところで、家族を置いて、…ましてや家族を脅かす連中を残したまま死ぬなんて、ワタシにはできない」

「…」

「死んだって死にきれない!!」


相槌も打たない相手に(メイ)は泣きながら訴えていた。あれだけ泣くなと自分を怒鳴り、涙腺に言い聞かせても涙は思いと共に頬を流れ落ちてく。そんな彼女に「負けて」と、冬生(トウマ)が短く呟いた。「そうすれば、俺が君の憂いを斬り落とそう」と。


「なにを」


言っているのですか。掠れた声で(メイ)は訊く。黒羽(コウ)の溜め息が聞こえ、次いで腹部への衝撃があった。

冬生(トウマ)の主張は一度きりだった。





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