3. 由子の秘密
「ひみちゅなんれす…」
由子はろれつの回っていない言葉を発し、むにゃむにゃとテーブルに突っ伏した。
「チッ、もうダメか…」
「享子、やり過ぎじゃないか?」
「そう?これも由子のためなんだから仕方ないわよ。…でもやっぱ『男』だったのね…」
「あぁ…」
苛立ちを隠せない享子の言葉に鮎川秋路も戸惑いながら頷いた。
由子の事、様子をみる…と黙っていた享子だが、今日ついに我慢の限界を感じ、由子から事情を聞き出すことにした。
そこで、同じく由子を心配していた同期で友人の秋路も誘って、会社帰りに三人で飲みに来ていたのだ。
由子がお酒に弱いのは分かっていたが、酔った方が話しやすいだろうと、享子は由子にお酒を勧めまくった。
その結果。酔ってきた由子がついに『今日はミツ君がご飯作って待ってるから、早く帰らなきゃ…』と漏らしたのだ。
それを聞き逃さなかった享子は問い詰めて、ミツ君は彼氏、呼び方からその彼氏は年下、という事まで聞き出した。
その後由子に限界がきてしまい、現在に至るのだった―。
「…その『ミツ君』がご飯作ってるって事は、つまりその彼氏は由子が壊滅的に家事苦手なのも知ってて付き合ってるって事だよな?だとすると、由子は胃袋をしっかりつかまれてるな…」
「……」
そう。食べるのが大好きな由子だが、家事が大変不向きという可哀想な欠点があった。それも、毎回大事故を起こしかねない程の不向き具合だ。
「しかも、今日はって事は…通い妻(?)か、同棲みたいな?」
「きいいいーっ!それ以上言わないで!」
今まで腹立たしげに黙り込んでいた享子は、ついに叫んで頭をかきむしった。
「前に由子の部屋へ片付けに行った時は、キッチンなんて埋もれてて料理するマメな男が出入りした形跡なんてなかったのに!」
「てことは、その後から最近までの間に彼氏ができたって事か…」
「……」
ボサボサになった髪のまま享子はうつ向き黙りこんだ。
「きょ享子…?」
「…ごめん、帰る!」
享子はバックを掴むと、勢いよく立ち上がった。
「え!?あ、由子は?」
由子はテーブルに突っ伏したまましっかり眠ってしまっている。
享子は返事もせずに素早く携帯を操作すると、すぐに秋路の携帯がメールを受信する。
「そこ、由子の家だから。ごめん!」
秋路の携帯を指差してそれだけ言いうと、享子は店の出口へ向かった。
享子は素早く店の会計を済ませると、ヒールの音が夜に響くのも気にせず家へと急いでいた。
秋路が由子に好意みたいなものを持っているのは知っている。
それを彼氏が待ってるであろう家に送らせるのはかなり酷な話だと享子は頭では分かっていた。
しかし、今は気を使ってられるほど余裕がなかった。
(家まで我慢するのよ、私…!)
由子に本当に彼氏がいたショックと、それを話してもらえなかった悔しさと、自分への苛立ちなどで、享子はもう自分が今何を仕出かすかわからなくなっていた。
そのため、とにかくすぐにあの場を離れないといけない理由が享子にはあった。
享子にはすぐ手足が出てしまう悪い癖があるのだ。
つまり、八つ当たりで目の前にいる秋路をボコボコにしてしまいそうだったのだ。
さらに今は、暴れると同時にガラにもなく泣き叫んでしまいそうだったため、人に気を使っている場合ではなかった。
それほど享子にとって由子は特別な存在なのだ。
なんたって、初めて出来た親友と呼べる女友達なのだから。
(なんで…?なんで私に隠してたの…?)
帰りの電車に揺られながらも、享子はその思いだけで思考がいっぱいになっていた。




