神木
うちの店長、九条幸仁は謎な人だ。
祐介は考える。その手にはパンジーの苗と園芸用の小さなシャベル。横には土と長めの鉢が置かれているので、鉢に植え替えようとしているのだろう。
空は雲一つないいい天気。「ブルースター」の表で咲く花たちも、なんだか気持ちよさげに風に揺れている。
とにかく、変な人なのだ。
歳を聞くと、目を細めてにやりと笑って「永遠の18歳だ」などと抜かすし、白人の血を引いているのは顔立ちからして明らかなのだが、北欧の国だということしか教えてはくれない。既婚者なのか恋人はいるのかと近所の女子高生が聞いていたことがあったが、ニコニコ笑顔と巧みな話術で上手く誤魔化してしまった。「ブルースター」は店舗だけの建物で、居住できそうなスペースは無いため他のどこかに住んでいるのだろうがそれも聞いたことはないし、そもそも外見からして20代ほどと若いながらにしてこの「ブルースター」を1人で開店させたとも考えにくいが、誰かから引き継いだという話も聞かず、近所の人に聞いても割と新しい店だと言われる。
要するに、本名と職業くらいしかはっきり分からないのだ。
考え込む祐介。その手に持っているパンジーが、苗のポットからずり落ちそうになっていることに気付いていない。
鉢の前にしゃがみこんだままんーとかむーとか唸っていると、近所に住む小学生ほどの男の子が後ろからそろそろと近付いてきた。
「…わっ!!!!」
限界まで近付いた男の子が、大声と共に祐介の肩をばんと叩く。
「うわあああああああああっ!?」
考え込んでいた祐介は全く気付いていなかったらしく、突然の衝撃に大声で悲鳴をあげる。
「わははは!!びっくりしてるうー!引っかかったー!」
「ユースケ、かっこわるぅー!」
「うわああああああ!だってー!」
いつの間にか男の子の仲間らしき小学生ほどの子供たちが集まってきていて、手を叩いたり変な顔をしたりしてはやし立てながらげらげら笑う。顔を赤くした祐介がばっと立ち上がり、彼らを振り返った。
パンジーの苗が、ばさりと音を立てて落ちる。
「お、ま、え、らあああああ!!」
「怒った!やばいぞ!」
「うひゃああ、ユースケが怒ったぞ!」
「にげろにげろ!」
そして、あまり車通りがないのをいいことに、祐介と子供たちの鬼ごっこが始まったのだった。
✱ ✱
「あーあーあ、散らかして」
何やら外が騒がしいぞと出てきた「ブルースター」の店主は、腕を組んでやれやれとため息をついた。
店の前には横倒しになったプランター、散らばった土、放り投げられたシャベルに苗のポットから落ちたパンジー。犯人は少し先の歩道で数人の子供たちを追いかけ回している。
「全く…」
もう一度ため息をついて、幸仁は倒れたプランターを立て直して土を戻し、パンジーを植えてやる。一旦店に戻って箒を取って来ると、こぼれた土を掃いてちりとりに入れた。
これでよし、と箒を立てかけて、シャベルを取りに行く。
「大変だな」
しゃがんでシャベルを握ったところで、上から男の声が振ってくる。えっ?と素っ頓狂な声を上げて幸仁が振り返ると、1人の男が立っていた。
背の高い幸仁よりも少し低めの背丈で、つり目が特徴的なきつい印象を覚える痩せ型のスーツの男である。
「よう、九条。久しぶりだな」
「……神木?」
怪訝そうな顔をした幸仁が、小さく問う。
男はにやりと笑った。
「覚えててくれたんだな、忘れられたもんだと思ってたが」
幸仁の碧い瞳が揺れる。
「なんなんだ急に」
「なんなんだって事は無いだろうよ、昔の友人に会ってさ。今ちょっといいか?」
「良くない、営業時間中だ」
へらへらと笑って肩を叩き親しげに話す神木に、幸仁はわざと不機嫌そうな低い声でぴしゃりと言う。
「じゃあ、また閉店した頃に来るよ。いやあ、お前が花屋なんてやってるとはな?」
「来るなと言ってるんだ」
先程よりも更に低く、怒気すら滲ませた声でそう言い、幸仁は神木を睨みつけた。
神木はふっと笑う。
「わかったよ。……じゃあな」
手をひらひらと振って今度こそ立ち去る神木を、幸仁はじっとその場で睨みつけていた。




