俺がぼっちでいた最大の理由は女子にある〜 聖夜の悲劇〜
どうも辰太郎です!!
聖夜絡みの悲恋、いやー、これからの時期色々とある人もいると思います。
どうぞ、そんな時にこの物語を見てください。
クリスマス。
曰く、カップル達が集まる行事。
曰く、聖なる夜でもあり、性なる夜でもある。
非リア充ならば誰しもが不愉快になる日でもある。
現に俺、峰ヶ谷晴人は去年までは毎年この日を毛嫌いしていた。
だが今年は違う。去年までとは違い、高校生になった俺は彼女ができたのだ。
10月頃になんの脈絡もなく同クラスの可愛い女子、高橋由梨から告白をされ、付き合う事になった。
それから何度かデートを重ね今に至る。
俺は今、最高に浮き足立っていた。
これまで嫌い続けていたこの日を、まさか彼女と過ごす事になるなんて。
不意に彼女の為に用意したプレゼントを見て頬が緩む。
バイトをしながらやっとの事で貯めたお金で買ったシルバーネックレス。
「喜んでくれるといいな……」
由梨とは午後9時から千葉駅て待ち合わせをしている。
そして現在は午後6時。 窓の外は暗くなり始めていた。
まだ3時間もあるので時間を持て余しながらベットの上でプレゼントを片手に、にやけていると突然ドアがバンッと激しい音を立てて開かれた。
「おにーちゃん!、ご飯できたよって……何してるの?」
あまりにも突然大きな音が鳴ったせいで俺は驚き、何を思ったのかプレゼントを隠した。
ベットの上で仰向けになり、あわあわと何かを隠した形になってしまったので、側から見れば俺は怪しい事極まりないだろう。
「みっ、澪!? ノックも無しに部屋に入ってくるなっていつも言ってるだろっ!?」
「あー、うん、ごめん、まさかお楽しみ中だったとは…。 これからは気をつけるね」
「ちげぇーよっ!! ませガキがッ!! あとお兄ちゃんは今日外で食べてくるから晩飯は要りません」
このませガキは俺の妹で峰ヶ谷 澪。 中学三年生だ。
「あっ、お兄ちゃん今日デートだっけ??、すっかり忘れてた。 フラれない様に頑張ってね」
澪はビー玉のように丸っこい瞳を細め、こちらをからかうような態度をとる。
このガキ……。
あまりにも失礼だろ。
「あー、はいはい。 応援ありがと。 そして今すぐここから去れ。」
澪はフッと笑い、こちらを一瞥した後部屋を出る。
なんていうか妹ってもっとこう… 『お兄ちゃん大好き!』とか『一緒にお風呂入ろっ!』とか言ったりするものじゃないのだろうか?
はぁー、と溜息をついて時計を見る。
針は既に6時半を回っていた。
8時には家を出る形にしたい。 これから着ていく服を選んで髪型をセット、1時間半もあれば余裕か。
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それから1時間半が経ち、思いの他時間が掛かったが準備を終えた俺は、家を出た。
やはりこの時期は寒い。
口からは白い息がでており、早くも耳の辺りが冷たくなる。
極寒の中、空を見上げる。
冬の空は透き通っており、どこか遠く感じてしまう。
そんな幻想的な空を見ていると、我が家の正面に位置する家に制服姿の女の子が入ろうとしていた。
黒く、艶やかなロングヘア。
身体は小柄の割には発育が良く、顔はとても整っている。
彼女は機嫌が悪そうに双方の青い瞳を細め、自宅の扉を開こうとしていた。
「京香っ!、今日も部活か?」
俺は幼なじみである花澤京香に声を掛けた。
京香は無言でこちらを一瞥した後、自宅に入った。
「無視………かよ」
なんだアイツ………。
幼気な男子高校生のメンタルはとても繊細で壊れやすいんですよ?
いや、これ本当に。
クラスの女子にプリントを渡す時、少し嫌な顔をされただけで1週間は落ち込む。
京香とは中学三年生までは仲が良かったのだが、同じ高校に入ってから少し経つと何故か、俺を避けるようになった。
そして今日、久しぶりに顔を合わせてみれば侮蔑したような態度を取られると。
本当に幼馴染なのかと怪しくなるレベルである。
ハッと我にかえった俺は、腕時計を見た。
「あっ、やばっ!!」
ここから千葉駅まで、自転車を乗っても30分は掛かる。
待ち合わせの9時には余裕で間に合うのだが、友達に聞いた話によると特別な日のデートは必ず早めに行かなければならないらしい。
まぁ、人から聞いた話を鵜呑みにするのもどうかと思うが、俺には女性経験が皆無と言っていい程無い。
ここで皆無とか断言できちゃう自分が悲しいです………。
ここは先人…とまでは言わないが、俺よりも経験がある奴の知恵を信じて行動に移すとしよう。
俺は自宅の駐輪スペースから自転車を取り出し、勢い良く漕いで千葉駅へ向かった。
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時刻は8時30分。
クリスマスによりライトアップされた千葉駅の周辺はカップルがたむろしていた。
腕を組みながら楽しそうに話すカップルや、バス停のベンチに座り、肩を寄せ合うカップル。
その雑踏の中、息を荒くしながら駐輪場から出てくる男子高校生の姿があった。
「ハァッ、ハァッ、やっとつい、うぉえぇッ…………着いた」
俺はあの後、今まで自転車では出した事が無いようなスピードでここまで来た。
この時期だというのに額からは汗が流れ、疲れのあまり吐き気まで催す。
こんなに必死に自転車漕いだのって確か小学生以来だな。
よくよく考えると俺、小学生の頃はとてもエキサイティングな子供だったのかもしれない。
いや、むしろ小学生の頃が普通で、今の俺が体力無いだけ?
いやいや、基本的に男性は、20歳まで筋肉や、体力は成長していく筈だ。 なので決して俺の体力が無いだけではない。
結論的に言うと自転車が悪い、そして俺は悪くない。
ペダル重すぎるんだよ……これ。
下らない事に俺の思考がエキサイティングしていると、ハッと気が付き腕時計を確認する。
まだ30分の余裕がある。
それでも俺は待ち合わせ場所の、千葉駅、正面改札口前の広場へと向かう。
理由は、友人の助言の実行。
そして一度はやってみたかった通称『全然待ってないよ、今来た所!』を実行する為だ。
フフフ、そこで気の使える男である事をさり気なくアピールしよう。
待ち合わせ場所に向かいながら怪しげな笑みを浮かべる俺を、前を歩くカップル達は一瞥し、耳打ちをし合う。
だが今の俺からしたら、そんな些細な事は気にならない。
何故なら、これからマイハニーとのデートがあるからなッッ!!
なんか横文字が多くてルー大芝みたいになってしまった。
俺は今から彼女とトゥギャザーするのさって、やかましいわっ!
1人でノリツッコミをしてしまう程、浮き足立っている俺は待ち合わせ場所へと付く。
一応、辺りを見回す俺は、人混みの中で由梨の姿を視界に収めた。
あれ……?
もう来てるのか。
もしかして俺とのデートが楽しみで早く来すぎた………とか?
くそっ、可愛いじゃねぇか。
緩む口を押さえる俺は、雑踏の中で人とぶつかりながらも由梨の元へと向かう。
近ずいていくにつれ、はっきりと由梨の姿を確認する事が出来た。
その様子を見て俺は一瞬立ち止まる。
彼女は楽しそうに誰かと話していた。
その相手が男だったなら血の気も引いたのだが、ありがたい事に女の子だった。
ってか良く見ればあれ同じクラスのの女子で、由梨の親友じゃないか。
そういえば由梨は俺とのデートの前に、友達とクリスマスパーティーをするって言ってたしな。
ここで俺が居る事がバレたら気を使わせちゃうしな。
それに由梨の親友には恩がある。
初めての、異性へのプレゼントに悩んでいた俺に、由梨が欲しがっている物を教えてくれた。
なので俺は9時までは大人しく待つ事にしよう。
踵を返そうとしたその時、由梨の大きな声が聞こえた。
「はぁ!? そんな訳ないじゃん!」
物凄く会話の内容が気になる。
いや待て峰ヶ谷晴人っ!!
流石に盗み聞きはいけないんじゃないか?
でも気になるし………。
バレなきゃ犯罪じゃないしな!
よし、聞くか。
あまりの決断の早さに自分でも驚きながら俺は由梨との距離をバレない程度に詰め、話を盗み聞く。
「だよねっ!! でも凄いね、あんなのと過ごせるなんて」
と由梨の親友は小悪魔的な笑みを浮かべる。
一瞬嫌な予感が過る。
えっ、もしかしてこの会話って俺の事?
「しょうがないじゃんっ! 私今おこずかい減らされて何も買えないんだから!」
「それでも……ねぇ? 今日プレゼントを貰うだけの為に2ヶ月も前から付き合うだなんて」
一瞬、時が止まった。
心臓が跳ね上がるのを感じ、脈が異常に早くなる。
おい……嘘だろ?
「いやネックレスの為ならその位はするよ! まぁ、貰ったら別れるけどね」
「由梨も頑張るねー。 私には無理だわ」
あー。
これは、つまりそういう事か。
なに馬鹿みたいに浮き足立ってたんだ………俺。
俯き、知らずの内 拳に力が入る。
「本当にばっかじゃねーの」
これは紛れも無く、自分が自分に向けた言葉だ。
そうだな……本当に馬鹿だ。
少し感情的になった頭を冷やす為にゆっくりと深呼吸して由梨……いや高橋を見る。
彼女らは未だに笑顔で会話をしていた。
そして俺はゆっくりと高橋達の元へと歩みを進める。
近づくにつれ、高橋達が俺に気が付き、目を見開く。
「はっ、晴人!? もう来たんだ? ごめんね、友達には今帰ってもらうから」
あわあわしながら笑顔を取り繕う高橋に、俺はネックレスを軽く投げた。
「話聞いてたよ。 その…悪かったな、2ヶ月も付き合わせて。 それ、ネックレスだから」
高橋は受け取ったネックレスと俺の顔をキョトンとしながら交互に見た。
やがて高橋はビッチ特有のうざったい笑顔になる
「そ、聞いたんだ?。 じゃあ、そういう事だから」
「おう………。 じゃあな。」
そのやり取りを高橋の親友は気だるそうに見ていた。
駐輪場へ向かう俺は、雑踏のなか空を見上げる。
やはり冬の空は遠く感じ、どこか透き通っているとも感じる。
一体俺は今どんな表情をしているのだろうか?
いや、もうそんなものはどうでもいい。
もう、他人にどう見られようと知ったこっちゃない。
人間関係なんて物は信じた結果、こうやって裏切られるのだ。
ならそんな物はいらない。
空を見上げたまま立ち止まる俺の頬にポツっと冷たいものが触れた。
「雪………か。」
そして俺は考える事を放棄して帰路へと着いた。
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家に着く頃には既に雪は積もっており、自転車を乗れるような状態では無かったので、途中から押しながら歩いてきた。
自宅の駐輪スペースに自転車を停め、正面玄関へ足を向ける。
その途中。 私服姿にマフラーを巻いた京香が買い物にでも行くのか、自宅から出てきた所だった。
俺は京香を一瞥し、声をかける余裕もないのでそのまま玄関のノブに手をかける。
すると背中の方から声が聞こえた。
「待ちなさい」
振り向いてみると、京香が少し目を見開き、こちらに寄ってきた。
「あなた……どうしたの?」
俺は今「どうしたの?」 と侮蔑されていた幼馴染みに声を掛けられる程酷い顔をしてたのか。
「別に…………」
俺はそう答えると、玄関を開けて自宅へと入った。
我が家の電気は既に消えており、手探りでスイッチを探す。
すると誰かがスイッチを押してくれたのかパチッという音が響くと、電気がついた。
目の前に立っていたのは部屋着姿をして、顔面によく分からないパックのような物をつけた妹だった。
「お兄ちゃん遅かったね!! どうだった? 彼女さんとのデート!」
ニヤニヤしながら聞いてくる澪を尻目に俺は靴を脱ぎ始める。
「別に……」
俺の反応を見た澪は口をポカンと開いた。
「へ………? まさか本当にフラれちゃった………とか?」
俺は澪に冷めた視線を送った後、無言で自室へと向かった。
「あちゃー。 こりゃお兄ちゃんしばらくは立ち直れないなぁ」
部屋の中は寒かったが、俺は何もする気がおきなく、暖房を入れないままベットへと入る。
「はぁー………。 死にたい」
そして俺はこの日に誓った。
これから先、何も期待しないと。
そして、どうせ失うのなら、なにも欲しないと。
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それから1年半以上の月日が経った。
俺は高校3年生になり、今時期は夏と秋の間といった所だ。
夏休みが終わり、2学期の開始となった教室は騒がしく、夏休み中の武勇伝を語る者、久々に会い、抱き着く者などで溢れかえっていた。
俺はというと、1人で机に突っ伏して気だるそうに寝たフリをしている。
あの事件が起きてから、俺の性格は取り返しの付かない程にひにくれた。
人と関わる事を嫌うようになった俺と、関わりを持とうとする奴なんて居なかった。
そりゃ当然だ、 嫌われてるのが分かっているのに近ずいてくる人間なんていない。
人は、自分の事を嫌いな人を嫌うからな。
そしてみんな離れていき、今は当然の如くぼっちである。
人の声に少しの煩わしさを感じながらあくびをすると、俺は窓の外を見た。
現在は昼休み。 校庭でバトミントンをしている輩もいれば、何故か体操服を着て走っている奴もいる。
ってか何で昼休みに男女混ざってバトミントンやってんだよあいつら。
あー、成る程。
つまりは俺達リアルを充実してるぜアピールを俺の様な陰険な奴にしてる訳だ。
どうせ男共は女から少しでも興味を持って貰いたいが為に、少しの事でオーバーリアクションをして声でも荒げてんだろ?
アピールするのは大いに結構。 ただ人前でするなよ、うるさいからっ!
などと思いながら校庭のリア充共を見ていると不意にベシッと頭を叩かれる。
「あたっ!」
振り返ると、そこには黒髪ロングの少女が立っていた。
「また貴方は下らない事でも考えていたの? だから人生も下る一方なのよ」
さっき言った事は訂正しよう。
俺に関わって来る奴は居なくなったが、コイツ、花澤京香は違った。
何故かあの事件の直後からちょくちょく様子を見に来て、俺を罵倒していく。
そして三年に上がったらなんと同じクラスになってしまった。
それからは毎日こんな感じだ。
「うるせぇな、下っていくんなら上って行くよりはマシだ」
「あら?、 それはどうして? それと貴方の人生が下っていってる事に反論はしないのね。」
「よく考えろ。 上っていったら後は下がる一方だ、だが下がっていくんならこれから上っていく希望だってあるだろ」
「貴方のそのねじ曲がった性格で上って行くことは無いと思うわ。 あと、底なし沼って知ってるかしら?」
「俺の人生を底なし沼扱いするのはやめてくれませんかね? なに?、遠回しに俺に泥って言いたいの?」
その言葉に京香はクスッと笑う。
「ふふっ 、 そうね。 貴方の今の表情を屁泥に例えるとぴったりだわ」
誰も屁泥とは言ってねぇよ。
俺が傷ついて自殺したらどうすんだよ。
「っていうか、俺が何を考えようが、どんなに人生が下ろうがお前に関係ないだろ」
「それは……その。 そうなんだけど」
京香は頬を薄く赤らめ、目を泳がせながら口ごもる。
俺は彼女のその相貌に疑問を抱く。
何でコイツ、赤くなってんだ!?……と。
それからは京香はわざとらしく手を打った。
「あっ、 今から生徒会の会議があるのを忘れていたわ。 それじゃあまた。」
せわしなくテッテッテッっと教室を出て行く京香に俺は胡乱の目を向けた。
そういえばアイツ生徒会長だったな。
確か周りからは容姿端麗、学業完璧、完全無欠な生徒会と呼ばれて疎まれていたな。
そして教室の黒板の上辺りに掛かっている時計へと視線を向ける。
まだ十分寝られそうだな。
俺は再び騒がしい教室の中で眠りに落ちた。
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残暑の所為で未だに暑さを感じながら俺は自宅の玄関を開ける。
ついでに俺はあの後、昼休みから帰りのHRまで爆睡していた。
当然だが、途中で起こしてくれるような人などいない!
「ただいまー」
そう言うとリビングの方から澪の『おかえりー』という声が聞こえる。
自室にエアコンが無い為、俺はリビングへと向かう。
扉を開けるとそこには、アイスキャンディーを加えながらソファーに座り、ホラー映画を見る澪の姿があった。
「お前本当にホラー映画好きだな」
俺はそう言うと、澪はこちらに向きウィンクをしながらグッと親指を立てた。
喉が渇いているので、パック麦茶をコップにトクトクと注ぐ。
「澪、お前も飲むか?」
澪は『わあい、のむぅー』と答えると、再び映画に集中する。
ため息をつきながらも麦茶を持って行ってやり、隣へと座った。
そして麦茶を飲みながらホラー映画を一緒に見る。
俺こういうのってやってると見ちゃうんだけど、基本的に苦手なんだよな。
などと思ってるとお約束のドッキリシーンが出てきた。
「ヒィィぃーーーッッッ!?!?」
と叫ぶと、俺は澪の袖を掴んでいた。
自分の兄の醜態を見た澪はプッと吹き出しケラケラと大爆笑を始めた。
「おにぃーちゃん、それ普通逆だよぉー!! びっくりしすぎ!! プフッ!」
「うるせぇな!! 俺ホラー苦手なんだよ!」
「でもっ、だからって!、プフッ、アハハハハッ」
そこから、何がツボったのかしばらく澪の大爆笑は続き、やがて落ち着く。
「あっ、そういえばお兄ちゃん。 私来年から同じ高校通うつもりなんだけど、お兄ちゃんの高校の生徒会長って誰??」
「ん?、京香だよ」
「ふえっ!?、京香ってあの京香ちゃん!? 目の前の家の!?」
「そっ、そうだけど?」
「へぇー、そうなんだ。 凄いね京香ちゃん。 ってかお兄ちゃん、最近京香ちゃんと会ってる?」
澪はビー玉のように丸っこい目をこちらに向け、首を傾げる。
「いや、その。 高校入ってから一昨年の冬までは関わってなかったんだけどな。 だけどそれからは、何故か俺の元へ来ては罵倒していくの毎日が続いてる感じだ」
澪はそれを聞いて小悪魔的な笑みを浮かべた。
「ははん、なるほど なるほど」
「……なんだよ、その目は」
「いやぁー、別にー」
そう言うと澪は、映画を付けっぱなしのまま自室に向かった。
「おい!? 映画付けっぱなしだぞ?」
「ん、消しといて」
まったく……… そのぐらい自分でやるのが当たり前なんじゃないですかね?
とか言いながらやってあげてる辺り、俺は妹を甘やかしてるのだろうか?
ため息をつきながら映画を消した俺は、リビングを後にした。
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翌日の朝、外は土砂降り、僕元気って、元気じゃねぇな。
雨の中、傘を差しながら学校へと向かう。
にしてもなぜ京香は毎日のように俺の様子を見に来るのだろうか。
もしかして、俺の事を……。
なんてな。
こんな簡単な勘違いをするのは中学生までだ。
俺の経験上、誰かが誰かを突然好きになったりとかはあり得ない。
基本的に人間は損得勘定でしか動かない生き物だ。
何が損に属して、何が得に属するのか、定義は人それぞれだが、みんなやっている事は同じだ。
得をするから行動に移す。
じゃあ、なぜ京香は俺の様子を見に来る事によって得をするんだ?
分からない……。
いくら幼馴染みとはいえ、所詮は他人。 京香の定義を知ることなんて俺には出来ない。
ましてや、幼馴染みだからといって何でも知ったような口を利く方が失礼に値するものだ。
これは家族にも、近しい人にも、恋人にだって言える。
そう、結局人間同士は完璧に分かり合う事なんてできない。 だからこそ関係に歪みが生じ、いつかは壊れる。
そして俺はそんな消耗品のような関係なら要らない。
だから俺は1人が好きだ。
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帰りのHRが終わり、俺は机の中を整理し始める。
ホームルームが終わったと同時に帰ると、大抵人が溢れかえっている為歩きにくい。
ここはなんかしらで時間を潰した後に教室を出るのが得策だな。
そして教室に誰も居なくなった頃、扉がガラガラッと開いた。
そこには、大量のプリントを重そうに持っている京香の姿があった。
息を荒げながらのっしのっしと自分の席へと向かい、プリントを机の上に置く。
ふぅっと一息をつくと、京香は俺の存在に気がつき、目を見開く。
「貴方………、こんな人の居ない教室で何してるのよ?」
「そんな犯罪者を見るような目で見ないで下さいね?、何もしてないならね?」
京香は訝しげな視線をこちらに送る。
俺ってもしかして、放課後の教室に残って女子の体操着の匂いを嗅ぐような奴だと思われてるの?
え?
なにそれ、ショック。
次の日先生が、『はい、みなさん。 今から目を伏せて、私が言う事に心当たりがあったら手をあげて下さい』とか言い始めた日には自殺物である。
いや、やってないんですよ? ホントに。
「それじゃあ、何をしていたの?」
「人が多いいから、少し待ってから帰ろうと思ったんだよ」
「あら、そう」
「…………………」
「…………………」
何この沈黙?
話題振っといてこれですか?
この子は言葉のキャチボールを覚えるべきですね。
いや、まぁ人生が下る一方で、屁泥のような顔をした奴が言うのもアレですけどね。
「そんじゃ帰るわ」
沈黙を破り、俺は帰宅の準備を済まし、教室の扉へと手をかける。
「まっ、待ちなさい」
俺は振り返り、口を開く。
「なんだ?、 まだ文句でもあんのか?」
京香はその問いに答える事なく、何かを言いにくそうにもじもじとしている。
「そっ、その。 手伝いなさい」
「はぁ? 何を…? もしかして、お前のその低い会話の技術を磨くのをか?」
京香かは顔を真っ赤にしながら机をバンッと叩く。
「それを貴方に言われたくないわ! まったく。 クラス委員の仕事よ」
「あー、わりぃ。 俺家帰って勉強しなきゃ行けないんだった。 またなっ!!」
俺は教室をダッシュで飛び出そうとした。
その時。 背後から恐ろしく冷え切った声が聞こえた。
「そう、手伝わないなら澪ちゃんに貴方が教室で女子の体操服の匂いを嗅いでいたと嘘を伝えるわ。」
俺は無言でクルッと踵を返し、京香の元へ歩く。
「で?、具体的に何を手伝えばいいんだ?」
「貴方って、本当に昔からシスコンよね」
「俺はシスコンじゃねぇ、妹を妹として溺愛している事の何が悪いっ!」
「自分で今溺愛って言ってしまってるじゃない。 このプリントを渡すから、私が言った所に承認印を押してちょうだい」
京香はため息をつきながら承認印を俺に手渡す。
「それだけでいいのか?」
「ええ、貴方にそれ以上は期待してないわ」
あれ? 俺、今頼まれてるんだよな?
なのに何故 罵倒された?
それから俺と京香は淡々と作業を始めた。
この承認印を押すだけの作業はやってみると思いの他楽しくて、時間を忘れてしまう程だった。
これだけをやる仕事があるのならば俺は速攻で面接に向かうだろう。
ひと段落がついた頃、俺は京香に会話を仕掛けた。
「お前も大変だな。 クラス委員と生徒会の掛け持ちなんて」
「そう? やってみると案外簡単なものよ?」
「悪いけど、今の状態を見て簡単とは思わないな。 だってほら、外も暗くなってきてるし」
俺の言葉を聞き、窓の外へと目をやる京香。
朝とは対照的で、空からは既に雨模様が消えている。
沈みつつある夕日の光が彼女の横顔を照らした。
その相貌は完璧の一言で済んでしまう程整った顔立ちをしている。
俺の視線に気づいた京香は頬を少し赤色に染めた後、目を泳がせた。
「そ、それじゃあ今日はこんな時間だし止めにしましょうか」
「いいのか? まだ少し残ってるぞ?」
「ええ、大丈夫よ。 家に持って帰って続きをするから。 とりあえずは今終わった分だけ職員室へ持って行くわ」
京香は帰り支度を済ませると、山積みになったプリントを抱えて歩き出した。
やはり重いのか、足元はおぼつかない。
「重いんだったら2回に分けて持っていけばいいんじゃないか?」
「それは時間の無駄よ、少し無理をすればこのくらい持てるわ」
「あぁ、そうかい。 ……ほら貸せ」
女子が大量のプリントを無理して持っている姿は見ていて痛々しかったので半分持つ事にする。
「あっ… ありが…とう」
「別に……。気にすんな」
大量のプリントを半分ずつ持ち、二人で職員室まで持っていった。
何故か向かっている最中、京香はずっとそっぽを向いていた。
「それじゃあ今日はありがとう」
「いいよ…別に。 それじゃあな」
俺は別れの挨拶を告げると下駄箱へ行き、靴に履き替え、帰路についた。
俺は来る時と同じ道を辿り、家へとむかう。
承認印のバイトねぇーかなー、などと考えながら歩いていると、後ろから足音が聞こえるので振り返る。
「………………」
「………………」
「なによ?」
後ろに居たのは京香で、頬を赤らめながらこちらを見る。
そりゃそうだ。
家全く同じ方向だしな。
「いや、同じ道なのかぁーって」
「当たり前じゃない。 貴方の頭はそんな事を忘れてしまう程鳥に近いのかしら?」
「お前…鳥だって必死に生きてるんだぞ? 焼き鳥になったり手羽先になったり、忙しいんだからな」
「それはもう調理されているから生きていないじゃない」
京香は呆れた表情をこちらに向けた。
「………」
「………………」
「じゃあ、一緒に帰るか?」
「そうね、遺憾ながらそうした方がいいわ。 そしたら貴方の後ろを歩く事により、気分を害すこともないし」
「ちょっと。 遺憾とか、気分を害すとか言うなよ。 なに?、俺ってもしかして害虫か何かだったの?」
「いえ、貴方は屁泥よ」
あっ、そうですね。
すっかり忘れていました。
俺、屁泥でしたね。
俺の表情を見て京香はクスッと笑う。
「お前…人の顔見て笑うのは失礼だぞ」
「いえ、ごめんなさい。 そういう意味じゃないの。 なんか、昔を思い出して。 あなた小学生の頃……」
「やめろ、皆まで言うな。 忘れろ、記憶の中からデリートしろ」
「フフッ、駄目よ。 あなたの為に忘れるのは癪だもの」
京香は得意げな顔でこちらを見る。
俺はため息をついた後に口を開く。
「それじゃあ行くぞ」
「ええ、そうね。」
それから俺たちは、昔の話や学校の話をしながら帰った。
家に着く頃、既に空は暗くなってしまっていた。
「それじゃあな。 承認印、頑張れよ」
「ええ、 ありがとう。 それじゃあまた学校で」
心なしか、京香の機嫌が物凄くいいようにも感じる。
いや……気のせいか。
今度こそ別れの挨拶を済ませた俺は自宅へと入った。
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ーー
ー
俺は今、晩飯を完食し、風呂に浸かっている。
毎回思うのだが、某アニメにての名言で「風呂は命の洗濯よ」って本当にその通りだと思う。
風呂は心を潤してくれる。 人間の生み出した文化の極みだな……うん。
風呂に対しての愛を心の中で語っていると、ドア越しに澪の声が聞こえる。
「おにーちゃーん?。 タオル切れてたからここ置いとくよー?」
「はいよー。 いつも悪いな」
「いいって、別に。 あっ、ねねっ!お兄ちゃん今日、京香ちゃんと帰ってたでしょ!?」
「ブフゥッ!! なっ、何故それを?」
風呂で盛大に吹き出し、慌ててしまう。
「いや、ママンと買い物行ってた時に目撃した」
見られてたのかっ!?
うわぁっ、なんか分かんないけど死にたい気分。
「むふっ。同じクラスだし、最近毎日のように様子を見に来るっていってたよねぇ? もしかして付き合ってるの?」
「んなわけねぇーだろッ!!。 はやくどっか行けっ、ませガキッ!!」
「ちぇっ、なんだ、つまんない」
澪はそれだけ言うと帰っていった。
なんでこう、最近の若い者達はなんでも恋愛にこじつけようとするのかね。
俺はこれから先、誰かを好きになったり、付き合ったりする事はないだろう。
どんなにその時が幸せだったとしても必ず別れがくる。
それなら、そもそも幸せを感じなくてもいい。
百獣の王ライオンは、我が子を谷から突き落とすらしい。
そして、それでも這い上がってきた子供を我が子だと認める。
とんだスパルタ教育だ。
高い所から落とされた子供の心境は宛ら全てから見限られた気分だろう。
それでも子供は崖を這い上がる。
何故か、 それは崖の下には崖の上があるから、希望があるから。
だが、俺はそんな這い上がる子供の気持ちを理解などできない。
崖の上に上がった所で、崖は無くならない。
崖の上は望まなければ行けないのに、崖の下はいつでも行ける。
だから崖の下に存在している俺は、薄暗い所に生息し、ジメジメしているキノコのように崖下で生きていく。
それが、俺にとっての後悔がない生き方だからだ。
ーーーーーーーーー
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ー
それから何ヶ月か経ち、時期は既に冬を迎えていた。
あれから俺は京香と前よりも話すようになり、最近では毎日委員会を手伝い、帰り道を共にしている。
正直言って、京香と会話している時間は楽しかった。
今日も、俺は京香と一緒に自宅へと帰っていた。
「流石に寒くなってきたな。」
「冬だもの、当たり前よ」
首にモコモコのマフラーを巻きながら、京香は白い息を吐いている。
「まぁな。 ってか今日は生徒会の会議じゃなかったのか?」
俺の問いに京香は呆れたような顔を見せる。
「わたしはその事を昨日、貴方に説明した筈だけど? 」
「あれ、そうだっけ?」
「やっぱり貴方の頭は鳥並みね。 少しは進化する事を覚えたら?」
「はぁー。 なんかお前の罵倒を聞くと安心するレベルで慣れてきたよ」
その言葉を聞いた京香はバッと俺から距離をとる。
「……………」
「……………」
「………なんだよ?」
居心地の悪い沈黙が続く中、何事かと思い口を開く。
「貴方まさか、罵倒されて喜ぶ性癖でもあるの!?、気持ち悪い」
おい……。
アホかコイツは。
どんだけ自意識過剰なんだよ。
これはもう自意識過剰を通り越して自意識異常ではないのだろうか。
「あるワケないだろッ! っていうか罵倒してる自覚があるならやめろよ! そして気持ち悪い言うな!」
「あら?、もしかして私が今まで自覚なしに貴方を罵倒していたとでも思っているの?」
京香はクスッと笑った。
いや。
笑顔で言う事じゃないですからね?
それ最低な事ですよ?
それと、むしろいつからそうだと錯覚していた的なノリはつまらないからやめようね。
それから俺達は無言で歩みを始めた。
ややあって、京香は口を開く。
「ねぇ?、今日ってこの後暇かしら?」
「あ?、なんで?」
「いいから答えなさい」
「いや、まぁ、暇だけど」
そう答えると京香は少し明るい顔になった。
そして頬を染め、身じろぎながら口を開く。
「じゃ、じゃあ寄り道というものをしてみましょう」
おっと。
意外な人物から意外な言葉が出てきた。
これは意外×2と言う事でイガイガだな。
こいつにはちょうどいいな、尖ってるし、黒いし。
「寄り道? まぁいいけど、どこ行くの?」
京香は『そうねぇ』と呟くと、ゆっくり周りを見回す。
あっ、考えてなかったんですね、この子。
すると京香の視線はある所で止まった。 その場所を見ると、少し小さめのゲームセンターだった。
「……ゲーセンにいきたいのか?」
「ふぇっ!? いえ、私は別に…」
俺はため息をつくとゲームセンターへと向かった。
その後ろを京香がテクテクと付いてくる。
ゲームセンターの中はやはり騒がしく、久しぶりに入った俺は耳が痛くなった。
不意に京香へと視線を向けると、彼女も騒音のせいで顔を歪めていた。
「お前…大丈夫か?」
「ええ、ただビックリしているだけよ。 まさかこんなにうるさい所だとは思わなかったわ」
「………へ?」
京香は俺の反応を見て、はッと口を抑える。
「お前……もしかしてゲームセンター来たことないのか?」
「………………ないわよ。 何か文句があるのかしら?」
京香は頬を羞恥の色に染めながら突っかかってくる。
「べっ、別に文句はねぇよ。 じゃあほら、行くぞ。」
「え、ええ」
さて、初心者がやり易いゲームってなんだろうな。
やっぱり格ゲーとかだろうか?
俺も格ゲー初心者だしな。
ちょうどいいか。
俺は格ゲー機が置いてある所へと向かった。
機械は何台もあるのだが。
よく分からない。
取り敢えずは人が少ない所へ座る事にした。
京香はその機械を物珍しそうに眺めている。
「ねぇ? これってどうやって動かすのかしら?」
「さぁな、俺にも分からん」
「貴方もやった事がないんじゃない」
京香は呆れ顔で呟く。
「まぁ、物は試しだ、とにかく俺が先にやるからお前は見ておけ」
彼女は頷くと、注意深く画面と、コントロールパネルを交互にジーっと見つめる。
そして俺はオンラインモードをプレイし、一回戦目で負けた。
「くそうっ!」
悔しむ俺に、京香は尋ねた。
「ねぇ? これ、私と貴方で対戦出来ないかしら?」
「あぁ、反対側の機械に座れば出来るぞ?」
それを聞くと京香は反対側の席に座りお金を投入した。
すると俺の画面には『挑戦者現る』と映し出され、京香との対戦が始まる。
ふっ、ゲーム自体初心者と、格ゲー初心者を一緒にされては困る。
そもそも、ゲームをあまりプレイした事ない奴はすべてのゲームにおいて遅れをとるものだ。
俺の勝利は決定しているので、どのくらい手加減するかを考えながらキャラクターを選ぶ。
そして、レディーファイトの文字が映し出された。
ーーーーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
結果的に言おう。
俺は京香に惨敗していた。
容姿端麗、完全無欠の才能はゲームでも生かされ、とても初心者とは思えない程の強さだった。
俺は唖然とKOの文字を見つめる。
すると横から京香がやってきて、勝ち誇った顔で座る俺を見下す。
「フッ、あなたは何をやらせても駄目ね。 私に勝てる所が一つでもあるのかしら?」
くっ、コイツ。
これを言いたいが為に、真剣に俺のプレイ画面を見ていたのか。
どんだけ俺に文句を言いたいんだよ、コイツ。
それから俺達はぼちぼちとゲームセンターの中を回った。
京香は楽しいのか、とても機嫌がよさそうで、その表情を見てると連れてきた甲斐があったと感じる。
途中で俺はトイレ為に一旦京香から離れる。
そして手を洗いながら何となく鏡を見ると、視線の先には楽しそうな顔をした自分の姿が写っていた。
× × × × ×
トイレから出てきて、休憩所で座っている京香の元へと向う。
「悪いな、またせちゃ、………っ!?」
京香に声をかけようとした時俺は、男女4人の団体が視界に入った。
その団体の女2人は俺に気づくと、こちらに寄ってくる。
「あれぇー?、晴人君じゃん。 学校で全然会わないね、 何してんの?」
二年前、俺をどん底に突き落とした女。
高橋由梨の姿がそこにはあった。
「ってか、なんで花澤さんと一緒なの!? まじウケる!」
「由梨ー? 私もう先行ってるよー」
高橋の友達は気だるそうに告げる。
「分かった、私も後で行くよ」
お互い手を振り合う女2人。
この2人は、本当に俺の心にトラウマを刻み込んでいる。
京香は俺と高橋をゆっくりと交互に見た後に、『誰?』という視線を送ってくる。
俺はそれを無視して高橋へと向き直る。
「ひ、久し振りだな、高橋」
知らずの内に俺の声は震えていた。
「本当にねぇ。 あれから、同じクラスのうちは学校休んでたもんね? 晴人くん。 もしかして私避けられてる?」
あー、駄目だ相手にすんのも面倒くさい。
っていうか先程から脳内で危険信号が鳴り響き、戦略的撤退を示唆している。
俺は出口へと向う為に踵を返そうとすると高橋が口を開く。
「あー、あの時のネックレス。 あんな渡し方されて着けるの癪だから使ってないよ。 いらないから返す」
その言葉に何故か京香は反応し、顎に手を当て黙考する。
「いらないなら捨てるなりなんなりしてくれ…。 返さなくてもいい。」
由梨は『そう?』と言うと近くにあったゴミ箱へネックレスを捨てた。
「ネックレス… 高橋…由梨。 もしかして貴女がッ!」
京香はそう言うと、いきなり立ち上がり、高橋の元へと歩いていく。
俺は捨てられたネックレスを無心で眺めていた。
「貴方っ、自分がどれだけの事をしたのか分かってるの!?」
「えー?、私何もしてないし」
その時の俺は何故、京香がその話を知っているんだろうと疑問を持つ余裕もなかった。
俺はおもむろに京香の肩へ手を置いた。
「ごめん、気分悪いから帰らせて貰うわ」
そう呟く俺を京香は心配そうに見つめるが、俺はそれを無視して出口へと向かった。
あー、クソっ。
本当に気分わりぃ。
最近浮かれつつあって忘れかけていた……この感情を。
今日俺はまた馬鹿みたいに浮かれていた。
アホか俺は、また一人で浮かれて、正常な判断を下せない所だった。
何も期待はしないし、何も欲しない。
あの日に誓ったのに。
クソッ、クソッ。
またこれだ。
自分が世界中から笑われているような感覚。
俺は、京香との時間を楽しみ、そしてそれがもっと続くように期待し、そしてその時間を欲してしまった。
京香は何も悪い事などしていない。
きっとアイツは高橋のように裏切ったりはしないだろう。
でも…………でもいつかは壊れる。
無くなる。
そして俺はあの時のように、失望する。
いつだって期待は裏切られる為にあり、関係は崩れる為にある。
俺はそんな消耗品のような関係はいらないんじゃなかったのか?
もう、俺はこれ以上自分を嫌いたくはない。
後悔などしたくない。
ある学者は「後悔しない人生などない、その後悔に意味があるのだから」と言った。 だが、後悔しない人生にだって意味はある。
しなくて済むものをわざわざしに行く必要もない。
だから、次は間違いを起こさない。
俺はもう後悔をしたくない。
ーーーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーー
ー
それから俺は毎日話し掛けてくる京香を冷たくあしらった。
それでも、何回も京香は俺に話しかけてきたが、拒み続けたら2ヶ月が過ぎた頃から話し掛けに来ることも無くなった。
そして年が明けて、冬休みが終わり、俺は学校へと向う。
いつものように一人の日常。
誰にも必要とされないし、誰も必要としない日常。
悲しむ事も無く、楽しむ事も無い日常。
教室に着き、席へと座る。
寒い教室の中、クラスの奴らは一つのストーブの周りに集まり、楽しそうに会話をする。
そして俺はいつものように寝たフリする。
なんてことない。
俺が望んだ事だ。
俺は1人が好きだ。
期待をしない分、絶望もしないから。
パンドラの箱 という話はご存知だろうか?
ある1人の少年が、絶対に開けてはいけないという箱を開けてしまい、世界は絶望に包まれた。
その箱の中には世界を覆う程の絶望が入っていたのだ。
少年がは落胆した、そして後悔した。
そしたら箱の中には絶望だけが入っていたのではなく、一つの希望が入っていた。
少年はそれを喜び、希望を追い続けた。
何故パンドラの箱に希望が入っていたのか、俺には分かる。
それは少年をもっと絶望させる為だ。
希望を与え、そして奪う事により更なる絶望を与える。
希望の延長線上には常に絶望が付きまとう。
それなのに絶望の延長線上には希望は存在しない。
何故なら希望というのは積み重ね
ていくものだから。
積み上がった物は簡単に崩壊するが、積み上げるのには時間がかかる。
何かを望み、努力した人ほど損をする。
何も望まない人は、損をする事はあっても、それに対し絶望はしない。
人生とはきっとそういうものなのだ。
× × × × × × × × × × ×
学校が終わり、家へ帰った俺は電気をつけるのを忘れ、リビングでぼーっとしていた。
すると珍しく俺よりも遅く帰ってきた澪は、リビングを開け、俺を確認すると『うわぁっ』と声をあげて驚く。
「おにーちゃんっ!? 何やってんの!? 電気も付けないで!!」
何も返す気にならない俺は嫌々口を開く。
「別に……」
そう答える俺に澪は眉をハの字に曲げた。
「………あのねぇ、お兄ちゃん。 それ別にって顔じゃないでしょ? なんかあったの? 最近のお兄ちゃん、2年前の冬と同じ顔してるよ?」
「いや、本当に何もないんだって。 心配ありがとな」
「別にそのくらいはいいけどさ。 何かあったら相談乗るからね?」
澪はため息混じりにそう言うと、自室へと向かった。
お兄ちゃん失格だな、こりゃ。
…………………はぁー。
ーーーーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
翌日、学校へ向かうと、なんだか教室の中が騒がしかった。
癖で京香の姿を探してしまうが、居ない。 今日は休みの様だ。
やる事もないので、喋り声に耳を傾けると、衝撃的な事が聞こえてきた。
「なぁ、知ってるか?」
「あ?、なにがよ。」
「生徒会長、この時期に転校するらしいぜ?」
「えぇ!? 花澤さん、すげえ綺麗だったのに」
俺は周りの目を気にする事なく、噂をする男子に掴みかかる。
「おいっ!?、本当になのか!? それ!?」
突然胸ぐらを掴まれ、キョトンとする男子。
「あ、あぁ、俺はそう聞いたけど」
「詳しく教えろッ!!」
「分かった、分かったから離せって!!」
男子は俺の腕を強引に振りほどく。
胸ぐらを掴まれたせいで緩んだネクタイを直しながら、男子は口を開く。
「俺が直接聞いたわけじゃないけど、三者面談の時に、たまたま前を通りかかった友達が、そんな話をしてたって……ってか、なんでそこでお前が反応すんだよ?」
そうだ、確かにそうだ。
何故俺がこんなに動揺する必要がある………。
俺に関係ない事だしな…。
俺はゆっくりと自分の席へと戻る。
その間、掴みかかってしまった男子からは「なんだ、アイツ」という声を浴びせられた。
俺は席に着くと深いため息をついた。
ーーーーーーーーー
ーーー
ー
今日からは、学校が早く終わる為、暗くなる前に家へと着いた。
俺はまたしても、電気をつける事を忘れ、リビングで1人、頭を抱えていた。
なに動揺してんだ俺は。
どうせこうなるなら、関わらなくて正解だったじゃないか。
結局、人間関係なんて物は脆く、簡単に崩れる、失う。
俺は正しい事をした。
なのに……。
なのに、何故俺は今後悔している?
分からない…………。
頭を抱えながら自問自答を繰り返すが、答えなど見つからない。
気がつけば、窓の外は暗くなっており、部屋の中は何も見えないくらい真っ暗だ。
そんな中、パチッと音がすると部屋の電気がつく。
澪が呆れた顔でこちらを見ていた。
いつの間にか帰って来ていたみたいだ。
澪は、ため息をついた後、無言でポットの水を沸かし 暖かいコーヒーを、用意した2つのカップへと注ぐと、こちらにコトっと音を立てて置いた。
「話……聞くよ?」
澪は心配そうにこちらを諭すように見つめて呟く。
そして、意を決した俺は、コーヒーを一口飲み、澪へと向き直る。
「悪い……、じゃあ、聞いてくれるか?」
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーー
ーー
ー
話は長くなったが、相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた澪は、瞳を閉じ、黙考した後に口を開く。
「お兄ちゃんは逃げてる。 全ての事から。 逃げる事が必ずしも悪いとは言わないよ。でも、お兄ちゃんは馬鹿みたいに自分に嘘をついて、傷つきたくないから逃げてる。 それはお兄ちゃんが一番嫌う自己欺瞞じゃないの?」
「で、でも俺は自分にッッ!?」
澪は俺の言葉を睨み付ける事により静止させた。
「お兄ちゃんは『傷つきたくないという感情からは逃げてない、だからこれは自己欺瞞でもなんでもない』って思ってるんでしょ?」
図星を突かれた俺はコーヒーを口に運ぶ手を止めた。
目を見開き、こちらを見つめる澪へ視線を向ける。
澪は眉を八の字にして諭すように口を開く。
「お兄ちゃん? 本当は気づいているのに、意地になって何もしないのは稚拙で幼稚だよ。 お兄ちゃんはそんな人だった?」
「気づいてるって……何にだよ」
「…………………」
俺の問いに澪は答えず、無言でこちらん見つめる。
しばらく無言で視線を交わした後、ややあって澪はため息をつく。
「私からお兄ちゃんに言えるのは、本当に自分がやりたい事にいちいち理由や詭弁をを付け足して見ないフリをすのはやめた方がいいよ? それと、今は今しかない、タイミングは待ってくれないよ 」
澪はそれだけ言うと残りのコーヒーを煽り、自室へと向かった。
ったく。
アイツは本当に………。
「澪、ありがとな」
今は誰もいないリビングで俺は呟いた。
それから俺は再びリビングでコーヒーを飲みながら黙考する。
本当は気づいている………か。
きっと澪が言っていた『本当は気づいている』 とはきっと俺自身が、自分がしたい事に気づいている、という事だろう。
確かに、本当は気づいているのに何かと理由をつけて、詭弁を吐いて、俺はこれでいいんだと、間違ってなどいないと、言い聞かせ、見ないフリをしてきた。
見ないフリをした理由なんで分かりきってる。
怖いからだ。 その気持ちを肯定してしまったら、また俺は二年前のようになるのかもしれないと……。
そして、いつものように詭弁を吐いて、後悔のないように逃げた結果、 俺は後悔している。
何に?
ーーー京香と過ごす時間が無くなった事にーーーー
何故?
ーーー好きだからーーー
好きなんて感情は幻想で、そして稚拙で幼稚で、そして何よりも単純だ。
俺がこの2年間、蔑み、拒み、嫌い続けてきた感情。
結局、恋愛感情なんて物は性欲の延長線上にしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。
だからこそ、脆くて、崩れやすく、揺らぎやす感情だ。
そして俺はその感情を嫌った。
それでも俺は心の中では、期待していたのかもしれない。
アニメやドラマに出てくるような、 本当に相手の事を思い合って、尊重し合うような関係を。
だが、それを求めてしまえば俺はまた傷つき、後悔をする。
でも、そんな自己防衛心よりも俺は、京香への気持ちを優先していた。
だから、冷たくあしらった京香を目で追ってしまったり、転校を知った時に動揺した、後悔した。
もう……間に合わないか。
前も言ったが、一度崩れた関係は完璧な再構築などできない。
仮にできた所で、時間がかかる、彼女はその間に転校をしてしまうだろう。
それに都合が良すぎる。
冷たくあしらっておいて、また近ずくなんて。
だから俺は、このまま何も変わらずに過ごす。
これ以上彼女に迷惑をかけないために。
ここで、澪が言った『今は今しかない、タイミングは待ってくれないよ』という言葉が頭をよぎる。
くっ…………。
俺は、意識しないうちに拳へと力が入り、歯をくいしばる。
「あぁっ! くそったれッッッ!!」
誰もいないリビングで俺はそう叫ぶと、玄関へと向かった。
そして、ドアへ手をかけると、後ろから声をかけられる。
「お兄ちゃん! いってらっしゃい!!」
「澪……、さっきはありがとな! 行ってくる!」
そして俺は家を出た。
向かうのは俺の家の正面に位置する家だ。
雪が降る中、重い足をゆっくりと進め京香の家の前で止まると、深呼吸をする。
インターホンを押そうとも思ったが、今現在の時間を確認すると10時を回っていた。
さすがに、家族に迷惑か……。
そう思った俺は携帯をポケットから取り出し、連絡先の中から京香を探し、電話をかける。
プルルル、という音が三回ほど聞こえた辺りで京香は電話に出る。
『もしもし』
「京香かっ!? 今お前の家の前に居るからちょっと出てきてくれ!!」
『……………』
返答が返ってこないので焦っていると、電話はプツッと音を立てて切られた。
はぁ………。
そりゃそうだよな。
無視もされるわ。
などと思いながらショックを受け、京香の家前で立ち尽くしていると、不意に玄関のドアが開く。
俺はその扉を開ける京香の姿を確認すると安堵した。
彼女は、長めのマフラーを首に巻き、ジャージの上から厚めのカーディガンを着ていた。
寒いのか少し頬が赤い。
「こんな時間に悪い、大切な話があるんだ」
「……………………」
「駄目……か?」
京香はしばらく俺を無言で見つめていたが、やがて はぁ、っとため息をつくと口を開く。
「いいでしょう、聞いてあげるわ、何かしら?」
「悪いな。 その、なんて話したらいいか…………、とりあえず最近お前の事を避けてて悪かった!!!」
その言葉に京香は目を見開き驚いた表情を作るが、すぐに不機嫌そうな顔へと戻る。
「べ、別に気になどしてないわ、 何度も引っ叩きたくなったけど、許します」
俺はその言葉に安堵する。
そして、俺はゆっくりと口を開く。
自分の要望を彼女に押し付けるために、自己満足の為に。
「それとな……、その…………」
口ごもる俺を見て京香は首を傾げた。
「…………………?」
ゆっくりと拳に力を入れる。
震えを止める為に。
自分の気持ちを偽らない為に。
「お前が転校する事はクラスの奴らから聞いた。 でも俺はお前ともっと一緒に居たい!! あの時間を失いたくない!」
「は……ぁ? えとっ!、あなた……それってどうゆう……」
京香はこれまでに無いほど動揺し、顔をトマトのように真っ赤に染める。
俺はそれでも止めない、止める気なんて毛頭ない。
「どんな形でもいいっ!! 俺はお前と繋がって居たい。 お前との縁を切りたくはない!!」
「…………なんで」
京香は動揺を隠す為か、深く俯きながら呟く。
「好きだからだよっ!! 」
俺の声は辺りに響いた。
とんでもない事を口走ってしまった俺は頬に熱を帯びるのを感じながらも言葉を続ける。
「だから………だから俺はお前が転校しても繋がりを持っていたい」
言った。
言い切った。
自分の思っていること、望んでいる事。
緊張の糸が切れ、拳から力が抜けるた。
やがて京香は俯いていた真っ赤な顔をゆっくりと上げ、気まずそうに俺を見上げる。
その表情を見た俺は察してしまった。
この先に言われる言葉を。
そうだよな……そりゃそうなるわ。
少なくとも俺が彼女の立場だったら『なに言ってんだ、コイツ』となる。
だが、京香の口からは予想もしなかった言葉が出てくる。
「あの……。 まず、転校ってなんの事かしら?」
その瞬間、時間が止まる。
俺は目を限界まで見開き、彼女を見つめると、間の抜けた声を出す。
「へ?………。 えっ?………だってお前っ! クラスの奴らが三者面談の時に聞いたって」
「あー、 あの時は私の両親が、喧嘩をしていたのよ、それで一時的な感情を丸出しにして………って感じね。 今は仲直りして、普通に過ごしているわ」
えっ、嘘でしょ?
じゃあ、俺がした事って……。
うわぁぁぁっ!!!
死にてぇぇぇぇっっ!!
今は横に崖があったら1秒もしないで、身を投げる自身がある。
これぞ本当の穴があったら入りたいってな!ってやかましいわ!!
羞恥に打ちひしがれている俺の姿を見た京香はクスッと笑った。
そしてコホン、と咳をして京香は真っ赤な顔で俺を見上げる。
「あなた、私の事をその……好意的な目で見ているの?」
俺はそこでさらに恥ずかしくなるが、素直に答える。
「いや、その…まぁ、その通りだ」
その言葉に京香は顔を先程よりも真っ赤にし、俯く。
少し表情が気になり、バレないように京香をチラッと見ると。
彼女は物凄くにやけていた。
そして、しばらく俯いていた京香は顔をゆっくりと上げ、『そう』とだけ残すと踵を返し、自宅に帰ろうとするので、制止する。
「その、お前の気持ちはどうなんだ? えと、俺に対しての…」
京香は少し悩んだ仕草をすると、こちらに向きなおる。
すると京香は、俺の襟元をグイッと引っ張った。
そして京香の柔らかい唇が、俺の唇へと重なる。
その途中、京香の口からは「んっ、」という少しアレな声が漏れる。
10秒くらいしていただろうか。
やがて京香はぷはっと唇を離した。
俺はその間目を見開き、呆然と立ち尽くしていた。
顔を羞恥の色に染めていた京香は、俺に背を向け、自宅の中に入ろうとする。
ふと我に返り、俺は京香へ声を掛ける。
「ちょっとまっ……」
俺の言葉を遮り、京香は口を開く。
「明日からは一緒に登校しましょ。
7時に家の前で待っているわ」
そう言うと、今度こそ京香は自宅へと戻っていった。
それから、俺達は付き合い始めた。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
× × × ×
結論的に言うと、俺は消耗品ではない関係を手にいれる事ができたのかは分からない。
俺は今でも考えを、自論を変える事はしていなかった。
今ある幸せなんてものは、いつ無くなるかなんて分からない。
明日には絶望の底へと落とされるかもしれない。
一生続く関係などないのかもしれない。
だからこそ望んでしまう。
今まで望んではいたが、俺はそれに見ぬフリをして、逃げていた。
そして、今度こそは逃げないで求め続けるだろう。
そんな、あるかどうかなど分かりもしない本物を………
俺は信じ続ける。
開けてはいけない箱を開けてしまった少年のように。
どうも皆さんここまで見て下さってありがとうございます!!
一応異世界系を今連載しているので、そちらも見ていただけると幸いです。
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