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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
最終章 青年期 キアラ編
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第94話 これから


「…………」


 オレは、二つの光の玉が浮かぶ空間に戻ってきていた。

 どこまでも広がっていくような暗闇の中で、その二つの光の球体だけがオレの存在を確かなものにしてくれている。

 身体も、いつの間にかもとに戻っていた。


「……あれは」


 オレが見たのは、キアラの記憶だった。

 キアラが何を考え何をしてきたのか、オレはたった今、全てこの目で見たのだ。


 ……おそらく、エーデルワイスの魔術のせいだ。

 たしか、『融和』とか言ったか。

 本来どういう効果をもたらすのかはわからないが、エーデルワイスの意図することとは違う結果になったことだけは間違いないだろう。


 近くにある金色の光は激しく点滅し、自己主張を繰り返しているが、そんなものに反応してやるほどオレは優しくない。

 オレは、暗い緑色の光を発する球体に向けて声をかけた。


「いるんだろ、キアラ」


 オレの声に反応するように、緑色の光がさらに暗くなる。

 そして、その光が人間の姿を形作り始め、


「……ラルくん」


 俯いたキアラが、オレの方を見ていた。

 キアラの姿は、オレの中の記憶と全く変わっていない。

 その事実に妙な安心感を覚えながらも、オレは言葉を続ける。


「オレは、キアラの記憶を見た。キアラが何を考えて、何をしてきたのか、この目でしっかり見てきた」


 その言葉に、キアラが僅かに震える。

 キアラが、自分の過去をオレに知られるのをずっと恐れていたことはわかっていた。

 だから、オレはちゃんと伝えなければならない。


「……前世でのオレは、キアラの弟の幼なじみ、ってところだったんだろうな。キアラは姉ちゃんみたいなポジションだったわけだ」


 実際、前世でもキアラにはかなりお世話になったのだろう。

 だから、前世のオレはキアラのことを好きになったのだ。


「ただ、オレもキアラの弟のことは全然覚えてないんだ。まさかキアラがあんな理由で殺されたなんて、夢にも思わなかった」


 あれはちょっと色々な意味で衝撃的過ぎた。

 今にして思えば、あれがキアラが狂う最初の原因になったのだ。


「そして、キアラが転生して、シャルルさんに殺されそうになってからは……正直見てられなかった」


 誰にも愛されていなかったと告げられて、このまま終わりそうになったところで、キアラは『傲慢』として覚醒した。

 その後、キアラは再びオレに会うために、罪を重ねることになる。


「キアラのやったことは虐殺だ。到底許されることじゃない」


「……っ」


 そんなオレの言葉に、キアラが目に見えて震えた。


 当たり前だ。

 キアラがどれだけ悲惨な過去を背負っていたのだとしても、彼女のやったことが許されるわけがない。

 彼女がしでかしたのは、とても恐ろしいことだ。




「……でも、それはもう終わったことなんだよ。キアラ」




「……え?」


「過去は変えられないんだ。絶対に」


 ……過去は、変えられない。

 そんな都合のいいことは許されない。


 もしかしたら、キアラの『傲慢』の力があれば、本当に世界を再現して過去をやり直すようなことができるのかもしれない。

 でも、それは決して過去を変えたことにはならない。

 自分の犯した罪は、一生つきまとう。


「――が殺されてしまったという過去も、アリスがたくさんの人を殺してしまったという過去も、変えられない」


 それは、もう覆すことのできないこと。

 だが、だからこそ、オレはキアラに語りかける。




「――でも、未来は変わる。変えられる」




 それは、当たり前のことだ。

 当たり前だけど、大事なことだ。


「キアラは、過去に自分がやったことを後悔してるんだろ?」


「……うん」


「だから、その後悔をこれから先の未来で生かせばいいんだよ」


 過去の失敗を糧にして、未来をよりよい方向に持っていく。

 それは、無意識のうちに誰でもやっていることだ。


「キアラもやってただろ。オレを悪の道に進ませないように、すごく気をつけてくれてたじゃねーか」


 キアラももちろん、それができる。

 実際、彼女がいなければオレはこの世界で増長し、その辺でのたれ死んでいたかもしれない。

 そうなることがなかったのは、間違いなくキアラのおかげだ。


「でも……それぐらいじゃ、私の罪は許されないよ……」


 彼女はまだ俯いたまま、そんなことを言う。

 たしかにその通りだ。

 そんなことで、彼女の罪が消えたりはしない。


 だが、まず彼女は思い違いをしている。


「――許されようと思うな、キアラ。お前がしたことは、それだけ大きなことだ」


「っ!」


「……許されるためにやるんじゃなくてさ。悪いと思ったから何かをするべきなんじゃないかなって、オレは思う」


 例えばそれは、謝罪であったり、自分なりに何か考えての行動であったり。

 それはただの自己満足かもしれないが、やらないよりはマシだろう。


 結局、オレが言えるのは月並みな言葉でしかない。

 当たり前のことを、しっかりとキアラに飲み込ませる。それだけだ。


「……私、どうすればいいのかな」


 ぼんやりと、キアラがそう呟いた。

 その瞳は、いまだにこちらを見ようとはしない。


 だから、オレは言った。




「じゃあ、キアラ。オレを支えてくれ」




「……え?」


 キアラが、ゆっくりとその顔を上げる。

 あの時別れてから初めて、オレの顔を見てくれた。

 そのことをとても嬉しく思いながらも、オレは言葉を続ける。


「これから先、一生オレを支えろ。それがオレからキアラへの罰だ」


「……そんなの、全然罰にならないよ。だって、私はラルくんのことが……」


「オレは、キアラがいないと寂しい。これから先もずっとずっと、キアラが必要なんだ」


 オレは今、とても卑怯なことをしている。

 キアラの罪につけ込んで、その気持ちにつけ込んで、彼女の一生を自分のものにしようとしている。


 キアラは、何かをこらえるような表情を浮かべていた。

 だが、それはいつまでも耐えられるようなものでもない。


「……私、ほんとはすごく嫌な女なんだよ!? たくさんの人を殺したし、カタリナちゃんやクレアちゃんにも嫉妬したっ! それに今だって……ほんとは……ほんとはラルくんに見捨てられたくなくて、それで……っ!」


「それでも、キアラがオレにしてくれたことは変わらねえ!!」


 キアラが絞り出した声を掻き消すように、俺は叫ぶ。


「オレはキアラがオレにしてくれたことを全部覚えてるっ! キアラのいいところをたくさん知ってるっ! それは、たとえキアラ自身にも否定させねえ!」


 突然転生して、右も左もわからないオレと、最初に友達になってくれた。

 この世界の色々なことを教えてくれた。

 魔術だって、キアラが教えてくれていなかったらどこまで伸びたかわからない。


 そして、オレのことを好きだと言ってくれた。

 愛してくれた。

 オレはキアラに、返しきれないほど大きな恩があるのだ。


「だから、オレと来い。今度こそ、一緒に生きよう」


「……私、ほんとに醜くてどうしようもない女なんだよ……?」


「そんなこと言い出したら、オレだって大概ひでぇよ」


 自分の身勝手な理論を、キアラに押し付けている自覚はある。

 それでもオレは、キアラに生きてほしい。

 キアラと一緒に生きたいと願っている。


「……でも」


 それでもキアラは、踏ん切りがつかないようだった。


「……あー、もうごちゃごちゃうるせぇ!!」


「きゃっ!?」


 オレは、キアラを抱きしめた。

 温かくて小さい身体が、オレの胸の中にすっぽりと収まる。


 改めて見ると、キアラは本当に小柄だ。

 それだけオレが成長したというのもあるが、彼女はこんな小さな身体に、あれほど過酷な運命を背負ってきたのだと実感する。


「キアラはこれからずっと、オレの隣にいればいい」


「……ラルくん」


 オレに抱かれるキアラの身体が、小さく震えた。

 彼女の顔が、オレの胸に押し付けられる。


「……いいのかな。私、こんなに幸せで……いいのかなぁ……?」


「いいに決まってる。でも、そうだな……」


 オレは少しだけ考え込んで、


「キアラが自分の幸せを許せないなら、他の人にも幸せを分けてあげたらいいんじゃねーか?」


「……幸せを、分ける?」


「ああ。自分が貰った幸せを、他の人にも分けてあげるんだ。どんなに小さなことでもいい。キアラができることを、やっていけばいいんじゃねーかな」


 罪を犯してしまったからこそ、痛みを知っているからこそ、きっと何かできることがある。

 それは楽観的な考えかもしれないが、オレはそれでもキアラのことを信じている。

 キアラは、すごい女の子なのだから。


「オレはキアラのことが好きだ。だからずっと、ずっとずっとキアラのことを見てる。約束するよ」


「……そっか」


 キアラの身体から、力が抜けた。

 それは、彼女が自身の身体をオレに預けた印に他ならない。


「……やっぱり、ラルくんは私が好きになった人だったよ」


 涙声のまま、キアラは言葉を続ける。

 顔はぐちゃぐちゃで、正直見ていられない。

 でも、彼女の中から、何かよくないものが抜け落ちているように見えた。


「カッコよくなったね、ラルくん」


 キアラは、泣きじゃくりながら、




「ずっと、あなたのそばにいます。これから先も、ずっとずっと」




 そう言って、オレに微笑みかけたのだった。






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