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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
最終章 青年期 キアラ編
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第92話 Chiara's memory 5





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 『終焉の魔女』として覚醒した私は、殺戮の限りを尽くす。

 ロミードはひとまず後回しにして、まずはシェフィールドを滅ぼすことにした。


 目に付いたものから殺し尽くした。

 ありとあらゆる命を吸い尽くした。


 常時『吸収ドレイン』の魔術を発動させ、本来吸収することなどできないはずのその土地の精霊や生命力、地力をも奪い取っていく。

 わたしの歩いた後には、不毛の大地しか残らない。


 世界を破滅させるもの、それがわたし。


 ……そんな中で、私に味方する者が現れた。


「あなたの憎悪は素晴らしいわ。是非、わたくしたちにも協力させてくださいな」


 エーデルワイスと名乗る銀髪金眼の魔女と、カミーユと名乗る長すぎる黒髪を地面まで伸ばした顔色の悪い女だ。

 彼女たちも『大罪』を持つ魔術師らしく、私の活動に共感し、協力を申し出てきたらしい。


 私としては、別にどちらでもよかった。

 どうせいずれ、彼女たちも私の世界の贄になるのだから。


 ただ、彼女たち……特にエーデルワイスと名乗った女の力は計り知れないものがあった。

 本気で殺し合えば、今の私ですら無傷では済まないかもしれないという予感を覚えさせるほどに。


 結局、ひとまず協力してもらうことにした。


 エーデルワイスとカミーユが仲間に加わったことで、シェフィールドの蹂躙は瞬く間に進んだ。

 あまりにあっけなく、シェフィールド皇国は滅びを迎えたのである。




 ――そして、その時が来る。


 私の活動範囲がエノレコートにまで広がると、そいつは突然やってきたのだ。

 エノレコート王国の辺境で殺戮の限りを尽くしていた私の前に、突然。


「お前がここの『傲慢』か……なるほど」


 そいつは、ただひたすらに白かった。

 地面につきそうなほど長い白髪に、白を意匠とした前世でいう巫女服のようなものを身に纏っている。

 だが、その瞳だけは血のように真っ赤だった。


 一目見ただけでわかった。

 こいつは、何か得体の知れない存在だと。


 そして、私がこいつに絶対に勝てないだろうことも。




「――棺が要るな」




 そいつの声が響き、私の身体は強烈な倦怠感に包まれた。

 身体の自由が利かなくなり、視界が何かで封じられる。

 直感で、何かに閉じ込められたのだと気付いた。


 『強制移動』を使おうとしたが、自分の身体が動く気配はない。

 その事実に衝撃を受けながら、自力でなんとか脱出しようとしたものの……無駄だった。


「ふむ。滅ぼすほどの余力はない……底にでも沈めておくか」


 そんな声が聞こえたのが最後だった。

 私の入った何かが、落ちてゆく感覚があった。


「……!」


 まるで底などないかのように、延々と落ちていく。

 あったはずの地面は、何かに入った私を支えるのに、なんの役目も果たしてはくれないようだった。




 そして、私の意識は途絶えた。







「……ん」


 ……いつから眠っていたのか。

 目を覚ました私が見たのは、あまりにもおぞましい光景だった。


 ――広い空間だ。

 その壁は生肉のような鮮やかな赤色で、僅かに脈動している。

 赤い壁や肉のようにぶよぶよとした見た目の地面がぼんやりと光を発しているおかげで、なんとか視界は確保できていた。


 ……死体を見慣れた私ですら、気持ちが悪くなってくる景色だ。

 ふと、空間の奥の方に目を向けた私は硬直した。


 奥の方に何かがいた。

 その姿をはっきり見ようとして、思いとどまる。

 なんとなく、それをはっきりと見てはいけないような気がしたのだ。


 近くには、巨大な赤い棺があった。

 そして、私はようやく今の自分の状態に気づく。


「……え?」


 身体が半透明になっていた。

 よく見ると、地面からも微妙に浮いている。

 それはまさに、幽霊や魂だけの存在といった、かなり不安定なものに他ならない。


 ……おそらく、あの白い男からの攻撃による影響だろう。

 だが、肉体と魂を分離させる魔術など、聞いたことがない。


 そこで私は、恐ろしい結論にたどり着く。

 あの男は、『棺が要る』と言っていた。

 ならばこの棺の中には、私の身体が入っているのではないか、と。


 そしておそらく、その推測は正しい。

 霊体となった今の私は、この棺の中から私と同じようなものの気配を感じるからだ。


「……っ」


 しかしそんなことを考えているうちにも、あまりに濃密な闇精霊の気配が、私の魂を呑み込もうとしていた。

 あまり長い時間、この空間にいることはできない。


 私は様々な魔術を試した。

 幸いなことに、こんな身体になっても魔術を使うことはできるようだった。

 しかしなにをしても、その棺をこじ開けることはできない。


 ……やむを得ない。

 私はそう決断し、ひとまずここから脱出することにした。


 何か得体の知れないものがいる反対側には、光の膜のようなものが口を開けている。

 私はそれが、本で読んだ迷宮の境界線に似ていると思った。






 ……体感時間にして、およそ一年ぐらい経っただろうか。

 私はようやく、その迷宮から抜け出すことができた。


 そして、自分が出てきた場所を知って愕然とする。

 そこは紛れもなく、『最果ての洞窟』の入り口だったからだ。


 さらに恐ろしいことに、私が迷宮を彷徨さまよっていた時間は、一年どころの騒ぎではなかったらしい。

 シェフィールドは滅び、その領土はディムールが統治していた。


 おそらく私はあの白い男の一撃を受けて、かなり長い間眠ったままだったのだろう。

 それも、数十年もの間。


 眠っていた間に闇精霊の影響を受けなかった理由はわからないが……もしかすると意識を取り戻したと同時に、魂だけが棺の中の本体から剥がれたのかもしれない。

 そのあたりは推測するしかなかった。


 とにかく、私が目覚めたのは平和な世界だった。

 過去を乗り越え、受けた痛みを分かち合いながらも、必死に前に進んできた人たちが生きる世界だった。

 そんな光景を見て、なぜか力が抜けた。


 今の私には、世界を滅ぼすことができるほどの力はない。

 魔術は扱えるが、身体の奥底から活力が湧き出てくるような感覚は、もう無い。

 『傲慢』の力も、まるで身体に置き忘れてしまったかのようだった。


 ……そんな世界を、私はアテもなく彷徨い続けた。

 私の姿は、他の人間には見えない。

 声を届けることも、触れることもできない。


 今の私は、本当に存在しているのかすら曖昧なモノでしかなかった。






 だから、その日に彼に出会ったのは、まさに運命と言うべきなのだろう。

 あの日は、月が綺麗な夜だった。


「……あれ」


 懐かしい気配がした。そんな気がする。

 それはもう、ほとんど本能のような感覚だった。


 近くにあるのは、ガベルブックという一族が住む屋敷だ。

 私はまるで何かに吸い寄せられるように、そこに向かった。


 屋敷の二階にある窓は開いていた。

 まるで私を招くように、カーテンがはためく。

 その窓から中に進入すると、ベッドに誰かが横たわっているのに気が付いた。


 心臓が跳ねる。

 それを悟られないようにしながら、それでも私は喜びを抑えることができなかった。


 ベッドで私の方をまじまじと見つめているのは、まだ年端もいかない赤ん坊だ。

 でも、私にはわかる。


 彼だ。

 彼がこの世界に、生まれ変わってきてくれたのだ。


 戸惑ったような彼の様子に、しかし私は想いを抑えることができない。

 ただただ、愛しさがこみ上げてくる。


「……愛してる」


 想いが抑えきれず、そのままキスをしてしまった。

 その直後に謎の防衛能力が発動され、二ヶ月ほど全然動けなくなったが……まあそれは置いておこう。




 こうして、私は彼との再会を果たしたのだ。



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