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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
最終章 青年期 キアラ編
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第85話 開かれた扉


 ロミード王立魔術学院は、かつてディムールとの国境近くにあった学校だ。


 『終焉の魔女』アリスによる甚大な被害によって廃校を余儀なくされ、その校舎や寮などはそのまま放置されている。

 学院の跡地は忌むべき土地とされ、今や誰も近づくことのない場所となっているのだ。


「ここが……」


 大長老様と別れてすぐ、オレはそんな場所にやって来ていた。

 風精霊を使って全力で飛行した結果、ロミードの討伐隊よりもだいぶ先に着いてしまったが、大して問題はない。


 キアラがロミードに出現した旨は、『テレパス』を使って既にカタリナやクレア、そしてアミラ様にも知らせてある。

 アミラ様にまで報告したのは、とある予感があったからに他ならない。


 なんとなくわかっていた。

 ここが、運命の帰結点なのだと。




 ならば、それにふさわしい役者がいて然るべきだ。




 廃校舎は荒れ果てていた。

 校舎のほとんどが緑色のツタに覆われており、長いあいだ人の手が加えられていないことがわかる。


 前世ではこういった建物に入るのは危険だと教わったが、今のオレなら多少のことでは怪我すらしない。

 そう判断して、中に入ってみることにした。


 全体的に古臭いが、教室や机や椅子などの備品は、ディムールの学院と比べてもそう変わるものではない。

 床のところどころにこびりついている赤黒いシミは、この場所で惨劇が起きたことを如実に示している。


 教室がある建物を出て、中庭のような場所に出る。

 そう判断したのは、広い空間の真ん中に泉のようなものがあったからだ。


 透き通った水を囲うように、その周りには巨大な白い石が敷き詰められている。

 しかしその水面は太陽の光を反射することなく、どこまでも深い闇をたたえている。

 そんなことになっているのは、その水が原因ではなく、上空の状態が原因だ。




 泉の上空には、濃密すぎる闇精霊の気配と共に、巨大な漆黒の球体が浮かんでいる。

 それは紛れもなく、『終焉の魔女』アリス本人がそこにいるという証に他ならない。


 そして、




「久しぶりね、ラルくん。元気にしてたかしら?」




 泉を囲う石に、腰掛けている女がいた。

 純白の翼を広げ、天使のような微笑みを浮かべている。


 だが、オレは知っていた。

 目の前にいる女が、どれほど邪悪な存在なのかを。


 そこにいるのは正真正銘、銀髪金眼の魔女だ。


「エーデルワイス……か」


「あら、随分と落ち着いているのね。もう少し取り乱してくれるのかと思ったのだけれど」


 エーデルワイスはコロコロと笑う。

 五年経った今も、何も変わらない。

 『色欲』の魔術師は、オレの記憶の中のそれと寸分違わぬ姿をしていた。


「なんとなく、察しはついてたからな」


 キアラがこの場所に現れたと聞いた時点で、エーデルワイスやロードが出張ってくることは考慮していた。


 キアラがこうして学院の跡地にやってきたということは、おそらくこの場所で何かをするつもりなのだ。

 その予想は、大長老様の話を聞かなければ絶対に立てられなかったものだが、今この場に来てそれは確信に変わっていた。


 遥か上空に感じるキアラの気配も、五年前とは比べものにならないほど禍々しいものになっている。

 あれだけの力があれば、奇跡の一つや二つくらいは容易に起こせるに違いない。


 キアラが何を狙っているのかはわからないが、あまりいい予感はしない。

 今この瞬間にも、上空にある圧倒的な気配が地上の生物全てを呑み込んだとしても不思議ではない。


 まあ、そんなことをさせるつもりは毛頭ないが。


「あれを見て、アリスが何をしているのかわかるかしら?」


「……いや。エーデルワイスはわかるのか?」


 オレがそう尋ねると、エーデルワイスは少し驚いたような表情を浮かべた。

 だが、それを平常通りの笑みに戻すと、


「あれは、新世界への扉よ」


「……なに?」


「アリスは今、こことは違う新しい『世界』を創っているの。そこに至ることができる扉と一緒にね」


 それはまさに、オレの想像を超えた発言だった。

 なんのためにそんなことをしているのかも、オレにはよくわからない。


 もっとも、今のキアラにしっかりとした自我や目的があるとは考えにくい。

 あるとすればそれは、妄執のようなものだけだろう。




「――思ったより、早かったわね」




 エーデルワイスのそんな言葉と同時に、上空に明確な変化が起きる。

 一面が薄暗い雲のようなもので覆われていた空に、一瞬にして巨大な輪が出現したのだ。


 それ(・・)は、前世で言う魔法陣のような形状をしていた。

 どこまでも黒い光が緻密な紋様を描き、周りを覆う文字の羅列を意味のあるものたらしめている。


 綺麗な円を描くその内側からは、暗い赤色の光が溢れ出していた。

 それがオレには、どうしてもいいものには思えない。


「あれが、扉……?」


 オレのそんな呟きに、エーデルワイスは口元を緩めた。


「そうね。扉ができたということは、もう向こう側の世界は完成しているでしょう」


 エーデルワイスの言葉を肯定するかのように、上空に浮かぶ漆黒の球体がゆっくりと扉の中へと入っていく。

 どこまでも深い黒が完全に赤色の光に呑み込まれると、辺りの空気が少しだけ軽くなったような気がした。

 どうやら、キアラは一足先に向こう側に行ったようだ。


 キアラの妄執が生み出した世界。

 それはいったい、彼女のどんな欲望を体現した場所なのか。




 ――あの光の先に、その答えがあるはずだ。




「あら。あなたも行くのかしら?」


 風精霊をその身に纏い、飛び立つ準備をしていたオレに向かって、エーデルワイスはそんな声をかける。


「当たり前だろ。なんのためにここまで来たと思ってんだ」


 オレがロミードに来たのは、キアラを暗い闇の中から救い出すためだ。

 だから、ここで立ち止まることなどあり得ない。


「そう。じゃあ、わたくしは一足先に向かうわね」


 エーデルワイスはそう言うと、背中の翼を大きく広げた。

 そのまま飛翔すると、扉の広がる方へとその高度を上げていく。

 やがて赤い光に包まれると、その姿はどこにも見えなくなった。


 エーデルワイスがあちら側に向かった以上、オレももちろん行かなければならない。

 だが、その前に話をつける必要があった。


 このままにはしておけない人間が、この場にはいる。


「――出てこいよ、ロード」


「……バレてたか」


 エーデルワイスがいた少し後ろのほうに、現れた人影があった。

 いや、正確に言えば、彼がそこにいるのはずっと前から気付いていた。

 おそらく、姿を見えなくする魔術でも使っていたのだろう。




 ――ロード・オールノート。




 『嫉妬』の魔術師が、オレの前に立ち塞がっていた。




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