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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
最終章 青年期 キアラ編
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第84話 蘇った記憶


「その後アリスはシェフィールド皇国まで戻り、殺戮の限りを尽くしました。そして、当時のエノレコート王によって滅ぼされた――と、されていました。五年前、彼女が再びこの世界に現れるまでは」


 そこまで言うと、大長老様は長く息を吐いた。


「――これが、私の体験したことの全てです」


 大長老様の話を聞いたオレは、言葉を失っていた。

 収穫は、あった。それも予想以上に。


 大長老様が初めて会った時に見たという、キアラの残虐性。

 オレはそんなものを感じたことはなかったが、キアラが『傲慢』として覚醒する前にも、兆候はあったのだ。

 ただ、気付いている人がほとんどいなかっただけで。


 それに、キアラに弟がいたなんて聞いたこともない。

 考えてみれば、オレはキアラの過去のことを全くと言っていいほど知らなかったのだから無理もないか……。


 しかもタイミング的に、キアラの弟と父親は、キアラが『傲慢』として覚醒したきっかけに関係しているように思えてならない。

 その真相を聞くことは、キアラ本人からしかできなさそうだが。




 ――そして、キアラが転生者だったという事実。




 昔からずっと、もしかしたらそうなのではないかと思っていた。

 だが、確信がなかった。


 でも今日、大長老様の話を聞いて、推測は確信に変わった。

 キアラは転生者だ。




 それも、前世のオレと深い関わりがあった人間だ。




 最後に、キアラが書いていたという物語。

 『キアラ』というのは彼女の本名ではなく、その物語の主人公の名前だったのだ。


 本名を名乗ればさすがにオレに感づかれると思ったのだろう。

 あるいはその名前を出せば、転生者であるオレの記憶が蘇るきっかけになるかもと思ったのかもしれない。

 単純に、名前が気に入っていたからという理由かもしれないが。


 そして、さっきからずっと、オレの中に言葉にできない違和感がある。

 オレの中の、魂の奥底に眠る何かが叫んでいる。




 読んだことのあるはずのないその物語を、オレは知っているのだと。




「大長老様。キアラが書いていたというその物語、よければもう少し詳しく教えていただけませんか?」


 それを確認することができれば、オレは何か大切なことを思い出すことができる。

 そう思えてならなかった。


「……よろしければ、アリスのノートをご覧になりますか?」


「え!? 持ってらっしゃるんですか!?」


 思わず叫んでしまったオレを見て少しだけ口元を綻ばせながら、大長老様は首を縦に振った。


「ええ。アリスが唯一、私に遺していったものですから。少し待っていてくださいね」


 驚きに口が開いたままのオレをよそに、大長老様はゆっくりと席を立つ。

 ソワソワしながらしばらく待っていると、手元に古ぼけたノートのようなものを持ってきた。


「お待たせしました。これです」


「これが……」


 大長老様から、そのノートを受け取った。

 古ぼけてはいるが、およそ百年も前のものにしては保存状態も良好だ。

 ノートを開き、中にある文字を目で追っていく。


「…………」


「タイトルはありません。彼女が、それをつける前に壊れてしまいましたから……。それに、話自体も途中で途切れてしまっていました」


「…………」


 大長老様のそんな言葉が耳に入らないほど、オレはその文章に目が釘付けになっていた。


「は、はは……」


 読み進めれば読み進めるほど、記憶に蓋をしていた何かが剥がれ落ちていく。

 オレの隠れていた過去が、おぼろげだった前世の記憶が、剥がれた隙間からあふれ出してくる。

 その記憶の中には、すべてある少女の姿があって。




 その少女と、星の砂丘にいたセーラー服の少女と、キアラの姿が重なって見えた。




「なにか、得るものはありましたか?」


「……ええ。これ以上ないくらいに」


 大長老様の疑問の声に、オレは首肯する。

 いまだに、前世の全ての記憶が戻ったわけではないことはわかっていた。

 思い出したのは、とある少女に関連した記憶に過ぎない。


 だが、オレにとってはもうそれだけで十分だった。


「……一つ、お聞きしたいことがあります」


「なんでしょうか?」


「アリスは、あなたにとって何なのですか?」


 大長老様は、じっとオレのことを見つめてくる。

 その問いに対してオレが言えることがあるとすれば、それは。


「大切な人……ですかね。だから必ず助け出しますよ。それに……」


「それに?」


 オレは、もう決めたのだ。


 この世界で、ラルフ・ガベルブックとして生きていくことを。

 キアラを闇から救い出して、共にこの世界で生きていくことを。


 それが、オレがこの世界に生まれてきた意味だと知ったから。




「オレは、キアラを愛してますから」




 大長老様は、オレの答えを聞いて静かに瞳を閉じる。

 まるで、その答えを噛みしめるかのように。


「そう、ですか」


 そうして再び目を開いた大長老様は、どこか晴れやかな顔をしているような気がした。

 大長老様は、オレが手に持っているノートを指差して、


「それを、あなたに差し上げます」


「いえ、それは……」


 それを受け取るのは、さすがに気が引けた。

 というよりも、


「それは、大長老様が持っていてください。きっとキアラも、その方が嬉しいはずですし」


「でも……」


「必ずあいつに続きを書かせて、また一緒に会いに来ますから」


 オレがそう言うと、大長老様は目を見開いた。

 やがてその瞳が細められると、その視線はどこか慈しむようなものへと変わっている。


「……わかりました。是非、そうしてください。お待ちしておりますので」


「ええ。任せてください」


 キアラに言えば、最初は嫌がるかもしれない。

 でもあいつなら、ちゃんと話せばわかってくれる。

 あいつは、そういう奴だ。




「――大長老様! ガベルブック様も!」




 扉が大きな音を立てて開き、厳粛な雰囲気が一瞬で霧散した。

 見ると、一人の男が息を荒げてこちらへと向かってきている。


 男に敵意はなさそうなので、静観を決め込むことにした。


「どうしたのですか、騒々しい。今は謁見の最中ですよ」


 大長老様が少し顔を歪ませながら、男に苦言を呈する。

 一方男は、そんな大長老様の態度を気にかける余裕もなかったようだった。


 その理由は単純なものだ。

 恐怖は、より強い恐怖によって麻痺する。




「ロミード王立魔術学院の跡地に、漆黒の球体が出現したとの報告が入っております。――おそらく、『終焉の魔女』かと」




 恐怖に顔を引きつらせながらも報告してくれた男の声を聞いて、オレは悟った。


 いよいよ、来るべき時が来たのだと。


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