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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
最終章 青年期 キアラ編
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第80話 謁見


 オレがロミード王国という国にやってきてから、五年。

 オレは自身の精霊術や魔術、肉体の鍛錬に努め、冒険者として資金を集めながらも、キアラの過去の手がかりを探していた。


 ある時にはクレアのツテを借りて国王に謁見し、ある時にはキアラが留学中に在学していたという学院に赴き、その他の長寿の種族などに片っ端から聞いて回った。


 しかし、なにせ百年も前の話だ。

 そうそう知っている人間などいるはずもなかった。


 エーデルワイスやロードに目立った動きはないが、『終焉の魔女』が現れた、という知らせは時々入ってきた。

 キアラは突然あらゆる土地に現れて、その土地の精霊を吸い取っているようだった。

 大量に精霊を集めて何をするつもりなのか、オレにはわからなかったが……。


 そうして、『暴食』が出現するなど予期せぬことはあったが、あまり大きな動きがないまま五年の歳月が流れていた。

 オレも十六歳になり、おそらく前世で死んだ時と同じか、少し下かぐらいの年齢になった。

 身長もだいぶ伸び、自分で言うのも何だが顔つきも大人びてきている。


 オレもそうだが、クレアとカタリナの変化も目覚ましい。

 カタリナはあまり身長は伸びなかったが、身体つきは少し女性らしいものになり、顔もだいぶ大人らしくなってきた。

 とはいえ、まだまだ幼さの残る顔立ちではあるのだが。


 クレアは身長も伸び、街を歩けば振り返る男が後を絶たないほどの美少女になっていた。

 特に胸の成長には目を見張るものがある。

 いや、決してオレがいつも胸ばかり見ているというわけではない。断じて違う。


 ダリアさんは、良くも悪くもあまり変わっていない。

 昔と比べると、あれやこれやとオレたちがお世話をされる機会も減ってきたように思う。


「大変お待たせいたしました。どうぞお入りください」


「ありがとうございます」


 そんな彼女たちを仮住まいに置いてオレが今やってきているのは、ロミードの王城だ。

 先日の『暴食』騒動のお礼がしたいということで、国王と姫君から直々に城へと招かれたというわけである。


 重々しい雰囲気を醸し出す扉が開かれると、その先にあるのはもう謁見の間だ。

 ロミードの王城は、ディムールのそれと比べると無骨な印象を受ける。

 煌びやかに飾り立てるより、防衛拠点の城としての機能を重視しているのだ。

 今は安定しているとはいえ、元々は内戦が絶えなかった国だからだろう。


 オレが中に入ってまず目に入ってきたのが、煌びやかな衣装に身を包んだ長身の男だった。

 彼こそが、このロミード王国の国王、アルベルト・ロミードだ。

 年齢はヴァルター陛下とほとんど変わらないくらいに見える。


 彼は玉座に腰掛け、オレのほうを注意深く眺めている。

 以前にも謁見したことはあるはずだが、警戒されているのだろうか。


 その近くに立っているのは、彼の娘、ヴェロニカだ。

 所在なさげな様子でこちらをチラチラと見ては、少し顔を赤くしている。

 風邪でも引いているのか。


 体調が悪いのであれば、『暴食』の倒し方が問題だった可能性も否定できない。

 あれが一番手っ取り早かったとはいえ、『暴食』を倒した方法は凄惨極まりないものだ。

 トラウマになってしまっていたら非常に申し訳ないな……。


「……ラルフ・ガベルブック。まずは礼を言わなければならんな。我が娘をよくぞ『暴食』の魔の手から救ってくれた」


 そう言って、アルベルト陛下は軽く頭を下げる。


「以前にも会ったことがあったな? あれからどれぐらいだ?」


「はい。およそ五年ほど前のことだと記憶しております」


「そうか……。以前会った時はもう少し小さかった気がするのだがな。時の流れとは恐ろしいものだ」


 感慨深げに言って、アルベルト陛下は目を細める。

 その瞳には、かつてのオレの姿が映し出されているのだろうか。


「何か褒賞は与えようと思っているが、差し迫って私に望むものはあるか?」


「はい。――大長老様への謁見を、お願いしたく存じます」


 オレがそう言った途端、アルベルト陛下の目線が少しだけ鋭くなった。

 しかしそれは不快感を表すものではなく、考えを巡らせているが故の行動だ。


「……なるほど。そういうことか」


「はい。大長老様ならもしかすると、かつての『終焉の魔女』について知っているのではと思いまして」


 キアラについてのことはもう、この国ではほぼ調べ尽くしたと言っても過言ではないが、例外もある。

 普段なら、決して一般の人間と顔を合わせる機会のないお偉いさんなどがこれに当たる。

 クレアのコネをもってしても、面会が叶わない人たちがいるのだ。


「わかった。後日、謁見の機会を作っていただこう」


「ありがとうございます!」


 オレは深く頭を下げた。

 ここがハズレなら、もう他にアテはない。

 何か得られるものがあることを祈るしかなかった。






 そして後日。

 オレは再び、ロミードの王城へと赴いた。

 大長老との謁見の許可が下りたのである。


「大変お待たせしました。どうぞこちらへ」


「ありがとうございます」


 この間の時と同じように、目の前にある重厚な扉が開かれる。

 だがその中に待っていたのはロミード王ではなく、オレの記憶の中にはない人間だった。


 煌びやかな装飾が施されたテーブルの向こう側に、椅子に座って穏やかな笑みを浮かべている老婆がいる。

 漆黒の法衣のようなものを身に纏い、その髪は漆黒を白が侵食しているかのような灰色だ。

 今にも折れてしまいそうな、そんな弱々しい気配を出していながら、この場所を静かで厳粛な空気の場たらしめているのもまた、彼女だった。


「お初にお目にかかります。私はディムールの精霊級魔術師、ラルフ・ガベルブックと申します。……大長老様、ですね?」


 オレが膝をついてそう尋ねると、彼女は首肯した。


「……ええ、そうです。それで、あなたはこの老木に何をお求めになるのですか?」


 大長老様は、すべてを見透かすようなその瞳で、真っ直ぐにオレのことを見ている。

 誤魔化しの類は無意味なのだと思わせる、年長者の目だった。


「単刀直入にお聞きします。あなたは、『終焉の魔女』アリスの過去について、何か知っていますか?」


 オレの言葉に、大長老様は目を伏せる。


「いえ。私が知っていることなどありません」


 ――嘘だ。


 そう判断したのは、オレの直感的な部分でしかなかった。

 だから、この名前が鍵になると、そう思ったのだ。


「……それでは、『キアラ』という名に聞き覚えはありませんか?」


「――――キアラ」


 どこか惚けたような表情で、その名前を繰り返す大長老様。

 先ほどまでと比べると、それは劇的な変化だった。


「その名を、どこで?」


「『キアラ』は、魂だけの存在になっていたアリスが私に対して名乗っていた名前です」


 オレの返答に対して、大長老様は驚きの表情を浮かべる。

 そして、その瞳をゆっくりと閉じた。


「……まさか、その名を再び耳にする日が来るとは、思ってもみませんでした」


 再び目を開いた大長老様は、どこか遠くの方を見ていた。

 その瞳にアルベルト陛下と同じような輝きを見つけて、オレは沈黙する。


「……なるほど。いいでしょう。それではお話ししましょう。アリスについて、私の知っていることを」


 大長老様は、覚悟を決めたような顔をして、




「わたしの名前はマリー・ロミード。かつて、アリスの友だった者です」




 憂いを帯びた目で、そう言った。




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