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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
最終章 青年期 キアラ編
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第79話 ラルフVS『暴食』




 ――あと少しで、ロミードの姫君の首が飛ぶところだった。




 オレは内心で冷や汗を流しながら、不機嫌な様子の『暴食』を見つめる。


 歳は、オレより二、三歳下だろうか。

 髪は短めの茶髪で、黒を基調とした騎士服を着用している。

 だが、その着飾った服は、左腕のあたりから完全に消し飛んでいた。


「……面白いこと言うね、お兄さん。本気でそんなことできると思ってんの?」


「できるさ。あと千回ぐらい殺せばさすがに死ぬだろうし」


 オレのその言葉を戯言と受け取ったのか、ハイドは暗い微笑をその顔面に貼り付けて、


「ふーん。じゃあ、試してみなよ――っ!!」


 ハイドの左腕が歪に隆起する。

 その膨張は収まることを知らず、やがて顔のない巨大な顎を形作り、オレに向かって襲いかかった。


「無駄だ」


 七精霊を纏った剣を振るい、眼前に迫る顎を両断するが、


「ッ!?」


 突然、顎の進行方向が変わった。

 ……いや、違う。

 顎の首の部分から新しい頭が生え出て、その部分がオレのほうへと伸びているのだ。


「チッ!!」


 七精霊を纏った剣を引き戻してそれにも対処したが、今度は顎が二つになってオレのほうへと襲い掛かってきた。

 ハイドの方に目を向けると、獰猛な暗い笑みを浮かべながらも疲弊している様子はない。

 どうやら、顎を増やすことによる肉体的な疲労はほとんどないらしい。


「『空の刃エアー・カッター』ッ!!」


 ひとまず手数が多く、意のままに操れる『空の刃エアー・カッター』で対処することにした。

 不可視の風の刃が、迫り来る顎たちを両断する。

 絶叫が響き渡り、どす黒い血が辺りに飛び散った。


 やがて無駄だと判断したのか、『暴食』が首を生やすのをやめた。

 その顔はひどく不機嫌そうだ。


「へえ……。精霊級って言うだけあって、ちょっとはやるみたいだね」


「そりゃどうも」


 『暴食』の賞賛の言葉に、オレは適当に返事する。


 今のところ、苦戦するほどの要素はない。

 五年前のロードのほうが強かったぐらいだ。

 かといって、油断する気はないが。


「なら、これならどうか――なっ!」


 不敵な笑みを浮かべた『暴食』の左半身から、新たな顎が生え出る。

 しかしそれは、先ほどまでのものとは少し違っていた。


 ヒトのそれに近かった肌は、黒っぽい岩のような質感に変化している。

 先ほどまでは獲物を生きたまま食らうことに特化していたが、今の姿は獲物を叩き潰すことを目的としているように見える。


 それと同じものが何本も生え出て、オレのほうへと向かってきた。


「チッ!!」


 『岩壁ロックウォール』を張り、その攻撃を凌ぐ。

 先ほどまでとは比べものにならないほどの速さと重さに、爆音をあげながら岩の壁がものすごい勢いで削り取られていく。

 だが、魔力を送り続ければ耐えきれないことはない。


 『暴食』の本体は、腰のあたりから顎を何本も生やして、その口の先を部屋の床にめり込ませている。

 圧倒的な質量を振り回す以上、ただ立っているだけでは自分の身体を支えきれないからだろう。


 そして、その支えている先の口が、ロミードの王城を構成している建材を食らっていた。

 その様子を見て、オレは『暴食』の能力について考えを巡らせる。


「……身体の一部を、食らったものに変異させる能力、みたいな感じか?」


 身体の一部しか変身させていないのは、そこだけしか変身できないのか、単にその部分だけで十分だと判断しているだけなのかはわからないが。

 とにかく、食らったものの性質を得ることができる能力なのは間違いないだろう。

 

 さらに、おそらく『暴食』は、魔術をほとんど扱えない。

 『岩壁ロックウォール』を、馬鹿正直に顎による攻撃でなんとかしようとしているのがその証拠だ。

 これを破壊するだけなら、爆発を含ませた魔術を使えば事足りるのだから。




 つまり、『暴食』は、大罪の魔術師としては非常に弱い部類に入ると結論付けざるを得ない。




 だから、




「――『空間制絶(せいぜつ)』」


 宣言通り、千回殺してやるための準備に入ることにした。


「……なんだ、これ?」


 『暴食』が顎を叩きつけるのをやめて、辺りを見回す。

 その顔に浮かんでいるのは困惑だ。


 オレと『暴食』を囲うようにして、透明な灰色の膜が展開される。

 ヴェロニカ様を微妙に範囲から外して、巨大な円柱状の空間が『切り取られた』。


 『暴食』が顎を灰色の膜に叩きつけるが、その衝撃はその膜になんの影響も及ぼさない。

 それを何回か繰り返した後、『暴食』の顔には動揺の色が色濃く出ていた。


「……なにをしたんだ、お前?」


「少し空間を弄らせてもらった。制絶した空間の中からは、外の空間に一切干渉できない。つまりもう、お前の牙がヴェロニカ様に届くことはない」


 ヴェロニカが制絶された空間の外で口を開いて何か言っているが、聞き取れない。

 それを大した問題ではないと判断して、オレは次の一手を打つ。


「――『岩竜巻トルネード空の刃エアー・カッター


 オレが小さな声でそう呟くと、『暴食』の頭上で、小さな風の渦が巻き始めた。

 それはすぐに大きくなり、『暴食』の身体を飲み込んでいく。


「――ぐごごごごががっ!!?」


 制絶した空間の中を、無数の『空の刃エアー・カッター』が竜巻のように吹き荒れる。

 『暴食』に現代日本の知識があれば、それを見てミキサーを連想したことだろう。

 だが、それは城の一室を飲み込むほど大きい。


 血しぶきを撒き散らしながら、『暴食』の身体が無数の見えない刃に切り刻まれる。

 その一つ一つが、その命を奪いかねない圧倒的な暴力の発露だ。

 逃げ場はなく、反撃する隙などあるはずもない。


 しかし、このまま魔力を注ぎ続ければオレの身もあぶない。

 そこでオレは竜巻の制御を手放し、自分の身を守るための行動を始めた。


「――『空間断絶』」


 灰色の膜が張った空間の内部で、さらに空間を断絶させる。

 これで、オレに制御から外れた風の刃が届くこともない。


 そのまま十分ほど経った頃、竜巻の勢いが弱まり、やがて消える。

 竜巻を維持するための風精霊たちが、休眠状態に入ったせいだ。


「はあっ……はあっ……はあっ……」


 そして、その中心で、『暴食』はまだ生きていた。

 『リロード』を使った直後だからか身体に傷はないが、苦しそうな顔で息を荒げて、オレのほうを睨みつけている。


「そうか、案外しぶといな。じゃあ、もう一回だ」


 『空間断絶』と『空間制絶』を解除し、オレは辺りから再び風精霊を集める。

 そんなオレの様子に何かを感じ取ったのか、『暴食』はその顔を恐怖に歪ませて、


「ま、待ってよ! こんなのおかしいだろッ!! ボクはただ、お腹が空いたから食事をしてただけなのに!! なんでボクが、こんな目に遭わなきゃいけないんだよぉ!!!」


「……お前に食われた人たち全員が、同じことを思ってただろうよ」


 そんな『暴食』の戯言を、オレはバッサリと切り捨てる。


「だからこの中で大人しく、その命が尽き果てるまで切り刻まれるといい」


「ふざけ――」


 『暴食』の声が続く前に、『空の刃エアー・カッター』がその首を断ち切っていた。

 すぐに空間を制絶させ、『岩竜巻トルネード空の刃エアー・カッター』を発動させる。


「あぁああああああああああああああっ!!!!」


 『暴食』の絶叫が響き渡る。

 それはおそらく、断末魔の叫びと呼ばれる類のものだ。

 だがそれが聞こえたのは、制絶した空間の中にいたオレだけだった。






 次に竜巻が止んだ時、『暴食』の姿はどこにもなかった。

 大量に積もった瓦礫の山の中に見えるボロ切れと肉片だけが、彼がこの世界に存在した証だった。


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