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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
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第72話 カミーユの戦い


 カミーユの戦術は、実に単純明解だ。




 相手の攻撃は絶対防御のミューズで凌ぎ、『憤怒』の固有魔術や暗黒魔術、触手を使って無慈悲に相手をほふる。

 そのスタンスは『憤怒』として覚醒してから全く変わっていない、彼女にとっての戦闘における最適解に他ならない。


 精霊級魔術師であるカミーユだが、扱うことができるのは専ら闇属性の暗黒魔術だけだ。

 他の属性の魔術は、よくて中級止まり。

 エーデルワイスやアリスのように幼少の頃から魔術の鍛錬に勤しんできた本物の天才たちと比べると、かなり見劣りはする。


 だがカミーユは、そんな自身のあり方に納得していた。

 当然のことだ。

 カミーユはそれで困ったことなど、これまで一度もなかったのだから。


 そして、それゆえに、




「こんな、ことがぁ――ッ!!」




 『憤怒』の魔術師カミーユは、『常闇の蔓』に対抗する術を持っていなかった。




 絶対防御を誇るはずのミューズは、『常闇の蔓』に触れるだけでその身体に穴を開け、存在を消失させる。

 それは、百年余の年月の中で数々の魔術師たちを殺害し、『最果ての洞窟』をたった一人で踏破したカミーユにとっても、初めての体験であった。


「くっ――!!」


 あまりにも濃密な闇精霊の気配に警戒して、念のために有象無象のミューズを使って防御に回ったのが幸いした。

 しかし、カミーユの不利は依然として変わらない。


 数えるのも馬鹿らしくなってくるほどの量の『常闇の蔓』が、カミーユに襲いかかる。

 風精霊を駆使して飛行し、呼び出したミューズたちを壁にして身体に当たりそうになる攻撃を凌いでいるが、ミューズたちはどんどん削られ、その数を減らしていく。


 このままでは、縛り付けておいた魂のストックが尽きるのも時間の問題だった。

 ゆえに、カミーユは新しい肉壁を用意する。


「――ミューズよ!!」


 カミーユは魔力を練り、空中でミューズを四体呼び出した。

 今のカミーユは、ミューズを四体同時に使役するのが限界だ。

 それ以上になると、カミーユ自身の魂に負荷がかかりすぎる。


「黒衣を纏いしミューズの四重奏カルテットォ!!」


 カミーユがそう叫んだ瞬間、苦しみにもだえる悲鳴のような耳障りな音が広場に響き渡る。

 その音は、ミューズ達の喉から発せられていた。

 魂に直接訴えかけるような暴力的な音は、聴く者すべてのあり方を歪める狂気の魔術に他ならない。


 その音を耳にした兵士たちや市民たちが、ただ一人の例外もなくその場に崩れ落ちる。

 彼らの皮膚は赤紫色に変色し、その身体がヒトではないなにかに変貌していく。


 人間を人間たらしめているのは、その魂だ。

 ゆえに、魂を歪められた人間の肉体が変質してしまうのも、また必然。


 平等をうたうカミーユにとって、一部の人間だけに責め苦を与えるのは心苦しいことだ。

 黒衣を纏いしミューズ達は、そんなカミーユの不安を払拭してくれた。


「ありがとう。その身をもって、しっかりとワタシを守ってくださいな」


 魂を歪められた肉塊たちを、カミーユは『常闇の蔓』に対する防御に使用する。

 もの言わぬ肉塊と化したものたちを空中に呼び出し、カミーユを亡き者にしようとする触手から逃れるための盾とした。


 大量の肉壁を削り取りながら進行する『常闇の蔓』の勢いが、少しだけ弱くなる。

 その隙を、カミーユは見逃さない。


「深淵の深みより顕現せよ、外なる神よ!」


 カミーユがそう叫んだ瞬間、彼女の前に禍々しい紋様をたたえた魔法陣が展開され、闇精霊たちの気配が濃くなっていく。

 常人であればとても正気など保っていられないほどの邪悪な気配を、カミーユは慣れ親しんだ隣人の如く受け入れている。

 やがてその先から、神々しいほど白く輝く巨大な巻き貝のようなものが露出していった。


 だが、それが完全に露出するより、『常闇の蔓』がそれと魔法陣へと到達する。

 常闇は闇を引き裂き、顕現せんとしていた不完全な神性ごとその存在を呑み込んでいく。


「くっ――」


 ――力不足。

 カミーユはその事実を実感し、唇を噛みしめた。


 人間の許容量を超える魔術を行使しようとしたことで、身体は限界に来ている。

 『リロード』を使って魔力を回復しつつ、カミーユは思考を巡らせた。


 外界の神ならば『常闇の蔓』に対抗できるかもしれないと考えたが、それが顕現する前に魔法陣が破壊されてしまうのでは意味がない。

 なにか手はないか、カミーユがそんなことを考えていた、その時だ。




 突如として、カミーユの視界がまばゆいばかりの光に包まれた。




「っ!?」


 慌てて四体のミューズを呼び出し、自身の守りを固める。

 そして、残りのミューズが()だけになっていることに、遅れて気付いた。


 直後、光の波がカミーユに襲いかかる。

 単純な破壊だけではない何かが、カミーユの周りを囲んでいるミューズ達の魂を削り取っていく。


 光はしばらくすると収まった。

 視界が回復したカミーユが辺りを見回すと、その景色は一変している。


「なんですか、これは……」


 広場には巨大なクレーターができており、そこにいた、人の姿を失った者たちは跡形もなく消え去っている。

 辺りの建物にもその余波は広がっており、崩落した建物の残骸がそこらじゅうに転がっていた。


 エーデルワイスの魔術とアリスの魔術がぶつかり合った結果、広場に巨大なクレーターができるほどの破壊を巻き起こした。

 そういうことだろう。


 しかしアリスの『混沌球』の下部から、早くも新しい『常闇の蔓』が生え出て、カミーユとエーデルワイスのほうに向かって伸びてきている。

 早く手を打たなければ、カミーユは常闇に呑まれてしまうだろう。


 そこで、カミーユは気付いた。

 自身を守るものが、もう()しかいないことに。


 広場にいた肉塊たちは、先ほどの光によって跡形もなく消え去ってしまった。

 カミーユを守るように囲んでいた四体のミューズ達も、消失の魔術が爆ぜた余波のせいかその存在を削り取られている。


 カミーユは迷った。

 そして、一瞬のうちに覚悟を決めた。


「カミーユ! ロードくんを拾って撤退するわよ!」


「エーデル、ワイス……」


 カミーユの声が、最後までしっかりと発せられることはなかった。

 なぜなら、彼女の胸に、一本の『常闇の蔓』が突き刺さったからだ。



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