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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
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第71話 ラルフの戦い


 ガベルブック邸から出たオレは、ダリアさんがどこにいるのかを考える。


「とりあえず、広場のほうに行こう。ダリアさんも、ヴァルター陛下もさっきまではあそこにいらっしゃったし」


「そうね。それがいいと思う」


 オレの言葉に、クレアが大きく頷いた。

 ヘレナ達とは一旦別れたが、ダリアさんとヴァルター陛下が同じ場所にいた以上、ターゲットを見つけるまでは一緒に行動したほうがいいという判断の下、オレとクレア、それにアミラ様は行動を共にしている。


「じゃが、あそこは最も熾烈しれつな戦いが行われている戦場でもある。二人とも、警戒は怠らぬようにな」


 アミラ様の声に頷きつつ、オレたちは慎重に足を進めていく。


 広場のほうからは、大勢の人間の怒号が飛び交っている。

 王都が大混乱の中にあるのは疑いようがなかった。


「……ひどい」


 そして広場のあたりまで戻ってくると、その惨状に思わず目を背けてしまいたくなった。


 広場には、人の姿をした者がほとんどいない。

 カミーユの魔術によって肉体を歪められた者たちが、『常闇の蔓』を避けるために使われたのだろう。

 赤黒い触手や、いたるところに風穴が開いた不気味な肉の塊が、そこらじゅうに転がっている。


 そして、この広場でいまだに人の形を保っている二人の人間は、いまだに上空から降り注ぐ『常闇の蔓』との戦いを繰り広げていた。


 先ほどまではエーデルワイスとカミーユに縛られていた精霊たちも、今は自由の身になっている。

 今のエーデルワイスとカミーユには、精霊を縛り付けておく余裕はないのだろう。


 そして、




「あら、また来たのね。てっきり尻尾を巻いて逃げ出したのかと思ったのだけれど。あの時みたいに」




 物陰から、声がした。

 その声がそんな喋り方をしていることに、やるせなさと嫌悪感を覚えながらも、オレは言葉を返す。


「ダリアさん……じゃねえな」


「ごめんなさいね、と言うべきかしら。さっきぶりね、ラルくん」


 ゆらりと身体を起こしながら、ダリアさんの姿をした『色欲』が、オレに向かって微笑みかける。

 よく見ると、両腕にかけてあったはずの光の腕輪の片方が無くなっていた。

 『常闇の蔓』に削られたのだろうか。


 エーデルワイス達は自分のことに精一杯なのか、オレたちのほうに意識を向けることはない。

 ちょうどいい。


「クレア、アミラ様。行ってください」


「……うん。もう死なないでね、ラル」


「絶対死なねえから安心しろ。さぁ、行け!」


 クレアとアミラ様は、心配そうな顔をしながらも、市街地のほうに向かっていった。


 はっきり言って、この肉塊の中にヴァルター陛下か含まれていないという保証はどこにもないが……いや、考えるのはよそう。

 今は、目の前の敵に意識を集中するべきだ。


「お姫様たちに格好つけるのはいいけれど、ちゃんとそれに見合った結果を出さないと格好悪いわよ?」


 エーデルワイスがニヤニヤと笑いながらオレに何か語りかけているが、しっかりと無視した。

 風精霊たちを集め、それを魔術として解き放つ。


「――『空の刃エアー・カッター』ッ!!」


「あらあら、もうお話は終わりなの? つれないわね」


 エーデルワイスがまだ何か喋っているが、オレはもう既に魔術を発動させていた。

 より細かな制御が可能な『空の刃エアー・カッター』が、ダリアさんの腕輪を切り裂かんと迫る。


「――『岩壁ロックウォール』」


 エーデルワイスは即座に『岩壁ロックウォール』を発動させ、風の刃を岩壁と相殺させようとしたが――無駄だ。


「なに!?」


 不可視の刃の軌道が変わったのを感じ取ったエーデルワイスが、驚きの声を上げる。


 簡単な話だ。

 目の前に障害物が現れたのなら、それを避けて行けばいいだけ。


 普通の『風の刃ウィンド・カッター』であればそんなことはできないが、オレの『空の刃エアー・カッター』なら、造作もないことだ。


「無駄だ! これはそんなもんじゃ止まらねぇよ!!」


「くっ――」


 防御に回るのは不利だと判断したのか、エーデルワイスは両手に短剣を持ち直した。

 そして、目の前に迫った『空の刃エアー・カッター』を、短剣で切り裂く。


 硬いもの同士がぶつかったような高音が響いた。

 その衝撃で、エーデルワイスの身体が少し押されてしまう。


「……?」


 相手の魔術は防ぎ切ったはず。

 だが、エーデルワイスは自身の身体にどこか違和感を感じていた。


「油断したな。エーデルワイス」


「……な」


 エーデルワイスの片腕にあった光の輪が、『空の刃エアー・カッター』によって引き裂かれ、光の粒子となって消えていく。


 これもまた簡単な話。

 オレが放った『空の刃エアー・カッター』は、最初から一つだけではなかった。


 最初に放った『空の刃エアー・カッター』の背後に付き従うように、小型の『空の刃エアー・カッター』を仕込んでいたのだ。

 それはエーデルワイスの短剣と『空の刃エアー・カッター』が接触した瞬間に微妙に軌道を変え、エーデルワイスの腕輪を切り裂いた。


「……そうね。まあいいわ、どうせそろそろ戻ろうと思っていたところだったし」


 エーデルワイスは特に抵抗する様子もなく、消失を受け入れているように見える。

 他人の身体に入り込んで支配する魔女の内心などわかるはずもないが、何か行動を起こす気配はなかった。


「おっと」


 そのままダリアさんの身体が崩れ落ちそうになったところを、慌てて支える。

 今のダリアさんからは、邪悪な気配を感じない。

 エーデルワイスの呪縛から解放されたのだろう。


「……ふー。なんとかなったか」

 

 内心で冷や汗をかきながら、オレはひと息ついた。

 結果だけ見れば、かなり素早くダリアさんを救出することができたが、どこかで何かが違っていたら、どうなっていたかわからない。


「ダリアさん、聞こえますか?」


 とにかく、ダリアさんに目を覚ましてもらわなければ。

 そう思って彼女の肩に手をかけた瞬間、視界がまばゆい光に包まれた。


「っ!?」


 眩しすぎる光が視界を奪い、何が起きているのかわからない。

 だが、直感があった。

 このままここにいたら、オレは死ぬ。


「く――っ!!」


 思いのほか軽いダリアさんを抱えて、オレは光の中をひた走る。

 直後、爆音と共に爆風が吹き荒れた。


「『空間断絶』ッ!!」


 咄嗟とっさに適当な範囲を指定し、『空間断絶』を発動させる。

 一瞬にして爆風から解放され、オレはその場にへたり込んだ。


「あ、危ねえ……!」


 しばらくすると、光が薄れ、目が風景を認識し始める。

 いまだに土煙で視界が悪いが、おおよその惨状を把握することができた。


「なんだよ、これ……」


 広場だった場所は、巨大なクレーターと化していた。

 本当に、何もない。

 先ほどまではたしかにあった気持ちの悪い肉塊も、『常闇の蔓』が地面にめり込んで開いた穴も、何もかもが無くなっている。


 広場の周りの建物も爆風の余波で吹き飛んでおり、その大半が瓦礫がれきと化していた。

 その光景に、薄ら寒いものを感じずにはいられない。


 これはおそらく、エーデルワイスかカミーユの魔術と、キアラの魔術がぶつかり合った結果だろう。

 そしてなにより恐ろしいのが、このクレーターが地上の破壊によってではなく、空中の激突の余波でしかないということだ。


 いったい上空では、どれほど熾烈しれつな戦いが繰り広げられているというのか。


「ん?」


 そして、何気なく見ていた景色の中に、亀裂のようなものが入っていることに気付いた。

 そして、それがオレの『空間断絶』そのものだということにも、遅れて気付く。


「おいおいおいおい……」


 『空間断絶』は、空間ごと指定した範囲を切り離す精霊術だ。

 本来であれば、亀裂はおろか、傷をつけることすらできないはずなのだが……。


 いや、今はそれはいい。

 とにかく、無事にダリアさんは取り戻した。

 あとはなんとかして、ヘレナ達と合流しなければ。


 オレは『空間断絶』を解除する。

 そして、いまだに目を覚まさないダリアさんに呼びかけた。


「ダリアさん、聞こえますか?」


 オレが軽く肩を揺らしながら再度呼びかけると、ダリアさんは薄く目を開いた。


「……ん。ここ、は……?」


「! ダリアさん! よかった。オレのこと、わかりますか?」


「ええ……ラルフ様、ですよね……?」


 少しボンヤリしているが、意思の疎通はできている。

 オレがさらにダリアさんに声をかけようとした、その時。




「――エーデル、ワイス……」




 その声は、やけに鮮明に聞こえた。

 『憤怒』の魔術師、カミーユの声が。


 その声の主の方を見ようとして、オレは目を見開いた。




「――な」




 地上から、そう遠くない高さの空中。

 そこで、キアラの『常闇の蔓』が、カミーユの身体に突き刺さっていた。


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