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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
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第67話 再覚醒




 ――意識が再構築される。




 現実が歪み、捻じ曲がっていく。

 広場の地面で潰れていた頭と、十字架に拘束されている身体はなかったことになり、頭が潰れていた場所にオレの肉体が再現される。







 今ここに、運命は歪曲した。







「…………」


 誰も、オレの存在に気付いていない。

 皆がそれぞれ異なる表情を浮かべながら、キアラのほうを見つめている。


 どうやら、キアラの手枷は外れているようだ。

 彼女がどうやって拘束を外したのかは興味があるが、今はいい。




「――我が名の元に集え、風精霊(シルフ)ぅうう!! 『空の刃エアー・カッター』ァァァァッ!!!」




 後のことなど、一切考えない。

 少しでも多くの風精霊を集め、少しでも多くの『空の刃エアー・カッター』を生み出し、放つ。


 オレが死んだことで油断していたのか、先ほどまでよりは精霊の拘束がずっと緩くなっている。

 オレの周囲に十数個の『空の刃エアー・カッター』が現れ、標的めがけて飛んでいった。


「――ッ!?」


 しかし、敵も『大罪』の魔術師。

 エーデルワイスは迫る不可視の刃を光の輪で防ぎ、カミーユはミューズを呼び出してその一撃を防いだ。

 ロードも、七精霊を纏った剣で刃を切り落とす。


 だが、不意打ちの一撃をお見舞いしたのは、奴らにだけではない。






「――『炎霊刀』」

 

 『空の刃エアー・カッター』でアミラ様とクレアの手枷てかせを外した瞬間、炎の突風がエーデルワイス達を襲った。


「ちっ!」


 さすがにそちらの不意打ちまでは対抗できなかったようで、エーデルワイスとカミーユが極大の炎に呑み込まれた。

 あれで倒せるほど甘い相手ではないが、少なくとも時間稼ぎにはなるはずだ。

 ひとまず、奴らの相手はアミラ様に任せるとして、


「ラル! カタリナちゃんを……!」


「わかってる――」


 クレアの言葉を受けて、彼女が何を言わんとしているのか理解する。

 再会を喜ぶのは、後でいくらでもできる。

 今やるべきことを確実に成功させるのが先だ。


「ロードォ!!」


「っ!?」


 オレの声に、驚愕の表情を隠せていないロードが反応する。

 何が起きているのか、理解が追いついていないのだろう。

 その腕の中には、いまだに縛られたままのカタリナがいる。


「いくぜ――」


 亜空間から、一本の剣を取り出す。

 どこにでもあるような凡庸な剣だ。


 ロードが冷静に見れば鼻で笑うであろうそれはしかし、もはやただの剣ではなくなっている。

 剣の周りに、小さな岩を含んだ竜巻が発生しているからだ。


 牙獣の身体に風穴を開けられるだけの力を持つ『岩竜巻(トルネード)』を、剣に纏うことで、威力と殺傷力を底上げする。

 風精霊の力を借りて目にも留まらぬ速さでロードに肉薄し、その一撃をお見舞いした。




「――『岩竜巻の大槌(トルネード・ハンマー)』ぁぁあああ!!」




「ぐっ!?」


 『岩竜巻の大槌(トルネード・ハンマー)』を咄嗟とっさに剣でまともに受けたロードの身体が、遥か後方へと吹き飛ぶ。

 勢いを殺しきれず、そのまま進行方向にあった住宅に激突した。


 その衝撃をまともに受けた剣もまた、オレの手の中でボロボロと崩れ落ちた。

 それに心の中で感謝の言葉を伝えると、惚けたような顔をして倒れているカタリナのほうを見る。


「カタリナ! 無事か?」


「……あ、れ? らる、さま……?」


 カタリナに呼びかけてやるが、反応が鈍い。

 頭でも打ったのだろうか。


 とりあえず、カタリナの手枷を外してやる。

 その光景を見ていてもなお、カタリナは半信半疑といった様子だ。


「でも、ラルさまはさっき……」


「オレならピンピンしてるぜ。あんまり精神衛生上よろしくない光景なんて忘れちまえよ。オレは生きてる」


「――ラルさまっ!」


 カタリナが泣き出しそうになったかと思うと、勢いよくオレに抱きついてきた。

 その彼女にしては珍しい積極さに、オレも戸惑いの声を上げる。


「うおっ!? ど、どうした!?」


「よかった……無事でよかったです……」


「……悪い。心配かけたな」


 泣き出してしまったカタリナの背中を、ポンポンと軽く叩いてやる。

 よくよく考えなくても、カタリナはオレの首がはねられるところをモロに見てしまったはずなのだ。

 その精神的なショックは計り知れないものがある。


 いや、カタリナだけではない。

 クレアもアミラ様もキアラも、あの瞬間はオレの方をしっかりと見ていたはずだ。

 後で落ち着いたら謝らなければ。


「とはいえ、再会を喜んでる暇はなさそうだな」


 状況は依然として厳しい。

 アミラ様とキアラがいるとはいえ、エーデルワイスとカミーユとロードが敵として対立している以上、分が悪いと言わざるを得ないだろう。


「よく無事じゃったな。間違いなく死んだと思うたわい」


「実際、一度死んでましたけどね」


 声の先に、炎霊刀を構えて厳しい目つきでエーデルワイス達のほうを見るアミラ様の姿があった。

 その姿は頼もしいの一言だが、彼女が相対している敵もまた恐ろしい存在であることを、他の誰よりもオレが一番よく知っている。


 カミーユは、爆炎を呼び出したミューズ一体で完封。

 エーデルワイスは、アミラ様から受けた一撃を『リロード』で復元すると、こちらを見て険しい表情になった。


「……なんで生きてるの、あなた」


「さあ、なんでだろうな」


 おどけた様子でそう言ってのけるオレに対して、エーデルワイスは警戒を強めているようだ。


 まあ、無理もない。

 『リロード』は無いはずなのに、首をねられたオレが生きているのだから。


「それよりも、今はあちらを気にしたほうがよさそうじゃの」


 アミラ様が苦々しげな顔で見つめている先を、オレも見る。

 そこでオレは、いま最も頼れる味方の存在を思い出した。


「キアラっ!」


「っ!? 待て、ラルフ!!」


 オレがキアラのほうに駆け寄ると、アミラ様が妙に焦っていた。

 そのことに少し違和感を感じつつも、その場に突っ立っているキアラの肩に手をかける。


「キアラ、大丈夫か? というかその拘束、一人で外せたんだな」


 エーデルワイスにつけられた光の拘束をまともに解くのは、オレには無理だったことだ。

 それだけ見ても、キアラとオレとの間にある実力差を感じずにはいられない。


「でもよかったよ、キアラが無事で。ちゃんと肉体も取り戻せたんだろ?」


 キアラのすぐそばに、空っぽになった赤い棺が置かれている。

 それが意味するのはつまり、キアラの復活がうまくいったということに他ならない。


 だが、そこでふと、オレは違和感を覚えた。




 オレが話しかけているのに、キアラがさっきからなんの反応も示さないのはどうしてなのだろうか。




「……キアラ?」


 オレがキアラの名前を呼ぶと、



「――『混沌球(カオス・スフィア)




 たしかに、そう聞こえた。


 次の瞬間、オレは空中に放り出されていた。


「はぁ――!?」


 慌てて風精霊をコントロールし、なんとか無事着地することに成功する。

 そして、改めて眼前にあるものを見て、




「……なんだよ、これ」




 巨大な、黒い球体。


 そうとしか形容できないものが、空高くに浮かんでいる。

 よく見るとその黒は均一ではなく、場所によって微妙に色の濃さが違うようだった。


 あまりにも濃密な闇精霊の気配に、オレの身体は硬直してしまっていた。


 格が違う。


 あれが、キアラ……?

 在りし日の、『終焉の魔女』の姿だというのか……?


「素晴らしいわ。期待以上ね」


 エーデルワイスが、感嘆の吐息を漏らす。

 そんな彼女の様子に、オレは怒りを隠せない。


「エーデルワイス、あれはなんなんだよ! キアラに何をした!?」


「あんなもの、わたくしも見たことないわよ。あれはおそらく、百年もの間高密度な闇精霊たちに塗れていたおかげで得た、アリスの新しい力でしょうね。それに、わたくしはあの子に何もしてないわ。身体を取り戻したら、勝手にああなっていたのよ」


「はぁ……!?」


 そんなわけがない。

 キアラが暴走するような何かが、必ずあったはずなのだ。


「どうやら、正気を失っているようですね」


 カミーユがなんでもないことのように言うが、オレは気が気ではない。

 オレがすぐ近くにいても、キアラは正気に戻る様子はなかった。


「……もしかして、オレが殺されたからか?」


 オレが殺されてしまったと思ったキアラが、その身体に纏った闇精霊たちにその身を任せている。

 今のところ、それが一番しっくりくる推測だが……。


 しかし、そんなことを悠長に考えている暇も、あまりなさそうだった。

 なぜなら、


「なんだ、ありゃ……」




 ――空中に浮かぶ漆黒の球体から、膨大な数の黒い触手が飛び出していたからだ。




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