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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
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第63話 処刑準備


 エーデルワイス達に連れられてオレたちがやってきたのは、王都で一番大きな広場だった。

 小さめの学校であれば、すっぽりと収まってしまうほどの広さだ。


 平時であれば屋台が出ていたり大道芸が行われていたりするのだが、今はそんな活気など微塵もない。

 代わりに、今の広場は異様な熱気に包まれていた。


 広場を囲うように待機する大勢の衛兵と騎士たちの後ろには、王都の人たちが広場の騒ぎを聞きつけて集まってきている。

 普通なら、これだけの人数の人間がいれば騒がしくなるものだが、不思議なことに話し声のようなものはほとんど聞こえない。


 大方、広場の中央部分の異質さに気を取られているからだろう。


「くっ……」


 その広場の中央で、オレたちは光の十字架に拘束され、横並びにされている。


 光の半円から解放されたキアラと赤い棺のすぐそばには、エーデルワイスのオリジナルが。

 アミラ様のすぐそばには、カミーユが。

 そしてオレとクレアの近くには、ダリアさんの姿をしたエーデルワイスが、それぞれ目を光らせている。


 カタリナだけは、少し離れたところにいるロードの隣に拘束された状態で座らされていた。


 エーデルワイスとカミーユも、カタリナだけは生かしても構わないと思っているようだ。

 ロードがカタリナに執心しており、カタリナ自身、彼らにとって何の脅威にもなり得ないからだろう。


 キアラのように手足を貫かれているわけではないが、精神的な圧迫感はかなりのものだ。

 アミラ様も、顔を俯かせたまま動く様子がない。

 ディムールのお姫様であるクレアも、長時間耐え切れるとはとても思えなかった。


 そんなオレたちの姿を見て、ヴァルター陛下はあざ笑うかのように口元を歪める。


「これからお前たちは、ディムールへの反逆の罪で処刑される。エーデルワイス様に逆らう不届き者共め。その罪、貴様らの命をってあがなうがいい」


「そんな……っ! お父様……正気に戻ってください……! お父様……っ!!」


 ヴァルター陛下の瞳は、あまりにも空虚だった。

 クレアの悲痛な叫び声も、もう届かない。

 そんな親子のやりとりを、エーデルワイスはこれ以上ないほど面白いものを見るような目で見ていた。


「面白い見せ物ね。ありがとうクレアちゃん。わたくしを楽しませてくれて」


「――ッ!! だれの、誰のせいだと思ってるの……!? 全部あなたがやったことでしょ!?」


「そうよ? だから面白いんじゃない」


 クレアの怒りなど、エーデルワイスはどこ吹く風だ。

 そんなエーデルワイスの態度に、クレアはがっくりと肩を落とす。


 当然だ。

 狂人に、人の道理が通用するはずがないのだから。

 それがわかっていても、吐き気を催すほどの悪辣さに、オレも嫌悪感を抑えることができなかった。


「それにしても、いい趣味だな。はりつけとは……」


 自分の姿を見下ろしながら、オレは悪態をつく。

 クレアやアミラ様と同じように、オレも光の十字架に身体を拘束されている。

 周りの精霊たちも、オレに味方してくれる者はいなかった。


「『始祖』デスロ・エノレコートは、十二人の超人と七人の魔術師たちによって磔刑たっけいに処されたと伝えられているわ。以来、エノレコートの重罪人たちは、ずっとこの方法で処刑されてきたの。光栄に思いなさいな。あなたたちも、彼らと同じように死を迎えることになるのよ」


「へー。そうなんだ。そりゃ光栄だな」


「反抗的な態度ね、ラルくん。そんなだと長生きできないわよ?」


 オレの態度にエーデルワイスは不満げな顔をしていたが、すぐにそれを崩す。

 こちらに近づいてくる人間の気配に気づいたからだ。


「そちらは問題ないかしら? カミーユ」


 こちらに近づいてきた赤い服の女――カミーユは頷き、


「ええ、問題ありません。『精霊の鍵』の起動確認は既に終わっていますし、アレがアリスの肉体が封じられている棺であることは疑いようがありませんから」


「そう。それならいいの」


 カミーユの手の中には、淡い光を放つ白い球体があった。

 あれが、『精霊の鍵』なのだろうか。

 聞いたところ、何かの魔道具のようだが……。


 それに、こいつらは一体、どこからキアラの肉体が封じられた棺を見つけてきたのだろう。

 むやみやたらと探して、見つかるものとも思えない。


「――『最果ての洞窟』の最深部。この世界の一番深い場所。その棺はそこにあったのよ。もっとも、わたくしもカミーユも、その場所の存在に思い至ったのはたった三年ほど前の話なのだけれど」


 オレの内心を見透かしたかのように、エーデルワイスが口を開いた。

 しかも、その名前には聞き覚えがある。


「『最果ての洞窟』……?」


 それはたしか、ずっと前にキアラと一緒に攻略することを約束していた迷宮の名前だ。

 もしかしなくても、キアラは知っていたのだろう。

 その最深部に、自身の封印された肉体が眠っていることを。


「それに、わたくしたちにとっても、あれがあんな状態になっていたのは予想外だったわ。いい意味で、だけど」


「『最果ての洞窟』に挑み、そしてそれが果たされぬまま無残にも死んでいった人間たちの後悔、生者への羨望……そんなものが溜まりに溜まった場所に、百年間も浸されていたのですから、中の肉体が闇精霊と同化していてもなんら不思議ではありませんよ」


 カミーユがなんでもないことのように言うが、あれほど濃密な闇精霊に包まれていたとなると、中身が変質してしまっている可能性もある。

 それがなぜエーデルワイス達にとって都合がいいのか、オレにはよくわからない。


「クソっ……」


 カミーユの言葉を聞きながら、オレは必死に頭を回転させる。




 ――エーデルワイス達は、キアラの復活を望んでいる。




 それが、彼女たちの唯一にして最大のウィークポイントだ。

 奴らがそれに固執している以上、付け入る隙はある。


 今のキアラは、昔のキアラとは違う。

 どうして昔のキアラが世界の破滅を望んでいたのかはわからないが、今のキアラが、そんなことを望むはずがない。

 彼女はオレたちの味方だ。


 肉体を取り戻したキアラなら、オレたちの拘束具を外すことぐらい、容易にできるはず。

 そうなれば、いかに相手に三人の『大罪』がいるとしても、簡単ではないだろうが……勝てる未来は見える。


 キアラはもう、エーデルワイスやカミーユが知っている『終焉の魔女』などではない。

 キアラはキアラだ。


「……そうね。あまり長引かせても仕方がないし、そろそろ始めちゃいましょう」


 エーデルワイスが手を叩き、全員の前に立った。

 そして、肉食獣のような目で微笑みかけて、


「じゃあ、誰から殺しましょうか」




「――――ッ!!」


 あっけらかんとそう言い放ったエーデルワイスの目を見て、オレは戦慄する。

 恐怖が身体を支配して、身動きがとれない。

 全身から嫌な汗が噴き出した。


 なぜなら、エーデルワイスが他でもない、オレだけを見ていたからだ。


「……オレを、最初に殺すつもりなんだろ?」


「あら、どうしてそう思ったのかしら?」


「目を見りゃわかる」


 オレの返答に、エーデルワイスは肩をすくめる。

 どうやら当たっていたらしい。


「まあ、そうね。でも、あなたを殺すのはわたくしではないの」


「……なに?」




「――君を殺すのは、僕だ。ラル君」




 それまで静観していたロードが、そう口にする。

 その冷たすぎる気配に、オレの背筋に薄ら寒いものが走った。


「ロードくんは、まだ『嫉妬』として未熟なの。でも、妬ましいあなたを殺せば、大きく成長することができるはずなのよ」


「恥ずかしいことに、僕はまだまだ『大罪』の魔術師としては未熟でね。精霊級の魔術は扱えるけど、『大罪』固有の魔術はまだ扱えないんだ。――だから君を殺して、僕は本当の『僕』になる」


「……なるほど。趣味が悪いな」


 ロードの成長もそうだが、オレを殺せば、最も簡単にここにいる全員を絶望に追いやることができる。

 まして、オレを殺したのがロードなら、アミラ様やクレア、それにカタリナが受ける心的ダメージは計り知れない。

 キアラはロードと顔を合わせたことがあまりないはずなので、彼に対して特に思うところはないだろうが、エーデルワイスがオレに手を下すより、よほど悪辣でタチが悪いと言える。


「それじゃあ、やってしまいなさい」


「わかりました。エーデルワイス様」


 ロードの手元の空間に、黒いもやのようなものが出現する。

 それは他でもない、ロードの武器庫へとつながる亜空間の扉だ。


 ロードはそこから、一本の剣を取り出した。

 オレを追い詰めた時にも使ったものだ。


 七精霊を纏った漆黒の刀身が、喉元へと突き付けられる。

 抵抗する術など、あるはずもなかった。


「ああ、言うのを忘れていたけれど、ラルくんはもう『リロード』を持ってないわよ。わたくしが『強奪』で奪い取ったもの」


 オレを打倒した時、紫電を纏っていた右手をペロリと舐めながら、エーデルワイスはキアラに一つの事実を告げる。

 それを聞いた途端、キアラの目が見開かれた。


「エーデルワイス……!! あなた一体何回、ラルくんを――ッ!!」


「キアラ……」


 あんな顔をしたキアラを、オレは初めて見た。

 激情に表情を歪め、抑えきれない怒りをエーデルワイスに向けている。

 しかしそれは、どこか泣き出してしまいそうな悲痛なものでもあった。


「さて、ラル君。何か言い残すことはあるかい?」


 愉悦を隠しきれない表情のロードが、オレに問いかける。

 その刃を少しでもズラされれば、オレの命はない。


 オレが言葉を発しようとした、その時だった。




「――やめてっ!!!」




 その声は、一瞬にして広場を静寂で包み込んだ。

 皆が、その声の発生源へと目を向ける。


 そこで目にしたのは、




「やめて……お願いだから……」




 キアラが泣きそうな顔で、ロードに懇願する姿だった。


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