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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
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第62話 『キアラ』=『―――』


 キアラの状態は、思わず目を背けたくなるほど凄惨なものだった。


 光の十字架に身体を拘束されているのだが、光のくいが、キアラの両手の手のひらと、両腕の数カ所を貫いている。

 見ると、両脚も同じような状態になっていた。


「大丈夫か、キアラ?」

「大丈夫とは言えないかな……。でも、うん。まだ頑張れるよ、ラルくん」


 オレの呼びかけに対し、弱々しい笑みを見せながらも頷くキアラ。

 そこまでの深手を負っていながら、キアラにはまだ抵抗する気力が残っているようだった。


「――キアラ(・・・)。……そう。ラルくんにはそう名乗っていたのね。そうよね、自分の本当の名前を知られたら、ラルくんに嫌われちゃうものね。うふふ、可愛らしいところもあるじゃない」


 そんな妄言を吐くエーデルワイスに反論しようとして、できなかった。

 オレの中で、恐ろしい一つの答えが導き出されそうになっているからだ。


「どういう……ことだ。そこにいるのは、キアラ、だろ……?」


 オレが必死に絞り出したその声は、情けないほどに震えていた。

 そんなオレに対して、エーデルワイスは喜色を隠せない様子だ。




「もう、わかっているんでしょう? それ(・・)の本当の名前はアリス・シェフィールド。『大罪』、『傲慢ごうまん』の名を冠する、『終焉の魔女』よ」




「やめてぇ!!」


 キアラが悲痛な叫び声を上げる。

 オレはその内容よりも、キアラがそんな声を上げたことに対して驚いてしまった。

 彼女がそんな悲痛な面持ちで、そんな声を上げるなど、想像もつかなかったからだ。


「あなたも、名前ぐらいは知っているでしょう? そこにいる幽霊――いえ、今は魂だけの存在になっているアリスは、かつてこの世界を滅ぼそうとした災厄。数えきれないほどの命を摘み取り、踏みにじってきた、史上最悪の魔術師なのよ」


「ちがう……私は……そんな……」


「どうして否定するの? あなた、笑いながらとても楽しそうに殺していたじゃない。必死に自分の子どもだけは助けてほしいと命乞いをする若い母親を。その母親がピクリとも動かなくなったあと、隣で泣き喚いていた幼い少女を。その少女の幼なじみで、将来はお父さんの店を継ぐことを夢見ていた幼い少年を。息子を無残にも殺されて、怒りに狂っていた父親を。その父親の友人も。お隣に住んでいたおばあさんも。目に映る動いていたものは、片っ端から殺していたじゃない。なんの慈悲も何の躊躇ちゅうちょもなく、まるで虫けらのように。わたくしは憶えているわよ? あのときの、あの頃のあなたの顔を。――とても、満たされた表情をしていたわ」


 エーデルワイスの言葉に、オレは絶句する。


「ちがう……ちがうのラルくん……」


 キアラは顔面を蒼白にして、エーデルワイスの言葉を否定している。


 オレには、その理由がわからなかった。

 どうしてキアラは、顔面を蒼白にしているのだろう。






 ……それではまるで、エーデルワイスの言葉が事実のようではないか。






「……キアラ。違うんだよな?」


「……ラル、くん」


 憔悴しょうすいしきった表情のキアラに、オレは問いかける。

 いや、それはもはや、問いかけではなかったかもしれない。


「全部、エーデルワイスの妄言なんだろ? そうだよな?」


「わた……私、は……」


 キアラは目を伏せて、オレへの返事を言い淀むだけだ。


「――――」


 どうして、言い切ってくれないのだろう。

 どうして、信じさせてくれないのだろう。


 キアラがちゃんと否定してくれさえすれば。

 そんな事実はないと、声を張り上げてさえくれれば。

 オレは、キアラのことを信じられるのに。

 エーデルワイスの言葉が取るに足らない妄言だと、割り切ることができるのに。


 そんなオレとキアラの様子を静観していたエーデルワイスが、口を開いた。


「……わたくしにはわかるわ。あなた、自分の『罪』から目を背けて、好きな男の前でいい格好をしたいだけなんでしょう?」


「――――ッ!!」


「ねえ、そんなにラルくんのことが好きなの? ラルくんのどこが好きなの? この幼さを残しつつも凛々しい顔? 透き通るようなこの翠眼? 光を浴びて鈍く輝くこの銀髪? 細いようで実はそれなりにしっかりした胸板? それともアレの大きさとか形が好みとか?」


「そ、そんなんじゃ……ない……!」


「それじゃあ内面が好みなの? ラルくんは優しいものね。ラルくんなら、こんな罪に塗れた自分でも受け容れてくれると思ったの? うふふ、なんて浅ましいのかしら。いいわぁ、とてもいい」


 エーデルワイスが恍惚とした表情を浮かべる。

 それは、オレが今まで見た中で一番幸せそうな彼女の顔だった。


 ……今のところ、エーデルワイスはキアラへの言葉攻めに夢中で、オレのことは眼中にもない。

 この隙に、何か行動を起こせないものか――。


「ん……?」


 ふと、キアラの隣に何かが置いてあるのに気がついた。




 ――それは、ひつぎだった。




 赤を基調としたその棺全体に、見事な意匠が凝らされている。

 だが、オレの目を引いたのは、そんなものではなかった。


 濃密すぎる闇精霊の気配が、その棺から発せられている。

 常人であれば触れただけで気が触れてしまうであろう圧倒的な闇の気配に、さすがのオレも冷や汗が止まらない。


 なんなのだ、これは。


「ああ、それはアリスの身体の本体が封じられている棺よ。その封印を解除して、アリスを復活させるの」


 オレの目線に気付いたエーデルワイスが、何でもないことのようにそう言う。

 ……だが、オレはその中身がキアラの身体だとはとても思えない。

 もし本当にキアラの身体が封じられているのだとしても、あの中に入っているのはそれだけではないように思えた。

 それに、


「……お前たちは、キアラを蘇らせてどうするつもりだ」


「決まってるじゃない。アリスに復活してもらって、力を合わせて一緒にこの世界を浄化するの」


「……そううまくいくとは思えないけどな」


 昔のことはわからないが、今のアリス――いや、キアラが、世界の終焉を望むとはとても思えない。

 だが、エーデルワイスはかぶりを振って、


「うまくいくわ。わたくしにはわかるの。アリスの中には、まだ闇が残ってる。暗くて深い闇がね。それを引き出して白日の下に晒してあげるのが、アリスと友人でもあった、わたくしの使命なのよ」


 何がそこまで彼女の自信を裏付けているのか、オレにはわからない。

 とにかく、エーデルワイス達は、キアラの――『終焉の魔女』の復活を目論んでいるのだとわかっただけでも収穫か。


「さて。それじゃあ、そろそろ行きましょうか。――ヴァルター!」


「――お呼びでしょうか、エーデルワイス様」


 エーデルワイスがその名前を呼ぶと、見覚えのある顔をした男がオレたちの背後に現れた。


「広場に移動するわ。衛兵と騎士たちの移動はあなたに一任する。……しっかりお願いね?」


「――はっ。すべてはエーデルワイス様のために」


 その男――ヴァルター陛下が、エーデルワイスにこうべを垂れる。

 その光景を目の当たりにして、オレはようやく一つの結論に思い至った。


 オレが先日会った時にはすでに、ヴァルター陛下はエーデルワイスの術中にはまっていたのだと。


 ヴァルター陛下がこの場を去ったのを確認したエーデルワイスは、「さて」と手を叩く。


「役者は揃った。『色欲』、『憤怒』、『嫉妬』、『強欲』、そして『傲慢』。……まあ欲を言えばもう少し欲しかったけれど、なんとかなるでしょう」


 そして、それを言い終わると、オレとキアラのほうを見て、


「一緒に来てもらうわ。終わりを始めるために、ね」


 狂笑を顔面に張り付けた魔女が、そう言って笑った。


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