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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
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第56話 ヴァルターの憤激


 オレはとりあえず、ロードの指示に従うことにした。

 ヴァルター陛下が何を思ってオレを拘束しようとしているのかはわからないが、おそらく何かの誤解によるものだろう。


 王都は安全ではない。

 あるいは王城の中もそうなのかもしれないが、街中にクレアをうろつかせるよりはマシだという判断のもとだ。


 しかし、気になることがいくつもある。

 王城へと向かうロードの後ろをついて行きながら、オレは小声で尋ねた。


「ロード。カタリナがどこに行ったのか知らないか?」


「カタリナちゃんは僕が家で保護してるから心配いらない。昨日の夜、突然僕の家にやってきてね。追われてるからかくまってほしいって言われたんだ。……君の家の中がどういう状態になっているのかはカタリナちゃんから端的に聞いてる。遺体の処理と供養は衛兵たちに任せておけばいい」


 ロードによると、そのために何人かの衛兵たちをオレの家に置いてきたらしい。

 前世で言う、警察による実地検証が行われるようなものだろう。


「……そう、か。それならいい。供養はあとでオレにもしっかりやらせてくれ。それで、犯人の目星はついてるのか?」


「いや……。残念ながらそれはまだ。そもそも、現場に何か残されていないかどうかを確かめるために、僕たちはラル君の家に向かったんだよ。そこで偶然、クレア様やラル君を見つけたんだ」


「なるほど。そういう流れだったわけか」


 粗方あらかたの事情は把握した。


 ひとまず、ロードが保護してくれているならカタリナは安心だ。

 それにおそらく、キアラはカタリナについて行っているから無事だろう。


 そうなると、一体誰がオレの屋敷を急襲したのかという疑問にぶち当たる。

 一番可能性が高そうなのは、『憤怒』の魔術師カミーユか。

 あの悪辣な魔術師なら、オレがいない隙を見計らってカタリナを殺しに来るぐらいのことはしそうではあるが……いまいち釈然としない。


 いや、目先のことにとらわれていたが、ヴァルター陛下にはエーデルワイスの脅威を伝えなければならない。

 それに、クレアとのことも。


 そんなことを考えているうちに、王城へと到着した。







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「……そうか。戻って来おったか」


 オレたちは、謁見の間へとやって来ていた。

 拘束を解かれたクレアとダリアさん、それにオレは、玉座に腰かけるヴァルター陛下を前にして、こうべを垂れている。

 ロードや他の衛兵たちは、何か起きたときのために横の方で待機していた。


 久しぶりに見たヴァルター陛下は、かなりやつれているように見える。

 黒いくまは色濃く、頬も少しこけていた。

 その金色の髪も、いつもの艶を失っているようだ。


「それで、陛下。どうして、私に拘束命令を出しておられたのですか?」


「どうして、だと……?」


 オレがそう尋ねると、ヴァルター陛下は怒りに身を震わせながら、


「貴様が、私のクレアをたぶらかしおったからに決まっておろうが!!」


「……え?」


 戸惑うオレをよそに、ヴァルター陛下はそのまま言葉を続ける。


「それに、ディムールの軍が寝返るはずがなかろう! そんな世迷言に付き合っていられるほど、私は暇ではないのだ! そもそも、クレアを誑かしおった貴様の言うことなど、誰が信用するか!」


「は――ぁ?」


 ヴァルター陛下が何を言っているのかわからなかった。


 ディムールの軍が寝返るはずがない?

 たしかに、まともに考えればそれは間違ってはいない。


 だが、オレたちが戦っていた相手はまともではなかった。

 そんな常識に囚われた考え方をしていれば、足元をすくわれるのはオレたちのほうだ。


「エーデルワイスの魔術は、それほど強力なものなのです! ことは一刻を争います! まだ何の準備もないのでしたら、どうか迎撃準備を進めてください!」


「お父様! ラルの言っていることは本当です! このままでは本当にディムールが危ないんです!」


 オレとクレアは慌ててそんな言葉を口にするが、ヴァルター陛下はどこ吹く風だ。

 陛下は、蔑むような視線で俺のことを見る。


「本当は、臆病風に吹かれて逃げ帰ってきただけなのだろう? それにしても、もう少しマシな言い訳を考えるんだったな、ラルフ・ガベルブックよ」


「ちが……!」


 オレの否定の言葉を無視して、ヴァルター陛下はクレアのほうを見た。

 その瞳には、隠しきれない憐憫の情が見て取れる。


「……クレア。お前は悪い男に騙されているだけだ。しばらく部屋で静養していれば、自分の考えがどれほど愚かなものだったのかわかるはずだ。しばらくの間、お前の外出を禁ずる」


「そんな……!」


 ヴァルター陛下の言葉に、クレアは絶句する。

 隣で沈黙を保っているダリアさんも、目を見開いていた。


「考え直してください陛下! このままでは本当に――」


「もうよい。――連れていけ!」


「はい」


 ヴァルター陛下がオレとの話を切り上げると、ロードに腕を掴まれた。

 オレは、そんなロードを信じられないものを見る目で見る。


「待てよロード! まだ話が――!」


「今の陛下に何を言っても無駄だよ。陛下はクレア様までいなくなってから、心を病まれてしまっていてね……。多分、数日もしたら落ち着くと思うから、そのときにまた話を聞いてもらうしかないよ」


「それじゃあ遅すぎるんだよ! 何のためにオレがディムールに戻ってきたと思ってるんだ!? このままじゃ、ディムールはエーデルワイスに滅ぼされるんだぞ!!」


「何を訳のわからんことをわめいておる!? 早く私の前から失せろ!!」


 憤怒の表情で唾を飛ばしながら、ヴァルター陛下はオレを怒鳴りつける。

 ロードは、そんな陛下にあわれむような視線を向けていた。




 オレたちは、そのまま部屋から退出するしかなかった。




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