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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
55/96

第55話 終わりのはじまり


 ディムールの王都は、いつもと変わらないように見えた。

 少しばかり見張りに立っている兵士の数が多いような気がするが、想像していたような物々しい雰囲気は感じられない。

 少なくとも、ここで激しい戦闘があったような形跡はなかった。


「とりあえず、先回りはできたみたいだな」


 その事実を噛み締め、少し安堵する。

 だが、ゆっくりはしていられない。


「ラルは、先にカタリナさんのところに行くよね?」


「ああ。確認しなきゃいけないこともあるしな」


 カタリナにはもちろんだが、特にキアラとは会っておきたい。

 カタリナから話は聞いていたものの、結局今日までキアラに直接『テレパス』を繋げて話すことはできなかったからだ。


「カタリナと話をしたあと、クレアとダリアさんを王城までお送りします。僕も、陛下に直々にお話しなければいけないことがたくさんあるので」


 エノレコートで起きた悪夢のような出来事の数々と、オレがクレアを好いていること。

 どちらも、オレがヴァルター陛下に伝えなければならないことだ。


「わかりました。では、そのように」


 クレアとダリアさんが頷いたのを確認し、オレたちは王都にあるオレの屋敷へと向かうことにした。






 既に、太陽が登ってしばらく経っている。

 緊急事態ということも伝えてあるし、さすがにこの時間ならカタリナも起きているはずだ。

 だというのに、


「……あれ」


「どうしたの?」


 不可解な現象に直面したオレに、クレアが疑問の声を上げる。


「……カタリナに『テレパス』が繋がらない」


「え? でも昨日の夜には話してたよね?」


「ああ……」


 そう。

 たしかに昨日の夜、オレはカタリナに『テレパス』を繋いでいた。

 今日中には帰れそうだということも言っておいたはずなのだ。

 それなのに、『テレパス』が繋がらないということは――、


「クソっ!!」


「あっ、ラル!?」


 既に屋敷は目の前だ。

 逸る気持ちを抑えきれず、オレは走り出した。


 久しぶりに見る屋敷は、何も変わった様子がなかった。

 いや、一つだけ違うところがある。


 今の屋敷からは、人間の気配が全くしない。


「……」


 ドアに鍵はかかっていない。

 中に入ると、異臭がオレの鼻を突いた。

 その匂いに気付かないフリをしながら、オレは奥へと進む。


 キッチンに向かうと、メイドが一人倒れていた。

 だが、それが誰なのかわからない。

 無理もないことだ。




 そのメイドは、首から上がなかったのだから。




 キッチンの床は、大量の血液でどす黒く汚れてしまっていた。

 その小さな身体のどこに、それほどの血が詰まっていたのだろうと驚かされる。


 物言わぬ死体となったメイドから視線を外し、辺りの気配を探った。

 しかし相変わらず、何の気配もない。

 それはつまり、ここにはオレ以外、生きている人間はいないということだ。


 焦燥感に掻き立てられるままに、二階へと向かう。


「……なんだよ、これ」


 カタリナの部屋の前に、二人のメイドの死体が転がっていた。

 二人とも、首から上は無くなってしまっている。

 軽く近くを見てみたが、彼女らの首らしきものは見当たらない。

 その死体から目を逸らし、オレはカタリナの部屋に入った。


「うっ……」


 部屋の中は凄惨な状態だった。

 何人ものメイドたちだったものがそこらじゅうに散らばり、白い壁や絨毯じゅうたんには赤黒い汚れがこびりついている。


 そんな中でも、メイドたちの頭部は一つも残されていなかった。

 一目見ただけでは、いったい何人殺されたのかわからないほどの損壊具合に、嫌でも襲撃者の悪辣さがわかろうというものだ。


「……カタリナは、どこだ?」


 そこでようやく、オレの思考はそこまでたどり着いた。


 『テレパス』を使っていた以上、他の誰かがカタリナの代わりに喋っていたというのは考えにくい。

 昨日の夜までは、たしかにカタリナはここにいたのだ。

 つまり、昨日の夜から今朝までのあいだに、何か恐ろしいことが起こったのだ。


「それに、キアラもいない」


 留守の間は家を任せると言っておいたキアラの姿が、どこにもなかった。

 ここにいない以上、二人の身に何かが起こったと見てほぼ間違いないだろう。


 濃厚な死の匂いが、屋敷の中に漂っている。

 ……クレアとダリアさんを置いてきたのは失敗だったかもしれない。

 嫌な予感がすると言っても、三人で家を見に来ればよかったのだ。


 とにかく、ここにはカタリナもキアラもいない。

 すぐに二人を探し出して身の安全を確保する必要がある。


 そんなことを考えながら家の外へと出ると、


「――! ラル!」


「ラルフ様!」


「……ダリア、さん? クレアも」


 ダリアさんとクレアが、大量の衛兵たちに拘束されていた。

 手錠のような形をした光の輪が、彼女たちの両手を縛りつけている。

 見たところ、そこまで手荒な真似はされていないようだが、衛兵たちがクレアたちを捕らえている理由はさっぱりわからない。


「ラルフ・ガベルブックだな?」


「……ええ。そうですけど」


 衛兵の問いかけに答えながら、オレはいつでも精霊術が使えるように、周りの精霊たちに呼びかける。

 衛兵たちの目的はわからないが、あまり穏やかな感じではない。

 場合によっては、二人を連れて強行突破しなければならないかもしれなかった。


 しかし、そんなオレの考えは、突然打ち切られることになる。

 衛兵たちの間を縫って、オレにとって見知った顔の人間が現れたからだ。


「やあ、ラル君。久しぶりだね」


「……ロード?」


 それはたしかに、ロードだった。

 オレが見慣れない黒色の礼服に身を包んではいるものの、それ以外に変わったところはないように見える。


 だが、どうしてだろう。

 何かが、前までのロードと違うような気がする。

 理由はわからないが、そんな風に思えてならなかった。


「ラル君。本当に申し訳ないんだけど、君も拘束させてもらうよ」


「……へえ。できると思ってんのか?」


「……できれば穏便に済ませたい。手荒な真似はあまりしたくないんだ。相手が相手だしね」


 ロードはそう言って肩をすくめる。

 その態度は、ひどく芝居がかっているように見えてならなかった。


「だいたい、なんでお前らがクレアとダリアさんを拘束してるんだ? その二人が何かしたのかよ」


「一緒に王城まで来て欲しい、って言ったら抵抗されちゃってね。だからこうして、大人しくしてもらってるってわけさ」


「……クレアが行方不明になってるのは、ヴァルター陛下も把握してるわけか。まあ当たり前だな」


 それはまあ、わかる。

 しかし、なんだろう。


「僕たちがクレア様を保護しているのもそういった理由からだよ。陛下は大層お怒りだからね。これで機嫌が直ってくれるといいんだけど」


 ……なにかがおかしい。

 その違和感の正体を突き止められないまま、ロードが言葉を続ける。




「――陛下より、ラル君に対して捕縛状が出されているんだ。だから、僕たちは君を拘束しなきゃいけない」



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