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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
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第54話 帰還


 隣で何かが身じろぎする感触に、目を覚ました。


 遠くから、鳥のさえずりが聴こえてくる。

 窓からは柔らかな日差しが降り注ぎ、部屋の中を照らしていた。


 ……あれ。

 どこだっけ、ここ。


 開ききっていない目を擦りながら、とりあえず起き上がろうとして、


 ふにふに。


「……ふにふに?」


 何か、とても柔らかくて温かいものに触れた。

 すごくいい感触だ。

 とても気持ちいいのでもっと触ることにする。


 ちょうど手のひらに収まるくらいの大きさで、触っているだけでなぜか幸せな気持ちになってくる。

 本能的な部分が充足していく感じがした。


「ひゃっ!?」


 そして何やら、可愛らしい声が聞こえてきたような気がする。

 その声はどこか、クレアに似ているような……。


「あれ? クレア?」


 よく見ると、布団の中から顔を覗かせているのは、クレアだった。

 クレアは顔を真っ赤に染め、しかしどこか覚悟を決めた表情で、


「あ、あの……」


「うん?」


「わ、私もこういうこと初めてでどうしたらいいのかとか全然わからないけど……その……や、優しくしてください」


「……うん?」


 そこで、オレは完全に目を覚ました。

 目の前には、覚悟を決めて瞳を閉じるクレアの姿がある。


 そして、ドアの前に立ち尽くしているダリアさんの姿を見つけた。


「あ、ダリアさん。おはようございます」


 ダリアさんはオレのほうを見て、何かを悟ったような表情を浮かべてから、


「……失礼しました」


 ドアをそっと閉めた。

 ……改めてオレは、自分の状況を認識する。


 隣には、頬を赤らめてこちらを見つめるクレアの姿。

 そしてなぜか、オレの手はクレアの胸を鷲掴みにしていた。


 さっきから、ふにふにしていたのはこれだったのか。

 どうりで、天にも昇るような触り心地だったわけだ。


 うん。

 なるほど。


「待ってくださいダリアさん違うんです! いや違わなくないこともないんですけど多分あなたが想像しているようなことはなかったはずです!」


「そっ、そうだよダリア! 私たち、まだそういうことはやってないから!」


「……まだ(・・)?」


「あああっ!? え、えーっと! 違うの! そういうのじゃないの!」


 オレのボソッと言ったツッコミに対して、えらく可愛らしい反応をするクレア。

 それがたまらなく愛おしく思えた。


 ……結局、ダリアさんにしっかり事情を説明できたのは、それからしばらく経ってからのことだった。




『えっ!? ディムール軍が寝返った!? どうしてそんなことに……!?』


『ああ。今のディムール軍は大罪――『色欲』の魔術師、エーデルワイス・エノレコートに操られている。信じられないかもしれないけど、本当のことなんだ。カタリナには、このことをキアラに伝えてもらうのと、オレたちの家族を守るのをお願いしたい』


『もちろんですっ! キアラさんにしっかり伝えておきます! あとヘレナさまにも!』


『うん。ありがとう。それじゃあオレは、母様に『テレパス』を繋ぐから切るね』


 カタリナとの『テレパス』を切断し、ヘレナへと『テレパス』を繋げる。


 今オレは、昨日の夜は繋がらなかったカタリナのところに『テレパス』を繋いでいた。

 幸いにも、カタリナは普通に『テレパス』に出てくれて、今回の件をキアラに伝えることができた。


 次にヘレナにテレパスを繋ぎ、今の状況を知らせることにする。

 今度は、ヘレナにもしっかりと『テレパス』を繋ぐことができた。


『えーっと……これでいいのかしら』


『母様! おはようございます! お久しぶりです!』


『ああ、ラル。おはよう。どうしたの? ラルからこうやって『てれぱす』をやってくることなんてなかったから、びっくりしちゃったわ』


 そう言って、ころころと笑うヘレナ。

 『テレパス』の発音が怪しかったが、今はそれはどうでもいい。


『端的に言いますが、ディムール軍が寝返りました。近日中にディムールの王都にディムール軍が襲いかかることになると思います』


『……え?』


『寝返った、というのは少し語弊があるかもしれません。ディムール軍は、『色欲』の魔術師、エーデルワイス・エノレコートに操られているんです。幸いにも僕は難をのがれましたが、おそらく僕以外のすべてのディムール軍が、エーデルワイスの手の中にあります』


『……そんな』


 オレの口から漏れた言葉に、しばらく呆然としていたヘレナだったが、すぐにハッとなって、


『お父様は? お父様はどうなったの!?』


『……父様もエーデルワイスに洗脳されてしまいました。僕もこのままにしておくつもりはありませんが、今のところ解呪の方法もよくわからないというのが本音です』


 ヘレナは、ショックで声も出ないようだった。


『でも、まだ殺されてしまったわけではありません。父様にかけられた魔術が解けるように、僕も手を尽くします。だから、母様も諦めないでください』


『……そう、ね。そうよね。ごめんね。わたしのほうがしっかりしなくちゃいけないのに……』


 ヘレナはショックを受けているようではあったが、なんとか持ち直したようで、


『わかったわ。わたしのほうでも、ディムールを守るために手を尽くしてみる』


『ありがとうございます、母様。僕もすぐにディムールまで戻りますので』


 そう言って、『テレパス』を切断した。

 ヘレナに現状を伝えるのは心苦しくはあったが、ヘレナの助けがなければ王都を守り切れるかわからない。


「ラルフ様。そろそろ出発しましょう」


「わかりました。ダリアさん」


 どうやら、オレが『テレパス』を繋いでいる間に、クレアとダリアさんの準備もできたみたいだ。

 オレも荷物を持って、家の外へと出た。




「あ、ちょっと待ってください」


 オレは、普通に歩きだそうとした二人を呼び止めた。


「ん? どうしたのラル?」


「三人だけなら、オレの精霊術で空を飛んで行ったほうが早いと思うんだ」


「……え? 空を飛ぶ?」


「どういうことですか、ラルフ様?」


 二人は、イマイチオレの言っていることの意味がわかっていないようだ。


「見ていてください」


 そう言って、オレは風精霊たちにお願いして空中へと上げてもらう。

 既に慣れた浮遊感がオレを包み込み、オレの身体が数メートルほど持ち上がった。


 オレにはもう、『防御力大幅上昇』の能力はない。

 今のこの身体では、この高さから落ちても怪我をする可能性があるな。

 そんなことを考えながらも、オレは地上へと降り立った。


「これを使えば、歩くよりもかなり早くディムールまでたどり着けると思います。クレアとダリアさんにも同じことができるので、二人が取り残される心配もありませんし」


 後ろを振り向くと、クレアとダリアさんはどこか呆れたような表情を浮かべていた。

 その表情の原因がわからずに戸惑っていると、クレアが口を開いた。


「ラル……こんなのいつの間に使えるようになったの?」


「いや、だいぶ前から使えたぞ。そういえば、クレアとかロードの前では使ったことなかったっけか」


 この様子だと、他にも色々と驚かれることがあるかもしれないな。

 まあ、その度に説明すれば事足りるんだけど。


「まさか空を飛べるとは……驚きです」


「精霊術なら、こういうこともできるんですよ。……もっとも、あんな大怪我をしたのもエーデルワイスから逃げようとして、空中から叩き落とされたからなんですけどね」


 あの一件で、能力を過信するのはよくないと学んだ。

 力は使いこなせなければ意味がない。

 オレには、その鍛錬も足りなかったのだ。


「とにかく、これを使って行ったほうが早いので、空を飛んで行こうと思いますが……いいですか?」


「私はいいよ。空を飛ぶなんて面白そうだし!」


「クレア様がそれでいいのなら、私のほうにも依存はございません。ですが、クレア様の体調を考え、こまめに休憩を取っていただければと思います」


「それもそうですね。わかりました」


 オレも元からそうするつもりだった。

 慣れない移動方法というのは、それだけで体力を消費するものなのだ。


「じゃあ、いきますね」


 オレは早速、クレアとダリアさんに精霊術を使った。


「わっ!?」


「おお……」


 クレアは驚き、ダリアさんは関心したような声を出して、オレの精霊術を受け入れる。

 二人の身体が地上から三メートルほどのところまで持ち上がり、その場で止まった。


「あれ? さっきよりだいぶ低くない?」


「ああ、万が一のことを考えて高度は低めにして飛ぶことにしようと思ってるんだ。低い方がコントロールもしやすいしね」


「なるほど。わかりました」


 こうして、オレたちはエノレコートの王都を出発した。




 クレアは最初のほうこそ「すごいねラル! 風が気持ちいいよー!」などと言ってはしゃいでいたが、やがて眠くなってきたようで飛びながら寝ていた。


「まったく。気持ちよさそうに寝ちゃって……」


 クレアが目を覚まさないように、できるだけ揺れないように調節していると、ダリアさんから声をかけられた。


「ラルフ様は、クレア様を妻として迎えるおつもりですか?」


「……どうしたんですか。薮から棒に」


「正直に答えてください。その答え次第では、私は……」


 ダリアさんは、複雑な表情を浮かべていた。

 自分の判断が本当に正しいのかわからない、というかのような……そんな顔だ。


「カタリナがいいと言ってくれたなら、僕はクレアを妻として迎えたいと思っていますよ。もちろん、カタリナの説得も僕がしっかりとするつもりです」


「……それを聞いて安心しました。どうかクレア様をよろしくお願い致します」


 ダリアさんはオレに向かって頭を下げた。

 それは、本当に愛する人を任せるような、そんな態度だった。


「ダリアさんはどうして、クレアの護衛をしているんですか?」


 それはオレが、ずっと感じていた疑問だった。

 ヴァルター陛下がこのことを知っていたなら、クルトさんの仇を打つと言ってエノレコートへ向かったクレアを止めないはずがない。


 そしてダリアさんは、ヴァルター陛下に雇われていた護衛のはずだ。

 そんな人が、どうしてこんなクレアのわがままに付き合っているのか、オレは不思議でならなかった。


 オレのそんな疑問の言葉に、ダリアさんは微笑を浮かべて、


「私は、クレア様に幸せになってもらいたい。ただその一心でここにいます。もちろん危険は承知の上でしたが、クレア様の命は、たとえこの身に替えても守り抜く所存でした」


「……なるほど」


 それだけで十分だった。

 クレアを護衛していてくれたのがダリアさんで、本当によかったと思った。




 そして、エノレコートの王都を出発してから四日後。

 オレたちは、ディムールの王都へと戻ってきた。


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