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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
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第48話 悪意との遭遇


 オレたちは今、エノレコートの王都、その中央道を進軍している。

 その足取りに迷いはない。

 ただ、もう目前に迫っている敵を倒すことだけを考えて、ひたすら前に進む。

 ……だが、中にはそれを憂慮している者もいた。


「どうかしたんですか、父様?」


「いや……あまりにも、静かすぎると思ってな」


 エノレコートの王都に到着したというのに、フレイズの顔は優れなかった。

 まあ、その理由はわかる。


 これまでの道中で、あまりにも妨害が無さすぎたのだ。


 敗走したなら敗走したで、オレたちが休んでいる間など、途中で襲撃を行えるポイントはいくつもあった。

 だが、エノレコートからの襲撃は結局一度もなかった。


 エノレコート側が大きく回り込んでディムールの本国に兵を送っている可能性も考慮し、竜騎兵に偵察を指示したが、ディムール付近でエノレコートの兵士たちが動いているような様子はなかったという。

 

 ということは、エノレコートの王都付近に兵を集め、そこで正々堂々とディムール軍を迎え撃つつもりなのだろう、というのがオレたちの見解だった。

 だが、エノレコートの王都付近に偵察に向かっていた竜騎兵たちは、兵はおろか、人影すら見当たらないという報告をしてきたのだ。


 そしてその言葉通り、エノレコートの王都は驚くほど静かだった。

 まるで誰一人として人間がいないかのような、そんな不気味さを孕んでいる。


 道中の村々でも、同じような状態ではあった。

 建物や資材などは残され、人間だけがどこかへ消えてしまったような、そんな違和感。

 普通に考えれば、エノレコートの王都よりも後ろに面しているもっと安全な地方へ避難させたというのが妥当なところなのだろうが……。


 それに、他にも気になることがある。

 ここに兵がいないなら、他のどこに兵を集めたというのだろうか。

 国として絶対に死守するべき王城は、もう目の前にまで迫っている。

 あれを攻め落とせば、ディムール側が大きく優位に立つことができるのは言うまでもない。


 王都を含め、そんな重要な言わば国の心臓部を、相手国にみすみす侵略されている。

 これで違和感を覚えないほうが、無理があるというものだろう。


「それにしても、もうちょっと何とかならなかったんですかね。白けりゃいいってもんじゃないでしょうに」


「エノレコートは、白い色を特に好む人種だからな。奴らが信仰しているという『始祖』も、白髪で紅い眼の人物だったと聞くし」


 オレの隣に立っているフレイズが苦笑しながら、そんな説明をしてくれた。


 ディムールの王都や王城の建築が中世ヨーロッパを彷彿とさせるのに対し、エノレコートの王都や王城は、ただひたすら白い。

 建物の壁は見渡す限りすべて白く、その辺に無造作に置かれている道具類も、総じて色素が薄い。

 国の特徴と言ってしまえばその程度のことなのだが、オレにはそれが、妙に気持ち悪くて仕方がなかった。


「ん? おいラル。あれ、人間じゃないか?」


「えっ? どこですか?」


 フレイズが指差した道の先を、『レンズ』の精霊術を使って確認してみる。

 そこは、エノレコート王城の門の前だった。

 まさに王城の門と呼ぶにふさわしい巨大なそれは、至るところに繊細で美しい彫刻が施されている。

 

 そして、たしかに堅く閉ざされたその門の前に、一人の女が立っていた。


 腰のあたりまで伸びた髪は銀色で、瞳の色は……ここからだとわかりにくいが、金色に見える。

 肌は透き通るほどに白く、その背中から生えている二対の純白の天使の翼が、清純なものを感じさせる。

 翼の大きさも、王族のそれと遜色のないほどの見事なものだ。


 だが、女はひどく煽情的な格好をしていた。

 そのどこぞのSMの女王様かと見間違うほどエロティックな黒い衣装は、成熟した女のボディラインをしっかりと強調し、彼女の女としての魅力を引き立てている。


 胸もかなり大きい。

 男なら、必ず一度は目が向いてしまう部分だった。


 しかしオレは、その美しい姿に好意を抱いたわけでも、その男を誘うような淫らな姿に欲情したわけでもなかった。


「――――――――――っ!?」


 その女の姿を見て、オレはただ、異様なほどの寒気に襲われていたのだ。

 そんな自分の体調の変化に、オレは戸惑いを隠せない。


「どうしたんだ、ラル?」


 そんなフレイズの問いにすら答えられないほど、オレの身体は震えていた。

 なんなんだ。

 なんなんだ、一体。


 ……まさかこれは、恐怖か?




「あら、怖がらせてしまったかしら。だとしたらごめんなさいね」




 いつの間にか、その女がオレの目の前にいた。

 今の今までレンズの向こうに見えていたはずの女が、オレの目の前に突如として現れたのだと、遅れて理解する。


「な――」


 理解が追いつかない。

 目の前で何かが起こっているのは明白なのに、何が起こっているのかわからない。


 女はポンポンとオレの頭を軽く撫でると、にっこりと微笑む。


「ラルフ・ガベルブック……そう。あなたがディムールの兵士たちをここまで連れてきてくれたのね。ありがとう」


 その言葉は、オレを再び戦慄させるのに十分な威力を持っていた。


「どう、して、オレの名前を――」


「な、なんだ貴様! どこから現れた!?」


 オレの疑問の声は、フレイズたちの声によって遮られた。

 フレイズたちは、突然現れた女の姿を見て警戒をあらわにしている。

 武器を構え、いつでも女に対して攻撃を加えることができる体勢だ。


「あら、覚えていないかしら? 少し前に、二人だけでお話をする機会があったはずなのだけれど……」


 だというのに、女はまるでそれが取るに足らないものであるかのように、焦った様子もなく、オレに話しかけ続ける。


 この女は、オレと話したことがあるという。

 だが、女の姿に見覚えはない。

 ここまで鮮烈な印象を相手に与える人間を、そうそう忘れるはずがないと思うのだが。


「あれ?」


 ふと、オレは違和感を覚えた。

 そういえばこの声、どこかで聞いたことがあるような――、


「あの魔道具、ぜひわたくしにも作り方を教えてほしいのよね。もし作れたら、カミーユといつでも連絡を取れるようになるし」


 ……心臓の音がうるさい。

 聞こえるはずのない名前が、女の口から飛び出したからだ。


「…………」


 『憤怒』の魔術師、カミーユ。

 そんな人間の名前を、女はまるで気心の知れない友人のように気安く呼んでいる。

 ならば、目の前にいるこいつの正体は――、




「クルトさんは、ちゃんと埋葬してあげた?」




「――――――――」


 その言葉を聞いて、記憶の中に埋もれていた奴の声と、目の前で微笑む女の声が、オレの中で一致した。


 それと同時に、オレの心の奥底から沸き上がってくる感情は、憎悪だった。

 己のなかにあってなお、底の見えない憎しみ。

 それを原動力にして、オレは目の前の女を睨みつけた。


「エーデルワイス、エノレコート……ッ!!」


「ようやく思い出してくれたみたいね。嬉しいわ」


 女――エーデルワイスは、オレの殺気すらも涼しい顔で受け流している。


「……こいつは誰なんだラル? お前の知人か?」


 オレとエーデルワイスの会話を聞いていたらしいフレイズが、そんなことを尋ねてきた。

 知人? そんなわけがない。

 こいつは敵だ。


「父様、こいつです! こいつがクルトさんを殺した張本人です!」


「なんだと!?」


 オレの言葉を聞いて、フレイズたちがエーデルワイスへ明確な敵意を向ける。


「奴を囲い込め! 絶対に逃がすな!」


「はいっ!!」


 エーデルワイスの周りを大勢の兵士たちが囲い込む。

 王都の道のど真ん中で完全に包囲されているが、やはりエーデルワイスの顔に焦りの色が生まれることはなかった。


 しかし、エーデルワイスは兵士たちの顔を見ながら、「うーん……」と、何かに悩んでいる様子だった。

 ここからどうやって抜け出そうか考えているのだろうか。


「なんだか全体的に並、って感じ。あまりいい男はいないわね。ラルくんと、そこのフレイズさんはかなりイイ男だと思うけれど……あら、もしかしてフレイズさんは、ラルくんとは親子の関係になるのかしら?」


 この後に及んで何を言い出すかと思えば、男の選り好みをしていたらしい。

 その状況を理解していないような奇妙な言動に、さすがのフレイズたちも虚を突かれたような顔をしている。

 こいつは何を言っているんだ、とでも言いたげな表情だった。


「まあいいわ。あなたたち、みんな使ってあげるから」


 エーデルワイスは髪をかきあげ、その視界にオレやフレイズたちを入れて、




「わたくしは大罪の魔術師、『色欲』のエーデルワイス・エノレコート。――さぁ、一緒に遊びましょう。ラルくん」




 淫猥な笑みを顔に張り付けながら、そう言って笑った。

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