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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第三章 少年期 ディムール・エノレコート戦争編
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第47話 初陣

今回は途中にジャン視点の部分があります。




 戦いはすぐに始まった。


 オレが人間同士の大規模な戦闘を見るのは、これが初めてだ。

 その初めての光景は、ただただ鮮烈にオレの網膜に焼き付いた。


 歩兵たちはそれぞれの武器を手に、命懸けで敵兵に襲いかかる。

 魔術師は詠唱を行い、味方の兵たちを守る、あるいは敵兵を殺し尽くさんという熱気に溢れている。

 騎兵はその機動力を巧みに駆使し、次々と敵兵をほふっていく。


 大規模な戦闘だ。

 もう既に、お互いに死者が出始めている。


「兵団長殿、行きましょう」


「そうですね」


 さて。

 そろそろ行くか。


 魔車から降りて、ゆっくりと歩き始める。

 戦場とは思えない、緩慢な動作。

 だが、オレはあまり急ぐ必要性を感じなかった。


「――精霊たちよ、我が手の中に」


 この一帯のすべての精霊たちが、自分の手の中にあるというイメージを強く込める。

 刹那、オレの周囲の空間が光り輝き始めた。


「なんだ……?」


 周りにいるエノレコート側の兵士たちも、奇妙なものを見る目でオレのほうを見ている。

 彼らがそんなことをしている間に、オレはこの一帯に存在する精霊たちを、全てディムール側へ集めることに成功した。


 これで、エノレコート側の魔術師たちは、一切魔術を使えなくなった。


「な、なぜだ!? なぜ魔術が……!?」


 今になってようやく、エノレコート側の魔術師たちが、魔術を使えなくなったことに気付いたようだ。

 だが、気付いたところでどうにかなるものでもない。

 この場所にはもう、お前たちに味方してくれる精霊はいないのだから。


「今だっ!!」


 その隙を突いて、ディムールの兵士たちが一斉にエノレコート軍へと突っ込んでいく。

 ディムールの魔術師たちが、エノレコート側の兵士を切り裂き、焼き、叩き潰していく。

 阿鼻叫喚の中、オレは叫んだ。


「オレはディムール王国軍、第六兵団『ケルベロス』の兵団長、ラルフ・ガベルブックだ!! オレの首が欲しい奴はかかってこい!!」


「ディムールの兵団長だ! あいつの首を取れば――!」


 すぐに、その言葉に釣られた兵士たちが、オレの前までやってくる。

 各々の武器を取り、オレに襲いかかってきた。


「――?」


 近づいてみると、エノレコート側の兵士たちはぶつぶつと何かを呟き続けている。

 それをよく聞き取ろうとして、己の失敗を悟った。




「――全てはエーデルワイス様のために」「全てはエーデルワイス様のために」「すべてはエーデルワイス様の為に」「すべてはエーデルワイス様のために」「エーデルワイス様」「エーデルワイス様」「エーデルワイスさま」「エーデルワイスさまのために!」「エーデルワイスさま」「すべてはエーデルワイス様のために」「エーデルワイスさま」「エーデルワイス様」「エーデルワイスさま」「エーデルワイス様のために」「エーデルワイス様」「エーデルワイスさま」「エーデルワイス様」「エーデルワイスさまぁあああああ!!」




「――っ!」


 ――気持ち悪い。


 戦場で、まだそんなものを盲信していられるこいつらが、あまりにも気持ち悪かった。

 ここでは、エーデルワイス(そんなもの)はなんの役にも立たないというのに。


「がっ……」


 躊躇いはなかった。

 オレは七精霊を纏った剣で、目の前にいた兵士の身体を切り裂いた。


 バターを切ったような手応えのなさとは裏腹に、兵士は白目を剥き、上半身と下半身まで綺麗に切断されて、血の海に沈んだ。

 間違いなく致命傷だ。


「っ……!」


 胸が疼く。

 とは言っても、良心で心が傷んでいるわけではない。


 オレのその様子を見た敵兵たちが、好機とばかりにオレに攻撃を仕掛けてくる。

 そんな兵士たちを全て剣でほふりながら、オレは魂の痛みを堪えていた。


 最初は一。

 次に、二、三、四。

 オレが剣で兵士の身体を切り裂く度に、その数は際限なく膨れ上がっていく。


「っ……」


 魂に、数字が刻み付けられていく。

 それは、オレが奪い取った命の数にほかならない。


 ――奪い取った命の数だけ、自分の身体の時間を戻せる能力。

 それが呪われた能力、『リロード』の正体だ。




 オレはついに、『リロード』を習得した。




「うぉおおおおおおおおお!!」


 もう、オレと敵の兵士のどちらが上げている声なのかもわからない。

 次から次へと湧き出てくる柔らかな肉を裂き、切り捨てていく。

 懐かしさに似た感覚。


 不思議と、人を殺すことに嫌悪感や忌避感は湧かなかった。

 ただ淡々と、敵の命を奪っていく。


 あっという間に、魂に刻み付けられた『リロード』のカウント数は百を超えた。

 でも、まだ足りない。

 オレは、オレたちは勝たなければならないのだ。


 気がつくと、周りからエノレコート兵たちが消えている。

 その代わりに、遠くから何かが飛んできた。


「ん?」


 オレの身体に軽く当たり、地面に落ちたそれを拾い上げる。


「弓?」


 それを確認している間にも、小さな衝撃が継続的にオレの身体に響いている。

 オレの身体に軽く当たっているのは、数え切れないほど多くの弓矢だった。

 威力が低すぎて気付かなかったが、普通の兵士ならこれが上から降ってきたらひとたまりもないだろう。


 オレはすぐに、味方の兵士たちのために風の防御壁を作った。

 これで、敵の遠距離攻撃のほとんどを無力化することができるはずだ。


 よし。

 あとは適当に『岩弾ロックブリット』を撃ち続けていればそのうち終わるだろう。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「……やっぱり、俺の目に狂いはなかったんだ」




 それは伝説の再臨だった。


 兵団長殿は最初に、エノレコートの兵士を自分のところに引き付けて、恐ろしい切れ味の刃で次々に殺していった。

 敵の兵士の攻撃が当たっていないわけではない。

 だが、兵団長殿の防御力が異常とも呼べるほどに高いせいで、刃が肌を通らないのだ。

 人を初めて殺すとは思えない剣さばきで、何のためらいもなく人間を薙ぎ払っていた。


 接近戦ではどうにもならないことを悟ったエノレコートの兵士たちは、今度は遠距離攻撃を試みたらしい。

 弓兵たちが集中して兵団長殿を狙い撃ちしていたが、兵団長殿はまるでそれが当たっていることにすら気が付いていないのではないかと思うほどに無反応だった。


 ようやく反応したかと思うと、無詠唱で巨大な風の防御壁を張って、他のディムール側の兵士が弓矢の被害に遭わないようにしていた。

 あまりのデタラメぶりに、言葉すら出てこない。


 相手の魔術攻撃は、兵団長殿が精霊を独占しているために発動すら許さない。

 弓矢などの遠距離物理攻撃は、兵団長殿が張った風の防御壁のおかげで俺たちのところまで届くことはない。

 そして、武装した敵兵たちは――、


「――『岩弾ロックブリット』」


 兵団長殿の前に数え切れないほどの『岩弾ロックブリット』が展開され、敵兵に向かって射出される。

 辺りに悲鳴が響き、身体に大穴が空いた兵士たちがその場に崩れ落ちる。

 阿鼻叫喚の嵐だ。


 しかしそれを見てもなお、兵団長殿の顔には何の変化もない。

 あれだけの兵士たちを死へと追いやっておきながら、まるでそれが取るに足らないことであるかのようだ。

 それが俺には、とても恐ろしく、しかしこれ以上なく頼もしく思えた。


 そう、それはまさに、かの有名な『終焉の魔女』が目の前で戦っているかのような――。


「見ろッ! やっぱり俺たちの兵団長殿は最強だッ!!」


 精霊級魔術師の名は伊達ではない。

 烏合の衆相手に、何を恐れることがあろうか。


 既に大勢は決した。

 エノレコート側に、我らが兵団長殿を止められる者など存在しない。


 そんな俺の予想を裏切らず、数を大幅に減らされたエノレコート軍は敗走を始めた。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 疲れた。

 それが初陣の素直な感想だった。


 あのあと、エノレコート軍は敗走を始めた。

 あまりにもあっけない。

 もっと泥沼化すると思っていたのだが、こちらの世界での戦争はこんなものなのだろうか。


 最終的にオレが殺した数は、四百十二人にも上った。

 あまり実感はないが、間違いなくオレが殺した命の数だ。

 オレ個人でこれなのだから、エノレコート軍全体で見た損害は計り知れない。


 ちなみに、ディムール軍の犠牲者の数は五百人ほどだそうだ。

 決して少なくはない犠牲だが、ディムール軍はまだ一万人以上の兵士を残している。

  これから進む先で食料を調達しつつ進めば、十分にエノレコート城を陥落させることができるほどの兵力だ。


 兵団長クラス以上の上官たちが集まる会合でも、オレの活躍は取り上げられた。

 中には、それをあまり快く思っていない輩もいるようだが、オレのことが怖くて口には出せないようだった。

 まあ、不意打ちですらオレを殺せるような奴はディムール軍の中にはいないだろうし、仕方のないことなのかもしれない。


 フレイズは複雑そうな表情を浮かべていたが、何も言わなかった。


 そういえば、ジャンたちから何か不思議な視線を感じる時がある。

 恐怖なのか、尊敬なのか、よくわからない視線をだ。

 ジャンだけに留まらず、オレとすれ違う人々ほぼ全員にその視線を向けられる気がする。

 なんなのだろうか一体……。




 そして、進軍することおよそ二週間。


 特に何の妨害もなく、ディムール軍はエノレコート城付近――王都まで到着した。

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