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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第二章 少年期 ディムール王立魔法学院編
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第43話 ラルフの決意


 クルトさんから一瞬だけ『テレパス』が送られてきたときから、もう既に嫌な予感はしていた。

 そもそも、一瞬だけという時点でおかしいのだ。

 『テレパス』の腕輪は、その人物の身につけられているだけで効力を発揮する道具。

 それなのに、一瞬しか効力を発揮しなかったということは、


「腕輪自体が外されたか、クルトさんの意識が奪われたか……クルトさんが殺害されたかのどれかだろうな」


 既に、最後の連絡から三日も経ってしまっている。

 どうか、腕輪を奪われただけでありますようにと祈るしかなかった。




 だが、オレのそんな祈りは聞き届けられなかった。




 ――第三王子クルトが、エノレコート城にて惨殺された。




 そんな報せがオレの元に届いたのは、クルトさんからオレのところに最後の『テレパス』が届いてから、二週間後のことだった。




 クルトさんの葬儀は、厳粛に執り行われた。

 多くの参列者が訪れたが、オレたちがクルトさんの遺体と対面することは叶わなかった。


 クルトさんの遺体は、首から上の部分しかなかったからだ。


 何者が届けたのかすらわからないが、クルトさんやその他の大臣などの頭部が、布に包まれて王城の前に置いてあったらしい。

 ディムール王国は騒然となった。

 さらに布の中には、『エノレコート王国は、ディムール王国に宣戦布告する』と書かれた封書が入れられていたという。


 葬儀の最中、ヴァルター陛下、それに第一王子や第二王子は、終始無言を貫いていた。

 いつもは明るく振舞っているクレアも、ずっと下に俯いている。


「……クレア」


 何と言葉をかければいいのか、分からなかった。

 オレにとっても大切な兄のような存在だったが、クレアにとって、クルトさんはただの兄以上の存在だったはずなのだ。

 そんな人をこんな形で失うなんて、誰が予想できただろうか。


「……クルト兄さんは、もういないんだね」


 そう言って、クレアは静かに涙を流した。

 オレは無言で、クレアを抱きしめる。

 強く強く。


 絶対に、この子を離すことがないように。

 今のオレの顔を、絶対にクレアに見られることがないように。


「ラルくん……」


 キアラに頭を撫でられる。

 そして、彼女の手が、オレの濡れた頬に触れた。

 皆が、悲しみと失意の底に沈んでいた。


「……アミラ様、お願いします」


 ヴァルター陛下が、アミラ様に頭を下げる。

 その言葉を聞き届けたアミラ様は、静かに頷いた。


「――――『聖火』」


 クルトさんの身体が入った棺が、アミラ様が放った炎霊刀の炎によって焼かれていく。

 遠く離れていてもほのかに熱を感じるそれは、どこか温かな炎だった。


 ここにいる全員が、クルトさんの死を心の底から悼んでいる。

 オレたちは、クルトさんの棺が『聖火』によって焼かれていく様子を、ただじっと見ていた。


 ずっと、それを見ていた。




 葬儀が終わった日の夜。

 オレは、自分の部屋にいた。

 一人で考えごとをしたいと言って、キアラとカタリナには部屋から退出してもらっている。


「戦争、か」


 いまいち現実味がない。

 だが、間違いなく戦争は始まる。

 ヴァルター陛下はエノレコートの蛮行を許しはしないだろうし、そもそもエノレコート側が宣戦布告してきている以上、戦争を避けることは不可能だ。


 オレも、身の振り方を考えなければならない時が来た。

 こんなことになってしまった以上、アミラ様とほぼ同等の力を持つオレが戦わないわけにはいかない。

 オレが精霊級並みの力を持っていることを、フレイズやヴァルター陛下に話すべきだ。


 そうなると、学院は辞めなければならないだろう。

 クレアやカタリナを護るために王都の守護につくか、ヘレナやエリシアを守るためにガベルブック領に戻ることになるか……フレイズと一緒にエノレコートを攻める軍隊に配属される可能性が最も高いか。


 軍に配属されるなら、もうさっさとカタリナと籍を入れておいたほうがいいな。

 戦争が終わったら結婚するなんて、どちらかが死ぬ気しかしない。

 そんなくだらないフラグ、成立させてたまるか。


 そんなことを考えていた時だった。




『あー、あー。聞こえるかしら?』




「――っ!?」


 オレの中に、『テレパス』が繋がった感覚があった。


 ……おかしい。

 そんなことがあるはずがない。

 だって、それは。


「クルト、さん……?」


 繋がった先の『テレパス』は、間違いなくクルトさんのものだ。

 ここ数日間、全く繋がる気配がなかったそれが、今はたしかに繋がっていた。


 ……いや、違う。

 こいつが、クルトさんであるはずがない。

 クルトさんはたしかに死んだし、この声は女のものだ。


『すごく複雑な構造をしているのね、これ。こんな高度な術式が組み込まれた魔具、いったいどんな魔術師の作品なのかと思ったわよ』


 飄々(ひょうひょう)とした様子で、そんな風に語る女。

 そんな女の様子に、オレは苛立ちを隠せない。


「……誰だ、お前」


 オレが作った『テレパス』の腕輪には特殊な術式が組み込まれており、使用者以外の人間は使えないしくみになっているはずだ。

 だが、現に今、オレと『テレパス』で繋がっている相手は腕輪の力を使うことができている。

 それはつまり、この『テレパス』の相手が、オレの作ったプロテクトを解除できるほどの高度な魔術的知識を有しているということだ。


『あら、人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るのが礼儀だと思うけれど』


「オレの名前はラルフ・ガベルブックだ。あんたの名前は?」


『まったく、せっかちな男は嫌われるわよ? ……わたくしの名前は、エーデルワイス・エノレコートよ。よろしくね、坊や』


 呆れたような声で、女はそう言った。


 ――エーデルワイス・エノレコート。

 聞き覚えのある名前ではない。

 だが、その家名はとても聞き覚えのあるものだった。


「……まさか、お前がクルトさんを殺したのか?」


 こいつがクルトさんに渡していた腕輪を所持している人物とすれば、その可能性は十分にあった。

 そして、




『そうね。クルトさんは、わたくしが殺したわ』




 あっさりと。

 女――エーデルワイスはそう答えた。


「……なんでだ! なんでクルトさんを殺した!?」


『おかしなことを聞くのね、あなた』


 『テレパス』の向こうで女が笑い、




『人間が人間を殺すのに、理由なんて必要ないでしょう?』




「――――」


 なにを言っているのだろうか。こいつは。


『すべての事象に理由があるだなんて、考えないほうが身のためよ、坊や』


 クスクスと笑いながら、エーデルワイスがそう諭す。

 隠しきれない悪意が、吐き気を催す悪辣さが、声の端からにじみ出ている。


『それに、彼はわたくしのことを愛していたわ。わたくしも彼の子種を注がれたかったのだけれど、少しだけ都合が合わなくって、あきらめたのよね。そんな愛しいわたくしの手で殺されたのだから、感謝ならわかるけれど恨まれる筋合いなんてないわ』


「…………」


 エーデルワイスの戯言を聞き流しながら、オレの心に浮かんでいたのは、在りし日のクルトさんの姿だった。


 クレアのことを大切に思い、過保護すぎるほどだったクルトさん。

 オレをクレアの結婚相手として見据え、オレにクレアのことを任せると言ってくれたクルトさん。

 そして、ときにはふざけた行動を取ったり、馬鹿なことを言ったりしていたクルトさん。


 だが、その姿をアミラ様の研究室で見ることは、もう二度とないのだ。

 絶対に、クルトさんに会うことはないのだ。


 だから、オレは決めた。


「お前は殺す」


『――――』


「お前は、オレが必ず、この手で殺す」


『……ふふふふふ、あははははははっ!!』


 エーデルワイスは狂笑し、


『それじゃあエノレコートの王城で、あなたが来るのを楽しみに待っているわ』


「……そうか」


 もう、何も語ることはない。

 オレは、クルトさんがつけていた腕輪の精霊結晶を砕いた。

 もう二度と、脳内にあの声を響かせないように。


「はぁ」


 長く息を漏らして、ベッドに突っ伏す。


「エーデルワイス・エノレコート……」


 殺さなければならない。

 クルトさんのためにも、クレアのためにも、ヴァルター陛下のためにも。

 あの女の命を摘み取ることが、クルトさんにできる唯一のはなむけなのだ。


 オレはそのまま、意識を手放した。






 そして、精霊歴1285年、水無月の月の25日。




 ディムール王国は、エノレコート王国に宣戦布告した。




なんとかここまでノンストップでこれましたっ……!

これで、第二章のディムール王立魔法学院編は終了で、第三章からはディムール・エノレコート戦争編になります。

基本的に鬱は少なめに、ヒロインたちはより魅力的に、ラルくんはよりエロくなっていきます! お楽しみに!

まあ今のところ、次の章はちょっと血なまぐさい話になりそうですが……。


また、第三章を始めるに当たって、少しの間更新をおやすみさせていただきます。

たぶん一週間ぐらいで戻ってきますので、少しの間だけお待ちください!

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