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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第二章 少年期 ディムール王立魔法学院編
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第32話 迷宮の終わり


 目の前に迫る破壊の奔流に対して、オレがとった行動はひとつだけだった。


「――『空間断絶』」


 小さくそう呟くと、オレの周りで劇的な変化が起こる。

 オレの周りを覆うようにして、灰色がかった透明な球体が姿を現した。


 対カミーユ戦でも使用した、『空間断絶』だ。

 さっきキアラは、オレに『空間断絶』を使え、と言っていたのだ。


 オレを飲み込まんとしていた光線は、その球体がまるでそこに存在していないかのようにすり抜け、オレの後ろにあった壁に直撃した。


「へー。ああいう感じになるのか」


 『空間断絶』自体に攻撃を当てられたのは初めてなので、その結果は興味深い。

 光線攻撃は、『空間断絶』している空間を飛ばすような軌道を通っていた。

 つまり『空間断絶』には、『空間断絶』している目の前の空間と、『空間断絶』しているオレの後ろ側の空間を直結させる効果があるようだ。


 前回使ったときよりも、さらに小さな球体を形作っているので、空間ごと断ち切られた触手が足元に転がっている。

 デカブツが放つ光線が止まるのを見届けると、オレは『空間断絶』を解除した。


「さて、どうするかな」


 見たところ、あのビームは光精霊を集めて撃っている。

 次に同じような挙動を見せたら、奴の周りの光精霊たちを根こそぎ奪ってやればいい。

 触手のほうも、最悪『空間断絶』を使えば千切れるし、七精霊を纏った手刀でもある程度までは対応できる。


 まだ何か隠し持っているかもしれないが、気をつけてかかれば倒せない相手ではなさそうだ。

 問題となるのは火力だが……まあなんとかなるだろう。

 向こうが光精霊を使ってくるのなら、こちらは闇精霊を使って相手してやる。


「――――!」


 オレが死んでいないことに気付いたのか、デカブツがこれまてで一番大きな反応を見せた。

 身体を大きく震わせて、再び光精霊を集めようとするが、


「それはもういい」


 この空間の光精霊は全て、もう既にオレの味方だ。

 当然、あの化物の元に光精霊が集まるはずもなく、デカブツは不気味な挙動を繰り返すことしかできない。


 やがて光精霊については諦めたのか、デカブツが身体中の穴という穴から、触手を生えさせる。

 その怖気が走る光景を視界に収めながらも、オレは着々と準備を進めていた。


「――――――!!」


 唸り声をあげながら、デカブツの触手がオレの方へと迫ってくる。

 さっきまではその触手たちに七精霊を纏った手刀で応戦していたが、やはり数には数を、だ。


「――『触手』」


 オレのその一言と同時に、そこらじゅうの地面から大量の赤黒い触手たちが飛び出してきた。

 これは対牙獣戦以来の使用となる闇属性の初級魔術、『触手』だ。


「いけ、触手たち」


 オレの操る赤黒い触手たちと、デカブツが操る純白の触手たちが激突する。

 お互いにカミーユが操っていたような凶悪な形状の触手ではないため、その戦いはひたすらお互いがお互いに絡み付き合うという泥仕合にもつれ込む。


 傍から見れば、触手と触手が絡み合う異様な光景だ。

 というか下手をすれば、お互いがお互いに絡み合っているだけなので、戦っているようにすら見えないかもしれない。


 でも、それで十分だ。

 その間に、オレは闇属性の上級魔術を使用する準備をすることができた。

 さあ、オレの魔術を食らえ。デカブツ。


「――『黒い霧(ノアー・ミスト)』」


 正面に突き出したオレの右手の掌から、軽い音を立てながら黒い霧が噴出する。

 その霧は一直線にデカブツのところまで向かっていき――、


「ギェ――――――――――!!」


 その身体に到達した。

 霧は、何か固体にぶつかると拡散する。

 『黒い霧(ノアー・ミスト)』も例に漏れず、デカブツの身体にぶつかると、その周りで拡散を始めた。


 そしてようやく、デカブツの悲鳴らしきものが辺りに響き始めた。

 よかった。これを使ってもまだ平然としていたらどうしようかと思っていた。




 ――『黒い霧(ノアー・ミスト)』は、生き物を喰らう。




 その霧が覆う土地は生命の気配すらなく、ただ死が支配する。

 その霧が覆った後には、何一つ残らない。


 生きたまま喰われるという、生物にとって最も忌避すべき冒涜。

 それを体現したのが、この『黒い霧(ノアー・ミスト)』なのだ。


 デカブツの表皮が抉れ、血のような白い液体が流れ出している。

 そしてその流れだした血すらもったいない、とでも言うかのように、『黒い霧(ノアー・ミスト)』が床を這うように広がっている。

 反撃しよう、などという考えはもう既にない。

 そこにいるのは、ただの巨大な餌だった。


 ……しかし、さすがにこのまま苦しみながら『黒い霧(ノアー・ミスト)』に食われて終わる、というのはあまりにも無残すぎる最期だ。

 せめて、楽に逝かせてやろう。


「――『安らかなる眠り』」


 光属性の中級魔術の一つ、『安らかなる眠り』。

 これはその名の通り、対象となるものを眠りへと誘う魔術だ。


 安らかに眠ると言っても、別に死ぬわけではない。

 ただ、戦場で『安らかなる眠り』をかけられたら、もう二度と目覚めないことを覚悟するべきだろうが。


 これの効力は、ただ眠らせるだけだ。

 単純ゆえに恐ろしい魔術だが、確実に効力を発揮するためには相手が相当に弱っている必要がある。


 まあ、それでも十分に強力だ。

 実際に、さっきまで喰われる苦しみに喘いでいた目の前のデカブツも、『安らかなる眠り』の効果で静かに眠っていた。


 その身を『黒い霧(ノアー・ミスト)』に食われながら、だが。


 純白の触手たちも、その活動を完全に止めている。デカブツが完全に眠っている証拠だ。

 とにかくこれで、あいつも安らかに逝くことができるはずだ。




 デカブツが動かなくなってしばらくした後、オレは『黒い霧(ノアー・ミスト)』の発動を止めた。

 デカブツにたかっていた黒い霧が、まるで何事もなかったかのように霧散する。

 

「死んでる……よな?」


 オレが『黒い霧(ノアー・ミスト)』の発動を止めた理由は単純だ。

 しばらく放置していたら、デカブツの中から何やら結晶のようなものが見えてきたからである。


 さすがに、『主』の身体を全て『黒い霧(ノアー・ミスト)』に食わせるわけにはいかない。

 素材になるものがあるかもしれないしな。


 剥ぎ取り用のナイフで、傷付けないように慎重にその結晶を取り出していく。

 しばらく苦戦していたが、ようやく目的のものを剥ぎ取ることに成功した。


「なんだこれ?」


 歪な形をした、手のひらより少し大きいくらいの純白の結晶だ。

 よく見ると透明で、中から白色の光が漏れ出しているのが視認できる。

 ぱっと見たところ宝石のようだが、この石の内側から漏れ出している光を見る限り、明らかにただの石ではない。


「それは『光精霊の欠片(アルテミス・シャーズ)』だね」


「『光精霊の欠片(アルテミス・シャーズ)』?」


「うん。光精霊たちが、長い年月をかけて結晶化したものだよ。武器や防具の素材とか、高級なポーションの材料になったりするね」


「へぇ……」


 キアラの説明を聞く限り、そこそこ高く売れそうだ。

 貴重なもののようなので、亜空間にしまっておく。

 その後も、デカブツの使えそうな部分を剥ぎ取って、亜空間へと入れていった。


 さて。迷宮攻略もこれで終わりか。

 なんだか呆気なかったな。


「はぁ……」


「どうしたのラルくん? そんな物足りなさそうな顔して」


「いや、正直もっと何かあると思ったんだよ」


 階層も二階だけだったし、『主』は完全に的だったし、そこまで攻略難易度の高い迷宮だったとは思えない。


「十分めんどくさい相手だったと思うんだけどね。ラルくんじゃなかったら相当苦戦したと思うよ?」


 キアラはそう言うが、どうなのだろうか。

 自分ではあまりよくわからない。


「……わかった」


 オレが悶々とした気分を抱えていると、キアラが突然そんなことを言い出した。


「わかったって、何が?」


 キアラは、ふっと笑って、


「いつか、私と一緒に『最果ての洞窟』を攻略しようよ」


「『最果ての洞窟』ってーと……あの世界最難関の迷宮か」


 たしか、最低でも二百もの階層があるとされる迷宮だ。

 その歴史は辿りきれないほど古く、出現する魔物も強力なものばかりだという。


「……そうだな。オレとキアラなら、どんな迷宮でも突破できそうだし。いつか行ってみようぜ」


「本当? 約束だよ?」


「ああ。約束だ」


 そんな約束を交わして、指切りをした。

 まあ、将来はオレもどうなってるかわからないけど、ちょっと迷宮を攻略するぐらいの時間的余裕はあるだろう。

 そんな軽い気持ちだった。


「……あれ?」


「どうしたの、ラルくん?」


「あれ、道じゃないか?」


 デカブツが横たわっている、さらに奥のところ。

 純白の空間が、突然色を変えている部分。


 そこに、洞穴が空いていた。


 先ほどまでは、デカブツの身体が塞いでいて気付かなかったが、たしかにそれは道に見える。


「行ってみようぜ。もしかしたら、まだ迷宮は終わりじゃないのかもしれない」


「いや、そんなはずは……でもたしかに道だよね、それ」


 初めて出くわす現象なのか、キアラも混乱気味だ。


「ほら、キアラ!」


「あっ! ちょっと、ラルくん!」


 キアラの手を引っ張り、オレは走り出す。

 その道の先に、きっと誰も見たことがないものがある。

 そう思えてならなかった。


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