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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第二章 少年期 ディムール王立魔法学院編
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第31話 最下層に潜むもの


 境界線をくぐり抜けると、洞窟の中は鮮やかな青色だった。

 そういえば、さっきは洞窟の壁の色と境界線の色が一緒だったな。

 そこまで考えて、オレの頭の中に一つの仮説が生まれた。


「……なあ、キアラ」


「ん? どうしたのラルくん」


「さっきから、境界線の色だけじゃなくて、この洞窟の光ってる壁の色とも地形が関係してるような気がするんだけど」


「必ずしもそういうわけじゃないよ。今回はたまたまそういうのが多くなってるだけだと思う」


 オレのもしかしたら、という予測は、キアラに一刀両断された。

 まあ、キアラがそう言うならそうなんだろう。


 この先も、どんな魔物が姿を現すかわからない。

 気を引き締めていこう。




 そうして、ゆっくりと迷宮の最奥部へ向かう下り坂を下っていると、


「……なんだ、あれ」


 ふと、視界の隅に映るものがあった。

 少しボーッとしていたら、見落としてしまっていただろう色彩の微妙な違い。


「魔物、なのか?」


 洞窟の上側に、鈍い青色の光を発している何か(・・)がいる。

 青色の編み目のような、肉に見える。


 よく見ると、それは僅かに動いていた。

 心臓が鼓動を刻むように、一定のリズムで力強く身体を震わせている。


「……私も初めて見るよ。なんだろうね、あれ」


 サラッとそう口にしたキアラだが、その表情は優れない。

 オレも顔には出さなかったが、内心では驚きを隠せなかった。

 キアラが知らない魔物がいるという可能性も考慮していないわけではなかったが、まずないだろうと思っていたからだ。


 キアラの知識は優れている。

 この世界の大抵のことは知っているはずなのだ。

 だから、あの気持ちの悪い物体がとてもよくないもののように思えてならなかった。


「とりあえず、撃ち落とすか」


 このまま歩けば、アレの真下を通ることになる。

 さすがにそれは躊躇われた。


 大きさからして中級魔術で十分だろうと思い、無詠唱の『岩弾ロックブリット』を放った。


「ギェ――――――――――!!」


 そいつは、耳障りな悲鳴を上げながら天井から落下する。

 どうやら身体全体に命中させるはずが少し右にズレてしまったようで、命を奪うには至らなかったらしい。

 思わず耳を覆いたくなるような鳴き声を無視して、地面に転がっているそいつに二発目の『岩弾ロックブリット』を放つと、それは静かになった。


「別に大したことなかったな。にしても、こいつは何なんだろ」


 青紫色の体液を垂れ流している、青紫色の肉塊を見る。

 気持ち悪い色と形をしているだけで、特に戦闘力が高いわけでもなかった。


 潰れている魔物の死体を亜空間に回収する。

 帰ったら、誰か迷宮や魔物に詳しい人に見てもらおう。


「そうだね。なんだったん――ラルくん!」


 キアラの声が廊下に響く。

 見えない通路の先。

 そこから、何本もの青紫色の触手が伸びてきていた。


「わかってる」


 キアラの声の意味を咀嚼する前に、身体が動いた。

 両手に七精霊を纏い、オレの身体を貫かんと迫っていた触手たちを手刀で両断する。

 

「ギェ――――――――――!!」


 触手を切られた痛みのせいか、通路の奥から、そんなけたたましい鳴き声が聞こえてきた。

 声がする方に向かって、適当に『岩弾ロックブリット』を放ってみると、鳴き声が途絶えた。

 運良く当たったようだ。


 通路の先に進んで、その姿を確かめてみる。


「なかなかグロテスクな見た目じゃねーか。悪くないぜ」


 先ほど倒した謎の魔物が大きくなったような姿だ。

 全長一メートルといったところか。

 ただし、至るところから青紫色の触手が生え出ており、その姿は奇怪の一言。


 生物としては終わっているが、造形としてはなかなか興味深い。

 いや、気持ち悪いことに変わりはないんだけどね。




 最初に発見した後も、その気持ち悪い化物に何度も遭遇した。

 その度に『岩弾ロックブリット』で這いよる触手と肉塊を蹴散らし、奥へ奥へと歩いていく。

 途中にあった分かれ道も、精霊たちのおかげで迷うことなく進むことができた。

 そして、


「……ついに来たか」


 境界線に到達した。

 その表面は鏡のように輝き、闇を吸い込むかのような黒色の光を発している。


 黒色の境界線。

 それが意味するものは、

 

「この先が『最下層』だね」


 キアラがしげしげと境界線を眺めながら、鼻を鳴らした。

 そう。

 黒色の光を発する境界線は、この先が『最下層』である目印なのだ。


「……なんか、意外とあっけなかったな」


 ここまで来るのに、一回の休憩すら取っていない。

 オレ個人の能力の高さと圧倒的なスタミナの量、それに精霊たちの道案内があったからこそ成せた技だろう。

 普通に攻略しようと思ったら、ゆうに一週間はかかる迷宮だったはずだ。


 そして、せっかく村長に色々と用意してもらったのに、ほとんど使わないまま迷宮攻略が終わってしまいそうだ。

 というか木の枝しか使ってない。

 まあ使わないで終わるなら、それはそれでいいんだけどね。


 恒例の木の枝刺しで異常がないことを確かめたオレは、境界線を通り抜けた。




 ――白い、空間だった。


 上、下、右、左、前、後ろ。

 どこを見回しても白以外の色が見当たらない。


「なんだ、ここ……」


 白の中を慎重に進んでいく。

 どこまでこの部屋が続いているのかわからない。

 境界がはっきりしない。

 そのあまりにも無機質な空間に、オレの意識が呑まれそうになる。


「気をしっかり持って、ラルくん。――いるよ」


 何がいるというのか。

 ……そんなもの、今更言うまでもない。

 最下層に潜むものなど、『主』以外にいるはずがないのだから。


 前方の空間によく目を凝らすと、その正体が明らかになった。




 ――白い肉が、胎動している。




 まるで巨大な心臓のように、力強く一定のリズムを刻み続けている肉塊。

 それは間違いなく、先ほどまで洞窟の中でオレが相手していたのと同じ種類の生き物だった。


 だが、その大きさは常軌を逸している。

 目の前に転がっているそれは、黒觸熊ダークベアー黒觸猪ダークボアー、ゴーレムが可愛らしく思えてくるほどの巨大さだ。

 おそらく二十メートルは下らない。


 肉塊は、まだこちらの存在に気が付いていないようだ。

 さっきから全くアクションがない。


「キアラ、こんな魔物見たことあるか?」


「……ううん。こんなやつ、私も初めて見た」


 やはり、キアラも知らない魔物のようだ。

 まあ、さっきまで相手にしてた奴らのことも知らなかったらしいから当然か。


 とりあえず、何もしないのも変なので肉塊めがけて『岩裂弾ロックキャノン』を放ってみた。

 耳を揺らすほど大きな炸裂音が辺りに響き、デカブツの肉を抉る。


「――――――――」


 そこでようやく、デカブツはこちらの存在を認識したらしい。

 やはりと言うべきか、『岩裂弾ロックキャノン』ではこのデカブツに致命傷を与えるには至らないようだ。

 そこそこの量の血らしき白い液体と肉片が飛び散っているが、デカブツは全く意に介した様子がない。

 向こうがデカすぎるせいだろう。


「ラルくん! 来るよ!」


 デカブツの身体がぶるりと震えたかと思うと、身体のあちこちから純白の触手が生え出る。

 そして何百本もの触手が、一斉に襲いかかってきた。


 オレは慌てて、七精霊を手に纏って手刀で応戦するが、相手の数が多過ぎた。

 最初は捌けていたものの、徐々に身体に触れる触手の量が増えてくる。


「ダメだ、多すぎて捌ききれない!」


 そう叫んだ瞬間、触手の一本が、オレの腕を掴んだ。

 その拘束を解こうと手刀を打ち込もうとしたら、その腕も触手に拘束された。


 両腕が拘束されてからは、あっという間だった。

 次いで両足も触手によって縛られ、オレは全く身動きが取れなくなる。


「ラルくん! すぐに空間――」


 キアラがそう言いかけて、言葉に詰まった。

 オレも、看過できない違和感に眉を顰める。


「なんだ……?」


 大量の光が、デカブツのところに吸い込まれている。

 それに伴って、オレたちの周りの空間が暗くなっていた。


 嫌な予感しかしない。

 ……あれはひょっとすると、ゲームなんかでよくあるタメ技じゃないのか?

 どことなく、というか全体的に、ソー○ービーム的な気配を感じる。


「クッソ……!」


 『主』の最高の技をまもとに食らうなんて冗談じゃない。

 いくらタフネスが高いと言っても、ビーム的な何かを食らって平然としていられるほどか、と聞かれるとものすごく怪しいからだ。

 しかし、オレの身体は触手に絡み付かれていて一歩も動けない。

 攻撃を避けることは不可能だった。


「――――――――!!」


 デカブツの身体がより一層震えたかと思うと、デカブツの口から、謎のエネルギーが凝縮された光の奔流が放たれた。

 圧倒的な破壊の気配を伴って、それは身動きが取れないオレの元へと迫る。


「ラルくん! 早くっ!」


 キアラの焦った声が耳に入った。

 そのときオレは――、


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