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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第二章 少年期 ディムール王立魔法学院編
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第29話 聖なる泉の迷宮


 服を着て、オレは迷宮へと足を踏み入れた。


 迷宮の壁は青緑色に発光しており、暗くて周りが見えないということはない。

 それでもそれは最低限の光量で、迷宮の先のほうは全く見えなかった。


 発光しているのは壁だけではなく、その辺に生えている草や小石も僅かに光を放っている。

 今のところ、生物の気配はない。


 と思っていたら、暗闇の中から突然、黒觸猪ダークボアーが突進をかましてきた。


「うぉっ!?」


 慌てて『岩弾ロックブリット』を放つと、黒觸猪ダークボアーの頭部が爆散した。

 司令塔を失った黒觸猪ダークボアーが盛大に転倒し、そのまま動かなくなる。


「び、びっくりしたぁ」


 まったく、心臓に悪いから、急に出てくるのはやめてほしいものだ。


 そして、またしばらく歩くと、


「……分かれ道か」


 オレの目の前に、二つの道が続いていた。

 どちらが最下層に続く道なのか、当然だがわからない。


 残念だが、これ以上進むには少しばかり準備が足りない。

 仕方ない。引き返そう。




 そして、オレはその日の探索を終了した。

 迷宮を発見したのは予想外で、かつ迷宮を踏査するには準備不足な感じがあったからだ。

 情報としては知っているが、オレは迷宮を攻略するのは初めてだからな。


 まだ鼻血を垂らしていたキアラを引きずって村に帰還し、村長に迷宮が出現していた旨を報告する。

 『霧の森』における魔物の増加。

 それは間違いなく、あの迷宮が原因だからだ。


 今回オレが入ったのは『聖なる泉』の地下の入り口だったが、おそらく『霧の森』の他の場所にも入口ができている。

 黒觸熊ダークベアー黒觸猪ダークボアーといった魔物たちは、そこから外へと出てきているのだ。


「迷宮、ですか……」


 村長は頭を抱えていた。

 迷宮をまるごと一つ潰すというのはつまり、その迷宮を攻略しなければならないということだ。

 今の村の財政はそこまで苦しくはないのだろうが、誰かしらに迷宮の攻略依頼をするとなれば話は別だ。


 迷宮を攻略できるような力を持つ人間は限られている。

 そういった奴らに依頼をするだけでも莫大な金がかかるのだ。

 そんな金が、どこにあるというのか。




 ……まあ、迷宮の攻略もオレがやるから問題ないのだが。




 そう提案すると、村長は驚愕の表情を浮かべた。


「いや、さすがに迷宮の攻略をガベルブック様が直々に行うのは……」


「いえ、問題ありません。私が行きます」


 オレの身を案じているらしい村長は難色を示していたが、オレの意志が硬いのを知ると渋々折れてくれた。

 幸いにも、迷宮の攻略に必要なものは村長のほうで用意できるとのことで、そちらの準備は村長に任せることにする。




 さて。

 迷宮については、オレもそこまで詳しいわけではない。

 だが、知識としては知っていることがいくつかある。


 基本的に、迷宮はいくつかの道に分岐した下り坂を進んでいき、最下層を目指す場所だ。


 もちろん、途中の道にも魔物が出現する。

 今回の迷宮の場合、黒觸熊ダークベアー黒觸猪ダークボアー黒觸狼ダークウルフなどの魔物の出現が予想された。

 他にも何か出てくるかもしれないが、今は全く予測がつかない。


 また、この世界における迷宮にも、階層と呼べるものは存在する。

 ただ、この世界の迷宮の階層は、前世の知識のものとは少し異なる。


 迷宮の細い道を下っていくと、やがて広い空間に出る。

 この広い空間の中は、『森』や『砂漠』などその迷宮特有の地形が広がっており、そこでまた迷宮の下へと続く道を見つけなければならない。

 こちらの世界では、この地形の数が階層と呼ばれている。


 今のところ確認されている地形は、『草原』、『沼地』、『砂漠』、『氷河』、『火山』、『山』、『森』、『海』、『遺跡』など……他にもあったかもしれないが忘れてしまった。


 また、出現する魔物の種類によって、迷宮の中がどのような環境になっているのか、ある程度予想できる。

 今回の場合、黒觸猪ダークボアー黒觸熊ダークベアーなどの陸上で生きている魔物が出現しているため、一階層は、『海』や『沼地』、そしておそらく『砂漠』や『火山』、『氷河』でもないだろう。


 しかし、二階層以降はどんな地形になっているのか想像ができない。

 最悪、細い道を抜けた先に海原が広がっている可能性もある。

 あらゆる可能性を考慮すべきだろう。


 こうして迷宮を下っていくと、やがて最下層へとたどり着く。

 そして、最下層には、その迷宮の『主』がいる。


 『主』とは、その迷宮内でのいわばボスのようなものという認識で問題ない。

 その名の通り強大な魔物であることが多く、ここで命を落としてしまう冒険者も多い。


 『主』を倒せば、その迷宮に眠る財は全て踏破した人間のものとなる。

 とはいえ、毎回毎回金になるような財宝が眠っているわけでもなく、基本的には剥ぎ取った『主』の素材が報酬となる。


 そして、『主』を倒すと、その迷宮は機能を失い消滅する。

 機能を失うと言っても崩落するわけでないが、迷宮内の特殊な地形や魔物は全て死に絶えることになる。

 そのため、迷宮内でしか採取できない貴重な植物などは、『主』を倒す前にあらかじめ取っておく必要がある。


 逆に、主を倒さない限り迷宮が死ぬことはない。

 また、迷宮は放置しておくとどんどん大きくなっていき、主の力もより強いものになっていく。


 ちなみに、この世界において最も深い迷宮は、ロミード王国にある『最果ての洞窟』と呼ばれる迷宮で、その階層は確認できているだけでも二百以上だそうだ。

 いったいどれほど長い年月を生きている迷宮なのか、見当もつかない。

 一般的な迷宮の階層が一桁であることを考慮すると、とんでもない数字である。




 さて、迷宮のことはこれぐらいでいいだろう。

 数日の間休養を取り、カタリナといちゃいちゃして英気を養ったオレは、キアラを連れて再び『霧の森』に向かった。


 今回こそ、帰りが遅くなることは免れない。

 階層の多さによっては、予定していた1ヶ月という滞在期間を丸々使っても、まだ足りないかもしれないという懸念があった。

 ヘレナは悲しそうだったが、これが領民たちのためになる、と言うと渋々納得してくれた。

 帰ったら、何か埋め合わせをしないとな。


 心配そうな表情のカタリナは、ヘレナたちがいないところでキアラに「ラルさまのこと、よろしくお願いします」と何度も何度も頭を下げていた。

 それを見たキアラがめちゃくちゃ挙動不審になっていたのは見ていて面白かったが、カタリナの心配は重く心に留めておこうと思う。


 どんよりとした空気の中、『霧の森』へと足を踏み入れた。

 基本的に、やることは変わらない。

 森の中に広がる濃霧に辟易としながらも、できるだけ『霧の森』の魔物を減らしながら、『聖なる泉』がある方向へと進んでいく。

 精霊たちの案内ではアバウトな方向しかわからないが、森の中ではそれで十分だ。


 そして、特に苦もなく『聖なる泉』へと到着した。

 前回と同じように服を脱ぎ、泉の中へ飛び込む。


 水精霊にお願いして、水中でも呼吸できるように頭の部分を空気の球で覆ってもらった。

 キアラに道を案内しながら、迷宮の入口へと足を向ける。


 そして、あっさりと迷宮に到着した。


「迷宮に来るのは久しぶりだよ。頑張っていこうね!」


 わくわくした様子のキアラが、くるくるとその場で回りながら声を上げる。


「ああ。オレもここまでわくわくするのは久しぶりだな」


 自然と顔がほころぶ。

 それを見たらしいキアラが、不思議そうな顔で首を傾げた。


「そういえば、ラルくんはどうして自分で迷宮を攻略しようと思ったの?」


「オレ個人にスゴ腕の冒険者を雇うほどの金がないのと、単純に迷宮に興味があったからだよ」


 フレイズの書斎で初めて迷宮についての記述を見たときは、それはもう興奮したものだ。

 この世界には迷宮があるのか、ってな。


「こんな機会じゃなきゃ、わざわざ行くことなんてないだろうし。ダーマントル地方の人達の助けにもなる。一石二鳥ってやつだよ」


「なるほどね。私もラルくんぐらいの歳の時には迷宮に行ってみたいと思ってたなあ……懐かしい」


 その当時のことを思い出しているのか、キアラが目を細める。

 いったい何年前の話なのか。怖くて聞けない。


「さて。それじゃ行きますか」


「おう」


 オレがそう返事すると、キアラは右手を伸ばしてきた。

 それはごく自然な動作で、オレの左手に絡みつく。


「……なんのつもりだ」


「いや、手繋ぎたいなーと思って。嫌だった?」


「嫌じゃないけど……あー、まあいいや」


 迷宮探索で手をつなぐ奴がどの世界にいるのかと突っ込みたくなったが、やめた。


 まあ、たまにはいいか。

 キアラも嬉しそうだしな。




 こうして、オレとキアラによる迷宮の攻略が幕を開けた。


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