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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第二章 少年期 ディムール王立魔法学院編
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第28話 霧の森


 翌日。


 カタリナとのお出かけを終え、オレはキアラと一緒に『霧の森』の調査を行っていた。

 今日は昨日の調査とは違い、かなり奥の方にまで行ってみるつもりだ。

 最悪、数日の間、館には戻らないかもしれないとヘレナたちには伝えておいた。


 ヘレナとミーシャは昨日の時点で納得していたので、気を付けてほしいと言われたくらいで特に問題にはならなかった。

 カタリナも寂しそうな顔はしていたが、最後には笑顔で見送ってくれた。

 昨日のお出かけが効いたのだろう。


 そんなわけで、『霧の森』の調査に当たっているわけだが――、


「どうやら、昨日の地点が魔物が現れるか現れないかの境界だったみたいだな」


「そうだね。この数はちょっと異常だよ」


 昨日、川があった地点を通り過ぎると、出るわでるわ、魔物が大量に現れた。

 一昨日見た黒觸猪ダークボアーや昨日見た黒觸熊ダークベアー

 さらに群れで動くのが特徴の黒觸狼ダークウルフや、鳴き声が耳障りな黒觸鳥ダークバードなど、よりどりみどりだ。

 これは普通の人間が入ったらひとたまりもないだろう。


 さらに、魔物だけではなく霧まで出始める始末。

 樹木が大量に生い茂っているせいか、陽の光もまともに当たらず、暗くじめじめとした土地が続く。

 道中に現れる大量の魔物を全てなぎ倒しながら、『霧の森』の奥へと進んでいった。


 ちなみに、黒觸猪ダークボアー以外の殺した魔物は亜空間に回収していない。

 草食の黒觸猪ダークボアーとは異なり、他の魔物は人間を平気で食べ、その肉もあまり味はよくない。

 なので、殺した魔物は基本的に使える素材だけを大雑把に剥ぎ取ってから焼いて埋めている。


「やっぱり、この『霧の森』のどこかで魔物が湧いてやがるな……」


 魔物が湧く要因は、大きく分けて三つあるとされている。


 一つ目は、大きな魔力溜まりができることだ。

 どんな土地でも、ある程度の年月が経つと魔力が溜まってくる場所が発生する。これが魔力溜まりだ。

 オレは、今回この地方で魔物が増えている原因はこれではないかと考えている。


 二つ目は、大きな災害が起きた直後だ。

 というのも、災害のせいで多くの人たちが亡くなってしまった場合、それを大量の魔物が食べに来る場合があるのだ。

 多くの魔物は人間の肉を喰らう。

 そして繁殖して、その数を増やす。


 しかしこれは、この辺りで大規模な災害が発生していないと条件を満たさない。

 出かける前に村長に聞いてみたが、「そんなものはなかった」とのこと。

 つまり、今回の原因がこれである可能性は極めて低い。


 そして三つ目が――、


「ラルくん! 見て! あれ、泉じゃないかな?」


「ん? どこだ?」


 キアラが指さした先に目を凝らす。

 霧でよく見えないが、たしかに光らしきものが見える。

 もう少し足を進めてみると、


「お、ホントだ。ということは、気付かない間にけっこう奥まで来てたんだな」


 目を凝らした先には、たしかに泉があった。

 泉に近づくにつれて、どんどん霧は薄くなっていき、地面は土ではない何か硬い材質のものへと変化していく。

 あまりにも神聖なその水は僅かに発光しており、それが霧の向こうからでも視認できた原因だろう。


「ここが噂に聞く『聖なる泉』、か」


 『聖なる泉』の特徴は、何と言ってもその特殊な形状だ。

 何で出来ているのかはわからないが、明らかに人口物である四本の列柱が天に向かうように伸び、中央の泉の周りには何かの印のようなものが彫り込んである。

 誰が、何の目的で造ったのかは一切不明で、『聖なる泉』は旧世界の遺産である、というのが有力な説だ。


 旧世界とは、今のこの世界が生まれる前に存在していたとされる世界である。

 ごく希に、今の世界の常識では考えられないようなものが発掘されると、まことしやかに囁かれる噂話の一つだ。

 とはいえ空想の域を出るものではなく、前世で言う宇宙人やUFOと同じような扱いを受けている。


「なんかここ、落ち着くね」


「そうだな。光精霊と水精霊たちも喜んでるみたいだ」


 この場所の居心地がいいのか、光精霊たちと水精霊たちが、ぴかぴかと発光を繰り返している。

 人間であるオレも、この泉からは清純な気配を感じずにはいられない。

 たしかにここは、神聖なる土地なのだ。


「まあでも、ここには魔物とか出なさそうだよね。しばらくしたら、ほかの所を探してみよっか」


「ああ。そうしよう」


 ここは魔物が増殖している原因とは関係ないだろう。

 そう考えたキアラの提案に同意する。

 ……しかし、不意にオレは動きを止めた。




 泉の中から、黒觸熊ダークベアーが姿を現したからだ。




「……ラルくん」


「わかってる」


 水の中から現れた黒觸熊ダークベアーは、我が物顔で泉の周りを歩いている。

 神聖であるはずの泉から、なぜ魔物が湧いて出てきたのか。

 その光景を見て、オレの中で一つの仮説が生まれた。


 だが、今はそれよりも――、


「――!」


 オレの存在に気付いた黒觸熊ダークベアーが、伏せるような姿勢でこちら目がけて突進してきた。

 ちょうどいい。

 それを受けたらどの程度のダメージが入るのか、実験してみるとするか。

 そう思ったオレは、黒觸熊ダークベアーの突進をまともに受ける。


「……全然だな」


 衝撃はほとんどなかった。

 黒觸熊ダークベアーは、何が起こったのかわからない様子で、戸惑ったような顔をしている。


 とにかく、これでわかった。

 ここの魔物は、オレの敵ではない。


 もう十分なので、無詠唱の『岩弾ロックブリット』で黒觸熊ダークベアーの頭を吹き飛ばした。

 頭を失った黒觸熊ダークベアーは、そのまま地面に崩れ落ちる。

 黒觸熊ダークベアーの死体を火属性魔術で焼きながら、オレは一息ついた。


「ラルくん、お疲れ様ー」


「さっきまでのに比べたら、これぐらい大したことないよ。……それより」


「うん。わかってる」


 やはり、キアラもオレと同じ考えらしい。

 オレとキアラの目は、『聖なる泉』へと向いていた。

 

「オレが泉に潜って中を見てくる。キアラも一緒に来てくれ」


「うん。わかった」


 幽霊がこんなに神聖な泉に潜っても大丈夫なのかと思ったが、キアラの反応を見る限り問題はなさそうだ。


 泉の中に潜ろうとして、ふと気付いた。

 このままだと服が濡れてしまう。

 仕方ない、一回服を脱ぐか。


「……ん?」


 ふと、不穏な視線を感じたような気がした。

 後ろを振り向く。


「…………お前」


 こちらをガン見しているキアラが、鼻血を噴き出していた。

 手で鼻を押さえてはいるが、口元から赤い液体がぽたぽたと垂れているところを見ると、あまり意味を成していないようだ。


「いや……なんでもないよ? なんでも」


「お前はどこでも発情するのか? このエロ幽霊が」


「あっ、だめ! 今のだめ! キュンときちゃうから!」


「ええー……」


 ドン引きである。

 アホ幽霊は放っておいて、一人で泉に潜る準備を進める。

 服は亜空間に仕舞えばいい。気楽なものだ。


「……そういえば、オレ、こっちの世界に来てから一回も泳いだことないような」


 前世でかなづちということもなかったので問題ないとは思うが、万が一泳げなかったときのためにキアラにフォローをお願いしておこう。

 そう思ってキアラのほうを見ると、


「あー、パンツ一丁のラルくんかわいいかわいいかわいいかわいいよぉぉおお……」


 そこには、不気味な言葉を発して不気味に笑う変態が一人。


「……さて、行くか」


 変態は見なかったことにして、オレ一人で先に進むことにした。

 呼吸を整え、十分に息を吸ってから、オレは泉に潜った。


 肌に触れる冷たい水が心地よい。

 幸い、泳げないということはなかった。

 だが、泉の中は予想以上に広く、精霊たちの案内がなければ迷子になってしまいそうだ。


 水精霊たちにお願いして、オレの頭の周りだけは水中でも普通に空気を吸えるようにしてもらった。

 オレの頭の周りだけ、シャボン玉のような大きな空気の玉に包まれているような感じだ。

 これはできないかもしれないと考えていたが、なんとか上手くいってよかった。


 泉の内側全体を照らすには光量が足りていなかったので、光精霊たちにお願いして、より強い光で泉の中を照らしてもらう。

 さて、オレとキアラの予想が正しければ――、


「……やっぱりか」


 泉の一部分に、洞穴のようなものがあった。

 直径五メートルほどで、十分に人間が通ることができる大きさだ。

 オレは、洞穴の中に入ってみることにした。


 十分に注意を払いながら、洞穴の中を進んでいく。

 この辺りから、壁の材質が泉のものとは明らかに変わってきた。

 茶色っぽかった壁が、どんどん黒に近い色になっていく。


 やがて洞穴の傾斜が緩やかになったかと思うと、終わりが見えてきた。

 砂は黒っぽいが、まるで砂浜のようだ。


 やがて、水の満ちた洞穴を抜けた。

 ぺたぺたと足音を立てながら陸に上がり、火属性魔術で身体を乾かす。


「…………」


 そしてオレの視線の先には、まるで大きな口を開けているかのような薄暗い洞窟があった。


 この土地の高さなら、ここまで水が浸水していなければおかしい。

 明らかに物理法則を無視した場所だ。

 そして、それを可能にする場所の名前を、オレは知っていた。


 間違いない。




 ここは迷宮だ。


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