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寵愛の精霊術師  作者: さとうさぎ
第二章 少年期 ディムール王立魔法学院編
19/96

第19話 覚醒する精霊術師


 『耳を塞げ』。


 つまりアミラ様は、カミーユが音を使う攻撃をすることを予期していた。

 おそらく、音自体が害になる類の攻撃だろう。

 それならば、とにかく音を遮断すればいい。




 そう思ったオレは、無精霊に指示を送り、オレとフレイズの周りの空間を断絶させた。




「よし」


 そして狙い通り、すべての音が消えた。


 ――空間の断絶。


 文字にしてみると大げさだが、要するに硬度の高いバリアを張っているようなものだと思ってもらえればいい。

 現に今のオレは、傍から見れば、ドーム状の、少し灰色がかった透明の膜のようなものに覆われているように見えなくもないだろう。


 だが実際には、膜どころか、その硬度は測定不能だ。


 地上からは見えないだろうが、オレは今、周りの空間を球体状に断絶させている。

 これで完全に外と内側を分けることができているはず。


 カミーユのほうを見やると、奴の隣にいる黒衣の男――ミューズから、何か得体の知れない黒っぽいものが出ている。

 見るからに怪しい。


 それに、精霊たちがオレに危険を知らせているかのようにぴかぴかと光っている。

 まだこれを解除してはいけないということだろう。


 やがてカミーユの隣にいたミューズが消え、精霊たちの発光が落ち着いたところで、空間の断絶を解除した。




「――ワタシたちの演奏を、耳を塞いだくらいで防げると、本気で思っていたのですか?」




 先ほどまで怒り狂っていたのが嘘のように、カミーユが静かに囁く。

 そしてカミーユがその言葉を言い終わった瞬間、金属が落ちたような音が辺りに響いた。


 何の音だ?

 オレは音の原因を探るために周囲を見回す。

 ……そして、それを見つけた。



 炎霊刀が地面に落ちていた。




「ぁああぁあっ!!」


 次いで、アミラ様の悲痛な声が木霊する。


「アミラ様!?」


「あぁあ! いいです! やっと悲鳴を聞かせてくれましたね! そう、それがあなたたちの正しい姿なのですよ! 目の前の困難にぶつかり、成す術もなく潰される! その無様で矮小な姿のなんと美しいことでしょうか!」


 狂人は嬉々とした表情で、アミラ様の苦しそうな姿を心の底から喜んでいる。

 何が起きているのかわからないオレは、アミラ様の姿を見て、ぎょっとした。




 アミラ様の右腕が、触手のような形状に変わっていた。




「ミューズの旋律は、魂を侵す唄。ワタシ以外の人間が耳にすれば、肉体が歪められるのは必然です」


 アミラ様の苦しむ様子を、満足そうに眺めるカミーユ。


 聴いた者の肉体を歪める魔術?

 そんなものは聞いたことがない。


「ただの『精霊級』ごときがこの『憤怒』に挑むなど、愚かしいにも程がある。死んで自身の愚かさをワタシに詫びなさい」


 カミーユが身体をくねらせると、腹部から突き出た触手の量が爆発的に増加した。

 その触手たちが何を狙っているかなど、奴の視線の先を見れば明らかだ。


 焦ったオレが、アミラ様の援護に回ろうとした、そのときだった。


「……なぜ」


「……?」


 カミーユは、オレのほうを見てその動きを止めている。


「なぜですか!? なぜあなたの魂は歪んでいない!? ワタシの演奏は完璧だったはず! ありえないありえないありえないありえないいい!」


 唾を飛ばし、自身の渾身の魔術がオレに通用しなかったことに激高するカミーユ。

 だが別に、こちらまで懇切丁寧に自分のやったことを相手に説明してやる義理はない。




「――ミューズが消えたな。これでワシの攻撃を防ぐものはない」




 幼く、しかし頼もしい声が隣から聞こえてきた。


「アミラ様! 大丈夫なんですか!?」


「問題ない。それよりも、さっさとこの気持ち悪いのを殺してしまおうぞ」


 『憤怒』の攻撃から立ち直ったらしいアミラ様が、『炎霊刀』を構えてカミーユのほうを一瞥する。

 それだけで、カミーユの表情が凍った。


「待て、待ちなさい! こんなことが許されると本気で思っているのですか!? こんな終わり方など到底許容できるものではない! ワタシはいつでも皆さんに対して公平で、平等であり続けてきたというのに!」


「うるさいぞ狂人。貴様の意味不明な弁明に付き合えるほど、ワシらは暇ではないのだ」


 アミラ様は右手で炎霊刀を持ち、自身の魔力を刀に込めている。

 それに込められた魔力は爆発的に膨れ上がり、炎霊刀はその輝きを増していく。


「あれ?」


 そういえば、アミラ様の右腕が治っている。

 あの気持ち悪い触手はどうしたのだろうか。

 まさか切り落としたわけじゃないよな……。


 オレの目線を追っていたのか、アミラ様の右腕を視認したカミーユは驚愕の表情を浮かべ、


「その腕――!? なぜ治っている!? 魂の歪みは決して消えることのない傷跡のはず! …………まさか! 貴様、た――」


「――『劫火』」


 カミーユの言葉が続くことはなかった。

 アミラ様が振るった『炎霊刀』から出た劫火の波が、カミーユの身体を燃やし尽くしたからだ。


「……ふぅ」


 アミラ様のため息が、この戦いの結果を物語っていた。




 終わった。

 『憤怒』を倒した。




 ……なのに、なぜだろうか。

 こうも胸騒ぎがするのは。


 周りにいる精霊たちが、さっきから明滅を繰り返している。

 何かオレに伝えたいことがあるのか……?


 いや、今はそれよりもアミラ様に確認を取りたい。


「アミラ様、その腕……」


「ん? ああ、治すのに少々手間取ってな。無様なところを見せてしまった」


「いや、それはいいんですが、大丈夫なんですか?」


「問題ない。それよりも、まだやるべきことがある」


「ええ。『憤怒』も倒したことですし、後は事後処理ですね……」


 アミラ様の言葉に同意する。

 『憤怒』を相手取るよりははるかにマシだが、気が重い作業であることに変わりはない。

 だが、オレのそんな言葉を聞いたアミラ様は鼻を鳴らして、




「何を勘違いしておる。まだ終わっとらんぞ」




「…………え?」


 今、アミラ様は何て言った?


「『憤怒』は自らが姿形を弄ったものを操ることができる。つまり、奴が殺して『合成魔獣キメラ』にしたものが、まだその辺をうろついておるはずじゃ」


 なんだと?

 ということは、その辺にいるのが『憤怒』である可能性も普通にあるわけで――。

 いや、それどころか、


「まさか、さっきまで僕たちが相手にしていたのは……」


「さっきのはただの合成魔獣キメラじゃ。本物の『憤怒』であれば、炎霊刀程度では殺せんよ」


 衝撃の事実に、オレは言葉を失った。

 

「ということは、さっきみたいなのが他にもうじゃうじゃいるということですか?」


「いや、先ほどの合成魔獣キメラは相当に良い素材を使って作ったに違いあるまい。仮にも精霊級に近い性能を有しておったからのう。さすがにミューズを行使できるほどの個体はもう残っていないと考えたいが……」


 アミラ様が口ごもる。はっきりとしたことは言えないからだろう。

 でも、おそらく先ほどのような面倒な力を持った個体はいないというだけで、まだ希望はある。


「そもそも、そなただけをこちらに連れてきたのは、学院のほうの戦力を減らしたくなかったからじゃ」


 なるほど。そういうことだったのか。


「でもそれならそれで、最初から言ってくださればよかったのに……」


「すまんすまん。だがそなたには、こちらの戦いに集中してほしかったのでな。もし『憤怒』を舐めてかかったら、奴の最後の攻撃で取り返しのつかないことになっていたやもしれぬ」


 まあ、それはもっともな意見だ。

 物理攻撃でオレに傷をつけられる可能性はもちろんのこと、最後の攻撃はオレにもよく原理がわからなかった。

 咄嗟に空間断絶を思いついたからよかったようなものの……。


「そういえば、そなたが『ミューズの旋律』を回避した方法にも非常に興味があるが……それは後日ゆっくり聞くことにしようかの。まずは目先のことから片づけねばな」


 そこまで言うと、アミラ様は険しい顔つきになって、


「これから、ディムール王立魔法学院へと向かう。向こうの教師たちにも『憤怒』が襲撃してくる可能性は言及してあるから、最悪の事態にはなっておらんじゃろうが、向こうには奴の狙いであるクレアがおる。気を引き締めていこうぞ」


「はい!」


 こうしてオレとアミラ様は、再びディムール王立魔法学院へと向かったのだった。

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