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春の風と香る月  作者: 寝台ひつじ
9/13

訪問

 それからというもの。特にこれといって変わらない、いつも通りの数週間が過ぎ、もうすぐで文化祭。それまでの間、僕は授業中にも小説のことを考えて、ルーズリーフに書き込んで、構想を練っていた。

 だいたいの構想はつかめた。ような気がする。

 あとはこれをパソコンに打ち込んで文章にして表記するだけだ。あ、いやそのあとには印刷して左綴じにして書籍化しないと。……結構大変だな。やり方、香月に聞いとかないと。

 ともかく、もうすぐ文化祭。それももう一週間少ししたらだ。

 なるべく他に時間は割かず、小説に集中したい。

 …………と思った矢先に。

「春風くん。明日、わたしとお父さん、野球の試合見に行くから」

 親からのまさかの外出宣言。

 お昼ごはん代は置いてくから、と夕食時に告げられてしまった。

「わかった……」

 できればもっと早くから教えといてほしかった。

 いつもならそれでも構わない。明日は祝日で、大学はない。しかし本来であれば、僕たちの大学はいつも通りの授業がある。うちの大学に祝日の類の休みはない。土日以外は基本的に大学だ。なのでいつもであれば、大学での食事になる。

 だが明日はなぜか休講で、一日休みだ。だから一日中家で執筆に没頭できる、と思っていたのに……。

 外に食いに行ってる暇ねぇよ……。たぶん。

 そうして夜、文章を考えながら翌日の予定も考える。

「はぁ……面倒臭い……」

 昼飯は……まぁラーメンでいいとして……。

 外に行ってる間にも少しでも書き進めていきたいんだけどな……。

 食事中、頭の中で考えといて、家に帰ってからパソコンに打ち込む、ってもの手かも知れないけど、僕の場合はそこまで長い間その思いついたストーリーを覚えていられるかが心配だ。たぶん、先に先に考えて、文章の繋がりの部分をどうしようとしてたかを忘れる。

 家の中で食べるってのも……僕は料理できないし。そしたらカップ麺になるであろうオチが見えている。最近食べてないからそれでもいいような気がするけど、できればラーメン屋でラーメン食べたい。

 ……いや、ラーメンにこだわる必要はないんだけどさ。

 ってそんなこと考えてる間にも文章を打ち込んでいかないと。

 まぁ、明日のことは明日考えよう。

 そんな感じで、執筆作業に入る。さて、次の展開をどうするか……。


 なんてやってる間に寝てしまった。机に突っ伏して、寝てしまっていた。

 起きて、親の不在を確認し、またパソコンに向き合う。

 まだ午前中だが、そろそろ昼飯時……。今から食いに行って、帰ってから続きをしたほうがいいか……?

 執筆が先か、食事が先か。その二択で悩んでいると、携帯が震えメールが届いた。……いや違った、電話だ。

 ディスプレイには、僕の見知った人の名前が表示されていた。

「もしもし?」

『あ、ハルカゼくん? やっほー』

 電話の主は佐藤さん。実はあの撮影の帰りに佐藤さんからの提案で連絡先を交換していたのだ。

 何の用だろうか。

 パソコンと向き合って、文章を考えながら電話に対応する。

「何?」

『小説、どう? 進んでる?』

 それを聞きたかったのだろうか?

「現在執筆中」

 現在進行形で。

『そっか。まだ終わってないんだ』

 何か楽しそうに言う。何が面白い。

『ところで、今日はお昼、もう食べた? 今から?』

 そんなこと聞いてどうするんだ。

「まだ」

 というかさっき起きたばっかだからそらまだだな。

 それを聞くと、何か企むように「ふーん」と息を漏らす。え、何ですか?

『今日、これからの用事は?』

「執筆作業」

『じゃあ暇なんだね』

 だから執筆があると言っとるだろうが。まだ書き終えてないんだよ。さっき言ったんだからわかってんだろ?

『ご飯、一緒に食べようよ』

「いや、僕まだ書き終えてないから……」

『大丈夫大丈夫。今日くらいサボっても』

 あっけらかんと言ってくれる。

 そろそろ終わらせないとやばいとか少し前に言ってませんでしたっけ? ……なんか違う気がする。まぁいいか。

「でも何で佐藤さんと?」

『何、不満なの? まぁいいけど』

 いや不満とは思ってませんが……。

 何で僕みたいなやつと佐藤さんが一緒に食事に? ってことだったんだけど。

『それにあたしだけじゃないよ。香月もいる』

「香月も?」

『うん。今そばに』

 一緒にいた! まさか一緒だとは思わなかった。

『それとついでにミノくんもね』

 あいつもか!

『あ、ちなみに、あたしたち今、あんたの駅にいるから』

「何やってんの!?」

 急だよ、いきなり過ぎだよ!

 何これドッキリ!?

『だから迎えに来て』

「はい!?」

『あんたん家に行きたいから』

 家主の僕の許可もなく!? いや本当の家主は父さんだけど……。

 僕に何の断りもなく、約束もなく、突然行きたいとか……何のつもりだよ。

 つい、大きくため息を吐いてしまった

「せめて、事前に話しとけよ……」

 こんな事後承諾じゃなくてよ。

『お、やった』

 僕のその言葉を「来てもいい」と解釈したらしい佐藤さんは、きっと受話器から口を離したのだろう、少し離れたところで、

『ハルカゼくん、迎えに来るって』

 とそばにいるのであろう香月と陽斗に伝言する。いやまだ行くとは言ってないんですが……。

 でももう駅には来てるらしいし、さっさと帰れってわけにも行かない。

 はぁ……迎えに行くか……。

 その辺で会話も終わらせ、パジャマに着ていた服とズボンを着替えて、上着を着て、携帯やら何やらと持って、家を出た。

 …………あ、鍵閉めんの忘れてた。危ない危ない。


 自宅から二十分弱。最寄の駅に着いてみると、

「お、やっと来たな?」

「ハルカゼくん、遅いよ」

「春風くん、こんにちは」

 三者三様の出迎え。いや違うか?

 てか本当に来てたんだな……。

「それじゃあ――――」

 意気込んで歩き出そうとする佐藤さんに、

「その前に……」

 と僕が言葉で制する。

 さーて、お説教だ。なんて、説教らしい説教はできないけどね。

 とりあえず、数十分ほど、問い詰めてやった。

 そんな説教(っぽいもの)をだらだらと話して、ようやく歩き出す僕ら。

「あ、あの……春風くん、ごめんね」

「突然行って驚かせてやろうって、思ってさ」

「悪気があったわけじゃないんだよ」

 三人がそれぞれ弁解しようと僕に話しかける。

 いや、別に怒ってるわけじゃないけどさ。イラッとはしたけど。むしろ呆れてる。

「陽斗は知ってるはずだよな? 僕がこういうの嫌いだって」

 あえてではないのだが、意図せず低めの声が出てしまった。それが反って怒ってるように捕らえさせてしまった。

「いやそうだけど……たまにはさ」

「人が嫌がることして楽しみたい、と? いい趣味だな」

「悪かったって!」

 あ、やば。なんかイライラしてきた。

「はぁ……もういい」

 この話は打ち切りだ。そうでないと僕が本当にイライラしてしまう。

「それで、どこで食う気だ?」

 そろそろ、というかもう昼だ。店が混み始める。入るなら早くしないと。

 そう思い、辺りを見回す。やっぱ繁盛してんだな。うるさいぐらいに賑やかだ。

 うちの駅前の通りはだいぶ賑わっている。飲食店だけではなく、居酒屋、お菓子店、薬局、CDショップ、ゲームセンター、携帯ショップなど。いろいろな店がズラッと並んでいる。駅のロータリー付近にはゲーム店もあるし、通りを抜けたところにはデパートもある。ちなみにこの通りだけでコンビニが二件、隣の道路には一件、駅の反対側に一件、もっと歩いていくと、家の近くに二件ある。こんなにいらんっての。種類が豊富で嬉しいけどね。

 僕個人としては、ラーメン屋に行きたいんだけど……三人の意見も聞かずにはダメだろう。

「俺はどこでも」

「あたしも」

「私も」

 まさかの満場一致で「どこでもいい」だと……!

 一番困るパターンじゃないか。

「ハルカゼくんのおすすめは?」

 佐藤さんが尋ねてくる。僕にそんなこと言っちゃっていいの? 十中八九ラーメンになるよ? 当然の如くラーメンですよ?

「ラーメンになるけど」

「別にいいよ」

「構わないぞ」

「私もいいよ」

 わお、みんな乗ってきた。普通こういう時ってファミレスとかじゃね? とか突っ込まないんだ。

「いいの?」

 再確認のため、一応問い直す。

 全員が首肯し満場一致。やった、ラーメンラーメン。

 テンション上がってきた。

 それなら、と僕は僕が好きなラーメン屋に誘導する。

「らっしゃいませー!」

 店に入ると麺を湯きりで振っていた店員さんが声を張り、それに続いて他の店員たちからも「いらっしゃい!」と歓迎される。

 このラーメン屋は食券式で、店の入り口にある券売機でメニューを選んでから座る。僕は千円札――母さんが置いてった昼ご飯代――をそれに飲み込ませ、その中から“味噌ラーメン”と“トッピング”を選んだ。そしておつりのボタンを押す。

「早っ!」

 僕のその行動に驚きの声を上げる佐藤さん。いやだって、味噌ラーメン大好きだもん、僕。

「一連の動作に無駄がなかったな……」

「他には見向きもしなかったね」

 陽斗も香月も驚いている。そんなに驚くことかね。

 この店では毎度期間限定メニューがあり、何種類かがある。現在もその期間限定のものがあり、そのうちのひとつは少し甘めな味付けがされていて結構美味い。割と好きなんだよね、これ。でも今日は味噌な気分。

 それぞれが食券を買い、椅子に座る。ここの席は全てカウンターになっているので、四人横一列に並んでいる。食券をテーブルに置いておくと店員が回収し、僕は「トッピングは何にしますか?」と質問された。そこはもやしを選ぶ。味噌ラーメンにもやしって組み合わせが好きだ。

 雑談をしているとラーメンが出来上がり、「お待ちどうっ」と前に置かれていく。うわぁ、うまそう……。

 カウンターにある割り箸をとり、右手と口で割る。

「いただきます」

 食べようか、と思ったとき、香月が食事前の挨拶の言葉を告げた。

 それに続いて佐藤さんと陽斗も言い、僕も告げる。

 さて、やっと食べられる。

 まずは上に乗っけられたトッピングのもやしの丘を崩し、スープに浸す。浸してる間にタマゴ、ノリ、チャーシュー、メンマを食べ、もやしに手をつける。具のほとんどを食べ、あとは麺とスープ、それとネギくらい。そしてあとは麺を啜ってスープを飲むだけ。

 とこれが僕のラーメンの食べ方。なぜか麺以外の具をすべて食べてから麺を食べる。いつからかわからないが、いつの間にかこのスタイルになっていた。

 まぁそんなことは置いといて。

 談笑しながらの食事。一人で食ってもうまいけど、数人で食べてもさらにうまく感じる。……気がする。

 僕は猫舌だから少し遅めに食べ終わった。

 みんな食べ終え、立ち上がって店を出ていく。僕は最後に出て、その時「ごちそうさまでした」と店員に告げてから店を出た。

「お前、よく言えるな」

 出てすぐに、陽斗が言った。

「俺には無理だわ……」

「いや、まぁ……慣れ? かな」

 一度やってしまうともう慣れてしまって、美味いラーメンを食ったらこう言ってから店を出るのが癖っぽくなってきてる。

「へー……すごいわ」

 よくわからんけど、何か尊敬されてる?

 それから、僕が誘導するように前を歩き、僕の家へと向かう。

 ……何でこうなった。

 嫌だなぁ、と思いながら僕の自宅まで案内し、鍵を開けて招き入れる。

「どうぞ」

「「「お邪魔しまーす」」」

 三人は声を揃えて言い、家に入った。本当に邪魔かも。

 とりあえず、一階のリビングまで行かせて、そこに置いとく。てかもう帰ってくんないかな。

「へー。これがハルの家か」

「結構広いねー」

 陽斗と佐藤さんは興味津々に眺め、香月も何も言わないが、同じようにキョロキョロと見回す。

 自分ち以外って新鮮でちょっと興味あるよね。でもそんなに面白いこともないだろ。

「客人にお茶とか出ると思うなよ」

「何だ出ないのか」

 突然の訪問で何を言うか。

「いいよ、そんなの。突然来ちゃったんだし」

 香月がそう言う。なんか感動する。

「ところで……あんたの親は?」

 佐藤さんが家を見回しながら、ふと疑問に思ったことを聞く。

「そういえばいないな。仕事か?」

 その問いに陽斗も疑問を抱き、香月も似たような反応を見せた。

 今日は祝日。本当なら父さんも母さんもうちにいるはず。たぶん三人とも家に両親がいたのだろう。

 でもうちは違う。ふたり揃って外出。

「出かけた。野球見に」

「野球?」

 父さんは知らないが、うちの母さんは野球が好きだ。応援してるファンの野球団もあるらしい。それでその球団の応援に時々野球観戦に行くのだ。

「へー。どこファンなの?」

「さぁ?」

「え、知らないの?」

「僕は野球興味ないし」

 それどころか、スポーツ自体に興味がない。なんであんなのにあんなに熱狂的になれるのかが謎。四年に一回の大々的な競技大会とか、何年に一回の世界杯とかもあるけど、ぶっちゃけあれだって興味ない。何がいいんだか。

「いや興味なくてもそれくらい知ってるもんじゃないのか?」

「興味ないからあんま聞かないし」

「あー、なるほど」

「納得しちゃったよ、この男」

 なぜか陽斗の反応にツッコミをしてる佐藤さん。別にいいじゃないか。

 その方が説明簡単だし。それと、そろそろ帰んないかな……。

 そしてその部屋で少し過ごして、

「じゃあ、そろそろハルカゼくんの部屋に行こうか!」

 佐藤さんが意気揚々と立ち上がり、僕に目線を向ける。

「え、やだよ」

「え、やなの?」

 嫌に決まってるでしょ。何言ってんの?

「何だよ。友達んちに行ったら見るだろ?」

 それでも断るだろ。普通。

 ……あれ、これって普通じゃないの?

 確かに僕も友達んちに行ったときに入るけどさ。無理には行かねぇし。むしろ「ちょっとここで待ってて」って待たされる部屋だし。

 …………いや小学校の頃の話だこれ。

「別に行かにゃならんというわけでもないだろ」

「興味あるんだよ」

 目を光らせて、興味津々といったげにこっちを見てくる。

 その中には香月の瞳も交じり、キラキラと輝かせていた。

 何この状況。

 …………はぁ、何だよ、もう…………。

「こっち」

 そしてとうとう観念して連れて行く。

 あーあ、何で僕ってこう折れやすいかな……。見たらすぐに帰ってくれるかな……。

 一度廊下に出て、玄関近くの階段を上り、すぐの扉を開けて入る。

「どうぞ」

 招き入れると、リビングの時と同じようにキョロキョロと見回す。

「ほう、これがハルの部屋か」

「なんか普通だね」

 陽斗と佐藤さんは入るなり感想を述べる。

 普通で悪かったですね。何に期待してたんだよ。

 香月は漫画やら小説やらがぎっしり詰まってる本棚に注目している。

 この人本当に本好きだな。

「興味ある本でもあった?」

 今もなお本棚を凝視している香月に質問してみると、

「あ、ううん。読んだことないのあるなって……」

 そりゃそうだろ。同じジャンルは好きだとしても、その内容によっては気に入らないものもあるんだ。同じ本を読むってのも意外と確率は低いと思う。

 でも同じ本もあるようだ。実際に「これ読んだことある」って声に出して手にとってるし。

「ほとんどラノベだな」

 僕の横から急に声がした。陽斗だ。

「別にいいだろ? こっちの方が読みやすいんだ」

「ふぅん……まぁいいけどさ」

 そう言って、僕たちの側から離れる。

「ラノベ?」

 すると反対側から疑問系で復唱された。

 香月はラノベを知らないのか。

 ラノベというのは、ライトノベルの略。軽い小説、という意味だ。定義はいろいろな考えがあるようだが、僕的な解釈では、挿絵が入っていて、言葉もルビが多めに入れられ、特に中高生に向けた、読みやすく書かれた小説のことだ。

 というようなことを香月に教える。

「へー、そっか……」

 本棚に入ってる小説をひとつ取り出し、表紙を見て、パラパラとめくって中身を見る。

「……可愛い絵……」

 小さい声だけど、僕の耳にも聞き取れた。あれ? なんかちょっと不機嫌?

「春風くんって……こういう子が好きだったりするの?」

 その小説に描かれてる表紙絵を僕に見せて言う。

 何でそんなこと聞くの? てか、そうやって開くのやめてください。

 そこに描かれているのは、ショートボブで黒髪の、表情の薄い、低身長の、そこそこ胸の大きい、高校生の女子。中の絵にはその他にも違う男女がペアで描かれてある絵や、その女の子が少しはだけたパジャマの格好をした姿や主人公の男とのキスシーンがあったり、また違う長髪でつり目な強気そうな女子の泣き姿があったり、いろいろと描かれている。

 確かに、絵としてはそういうのは好きだけど、現実と創作の区別もつかないやつだとは思わないで欲しい。

「それは絵としての好み。現実とは違う」

 てかそのタイプの話は前にもしたよね? あん時の話を思い出してください。ってそれ僕に一番言われたくないよね。

 ………そういえばあれって香月にだいたい当てはまるな。

 目の前にいる少し不機嫌そうな女子を見て思う。

 まぁ、いいか。

 その僕の言葉を聞くと、少し安心したような表情になって、

「そっか……」

 と呟いた。そこからも唇が動き、「よかった」と告げていた。すごく小さくて聞き取りづからったが、なんとか聞こえた。

「この手の本は読まないのか?」

「え、うん、あんまり……でもうちにもあるよ。“ラノベ”って言葉に聞き覚えがなかっただけ」

「そうか……」

 やっぱこういうのは普通は読まないのかな……?

 なんて……そんなやりとりをしている間に、僕の背後で不穏な音が。

「……何をしてるのかな? 陽斗!」

 しゃがみこんでベッドの下を探ろうとしてる陽斗の尻に蹴りを入れる。本当に何してやがる。

「いや、こういう時のお約束かなって……」

「んなお約束はいらん!」

 そう言って陽斗の背中を叩く。

「まぁまぁ、そう言わずに……」

 今度はその横からベッドの下に手をいれる佐藤さん。マジ何やってんすか。

「別に特別なもんはないぞ」

「止める割には実際に実力行使はしないんだね」

 実力行使? 後ろ首掴んで後ろに引っ張ったり、横腹めがけて足を振り上げたり、唐突にジャーマンスープレックスしたりとか?

 面倒臭い。しないよ。それ以前にできないわ。勇気も実力も度胸もないわ。

「見られて困るようなもんはないし」

「何だよ。大学生にもなってエロ本の一冊もない、なんてことはないだろ」

「そんなもんねぇよ」

「嘘つくなよ」

「じゃあお前んちにはあるんだな?」

「ないよ?」

「ほら。ないなんてことないわけじゃないだろ」

「ないない言っててよくわかんないよ……」

 僕たちの会話に香月が突っ込む。

 というか、女子がいる前でなんてことをしようとしてんだこいつ。

「お。何か指に当たった!」

 そんなやりとりは全くの無視で、佐藤さんが告げた。てかまだやってたんか。

 そしてその「何か」を引っ張り出す。

「…………何これ」

 さらにそれと同じようなものを次々に出してくる。それが数箱。

 それは蓋付きボックスで、中には一杯に詰め込まれた本。タイトルが上になるように敷き詰められている。

「すごい量だな……お前、本積んでるってこんなにか?」

「あぁ。つい衝動買いでな」

 タイトルと表紙絵から、面白そうだと思った本の、裏に書いてあるあらすじを読んで、そこで改めて興味をそそられたら、つい買ってしまう。しかもその量が多く、一日で最高十冊とか。そのうえ一日に読む量が一、二冊。それを繰り返していたらいつの間にかこんなに積んでしまった。

 本棚に入りきらない本はこうやってボックスに入れて、ベッドの下に収納している。

「こっちのボックスに入ってんのが、まだ読んでないやつ。んでこっちのは既読済み」

 横に二十冊、それが三段。さらにそれが四つ。プラスもうひとつのボックスの十数冊。これが未読の本。そしてそれらとはまた別に、六つ目七つ目のボックスにある数十冊。こっちが既読の本。

「全部で何冊くらいあるの?」

 えっと……未読数二六〇冊弱、既読数九十冊弱。振り返って本棚を見る。そこには小説だけで七十冊と少し。あ、それとは別に数十冊か。

 つまり計算すると……。

「四三〇くらいか?」

 数え間違いかもしれんけど

「「多っ!」」

 陽斗と佐藤さんが振り向いて、同時に驚く。後ろからも驚きの息が聞こえた。

 うん。確かに多いな。馬鹿みたいに多い。

「そんなに溜まってんのに――――」

 部屋の机に視線を移し、

「まだ買うのか」

 上に積まれた数冊を見る。これ、昨日帰りに買ったやつだ。

「つい」

「つい、じゃねぇよ」

 衝動的に買っちゃった、てへっ。

 やっちまったぜー……。二重の意味で。

 そしてまたそのボックスを眺め、本棚を見つめて、陽斗が呟いた。

「にしても、小説は文庫本ばっかだな」

「まぁな」

 僕が持つ小説はほとんど、というか全てが文庫本だ。新書サイズも、文芸書サイズも、一般書籍のサイズのものもない。全てが文庫サイズ。……たぶん、全てが。

 それ以前にラノベ自体が基本的に文庫サイズで作られている。僕が持ってるのはほとんどがラノベだし、それもあるのだろう。

 漫画は普通にいろんなサイズあるけどね。

「何かこだわりとか?」

「いや。ハードカバーとかはデカくて持ち歩きづらいから、面倒」

 それに文庫本の方が若干安い。

 ハードカバーは外で読むのには読みづらいし、普段から本を持ち歩く僕からしたら、そのサイズを持ち歩くのは大変で面倒だ。エスカレーターに乗ってる間だけでも読んだりするし、そのときにハードだとページがめくりづらい。文庫なら片手で持つこともできる。ページをめくるのは流石に両手だけど。

 だからハードカバーで読みたいなと思った本があれば、まず文庫サイズのものがあるかを探す。それでなければ、諦める。そして家に帰る頃には忘れてる。

 まぁ、あっても買うかどうかはまた悩むんだけど。

「あれ? でも一冊だけハードカバーの本がある」

 いつの間にやら机を見ていた香月が言った。

 確かに。机に付属で備え付けられている小さな本棚には、彼女が言うように、一冊だけハードカバーがある。

「何で?」

 香月が僕に聞き、答えに興味を持って、陽斗と佐藤さんも僕に視線を向けた。

 別に隠すようなことじゃないんだけど……すごく言いづらいな、この状況。

「その作者さんが好きなんだよ」

「へー……」

 香月は息を漏らして、その名前を見て、「あ」と声を出した。

「この人、そっちの本棚の文庫本にも、名前があった」

「そりゃ、同一だろうし」

 その人はたぶん、文庫で書いている。ハードカバーの方は四人で一冊を仕上げたアンソロジーの一篇を書いたもの。たぶん、これが最初で最後。今後ハードで書くかは知らないけど。

「ほほう…………ん? これ、文庫サイズので同じタイトルのあったぞ」

「あぁ。文庫サイズの見つけたから」

「てことは二冊買ったのか、同じ作品を」

「別にいいだろ」

 ハードカバーは外では読みづらい。だから文庫サイズを見つけて、買ったんだ。

 この作者さんの本を初めて読んでから、特には強い印象はなかった。ただ、この文が好きだな、と。その程度だった。しかし違うタイトルのシリーズを読んで、ハマったのだ。内容は違うが、似たような文の作りが似ていて――って作者が同じなんだからそりゃそうなんだろうけど――この人の小説がすごく好きになった。

 そしてこの人の書いた本を集めたくなって、ネットで探して、メモ帳にメモして、探し出したのだ。

 その中での唯一のハードカバーの作品が、その香月が見た本。

 ネットで検索して、メモ帳に書き写したタイトルを見ながら、電車で大型書店のあるとこまで行き、そこで本を探して、ハードカバーのを先に見つけた。それから同じ書店内で文庫サイズを探したのだが、その時は見つからず、でもそれが欲しくて、とうとう買ってしまった。

 だがしかし、後にまたネットで見てみたところ、文庫サイズがあることが発覚してしまった。その書店にはないだろうと思って、近くで探して、見つけたのが、陽斗が見た文庫サイズの方。

 こういう訳で、同じタイトルの本が二冊あるのだ。

「ふーん……このへん、同じ名前ばっかだ」

 ボックス内の一角を見て、陽斗が呆れたように呟く。

 その人はシリーズものが六種類あり、内四種類は既に完結している。一巻完結の本が一冊、二巻完結が一つ。まだ続いている二シリーズは、片方が八巻まで出ていて、もう片方は四巻がこの間出た。

「もう読んだのか?」

「まだだぞ」

 しかし買ったことで満足してしまい、まだ読んでいない。

 読んだのは既に完結しているシリーズものと、まだ終わってないシリーズものの二種類だけ。

「読んでねぇのかよ……」

「手が回らねぇんだよ」

 溜めすぎで。

「あ、ここ一巻飛んでる。買ってないの?」

 佐藤さんがシリーズの一つを指して言う。

 そのシリーズは全四巻なのだが、そのうちの第二巻をまだ手に入れてない。

「それ、見つからないんだよ」

 それは十年程前に書かれたもので、普通の書店ではもう売られていない。『本を売るなら』のキャッチフレーズで有名なあの古本屋でないと見つからないのだが……電車や自転車や徒歩で行けるようなとこには売ってなかった。

 その一巻さえ見つかれば、この人の小説はコンプリートできるのに……。

 ネットでその店のオンラインショップを見たら売っていたのだが、しかしネットで買うのには不安がある。実際に、この手にとって、自分の目で見て判断したい。

 というのはまぁ、あるのだが……本当のところは支払い方法の不安の方が大きいのかもしれない。実際にやったことがないからわからない。それにもし自分がいない時に届いて、親が払って、なんてことになったら面倒だ。

「欲しいんだけどね……これがなかなか……」

「へー。んじゃあ探しといてやるよ」

 すると陽斗からそう提案される。

「普通の本屋じゃ見つからんぞ?」

「おぉ、古本屋だろ?」

 と『本を売るなら』の古本屋の名前を出す。

「そこなら俺もたまに行くし。見かけたら買っといてやるよ」

「そっか。サンキュー」

 すぐに見つかるとは思えないけど……。

「金はちゃんと払うぞ」

「当然だ。そして感謝しろ」

「おう、崇め奉ってやる」

「おう、頼むぞ」

 いや崇めねぇし奉らねぇけどな? わかってると思うけど。

 そんな会話を眺めてる二人。

「仲いいねぇ」

「そうだねぇ。親友だよね」

 二人は二人で会話をしてた。

 うん、まぁ、そうだな。親友かもな、こいつとは。

「でも何でこの人の本が好きなの?」

 唐突に香月が僕に質問する。別にどうでもよくない?

 でも僕、ボキャブラリー少ないからな……うまく説明できないと思うが。

「その人の文章がさ、すごく優しいんだよ。思いやりがあって、引き込まれて、魅力があって……。読んでるこっちが温かい気持ちになるというか……それにこれのイラストも相まってさ、もっと印象的に感じて、優しさを感じて……こう、バラードの曲を聞いてるような感覚になるというか……。あと、続きが気になる描写で、先に先にって気になって、どんどん読んでいけるんだ。そのうえ、主人公やヒロインの心情の描写もわかりやすいし、やっぱり優しさがあって……。読んでるとドキドキするし、ハラハラもするし、あとの展開がどうなるのかも気になって…………あー! うまく言えん!」

 やっぱこういうの苦手だ!

「とにかく、文章が優しくて、好きなんだよ!」

 投げやり気味にそう締める。

 僕は自分の考えや気持ちを言葉にして伝えるのが苦手だ。頭や心に、これと言った言葉を思い浮かべるところまではいい。しかし、それを言葉にすることができない。抽象的なイメージでしか思い浮かばないし、的確な単語が出てきても、口にする前に忘れてしまう。何て言おうとしたのか、言葉が一瞬にしてぼやけてわからなくなるのだ。

「こういうの苦手だ!」

「いや、でも、言わんとしてることはわかった」

「なんとなくわかったよ」

 陽斗と佐藤さんがそう言ってくれるが、僕が伝えたい、思った通りの感情が、本当にきちんと伝わってるかどうか、ちょっと心配だ。

「それにしてもさ……」

 佐藤さんが再び口を開いた。

「普通こういうのって隠さない? 恥ずかしくないの?」

 ボックスに詰め込まれた僕の本を眺めて、困ったように眉をひそめて「やれやれ」といった風に聞く。あー、これって普通は隠すような事なんだ。

「別にいいじゃん。隠したものは隠しきれるわけじゃないし、やりきる自信もない。それに……僕自身がこうなんだ。仕方ないだろ?」

 隠すのが面倒で、やる気もなくて、基本的にどうでもいいと思ってる性格。もうどうしようもない。

 それに押しかけて来たのそっちじゃん。隠す暇もないっての。

「へー、なるほど……これが僕だ、隠す必要もない、お前らが受け入れろ、と」

 何か違う風に受け取られてる気がするけど……まぁいいか。

「ま、いいけどね。なんとなくわかってたし。雰囲気で」

「雰囲気で感じ取ってたんだ……」

 すごいっすね。ちょっと尊敬しますわ。

 ……何にかわからんけど。

「香月も、別に構わないでしょ?」

 そう言って香月に顔を向ける。

 なぜそこで香月に振るんだ?

「えっ、あ、うん……私は、それでも……」

 なぜか顔を染めて俯き、上目遣いでこっちを見る。そして手元をいじり、もじもじとする。

 何なんですか?

 よくわからんな……。

 そんな時、陽斗が口を開いた。

「まぁ、俺は知ってたけどな」

「よくこの手の話で盛り上がるからな」

 僕たちはよくこの手のことを話す。あのアニメがどうだ、この小説が面白い、あっちではこれはこうだった、原作の方がよかった、など。

 意見は基本的に食い違うけど。

「え、じゃあミノくんもそっち系……?」

 佐藤さんがちょっと嫌そうな表情で陽斗を見る。

 そっち系って何だ。オタクって言いたいのか。それは差別じゃないのか?

 別にいいじゃん。どんなやつがいたっていいじゃんか。

「何だ。僕がよくってこいつはNGか?」

「いや、そうじゃないけど……ちょっと意外で」

 意外ってほどでもないと思うが……それは僕がこいつを知ってるからか。

 (はた)から見たその人の印象なんて、もう知ってる僕からしたらわからん。

「あ、そうだ。陽斗」

「ん?」

 陽斗に言おうと思っていたことをふと思い出した。

「あ、やっぱいいや」

「なんだ、いいのか」

 しかし直前でそれを切り替えた。

「香月」

「ん? 何?」

 えっと確か、この辺に…………。

 僕は机に積まれた本の中から、目当てを探す。……あ、あった。

「これ。間違って二冊買っちゃったんだ。いるか?」

 僕が差し出したのは、感動系の小説。

 男手ひとつで育ててくれた父を亡くした中学と小学生の兄妹が、父が残してくれた遺言の意味を知るために、親戚や父の友人の元を訪ねて、その本当の意味を知っていく。というものらしい。中身は読んでないから知らない。あらすじを読んだだけの僕の解釈だ。だからもしかしたら違うかも知れない。

 香月はそれを受け取ると、上目遣いになって問い返してくる。

「……いいの?」

「二冊あってもいらないし。欲しいのなら」

 本当は陽斗に半分くらいの値段で売ってやろうかと思ったんだけど……。なんとなく、香月が欲しいと言うなら、香月にあげようと思った。

 断ったら陽斗にでもやるか。二五〇円で。

 しかし香月はその小説を胸に抱き、目線を下に向けて、

「ありがとう」

 嬉しそうに微笑み、言った。

「あ、あぁ……」

 それに何か気恥かしさを感じ、少しうろたえてしまう。

 …………何か顔も熱い気がする。やばい、絶対顔赤くなってる……。何か……やばい……。すげぇ恥ずかしい……。

 二人で向き合ってそんな感じにしてると、

「あのー……お二人でピンクの空気に包まれんの、やめてもらいます?」

「二人の世界から帰ってこーい……」

 口の横に手を当てて呼びかけるような格好の、陽斗と佐藤さんに横から口を挟まれる。

 二人の言葉に僕たちは過剰に反応してしまう。

「な! ぴ、ピンクの空気ってなんだよ! べ、別にそんなんじゃ……」

「ふ、二人の世界って! そ、そんなこと、ないもん!」

 僕たちの反応に二人はまたニヤニヤと冷やかすように笑う。何あの顔、すごくムカつく!

 僕と香月は顔を真っ赤にし、どちらともなく互いを見て、視線が合ってしまい、顔を逸らす。あー、もう、恥ずかしい!

 陽斗と佐藤さんはその行動を嬉々として見て、何かウズウズとしてる。

 あーー、もう!! やめてくれ!!

 香月はとうとうしゃがみこんでしまい、真っ赤な顔を両手で挟み、また何かぶつぶつと唱えている。

「ありゃ……いじりすぎちゃったかな……」

 そう言うと佐藤さんは香月の側にしゃがみ、背中をポンポンと叩く。このシーン、前にも見たな。

 さらに陽斗も動き、僕の横に立って、肩に手を置く。

「いや、すまん。いい雰囲気だったんで、つい……」

「つい……じゃねぇ。てめぇこの野郎。僕の性格、理解してるよな……!」

 全てではないだろうが、恥ずかしがりであることは知ってるはずだ。この前の映画撮影の時も言ってたし。

「まぁ、そうなんだけど……やっぱさ……」

 やっぱ、何!? やっぱいじってみたくなった!?

「……にしても……そうかぁ。うんうん」

 陽斗は僕の肩を叩きながら、何やらを勝手に自己完結させて頷いている。何を理解した、何がわかった! 僕をいじることに対するようなことじゃないだろうな!

「あ、そうだ」

 すると不意に、唐突に、佐藤さんが声を上げた。

「ハルカゼくん」

「……何?」

 少し警戒して、聞き返す。

 今度は何を言われるんだ……?

「あたしのこともさ、希美って下の名前で呼んでよ」

「………………は?」

 思ってもないことを言われ、間抜けな声が出てしまった。

 え、それ今言うこと?

「何で?」

 なんとなく、理由を聞いてみる。

「だってさ。香月のことも、ミノくんのことも名前なのに、あたしだけ苗字って……なんか、疎外感というか……あたしだけ親しくないみたいで寂しいんだもん」

 寂しいってなんだよ……。たかが呼び方で。子供か!

「わかったけど……まぁいいか」

 僕が佐藤さんのことを名前で読んだことなんてほとんどなかったと思うけど。それは口にしなくてもいいか。

 もう、面倒臭いし。

「よろしく~」

 ひらひらと手を振り、また香月の復活にかかる。

 何なんだか……。

 それからしばらくして、香月が再起動し、ボックスをベッド下に押し込んで、女子二人は僕のベッドに腰をかけ、僕は床に、陽斗は椅子に座った状態で、会話に花を咲かせていた。

「ねぇ、ハルカゼくん」

「ん?」

 すると突然、さと……希美から声をかけられた。

「おすすめの小説とかあるの? こんだけいっぱいあるんだし……」

 何か一冊読んでみたい、と?

「んー、まぁ、あるにはあるけど……」

 おすすめ、ねぇ……。

 僕はあんまり人に勧めたりしないんだけどなぁ。

「こいつ、あんまそういうことしないぞ?」

「そういうの、って……おすすめしないってこと? なんで?」

「そうだな……なんでだ?」

 お前には理由まで話したよな、おい。

 僕が人にあまりおすすめをしないのは、それを読んでもらったときに自分と違う意見を持たれ、「別に気に入らない」と言われるのが嫌だから。それを読んでもらって、その人が僕と違う意見を持つのは仕方がない。それはわかってる。人の数だけ違う意見がある。考え方は十人十色だ。だからそれはいい。しかし、それを「気に入らない」「あまり好きじゃない」「どうでもいい」などと言う風な意見を持たれるのが嫌なのだ。その意見を押し付けるわけではないが、それは何か悲しいから嫌だ。

 まぁそんな感じだからおすすめはしない。基本的にしない。でもたまにテンションが上がると勧めたりする。

 そういうようなことを口にして、伝える。

「へー、なるほどね……うん。なんとなくわかるなぁ、その気持ち」

 希美は腕を組んで、うんうんと頷く。

「で、何がおすすめ?」

 今までの話は何だったんだ?

 はぁ……まぁ、もういいか……どうでも……。

「そうだな……」

 本棚を一瞥して、ベッドの下に手を伸ばし、既読済みの本が入れられてるボックスを引っ張り出す。

 うーん……これも好きだし、あれもいい……相手の好みとかわからんからなぁ……。

 数冊を手にして悩み、そして本棚からも引っ張り出して、低いテーブルに積んでいく。

 その数は十三冊。そのうちのいくつかはシリーズものの第一巻。

「僕が特に好きなのはこれかな」

 積んだ本に手を置き、軽く叩く。

「おぉ、こんなに……」

「んで中でも…………これとか、これ、あとこれ、それと…………かな」

 その積んだ中から六冊を横に並べて置く。

 簡単に説明すると…………


 不器用な男子が友達の願いを叶える恋愛系ストーリー、

 奇妙な絆で結ばれた親子の心温まる物語、

 気弱な男の子と魔物少女の恋愛もの、

 女性バリスタが事件を解決する推理小説、

 中二病患者と元中二病患者の学園ラブコメ、

 女子顔の男子高校生が変態妖怪の起こす事件を解決していくコメディもの。


 それを見て、陽斗が一言。

「ほとんどラノベだな」

「うっせぇ」

 僕が選んだ六冊は、そのうち四冊は完全にラノベ。一冊はラノベの文庫からの一般文芸。もう一つは普通の文学作品。

 だと思う。ラノベしかわからん。

「これと、これと、これはシリーズもので、まだ未完。こっちの三冊は一巻完結の作品だ」

「へー。あ、これあの作者さんだ」

 その中には僕のお気に入りの作家さんが書いた作品もある。これ、本当に好きな作品だ。だから「別に……」みたいな反応されるのは嫌なんだけど……。まぁ、勧めるものをあげるとしたらこれはランクインする。

「ねぇ、どれか借りてってもいい?」

「ダメ」

「……即答……」

 希美の問いに即答する。

「お前、人に本貸すのってすげぇ嫌がるよな」

「でもそう言う人いるよ」

「何か、こだわりとか?」

 何のこだわりだよ……。

 本を人に貸したことはない。汚されたりするのが嫌だから。それに人によっては、思いっきり本を開いて、折り目をつけて読む奴もいる。

 僕はそれが嫌だ。

 そのせいでそのページが緩くなり、少し膨らんだようになるのとか、見返そうとした時に折り目ついたとこがパッと開いたり、本の形が崩れるというか……。

「他人に貸して本が傷むのが我慢ならん」

 人から借りといて「ごめん、汚れちった。てへっ」みたいなやつがいるから嫌だ。いや、そんな奴に実際にあったことはないが。

 とにかく、汚されたり傷んだりしそうだから嫌だ。

「過去にそういうことあったの?」

「ないけど」

 実際にそんな目にあったことはない。貸す人は家族しかいないし。それは人のものだからと丁寧に扱ってくれるから。たぶん、くれてる。

 だから余計に赤の他人は、例え友人だろうと、信頼できない。

「もしそうなったら倍額で弁償してもらう」

「高いな」

「汚れた本の分の代金と、慰謝料分だ」

 それくらい普通だろ。むしろもっとむしり取ってやりたいわ! そんで新しく買う。

「でも古本屋でも買うんでしょ?」

「それは元々だから仕方ない。それにある中から綺麗そうなもの選ぶ」

 あと中古でも売られてるやつはそれなりに綺麗なものだ。ちょっと点みたいな汚れがあったりするけど、それくらいは仕方ない。妥協だ。

 机に積み、並べた本を元あったところに戻す。

「読みたければ自分で買え」

「おすすめしといてひどいな」

「勧めるものをあげるならば、って出したまでだ。実際に勧めはしないよ」

 それで受け付けないとかになったら嫌だし。

「そ、そうか……」

 やれやれ、と言いたげにため息をつく。

 香月は床に座り込み、またボックス内を眺め、その中の一冊を手にとった。

「何これ。面白そう」

 そこに書かれたタイトルを見て、僕はげんなりする。

 あ、それは…………。

「それは勧めないぞ……」

「え、何で?」

 内容が……アレだから……。

「それ、カニバリズムだから」

「……かに、リズム?」

 何それカニのリズムダンス? バが抜けてるよ、バが。

 三人共が疑問符を浮かべて、何それ、と視線で問うてくる。

「カニバリズム。人肉嗜食(じんにくししょく)。食人習俗。つまりは人の肉を食うことだ」

「ひ、人の肉を……?」

「その小説に出てくる描写だ。それに殺人もあるし。グロいぞ、それは。読んでついイメージしたりしたら、ひどいぞ」

 まぁ僕はそうでもなかったけど。もう読みたくはない。

 タイトルと裏にあるあらすじから、僕は勝手に想像して、恋人を失った主人公がこの世界に絶望し、やる気をなくして、家に引き込んでしまう。しかしそこに新たなヒロインが現れて、主人公を救い出し、付き合うことになってめでたくゴールイン。というような、感動ものかと思っていた。

 でも全然違った。

 これのテーマは「食べ物の恨みは恐ろしい」というものだった。

 それ以上は、もうあんま思い出したくない……。

「とにかく。やめとけ」

 どうしても読みたい、というのならこれ以上は止めないが……。

「うん、じゃあいいや……」

 香月はげんなりした表情になって、そっと本を元に戻した。うん、それが正しいと思う。

 そういえば、あの小説では「人の肉は美味い」というようなことを言ってたけど、実際に人の肉って、理由は知らんが実際は不味いらしい。――うちの父さん談。父さんは実際に食ってはいないという。……確かに、ぶよぶよしてて噛み切りづらいだそうし、脂身ばっかだろうし、筋張ってるだろうし……。美味いとは思えない。

 でも、実際にそうしてる国もあるんだよな……馬鹿みてぇ。

「と、ところでさ!」

 なんとなく雰囲気が暗くなったのを解消しようとしたのか、希美が声を張る。

「ハルカゼくんって、あたしたちの他に仲のいい女子っているの?」

「何でそんな事聞くんだよ」

「なんとなく」

 すごくどうでもいい理由だ。

「仲がいいって……どの程度だよ……」

「例えば……下の名前で呼び合う仲の」

 下の名前? あだ名とかじゃなくて?

「中高の時はみんなそうだけど……まぁ、友達って言えるほどの仲か」

「それ以外……大学内では?」

 何で? 何がそんなに気になるんですか?

 その隣では香月も、頬を赤らめながらも興味ありげな眼差しで僕を見てる。

 何この状況。

「まぁ……たまに苗字を忘れて、つい出るとこはあるけど……普段からはないな」

 二人くらいしか、と香月と希美を指差しながら付け足して……余計な一言を言ってしまう。

「まぁ後は慶くらいか」

 あいつを「仲のいい女子」としてあげていいかは謎だが。

 それを聞くと、

「だ……」

 香月の様子が変わった。

「誰!?」

 何かこう……切羽詰ったような、焦ったような……。

 ちょっと怖いよ……。

「ケイって誰? その人とはいつ知り合ったの? どんな関係なの? 親しいの? ねぇ!」

 香月がじりじりと、四つん這いでにじり寄りながら問い詰めてくる。

 それにしても無防備だな、おい。少しは気をつけろよ。

「な、何だ……恨みでも、あんのか……?」

「か、香月、落ち着いて……」

「おいおい……すごいな……」

 香月のその言動に、僕たち三人は三者三様に驚く。

 そして、二人の呼びかけのおかげで――陽斗はどうかわからんが――香月は顔を赤くして、元の位置に座り直す。取り乱して恥ずかしかったんだろうな……。

 しかし質問攻めは終わってなかった。女子二人がさっきと同じような質問を繰り返し繰り返し投げかけてくる。

「グイグイ来るな……」

 面倒臭い……。

「慶は僕の姉だ」

 ため息を吐きながら、説明をする。

 慶。僕と双子の姉。普通の姉弟並みには親しい方だと思う。知り合ったのは生まれてすぐ。家族関係にあり。以上。

「律儀に細かく教えんでも……」

 そこは気にすんな。

「春風くん、姉弟いたんだ……」

「双子だけどな」

「そっか。そりゃ名前で呼ぶよね。それは普通だ。仲のいい女子とは言えないよ」

「あー、やっぱ言えないのか」

 うん、しっくり来た。慶は僕にとって女じゃなくて家族だもんな。

 希美は「なーんだ」とつまんなそうに呟き、香月は「なんだ……」と安心したように呟いた。同じ言葉なのに、呟き方一つで全く違う言葉に聞こえる。不思議だ。

 でも何で安心するんだ?

 すると香月が時計に目をやり、それにつられるように僕も時計を見る。

「あ……もうこんな時間なんだ」

 時計は既に六時を回っていた。

 外に目を向けてみると、もう薄暗くなっていて、そろそろ完全に日が沈む。たぶん、あと三十分もなく。

「そろそろ帰る? 明日も大学あるし」

「この辺で飲んでく、って選択肢もあるぞ」

「それはなし。変に飲んじゃったら明日に響くし」

 なぜか二人だけで会話が盛り上がっていて、僕と香月は蚊帳の外。

 ふと、視線を感じてそっちを見ると、香月と目があった。こちらに目線を向けていたようだ。

「何?」

「え、あ、ううん……なんでもないよ……」

 何だろうか。香月は手元をいじり始め、もじもじとしだした。

 トイレ? いや違うかな……。

 すると下から声がした。

『ただいまー』

『あれ、靴がいっぱい……』

 この声は、父さんと母さんか。観戦終わって帰ってきたんだな。

 階段を上ってくる音が聞こえる。うわ、面倒臭そう。

 そしてノックの後、了解を得ることなくドアが開かれる。

「こんにちはー」

 父さんが開けたドアの隙間から挨拶をする。

 でも、時間的にこんばんはだよ、父さん。

「あ、お邪魔してます」

「こんにちは」

「お邪魔してまーす」

 三人はそれぞれが顔を出した父さんに挨拶する。

「あら。春風くんの友達?」

 その後ろから姿を見せた母さんが声を出す。

 何だこの人ら。興味津々か。来んな、帰れ。リビングに戻れ。

「春風が友達連れてくるなんて珍しい」

「別に連れてきたわけじゃないよ」

「あら、違うの?」

「どちらかといえば押しかけられた」

「押しかけたって……友達に何を言ってるんだ」

 もう戻ってくれんかな……。

「あの……そろそろあたしたち……」

「帰るか……」

 希美と陽斗が口を挟む。

「何だ、夕飯、食ってかないのか」

「え、いや……」

「それは流石に……」

 父さんの提案に、二人は遠慮する。

 ちなみに香月はさっきからずっと黙ってる。恥ずかしそうに少し俯いている。

「用意はこれからするし、問題ないわよ?」

 父さんの提案に母さんが乗っかる。

 ……面倒臭い……こうなる気がしたから、出来れば二人が帰ってくる前に三人には帰って欲しかったんだけどな……。別に言ってもなかったけどね。

「いや、でも……」

「僕たち、外で食べようと思ってたから」

 ここで僕が言葉を挟む。いや、そんな予定さらさらなかったけどね。

「これから出かける」

「あら、そうなの?」

「それじゃあしょうがないか」

 そう言って二人は引き下がった。

 そのまま僕は上着とバッグを取り、三人を連れて玄関へ向かう。

「それじゃあ、お邪魔しました」

「「お邪魔しましたー」」

 三人が靴を履いたところで、こちらに振り返って、僕の両親に告げる。

「また来てね」

「今度は夕飯食べてきな」

 また来ても、二人は歓迎するようだ。

 もう連れてこないよ。

「じゃ、行ってきます」

 僕も靴を履いて、振り返ることもなく告げる。

 背中に「いってらっしゃい」という二人の言葉を受けて、ドアを閉める。

「……なぁ、よかったのか?」

 家から少し離れたところで、陽斗が口を開いた。たぶん、夕飯のことを言ってるんだろう。

「いんだよ……それに、お前ら送んなきゃだし」

 僕じゃないんだから帰り道は覚えてるだろうけど、念のため。

 あと、最近、うちで飯食うのも何か面倒になってきたし。

「どこで食うよ」

 駅に向かう道の中、僕の方から三人に振る。そうでないと、何かずっと家族との夕飯のこと言われそうだったし。

「別に、どこでもいいぞ」

 ってまたそれか……。

 その後、駅前通りに着いて店を見て回り、結局どこで食べるかを決めかねた僕らは、通りにあるファミレスで食べることになった。

 店員に席へ案内され、メニューを見て、そこから各々が選んだものを注文する。

 雑談をしていると注文した品が届き、食事開始。いただきます。

「てかお前、また麺類かよ」

「麺、好きなんだよ」

「だからって昼夜どっちもってのは……」

「馬鹿言うな。一日三食麺だったことだってある」

「うわ、馬鹿だ」

 麺、好きなんだよ。

「麺ならなんでも好きなの?」

 ふと疑問に思ったのであろう問いを、ドリアを頬張りながら希美が投げかけてくる。

「ラーメン、うどん、そばが基本。あと、スパゲッティとか……でも苦手なのもあるけどね」

「へー。食べ物に好き嫌いあるんだ」

 僕は、生きとし生けるもの、その世に存在する全ての生き物に、好き嫌いがあるだろうと思ってる。嫌いなものはない、というやつは嘘だ。絶対に食べたくないものはある。

 例えば、蜂の子、さそり、蛇、カエル、シュールストレミング……など。

 僕は絶対に嫌だ。特にシュールストレミング。

「あるよ。嫌いなものは多い方だ」

「なんでも食べそうなイメージあるけどなぁ」

「例えば、何が嫌いなの?」

 希美に継いで、香月が質問してくる。

 なぜかその顔はほんのりと赤くなってるのだが……スパゲッティが熱かったのか?

「辛いものは食べられないし、揚げ物とか、小豆とか、グリーンピース、人参、ハーブとかミント系、ゆず、セロリ……ぱっと思いつくのはそれくらいかな」

「辛いものダメなの?」

「じゃあカレーも?」

「カレーは大丈夫」

 辛さの調節したらだけど。カレー嫌いな人って稀でしょ。

 うちは、父さんが辛いものが好きなのだが、僕が辛いものがダメなせいで、カレーは甘口だった。なので父さんはカレーに、カレーにかけるスパイスの香辛料をかけて、混ぜて食べていた。

 僕が中辛が大丈夫になったのは中学から。そして辛口なんて食べられない。辛すぎる。

 そして僕は人が勧める「辛くないから大丈夫」は信じない。他人にとっての「辛くない」は僕にとっては十二分に辛い。そのおかげで一度ひどい目にあったことがある。

「辛いの、何でダメなの?」

「食ったら腹壊す」

 そして下す。コーヒーと同じ。

「それはそれは……」

「お腹弱いんだね……」

 そうなんだろうか……?

 別にどうでもいいけど。

「揚げ物もダメっていうのは珍しいかも」

「そうかな」

「さぁ? でも少ないんじゃないか?」

 希美にとっては珍しいのか、本当に少ないのか……まぁどうでもいいか。

「じゃあエビフライとかコロッケとか唐揚げとかも?」

「食べれないわけじゃないけど、進んで食べようとは思わないかな」

「でもこの前、カキフライ好きだって言ってたじゃん」

「あれは好きだ」

 僕、偏食というか変食なんで。

 偏ってるというよりも変なんで。

「揚げ物はなんで?」

「何か、油食ってるような気がしてさ……ギトギト感とかが、気に食わない」

「そうなんだ」

「でも衣が薄くてさっぱりしたようなのなら食べる。カキフライとか」

「じゃあ魚のフライも?」

「魚はやだ。あれは揚げるよりも焼いたりした方がいい」

 フィッシュフライとか、天ぷらとか、クリームコロッケとか、メンチカツとか。あんま好きじゃない揚げ物は多い。でもカキフライとかナゲットみたいな、衣が薄めに作られてるのは好きだ。カキフライも場所によっては衣厚いけどね。ちなみにポテチとか、あれも好き。油分半端ないのに。

 小豆に関しては、なぜかこし餡は食べれるのに、粒餡はダメだ。あの皮のつぶつぶ感が嫌い。

 食べ物は、大きく括れば好き、大きく括って嫌いなものがあるのだが、その中でも細かく言えばこれが好き、これが嫌いというものはある。揚げ物がいい例だ。それ全般が嫌いなわけではない。

 しかし、同じジャンル、同じ原料であるにも関わらず、好きなもの嫌いなものと分かれることもある。

 もう両親からも「あんたの好き嫌いは変わってる」と言われたことがある。

「変わってるね」

 もう言われ慣れた。

「まぁな」

 そんな話をしてて、いつの間にかみんな食べ終わっていて。

 レジでそれぞれの注文したものの代金を払って、店を出た。


 それからは駅まで他愛のない話をしながら歩き、改札前で別れた。

 僕は、三人が見えなくなるまで、そこで見送り続けた。

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