撮影
週末。今日は大学の授業はない。休日だ。
昼まで寝て、昼飯食って、あとはだらだらと休日を満喫しよう。
――――と思ってたのに。
「何で………」
僕は今、森林公園にいた。
周りには、カメラやら、マイクやら、遮光板やら……何か機材を持った人たちが大勢。って機材の方は明らかに撮影機材だよな。
「何でって……ミノくんに呼ばれたからでしょ?」
「手伝ってほしいって言って」
その人たちの中には、香月と佐藤さんの姿もあり、僕と香月は棒立ち、佐藤さんは何やら手伝いをしている。
そう。僕たちは陽斗から電話があり、「ヘルプミー」と僕たち三人に助けを求めてきたのだ。面倒臭い。
「サンキューな、来てくれて」
陽斗が、あとの準備を他に任せて、こちらに向かってきた。
「ううん。いいよ」
それに香月が笑顔で応え、僕はため息を吐く。佐藤さんは現在進行形でお手伝い。
「それで、僕たちは何をしたらいいんだ?」
僕は何か「手伝ってほしい」ということしか聞いていない。でもたぶん、撮影に関する手伝いだろう。撮影許可もとったらしい。
これからすることについて、陽斗からいろいろと聞き出そうとしたら、
「お。君はこの前の」
なんか僕を知ってるらしい映研の部員が声をかけてきた。
見たことは、ある気がするけど…………誰だっけ?
よくわからんけど、一応「どうも」と挨拶しとく。
「カントク、知ってんの?」
陽斗はその人に問う。その質問の意味は「こいつのこと知ってんの?」だ。
「夏休みの頭に、お前がおつかいによこしたろ?」
「あー。そっか、カントクがいたんだっけ」
納得した、といった顔で頷く。
そして僕は、その“カントク”という人の発言で思い出した。タイムラグがあったけど。
そういえば、陽斗の台本をもらいに行った時に会ったな。
「改めて紹介すると」
陽斗は僕たちの中間あたりに立ち、指を差して紹介する。
「うちの、映画研究会の部長、室館徳之。部の監督を務めることから通称“カントク”と呼ばれてる」
するとカントクさんはにっと笑い、「よろしく」と挨拶。
そういえば室館徳之も、中の二文字を取ると「かんとく」とも読める。そこともかかっているのだろう。
「こっちは、俺の友達の東山春風と、柊木香月さん。あっちでもう手伝いしてくれてんのは佐藤希美さん」
みんな文芸部だ、と僕たちのことを簡単に説明。それに付け加えて、
「リスのビーズ。あれ作ってくれたのも、こいつだよ」
と僕の肩を叩く。そんなこと別に言わなくていいだろ。
するとカントクさんは「ほー」と声を漏らした。何だ。そんなに意外か。
「そうか、ありがとう。本当に助かったよ」
笑顔で礼を告げられる。こういうの苦手だ。
「難しかったろうに、あんな可愛いものを……。ありがとうな」
……作品を褒められるのはいいが、あんまり面識のない人から言われるのはどうも苦手だ。恥ずかしい。
話を変えよう。
「それで、僕たちは何をすれば?」
陽斗が言っていた予定だと、今日はそのストラップを必要とするシーンの撮影らしいが……見た感じ僕たちは必要無さそうだ。裏方も人数は結構いるし。
一体何で呼ばれたのやら。
「今日二人には、ちょっと演技をして欲しい」
カントクがその口を開き、僕たちはシーンの説明を受ける。
主人公と二人、ヒロインはこの公園に散歩に来るシーン。ビーズのストラップを見つけてくれたことから、ヒロインはすでに主人公のことを意識し始めている。そのこともあり、二人の仲は少し進展し、二人で出かけることも増えてきているようだ。二人が公園を散策し、並んで歩いていると、ヒロインの視界にひと組のカップルの姿が入る。カップルが仲良さそうに歩いているその姿を、羨ましいそうにヒロインが見つめる。
……って、あれ?
「ビーズはもう見つかったのか……?」
「君が想像よりも何倍も早く作ってくれたからね。おかげで撮影も予定を少し早めることもできたし、順調だ。大助かりだよ」
あんなストラップ一つで、そんなにズレたのか……。
でもそれで迷惑かけないでよかった。撮影、スムーズに行ってるみたいだし、よかったよかった。
とこれでもう帰宅したいんだけどなぁ……。
嫌な予感もするし。
「それで、僕たちに何の役をしろと?」
冷や汗を背中に感じながら、聞いてみる。
「…………あれ?」
そこでカントクさんは不思議そうな、疑問を持った声を出した。
「箕輪、ちょっと……」
そして陽斗を呼び寄せ、向こうをむいて肩を組んで、何やら話し始めた。
「…………カップル……じゃない…………」
「は? 俺は…………でも…………大丈夫…………」
断片的にその会話が聞こえてきたが…………何の話だ?
少しするとその会議が終わり、こちらに向き直って改めて頼み事をされた。
「君たちには、そのヒロインが目撃するカップルの役をやってもらいたい」
「はぁ………………は?」
受け入れそうになったけど、何か聞き逃しちゃいけない単語が混ざってた。
何だよ、カップルって。……何だよ。
「箕輪からはちょうどいい二人を連れてくるって言われてたから、てっきり恋人同士の二人を連れてくるもんだと思ってたけど……まぁ、大丈夫だろう」
え、何それ。そんな適当でいいのかよ。
てか、僕らカップルじゃないし。
「とりあえず、演技としては…………二人が、仲良さそうに、向こうに歩いていくシーン。仲良く並んで、楽しそうに会話しながらね」
こっちの了承の言葉も聞かずに、カントクさんが説明を始めた。
カップル……じゃないんだけど……。
まぁ、それくらいなら……別に、いいかな。
そう思い、香月の様子を伺ってみる。
「…………っ…………」
すごい顔が真っ赤になってた。触れたら火傷しそうなくらいに真っ赤だ。大丈夫かこれ。
カップル役っつっても……ただ並んで楽しげに会話してればいいんだろ?
それくらいなら大丈夫だと思うけど……。
それとも僕とカップル役すんのがそんなに嫌なのかな……?
「――――って感じなんだけど……どうかな? いけそう?」
いや演技の経験ないし。わからんよ。
「まぁ……それぐらいなら……」
たぶん、大丈夫だろう。
僕がそう思って返事すると、
「っ!?」
香月が、目を見開いた状態で、ぐりんとこちらに顔を向けた。
心底驚いた、といった感じに。
え……やっぱ嫌でした?
「そう。それで、君の方は……?」
香月に確認するようにカントクさんが問う。
たぶん、断るんだろうな…………。
そう思ったが、
「や、やります!」
むしろ、やる気まんまんといった具合に、やらせてください、と言いたげに声を張った。
じゃあさっきの反応は何だったんだろうか……?
「よかった。じゃあ、またセッティング途中だし……リハでも始めちゃうか」
リハ……あぁ、リハーサルか。やっぱやるんだな。
カントクさんが僕たちを誘導し、指定の位置に立たせて、自分はカメラがセットされるらしい場所に戻っていった。あそこから動きのチェックをするんだろう。
メガホンを手にして、僕たちに声をかける。
「それじゃあ! ちょっと歩いてみて!」
リハーサル開始の掛け声だ。
でも、いや、そんなこと急に言われてもさ……。
僕たち、ズブの素人なんだが?
「ど素人にどうしろと?」
「ぷふっ!」
なぜか笑われてしまった。
別にギャグとか言ったつもりはないんだけどなぁ……。
「とりあえず、歩こうか」
「う、うん……そうだね」
ひとまず並んで歩いてみる。
………………会話がない。
「ちょっと待った!」
十数メートルと歩いたところで、カントクさんから声がかかった。それに振り返って見ると、カントクさんが小走り気味にこちらに向かっていた。
「ん~、何かねぇ……もうちょっとこう…………楽しそうにできないかな?」
注文が大雑把過ぎんだよな…………。
「君たち、演技の経験は?」
「ないです」「ありません」
僕と香月は同時に否定。
演技なんて……うちの中高はそんな部もなければ、そういった出し物をする機会もなかった。ライブとかダンスとかはあったけどさ。
あるといえば、小学校低学年の頃、クラスかなんかでの出し物と、図書委員としての劇でしかやったことがない。…………って経験してた。でもいいか、小さい頃の話だし。ないも同然だよね。
ちなみに幼稚園時代は謎。覚えてない。
「それじゃあ、とにかく楽しそうに会話をしながら、歩いてみて」
さっきのスタート地点に戻され、同じ方向に歩いていく。
会話、ねぇ……。
話題ないっすわぁ……。
「香月って、高校時代はどうだったの?」
とりあえず、何となくパッと思いついたことを聞いてみた。
「え、な、何で?」
「いや、なんとなく」
「そ、そうなんだ……」
あれ、何でだろう……少し悲しそうな表情になった。
「興味あるし」
ただなんとなく、興味があった。それだけなんだけど。
「あ、そ、そっか……興味、あるんだ……」
あれ? 今度はちょっと嬉しそうになった。
何なんだ?
「私は、そうだな……今とあんまり変わんないかなぁ」
「今と変わらず、本好き?」
「うん。そんな感じ」
正直言って、その手の話をしたことはないんだけど……本が好きとかそういった話。でも文芸部にいるくらいだし、好きなんだろうなって感じで聞いてみたら、当たったみたい。
「高校でも文芸部に所属してて、本を読んだり、執筆してみたり……かな」
部員数は少なかったんだけどね……と付け足して、眉をハの字にして笑う。
「そん時にも書いてたんだ。読みたいな」
「えっ! だ、ダメだよ! 読ませないよ!?」
今読みたいって言ってるわけじゃないんだけど……。
「いつか読ませてよ」
「この話、この前もしたよ……」
そうだっけ……?
あぁ、そうだった。そうだな。ビーズ買って帰った時にした。
「読ませてくれるんだよね?」
その時の会話の結末を思い出し、再確認。読ませてくれるのかどうか。
「え、っと………………うん…………」
「やった」
香月の小説、楽しみだな。
しかしその本人はなぜか顔を赤くして俯いてしまった。何か悪いこと言ったかな?
とそこに、
「ハイ、カットォ!」
メガホン越しのカントクさんの声がかかった。
そしてまた振り返ると、またこちらに駆け寄ってきていた。
「いいよ! さっきよりも断然!」
なぜか称賛の言葉をもらった。
何かよかったっぽい。ただ話ししながら歩いてただけだけど。
「でも、何か物足りないんだよなぁ……」
褒めときながら何を言うかこの人は。
「何かこう……仲のいい友人同士が歩いてるようにしか見えないというか……」
そりゃ仲のいい友達ですから。それで限界じゃないっすかね?
もう少し相手に近づく感じ……と呟きながら、カントクさんは拳を額に当てて考えている。
「あ、そうだ! 腕とか組んでみたりしよう!」
思いつくままに、声を張った。
何言い出してやがる。んなこと出来るわけないだろうが!
隣を見ると、香月も顔を、さっきよりも赤くして、頭からは湯気が出てる。……ような気がする。
「ダメかな?」
僕たちの反応を見て、言葉にしてなくても、無理そうだという空気を感じ取ってくれた。どっちも無言のまま、俯いて、隣を見て、視線を彷徨わせている。
「カントク」
いつの間にか近づいてきていた陽斗が言葉を発した。
「それはダメだな」
「何で?」
「いや――――」
陽斗がカントクさんの耳の側で何かを囁いた。
「あー……恥ずかしがりなら仕方ないな……」
「カントク、言葉に出てる」
わざわざ内緒に話したことをそのまま言いやがったな、こいつ!
「でも今のままじゃ……」
二人して腕組みをして、うーんと悩み始める。
「あ。じゃあ手を繋ぐのはどうだ?」
「お、箕輪。グッドアイデア!」
そしてこっちに顔を向ける。
…………手か…………。
「まぁ、それくらいなら…………」
また勝手に了解してると、
「えっ!?」
香月が裏返った声を喉の奥から絞り出した。
そんなに嫌ですか?
「じゃ、じゃあ! 私も!」
と思ったら賛成してきた。何なんですか……?
「うん。それじゃあ二人には、こう、指を絡めた“恋人繋ぎ”をして、さっきみたいに楽しそうに会話しながら歩いていってほしい」
カントクさんは、自分の手を組み合わせて見せる。
まさかの注文来た!
てっきり普通に手をつなぐ程度かと思ってたのに。
「そ、それは流石に…………」
「できないかな……?」
「……ちょっと……」
恥ずかしさが半端じゃないんで。
「そうか……じゃあ仕方ない。善意で参加してもらってるんだし――――」
いや半ば強制だと思うんだけど。
「普通でいいか。ちょっと、繋いでみて」
繋いでみてって……試しに!?
僕たちは互いに盗み見るようにちらちらと相手を見ながら、おずおずと手を伸ばしていく。
あ、指触った……っ!
自分の手がびくんと跳ねるような感覚があった。あーっ! 恥ずかしいなぁ!
そして緊張しながらも僕たちは手を繋いだ。
……恥ずかしいんだよ……!
しかし……。
「……うーん……」
何か物足りなさそうだ。いやなんか違う、というふうにも見える。
何だよ。ここまでやらせといて。恥ずかしいんだって!
「なんかなぁ……」
そう呟くと、僕の肩と香月の肩を掴み、中に押し込むように近寄らせた。
「えっ?」「ふぇっ?」
僕たちは同時に声を漏らし、固まってしまって、動くこともできない。
カントクさんはその状態の僕たちから数歩離れ、指を顎において、上から下へと僕たちを見る。
「……うん。これだな」
どれだよ!
「手を繋いでるのに微妙な距離があって、なんかよそよそしかったんだよな」
そう呟いて、またスタート地点に誘導される。
「その近さをキープしたまま、手を繋いで、ここからあそこまで。仲良さそうに、楽しそうに会話しながら歩いてって」
カントクさんはそう言い残してまたカメラの方に戻り、陽斗はニヤニヤしながら持ち場へと戻っていった。
あ、そうか……会話、しなきゃいけないんだ……。
何か…………何かネタがないか……?
と思考を巡らせていると、カントクさんからスタートの合図がかかった。
「じゃ、じゃあ、行くぞ」
「う、うん……」
あー、どっちも緊張してるなぁ……。
顔もすげぇ熱いし……。
そう思ってると、ふと隣から視線を感じ、そちらに目線を向ける。
「な、何?」
まぁ予想通り、香月がじっと僕を見ていた。
「……春風くんも、緊張してる?」
「う、うるさいな……」
当たり前だろ……。
女子と手を繋ぐとか、小学校低学年くらいまでだし…………たぶん。手、見た目通り小さいな。柔らかいし。あったかい。
それに距離も近いし………何か、いい匂いする。服の上からだけど、温もりを感じる。…………あぁー、もー! 恥ずかしい!
「ふふっ」
そう思ってると、なぜか笑われてしまった。
「そっか……うん」
何だ? 勝手に何か納得したぞ?
そういえばさっき、春風くん「も」って言ってたな。ということは香月も緊張してるのか?
……まぁ、いいか。
こうして歩くのも、何か心地いいし。
自分の不思議な感情に浸っていると、
「ハイ、オッケー!」
突然、メガホン越しのカントクさんの声。びっくりするわー、心臓に悪いわー。
「じゃあ、本番行くよー!」
今度はその場から動くことなく、メガホンでの指示。
また指定されてた地点まで戻って、進行方向を見る。
「よーい……スタート!」
演技開始の合図。僕たちは歩き出し、会話を…………。
内容、どうしよう。
えーと……香月に聞きたいこととか…………。あったかなぁ…………。あ。
「そ、そういえば、香月はどんな本をよく読むんだ?」
「へ?」
唐突な質問に、香月は戸惑う。しかしすぐに調子を戻して、考え始める。
「そうだね…………恋愛小説とか、好きかな。あと、感動ものもよく読むかなぁ」
「へぇ……恋愛系のものが好きなんだな。この前観た映画も、恋愛ものだったし」
「そうだね」
「何か、理由とかあんの?」
「理由? うーん……特にはないかなぁ……でも、なんか憧れ的なのはあるかも」
憧れ……?
「恋がしたいってこと?」
「んー、ちょっと違うかな。小説の恋愛って、純愛でも、初恋でも、悲恋でも……どんな結末になろうと、すごく綺麗な終わりになるの。私はそう思う。……両思いになって、付き合うことになる。片思いのまま、想いを告げられずに引きずってしまう。一方通行のまま、それが敗れて終わってしまう。相手を想ってるのに、通じずに終わってしまう。両思いになれたのに、その末にひどい別れ方をしてしまう。すれ違いのせいで、熱が冷めてしまう。困難を乗り越えた末に、めでたくゴールイン……その全てが美しくて、儚くて、淡くて……それが、こう……憧れちゃうなって……」
うまく言葉にできないな、と足して、言葉を締めた。
伝わったような、いまいちわからないような……。でも、何となくわかった気がする。
「春風くんも、本好きだよね? どんなの読むの?」
香月はその問いを僕に返して来た。
「僕は、僕が面白そうと思えば、小説なら何でも読むよ」
「好みのジャンルとかないの?」
「特定であるわけじゃないけど……あ、説明不足でイライラしたり、あんまり訳わかんない内容だったり、SFとかは読まないかな」
「読まないジャンルはあるんだ」
だって何かイライラするし、理解できないし、SFなんて壮大すぎて何が言いたいのやら。
「好みのジャンル……は、やっぱ特にないかな。あ、でも恋愛系とかほのぼの系はちょっと多いかも。でも、面白そうと思ったら買っちゃうし。しかも僕、買って満足しちゃってなかなか未読のやつに手が伸びないから溜まってって……もう積ん読もすごいわ」
「そうなんだ……どれくらい積んでるの?」
「あー……大雑把に二六〇冊程?」
「そんなに!?」
驚きだよね。僕自身驚いてるよ。蔵書家ならぬ増書家、なんつって。
「すごいね……」
コメントしづらい。
そんな会話をしてると、前から自転車が。
……この道は狭い。このままだと、ぶつかりはしなくても、危ないかもしれない。
そう思い、香月の手を離して、肩付近を掴み引き寄せる。
「……え……?」
すると香月が声を漏らした。不意な僕の行動に驚いたのだろう。
「あ、すみません」
自転車に乗った女性が「ごめんなさい」と「ありがとう」の意味を込めて、こちらに少し頭を下げる。
そして向こうに走り去っていった。
……てか映研が撮影のために封鎖してるとかしてないのか。
まぁ大学のサークルにそこまで求めるのはダメか。
「大丈夫?」
「……え、あ、うん……」
香月の肩から手をどけ、また手を繋いで歩く。しかし今度はさっきと反対側の手で繋いでいる。車が通る方を女子に歩かせるわけにいかん。って、そういえば慶から言われていた。ここでまさかの慶からの助言を思い出すとは……。
「あ、あの…………」
「ん?」
「………ありがと………」
俯いた状態で、か細く、香月は礼を告げる。
「……おう」
…………小っ恥ずかしいこと、しちゃったな……そういえば……。
また手を繋いだばっかの状態に戻って、互いに違うを方を向いてしまう。
とそこで、
「カーット!」
メガホンから発せられるカントクさんの声。
…………そういえば、撮影中だった……?
香月は前を向いたまま硬直。僕は錆びたロボのようにギギギと音を立てて振り返る。
「いやぁ……最高だったよ!」
すごく満足といった顔で、称賛の言葉を発し、僕たちの方に歩いてくる。
「もう一発OKだよ。途中までは「大丈夫か?」って思ってたけど、最後の最後、ちょうど君たちが映るシーンで決めてくれて……もう言うことなし! 偶然とは言え、最高のシーンだったよ! あー! これが君たちが主役なら……っ」
何かを悔いてる。知ったこっちゃない。それとそれはあっちの主役二人に失礼だ。そしてあれを見られてたのかと思うと恥ずかしい!
ていうかやめて! その映像、今すぐ消して! やっぱりすげぇ恥ずかしい!
「取り直しません?」
一応、ダメ元で提案してみる。
「何言ってるの? しないよ?」
即答だった。取り直しなんてありえないといった風な口ぶりだった。
「背景ではただ手を繋いで歩いてるだけのカップル……だけどちょうどヒロインが二人を見たときに、肩を抱き寄せて自転車から彼女を守る彼氏……そして恥ずかしさから頬を染めるも、また手を繋いで歩いていく二人…………すごくいいシーンになったよ!」
やめて! そうやって褒めんのやめて! 超恥ずかしい!
恥ずかしさで死んじゃうよ!
「このシーンは、絶対に使わせてもらうからね」
想像以上にいい出来になるぞ! とカントクさんは意気込んでいる。そして僕たちに背を向けて、カメラの方に戻っていった。
もう、ホント、やめてください……。
背後にいる香月に視線を送ると、ってあれ? いない。
と思って周囲を見回し、違和感から下に目線をやってみると、
「――――――――」
しゃがみこんで、顔だけでなく首までも真っ赤に染め上げて、頭から湯気を出している香月の姿があった。
「香月?」
両手で頬を挟み、何やらをぶつぶつと唱えている。
えっと……どういう状況?
「あらら……香月、オーバーヒート?」
いつの間にか近くに来ていた佐藤さんが、香月のそんな姿を見て「やれやれ」と零してそう言った。
「えっと……これは?」
「気にしないで。嬉しさと恥ずかしさとが入り混じってるだけだから」
佐藤さんも同じようにしゃがみ、香月の背中をポンポンと叩く。
「おつかれ~」
そこに陽斗登場。
もう爆笑したくて堪らない、と言いたげなそのにやにやが腹立たしい。
「よかったぜー。まさに恋人って感じ」
「やめろ」
肘で陽斗の腹を軽く突き、言葉でも制する。マジでやめてほしい。
顔の熱引かねぇ……。まだ熱いままだ。
「恥ずかしいのはわかっけどさ、本当にいいシーンだったぞ。あれを改変しようとすることは、まずないな。あれはあのまま使用する」
小声で僕に告げる。
映画のワンシーンに、なってしまうのか……あれが……。
もう、四つん這いになって項垂れたい。
「今日はもう、帰っていいぞ。撮影は終了だ。残りはサークルメンバーだけで回せる。今日はありがとな」
じゃあな。そう言い残して立ち去った。
これだけのために呼ばれたのか……恥ずかしい思いしただけじゃねぇか!
「……帰るか……」
そう言って、香月を立ち上がらせて、僕たち三人は公園を後にした。
そこからの帰り道。僕と香月の間に佐藤さんが入り、話をしようとしてくれたのだが、さっきまでのことが頭に残ってしまっていて、僕はその恥ずかしさから、それに参加することができなかった。