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春の風と香る月  作者: 寝台ひつじ
7/13

英語

 目的地へと向かう電車の中、四人で同じ車両に乗り、全員立った状態で揺られている。そんな中、

「ねぇねぇ。ハルカゼくんは何が好きなの?」

 香月の友人――名前忘れた。何だっけ――に話しかけられていた。

 ……質問が大雑把過ぎて何を聞きたいのかがわからない。

 とりあえず「例えば?」と聞き返してみる。

「例えば……好きな色は?」

「色? あー……緑系」

「好きな動物」

「動物……トラかな」

「好きな花は?」

「何で花…………桜だな」

「好きな事」

「事? えーっと、読書」

「好きな建物」

「建物!?」

 まさかのチョイスに驚愕した。

「興味ねぇよ」

「好きな乗り物」

「……それもない」

 子供か。

「好きな食べ物」

「ラーメン」

「即答!?」

「特に味噌」

「しかも種類まで!」

「真の味噌ラーメンにはチャーシューやメンマじゃなくて、野菜炒めが乗ってるべきだと思う」

「そして細かい!」

「コーンはあってもいいけど、なくていいかな」

「それはどうでもいいかな!」

 ボケたらツッコミが返ってくる。いいねぇ、この流れ作業。こういうの好きだ。

 今の流れに満足している僕に対し、ツッコミをしてきた……えっと、鈴木さん? はなぜか少し疲れたような表情をしていた。

 いや違ぇな……鈴木じゃない。でもそういった日本ではメジャーな名前だったと思うんだけど……。

「……じゃあ、好みのタイプとか」

 何聞いてんの、この人。ガールズトークでも、恋ばな会場でもないよ、ここは。

「お、それは俺もちょっと興味ある」

 興味を持つな。

「……………………」

 これに反応して香月が上目遣いでこちらを見る。あんたも興味津々か。

 好みねぇ……。考えたことないな。

 そうだなぁ……。出来れば、少し小柄な方がいいかな。そんで、胸も小さいほうがいい。それとちょっと恥ずかしがりで、仕草が可愛くて、声も可愛い感じで、子供っぽいところがあって、でも僕を支えてくれて、引っ張ってってくれる人、かなぁ。あと僕という一個人を受け入れてくれることかな。

「…………まぁ、僕自身が消極的だから、少し積極的に引っ張ってってくれる人がいいのかな、たぶん」

 思い浮かんだ中から恥ずかしくないと思えるところを抜粋して伝える。まぁ、自分でも好みがよくわからんから、最後に「たぶん」なんて付けてるけど。

「「ほほう」」

 僕が思う、自身の好みのタイプについて答えると、佐藤さん――そうだ佐藤だ。思い出した――と陽斗が目を一瞬きらんと輝かせて、香月の方を見た。

 …………香月、関係あるのか?

「んじゃあ、逆に嫌いなタイプは?」

「はぁ…………何を聞きたいんだよ…………」

 呆れたように呟き、そして考える。

 嫌いなタイプ……。あんまりうるさいのは嫌だな。胸が大きいのも好かない。子供っぽすぎるのも、大人っぽいのも面倒臭そう。縛られるのも嫌だ。短気も、暴力的なのも、あんまりベタベタと引っ付いてくるのも、しつこいのも、嫉妬深いのも、個人を自らだけの物にしようとするのも、やたらと連絡してくるのも、何でも言うことを聞くと思っているのも…………って嫌いな方は上げてったらキリねぇな。

「……とりあえず、あんまベタベタされんのはちょっとかな」

 そう言うと今度は「残念だったな」とでも言いたげに二人共が香月の肩に手を乗せた。

 何なんだよ。……てか陽斗、お前それ、セクハラじゃねぇのか?

 そんなことしている間に目的の駅に到着し、四人揃って電車から降り、改札を抜けて、僕が目的とする手芸店へと向かう。

 男子二名が先行して歩き、その後ろに女子二名。という構図で歩いている。そしてそれぞれが会話中。

「んでさ~――――」

「へー、そっか……」

 陽斗との会話を途切らせ、後ろに視線をやる。

「それでそれで?」

「え、えっとね………」

 二人も会話を楽しんでいるようだ。……一方的に佐藤さん――でも下の名前を思い出せない――が興味津々に質問攻めしてるようにも見えるけどね。

 しかし、距離があった。香月と佐藤さんにではない。僕たちと、香月たちとの間にだ。人が多いわけではないので、その距離が目に見えてわかる。

「……陽斗、少しゆっくり行こう」

「ん? あぁ。そうだな」

 その言葉だけで僕の意図を察してくれた。ありがたい。そして僕たちはスピードを緩めて歩く。

 するとすぐに女子二名は僕たちに追いついた。

 しかしそれには気づかないふりをして僕たちは会話を続ける。

「んでそれからどうした?」

「あぁ、そんでな――――」

 へー、ふーん、と陽斗の会話を聞いていると、後ろから視線を感じ、ちらっと盗み見る。

 その視線は、香月と佐藤さんの両方から向けられていた。

 そして小さな声でひそひそとやりとりを始めた。それはいつもと同じように、僕の耳には届かなかった。

「――――ねぇ」

 ひそひそ話が終わったらしい佐藤さんから声をかけられた。

 僕たちは二人して、前に歩いたまま後ろを向き、さらに速度を落として二人を挟むように並ぶ。

「何だ? どうした?」

 聞き返したのは、陽斗だ。

「ハルカゼくん」

 しかし用があったのは僕の方だった。陽斗は表情が固まってしまっていた。笑顔で聞いたため、その笑顔が張り付いていた。うわぁ、ショックだったのか……。いやこいつはそんなキャラじゃなかったと思うが。……あ、じゃあ演技か。

「な、何?」

 でも何となく可哀想な気がして、汗を流してしまう。まぁそれはもう気にしない。

「動物何が好きって聞いたとき、トラって言ってたけど、何で?」

 それ今聞くことかな? どうでもよくない? 理由って必要なの?

「別に特に意味は……かっこいいからってだけだけど……」

「へー」

「それと、動物は割と好きだから、トラが特別好きってわけじゃない。その中であえて一番を選ぶならば、ってだけで……」

「ふーん、そうなんだ」

 佐藤さんの方が聞いてくる割には、むしろ僕の答えを聞いているだけの香月の方が興味津々だった。何でだ?

 ちなみに、僕は気持ちが変わりやすい。今はトラが好きだが、前まではオオカミが一番だった。これにも特に理由はないが。ついでに言うならば、小学生の時はカモノハシが好きだった。

 さらに言うなら人は嫌いだ。いや嫌いというよりも苦手に近いが。どう接したらいいかわからないし、対峙するのも怖いし恥ずかしい。そして人ごみは避ける方だ。ウザったいから。

「他にはどんな動物が好きなの?」

「そうだな……オオカミ、ライオン、ネコ、ニワトリ、ヒツジ、カメ、ワシ、コアラ、カピバラ、サル(人以外)――――」

「あ、えっと、もういいかな……」

 指を折り、折り返しながら動物を上げていると、カピバラのあたりで食い気味に告げられた。聞いてきたのそっちじゃん……。

「ところで、カピバラって?」

 知らないのか。少し前にカピバラをキャラクター化したものが流行ったのに。

「カピバラってのは、まぁ簡単に言えば世界最大のネズミだ」

 詳しく知りたきゃ自宅帰ってググれ。

「そうなんだ……」

「そんなこと聞いてどうすんだ?」

「ん? 別に? ねっ」

 と香月に同意を求め、それに香月自身は戸惑ってしまった。何このやりとり。噛み合ってないんじゃない?

 そんな感じで、手芸店にたどり着いた。

 僕は入店するなりビーズコーナーを探し始める。僕って集団行動、向いてないのかも。

 三人を置いて店内の徘徊、しようと思ったらすぐに見つかった。

 コーナーの中でも、ビーズが色毎に売られているところではなく、ビーズ製作キットになっているコーナーの前に張り付き、しゃがんで見る。

「へー、結構種類あるんだね」

 三人が追いつき――そもそもそんなに離れていなかったが――その壁を同じように見る。

 キットには、ネコやイヌといった定番の動物ものや、四神シリーズ、福を呼ぶアイテムシリーズ、和風小物シリーズのようなシリーズものもあり、種類が豊富にあった。これなら期待できるかもしれない。個人的に興味あるものもある。

 あ、これ作ったことあるな。あの時はあんま上手くいかなかったけど……今やったらもっと綺麗にできるかな?

 これは……このタイプのやつは苦手なんだよな……。出来れば選ぶのはこれ以外にして欲しい。

 ビーズキットに触れながらそんな風に考える。

「あ、これも可愛い」

「こっちもいいなぁ」

 などとコメントを口にしながら選んでいる。佐藤さんは鳥系、香月はネコと言いながらも、それぞれ違うものにも目をやり「これもいい。あれもいい」と、とても悩んでいるようだ。

 ビーズを食い入るように眺めている二人を、一歩後ろから見守る。というか決めるなら早くしてくれ。

「うーん……俺も何か作ってもらおうかな」

「何でだよ。自分で作れ」

「無理」

 笑顔で即答……。何かムカつくな。

 それから数分後。香月が持っていたのは、丸まって寝ている三毛猫のビーズキット。佐藤さんは、ネギを背負ったカモのビーズキット。そしてなぜか陽斗がリスwithテニスラケットのビーズキットを持っていた。

「お前は違うだろ」

「別にいいじゃん。二つも三つも変わらんて」

 僕の負担が変わるわ!

「はぁ……じゃあ買ってくるから……」

「え、お金くらいこっちで…………」

「いいよ。気にすんな」

 香月の眠り猫と佐藤さんのカモネギのビーズキットをその手から奪い取り、レジへと向かう。ちなみに僕の手にはもうひとつ違うキット――お座りをしてる柴犬のビーズキット――があり、これは僕が個人的に作りたいだけ。

「あれ、俺のは?」

「作って欲しけりゃ自分で買え」

 冷たく突き放してやる。僕だってそんなに裕福じゃない。

 レジに並び、ビーズを買って、二人の元に戻る。ちなみに陽斗はさっきのビーズキットをそっと戻していた。

 そして店から出るか、という時になり、

「先行ってて」

 と踵を返し、店内へと戻っていった。何しに行ったんだ?

 そして待つこと数分。出入口付近で待っていると、香月が店外に出てきた。

「え、あれ? 先行っててって言ったのに……」

「何買ってきたのー?」

 僕たちが待っていたとこに驚いた香月に対し、佐藤さんが容赦なく購入してきたものを聞き、紙製の小袋をひったくろうとする。やめなさい、破けたらどうするの。

 しかし佐藤さんの手が紙袋に触れる前に、香月はさっと背後に隠してしまった。

「な、何でもいいでしょ……!」

「ん? なにぃ? 隠すようなものなの?」

 にやりと笑い、からかうようにしてにじり寄っていく。

「え、いや……えっと」

「そうじゃないなら見せてよー。教えてよー」

 その秘密らしいのものを無理にでも見てやろうかと寄って行き、そのブツを狙う。

「はぁ……嫌がってんだから、やめなよ……」

 その光景を見ていて、愉快なものではなかった。本人は嫌がってるんだから、それを無理に聞き出そうとしたり、見ようとしたりするのは……ムカつく。イライラする。腹立たしい。やめろ、って言いたくなる。

 でもそんなことを口にしない。恥ずかしいし、そんなことを言う度胸もない。

 だから、言葉で制するだけ。やめなよ、と注意するだけ。

 …………僕は本当に、面倒臭がりで恥ずかしがり屋の、臆病者のチキン野郎だなぁ。

 しかし、その一言は結構不機嫌に取れるような、低音の声で言ってしまった。やばいな。……今、後悔してる。

「そうだ。いくら親しくても……『親しき仲に礼儀あり』ってな」

「わ、わかってるよ。ちょっと面白かったから、さ……。本気ってわけじゃないよ」

 陽斗が僕の言葉に続いてくれたおかげで、少し柔らかく受け止めてくれた。サンクス、陽斗。

 そして「行こうか」と告げて歩き始める。

 また二人が前、二人が後ろという形で、駅に向かって歩く。ただしポジションはさっきと違い、前二人は僕と香月、後ろ二人が陽斗と佐藤さん。

 後ろの二人は会話が弾んでいるようだが、僕たちは違う。特に話す内容がない。話せることもない。共通のこともない。…………いや最後のはわからないか。そんな話しないし。

 とにかく、会話はない。

 でも…………。

 隣を歩く女子に目を向けると、

「ぁっ――――」

 なぜかこっちをちらちらを盗み見ている。そして視線が合うたびに慌てて逸らす。

 何だこれ。

 それにさっきから顔が赤いけど……大丈夫かな。熱とか?

 そんなやりとりをしていると、後ろから視線を感じ、そっちを見る。

 そこにはにやにやと楽しげに僕たちを見て笑う陽斗と佐藤さん。…………何がそんなに面白いんだ?

「ねぇねぇ、二人共!」

 するとそんな佐藤さんから声がかかった。

「今ミノくんと話してたんだけどさ」

 どこかの有名司会者みたいな呼び方やめなさい!

「これからみんなで飲みに行こうよ。香月ももう二十過ぎてたよね?」

「え、うん……誕生日ならこの前……」

「そうだったのか? おめでとう」

「おめでとう」

「あ、ありがとう……」

 知らなかった事実を前に、陽斗が驚いて祝う。それに続き、僕も一応言っておく。

「ってわけで! 飲みに行こうよ」

 …………飲みに行くのは決定事項なの?

「僕酒飲めないだけど」

 三人で行くなら別にいいけどね。

 そう思って僕が飲めないことを言うと、

「え? そうなの? 酒乱とか?」

「お酒、弱いの?」

「実は脱ぎ癖があったり?」

「飲んだら頭痛くなるとか?」

「飲んだらやたらとキスしまくったり?」

「吐き気がするとか?」

「女の子口説きまわっていくとか?」

 想像力豊かですね! 特に佐藤さん! んな事するか! …………酔ったことないからわかんねぇ………。

 んで香月は心配してくれてんだね、ありがとう! でもすごいわ! たった一言でそこまで思いつくなんて。

 ……ただ飲めないって言っただけなのに。何それ。すごいな。

「別に弱いとかじゃないけど……飲んだことないし」

「へー、そうなんだ」

「じゃあなんで飲めないなんて……」

「僕、まだ未成年だし」

「…………へ?」

 だから飲んだことないし、飲めない。飲酒は二十歳を過ぎてから。これは法律で決まってること。未成年者飲酒禁止法。それはタバコの同じ。そっちは未成年者喫煙禁止法。

「まだ二十歳じゃないの? 実は一年生?」

「違う」

「じゃあ飛び級?」

 そんな制度、日本にはなかったと思うが。………………あったっけ? まぁいいか。

 というか、誕生日がまだ来てない、とは考えないんだな。

「早生まれなだけだよ」

「あ、そうなんだ。ちなみに誕生日はいつ?」

「三月三日」

 子供の頃は違う日に生まれたかったと思ってた。だって女の子の日に生まれるとか、カッコ悪いじゃん。どうせなら五月五日に生まれたかった。そんなふうに思ってた。でももう気にしてない。というかもうどーでもいい。

 むしろこの日でよかったかもと思うようになってきた。だって三月にはもう春休みに入るから、祝われなくて済む。

 正直言って、祝われるのはあんまり好きじゃない。面倒だし、うるさい。サプライズで「ハッピーバースデー!」とかやってたりするけど、あれも嫌いだ。うざい。サプライズパーティとか、こっちを祝う目的があっても、それ以上に自分たちが「サプライズ成功イェーイ」って盛り上がりたいだけじゃん。面倒臭い。自己満足でサプライズして、それでこっちも喜んでもらえてる、とか思って……そういうの嫌いなんだよ。サプライズなんて何がいいんだ。邪魔くさい。誕生日とかの祝い事なんて、そんな大々的にやって何が楽しいんだよ。そんなもん「おめでとう」の一言で十分だ。その相手が特別な相手とかじゃないならさ。

 まぁ、そのおかげで祝われることもあんまなかったけど。僕的には「おめでとう」で十分だからよし。友達とかからのプレゼントは、貰えればいいけど、安くていい。というか、なくてもいい。

 閑話休題。

 そんなわけなので、まだ僕は未成年。十九ですよ。二十歳になるのは来年。だから飲酒なんてしません。

「ひな祭りなんだ。覚えやすくていいね」

 そう言うと香月を肘でついて「ねっ」と同意を求める。何でだ?

「あ、ちなみにあたしの誕生日は六月十七日。で香月は九月二十五日だからね」

「そうか」

 ……でもその情報、いるか?

「そんで俺は十一月二十三日ね」

「どうでもいい」

「お前、友達に対してヒドくね?」

「ヒドくねぇ」

 それに知ってるし。忘れてたけど。

 まぁとりあえず、六月十七日と九月二十五日に印か何か付けとかないと。

 そんなことを思って、記憶しとく。…………どうせ忘れる気がするな。

「陽斗。覚えといてくれ」

「あとでメールしようか?」

「頼んだ」

「頼まれた」

 小声で陽斗に頼んでおく。頼りになるぜ。サンキュー。

 よし、これで大丈夫。大丈夫…………だよね?

「それで、どうすることになったんだ?」

 スマホを片手にいじりながら、陽斗がこの後のことを聞く。早速メールの準備ですか。ありがたいな、本当に。

「あれ? 十一月ってことは、箕輪くんもまだ……?」

「そいつは専門を卒業して来てるから、もう二十過ぎだ」

 陽斗は今の大学に入る前に違うところに入学して、卒業している。だから人生の先輩ではある。でもそんな感じ全くしないし、今は同級生だからタメ口だけどね。

 そうなんだ、と呟くと、今度は僕の方に向いて、佐藤さんが聞く。

「ねぇ、ハルカゼくん。飲まなくてもいいから行こうよ」

 ていうか、さっきまで僕たちが何してたか覚えてないのか?

 ………………何してたっけ? あぁ、そうだ。ビーズのキット買ったんだ。

 そこから導き出される答えは――金がなくなった。

「いい。僕は行かない」

「えー、何で?」

 さっき買ったビーズキットが入ってるバッグを軽く叩いて言う。

「ビーズ。早めから作り始めたいし」

 あれ作るの、意外と時間かかるんだよね。そりゃまだ素人だし。時間かかるのは当然だけど、途中ではなかなかやめられないから、早めに作り始めないと。夜中から始めちゃうと寝る時間が短くなる。いや別にそれでもいいんだけどね。

 この理由は、ただ飲みへの断りの理由として、利用させてもらっただけだ。

 本当は、ただ面倒なだけ。飲みに行くのも、そのあとのことも、いろいろと面倒に感じるだけだ。

「そっかぁ。じゃあしゃーないね。帰ろっか」

 僕抜きで行けばいいのに。

 でも、佐藤さんがそう告げたことにより、その場の雰囲気は帰宅モードへと変わったので余計なことは言わないようにする。

 それから僕たちは帰るために駅の方面に歩いていく。

 と、その途中で、声をかけられてしまった。

「Excuse me」

 外国人に。…………何でだ。

 その声に立ち止まり、四人揃ってその方を見る。するとその人はペラペラと話しだした。

「I want to go to the flower shop. Could you tell me where I can find a flower shop?」

 ……面倒だなぁ。

 ここは英米語学科の二人に任せようか。そう思って二人の方を見ると、

「え……ウェア……あ、どこか。えっと…………」

「フラワーショップ……花屋さん?」

 二人は外国人から発せられる流暢な英語に、ただただ困惑していた。ってそこからか! レベル本当に低いな! それでよく英米語学科に入ろうとしたな、てか入れたな!

 ネイティブな英語は聞いたことないのかな……?

「How should I go?」

 しかし、なおもそれを聞いてくる。

 …………あー、わかってないってこと、伝わってないのかなぁ……。むしろ英語を理解してくれてる、頑張って伝えようとしてる、と思ってるんだろうなぁ……。

 はぁ……面倒だなぁ。

 ため息をついて、

「Sorry. Wait a minute」

 外国人に一言告げて、陽斗に顔を向ける。

 あれ? 合ってたかな? Wait a second、だっけ?

 まぁ、いいか。

「僕、ここあんま知らないんだけど、花屋の場所わかるか?」

「ん? おぉ。わかるぞ」

 僕が聞くと、陽斗はここからどうやって行くのかを、わかりやすく教えてくれた。

 それに礼を告げ、その人に向き直る。

「Go straight this way and turn to the right at the second corner. And turn to the left at the next corner. There is that in the place nearby immediately」

 道を指しながら、陽斗から教えてもらった行き方を、覚えたままに伝える。……英語、合ってるかわからんけどね。

「Oh, thank you! アリガトウ。See-ya」

「Bye」

 外国人は手を振り、僕が指した道を歩いて行った。よかった。伝わったみたいだ。

 ……しかし、花屋なんてあったんだな、ここらへん。少し遠めだったけど。いや意外でもないか。

 外国人がいなくなると、なぜか僕の背後に回っていた三人の方を向く。

 陽斗はにやにやと笑い、女子二人は呆けた顔で驚いていた。何でだよ。てか見んな。

「春風くん……すごいね」

「ハルカゼくんって、ホントに英語出来るんだ……」

「スゲェな、ハル~。流石だぜ」

 三者三様のコメントで、驚きを表していた。うわ何か面倒臭っ。

「ち、ちなみに、ハルカゼくんは大学の英語の授業って成績どうだったの?」

 いや英米語学科とうちの学科じゃランクが違うだろ……。

「ランク違うと思うけど……」

「いいから!」

 何がですか……?

 えっと……この前見たときは……どうだったかな。

「SとかAとかだったと思うけど……」

「嘘! マジ!? すごっ!」

 驚きすぎだろ……。

「学科違うくせに!」

 関係ねぇ…………。

「春風くん、何で英語得意なの?」

 得意じゃないってのに。最初に会った時も言ったじゃんかよ。忘れんなよ。

「こいつの出身校、そういうとこだったらしいからな」

「そういうとこ?」

 勝手に話すなよお前……。説明しないといけなくなるじゃん。面倒臭い……。

 陽斗の言葉を聞いて、香月と佐藤さんが興味津々な視線を僕に向ける。その顔には「どういうこと?」「話聞きたいな」と書かれていた。

 ほらぁ……ったく、面倒臭いな……。

 僕は、インターナショナルスクールの出身だ。と言っても国内にある学校だが。

 小学校を卒業して、中学からはその学校に通っていた。その学校は、カナダの教育制度に準拠した授業を行う学校で、国語なんて授業はなく、ESLと呼ばれる英語の授業があり、数学も、社会も、理科も、体育も……授業というもの何もかもが英語で行っていた。数学の時は、足し算引き算割り算掛け算といった小学校で習うものから英語で教わった。先生は全員がどこか外国の人で、カナダ人やらオーストラリア人やらイギリス人やら……。所謂(いわゆる)職員室――僕たちは事務室(オフィス)と呼んでいた――には日本人はいたのだが、そこでも基本は英語での会話を求められていた。普通に日本語使ってたけどね。そして生徒同士では普通に日本語での会話。だって英語とかたるいし。

 んで、エスカレーター式に高校に上がったから、高校でも同じインターナショナルスクールに通っていた。あそこは小中高と一貫だ。僕は中学からだったけどね。

 ちなみに音楽の授業はなかった。校歌も知らない。あったのかな。

 とにかく、そんなわけで、そんなとこに通ってたから、僕は漢字というものがあんまりわからないし、国語は習ってないから文章力も弱いし、慣用句だなんだとかもわからない。逆に二次方程式とか中高で習うような、何か専門用語的なものは全て英語で教わったから、日本語で言われてもわからない。

 そして英語は英語で、あんま好きじゃないから苦手。文章とか合ってるかどうか謎。じゃあ何でそんな学校行ってたんだって話なんだけど。学校を出てからほとんどの英語の知識も忘れたけどね。もう意味ないったら……。

 まぁおかげで英語も日本語も、どっちにしても合ってるか謎だけど。

 ちなみに、慶もこのインターナショナルスクールの出身で卒業生だ。僕は高校で付いていけなくなって二年の夏に中退したけどね。慶はそこを卒業して、その流れでカナダの大学に行っている。ホント、僕と違って優秀だ。

 そして僕は中退して、高卒認定を受ける、と。

 後から母さんに聞いたところ、あの学校の卒業生は、ほとんどが外国の大学に進学していくらしい。僕みたいに中退して、高卒認定を受けたのは異例だそうだ。

 閑話休題。

 とにかく、簡単に僕がどんな学校に行ってたかを伝える。

 国内にあるカナダのインターナショナルスクールに通ってた。そこでは全ての授業が英語で行われていた。先生はみんな外国人だった。なので不本意にもそれなりに英語ができるようになってしまった。以上。

「へー、そうなんだぁ」

「そりゃ英語得意にもなるよ」

 何度も言っているように、英語は得意じゃない。むしろ苦手だ。

「そんなことはどうでもいい」

 それよりも僕は言いたいことがあった。

「二人は、英米語学科なんだよな?」

 二人が外国人を前に、他学科の生徒よりも話せなかったことだ。

「何で僕に任せた?」

「え、だ、だって……」

「英語、苦手だし……」

 それで何で英米語学科に入った!

 そう強く怒鳴りたくなった。でも言わない。そんな度胸ないから。

「それでも、チャレンジするくらいはしなさい!」

「でもー……」

 全く……。

 これ以上は特に言わない。言うことがわからなかったから。

「で、さっきの質問の意図くらいはわかったよね?」

 英米語学科だし、何を言っているか理解をしようとはしてた。なのでなんとなくでもわかっていたと思う。思いたい。

 しかし……。

「……………………」

「……………………」

 僕の意図と反して、二人は目を逸らして黙ってしまった。

 理解もできてなかった!

 ちなみに陽斗にも聞いてみたら、

「俺がわかるわけないじゃん」

 とケラケラ笑いながら答えられた。うん、わかってた。

「でも、花屋の位置を聞いてたんだろ? お前の反応を見たとこ」

「あぁ」

 あの人が言っていたことは、

『花屋に行きたいのですが、場所はわかりますか?』そして『行き方を教えてください』

 的な感じ。

「それに対して、僕がなんて答えたかはわかる?」

 その質問に対しても、視線を彷徨わせてだんまり。

 僕が答える前に陽斗が日本語で説明してたんだからわかってろよ。

『この道を真っ直ぐ行って、二つ目の角を右に曲がってください。そしてその次の角を左に曲がって、すぐのところにあります』

 みたいな感じで答えたと思う。たぶん。

「本当にダメなんだな。英語」

「うぅ…………」

「ごめんなさい…………」

 謝られても困る。

 はぁ…………もう、面倒だなぁ。

「まぁまぁ。別にこいつだって本気で怒ってるわけじゃないし……」

 そこで現れる陽斗。それに対しての反応は、

「わかってるわよ」

「本気どころか、怒ってもないよね」

「なーんだ」

 コントか。って一瞬思ってしまった。どこがコントに見えるんだか。

「それじゃあ帰ろっか」

「うーす」

「そうだね」

 佐藤さんの言葉に、陽斗と香月が答える。僕は無言でついて行くだけ。返事するのが面倒臭かったから。

「それじゃああたしはこっちだから」

「俺はこっちー」

 二人はそれぞれの目的駅に向かう方面の電車に向かい、僕と香月がその場に残された。解散早っ。

「はぁ……じゃ、帰るぞ」

 僕たちは同じ方向に行くのだから、こうなるのも当然なんだけどね。

「あ、うん」

 そして改札を抜けてホームに立つ。

 少しすると電車が来て、停車する。ちょうどいいや。これ、鈍行だし、一本で帰れる。

 まぁ、急行でも準急でも僕は帰れるけどね。鈍行だと、その分読書の時間が伸びる。

 と、いつもならそう思うのだろう。しかし、今は隣に香月がいる。

「よかったね。座れて」

「そうだな」

 だから本は読めない。読まない。だって失礼でしょ?

「それにしても、本当にすごいね。あんなに英語ペラペラで。羨ましいな」

「別に、そういうとこにいたから慣れてるってだけだよ」

「それでもだよ。すごいと思うなぁ」

 感心するような、羨ましそうな顔を、僕に向けて言う。

 他人(ひと)にそうやって言われるの、苦手なんだよなぁ…………。

「言っとくけど……僕は、あの学校でも劣等生だったんだよ?」

「えっ! 嘘ぉ!」

 こんなこと嘘ついても意味ないだろうに。

 僕は、自分のことを過大評価しない。しかし過小評価をするときはある。だって本当にそうだから。他から見たらどうかわからないけど、僕からしたら、僕なんて劣等生だ。何もかもにおいて。やる気ないし、絞り出そうともしない。ちなみに学校の成績表の見方もわかってなかったから、僕が実際にどの程度のランクかは知らない。

 それと自信もない。常に失敗を恐れてる。失敗から学ぶことがあるのはわかるけど、でもその前に、失敗してしまうことを恐れてしまって、何にも挑戦しなくなってしまった。

 まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど。

「高校に入っても二年の前半でついて行けなくなって、夏休み終わりに自主退学。そっからは塾通いして……っていう午後中心の生活になったから、深夜過ぎまで起きてんのに慣れて、それが普通になったし……」

 とつい別に言わなくてもいいことまでベラベラと喋ると、

「……………………」

 香月が驚きに満ちた顔で僕を見ていた。何でしょうか?

「……何?」

「春風くんって……すごいんだね」

 一体今の話の何がすごいと思えたのだろう。

「高卒認定ってすごく難しいって聞いたよ? もしかして春風くん、頭いい?」

 んなわけあるかいな。頭良ければ、普通に卒業してるっての。その後はどうしたかわかんないけど。

「塾でのみの勉強で、付け焼刃だったから。もうほとんど忘れたし、むずいかどうかもわかんねぇ。だから知らん」

 大体僕は自分の偏差値も、大学の偏差値やら倍率やらも、何のこっちゃわかんない。この世の中、僕が知らないことだらけなのはわかってたけど、一般人の知識にも満たないからな、僕の脳は。

 僕に一般常識は、ない! 自信持って言える!

 ………………自慢できることじゃねぇな。

 こんな話をしている間に、電車は発車し、次の駅へと向かっていた。

 まぁ、そんな話はどっかの底なし沼にでも放り捨てて。

「それにしても、飲みに行けばよかったのに。僕のことは気にしないで」

 帰ろうかと言い出したのは佐藤さんだったが、三人でも行けばよかったのに。

 今言っても、もう遅い。だから言うんだけど。

「わ、私も、二十歳になったのは最近だし。お酒はまだ慣れてないから、どのくらい飲んだらとかわかんなかったから……」

 限度がわからないから行かなかった。って言いたいのだろうか。

 でもそれなら今回みたいに友達同士で飲んで、飲むのに慣れて、それで限度を知った方がいいんじゃないだろうか?

 あまり知らない誰かと――例えば何かの打ち上げとかで――飲みに行くよりは、多分その方がいいような……。

「ふーん。そっか」

 心に思うだけで言わない。そんな勇気はないから。言うのが何か、恥ずかしかったから。

 でも、やっぱり口だけで、本当はどう思ってんだろう、とか。そんなふうに考えてしまう。僕は、変なところで人を疑う。何でかな。

 でもそんなことは、まぁ、どうでもいい。

「たぶん。僕は居酒屋に行こうと思わないけどね。行きたいとは思うけど」

「え、何で?」

「タバコ、嫌いなんだよね」

「そうなんだ。居酒屋ってタバコ臭いイメージあるもんね」

「あぁ。だから」

 うちは家族揃ってみんなタバコ嫌いだ。死んだじいちゃんは吸ってたけど、父さんも母さんも、それに続いて慶も僕も嫌いだ。母さんなんかタバコの臭いを嗅いだだけでも頭痛がするらしい。父さんは飲み会か何かで居酒屋とかタバコの煙もくもくのとこに行ったりするけど、よく我慢できるなと思う。

 タバコなんて、麻薬と同じじゃないか。

 あんな麻薬の何がいいんだと言うのだろうか。ただただ体に害にしかならず、悪影響しか与えない。しかも自分よりもその周りにいる人たちへの被害の方が大きいという、超傍迷惑(ちょうはためいわく)な有害物質。

 自宅で吸って勝手に体を悪くして、勝手に通院生活になるのは別にいい。それなら被害は自分とその家族までで収まる。

 しかし歩きタバコとか喫煙所とかすごく迷惑。自己の満足でタバコ吸って、そんで周りに悪影響を及ぼすんだから本当に超迷惑。大人なんだから主流煙とか副流煙とか受動喫煙とかって言葉くらい知ってんだろ。

 日本の“分煙”のシステムとか間違ってると思う。あんなもん、愛煙家への友好措置であって、嫌煙家のことを全く考えていない。こちらからすれば、どうせ煙も臭いも流れてくるんだから意味はない。どうせそんなことするんなら徹底的にしてほしい。

 タバコなんて、この世から消えてなくなるか、税を上げて大金奪ってやればいい。だって時には人の命も奪うような代物だ。それぐらいはして欲しい。

 …………と言っても、どうせ国の政治を動かす奴らが、そんなタバコ中毒者ばっかだから、んなことしないだろうけどさ。ちっ。

 体に害があるものとして、酒も挙げられているが、そちらはむしろ少量なら飲んだほうが体にはいいらしい。理由は忘れたけど、何かによる死亡率が下がるんだそうだ。酒は百薬の長、とはよく言ったものだ。

 まぁ、僕は進んで飲もうとは思わないが。

 それはともかく。とにかく、タバコは嫌いだ。

「この世から消滅して欲しいと思ってるくらい嫌い」

 なくなっても、どうせタバコに代わる麻薬が出るだけだろうけど。

「だから彼女を作るとしたら、タバコを吸わないってのが絶対条件」

 出来ればその家族も吸わない、そのうえ嫌煙家だと嬉しい。超嬉しい。

「そ、そうなんだ……」

「ちなみに香月は?」

 吸うのかどうかを聞いてみる。たぶん吸ってない。

「す、吸わないよ」

 よかった。タバコ吸うような人とあんまり親しくなりたくない。

「家族は?」

 何となく、一応聞いてみる。

 それに対して疑問を抱くことなく、「吸わない」と首を振る。

「そっか」

 安心した。小さく安堵のため息をつく。

 でもそんな質問をして、なぜか香月の顔が少し赤くなってるのには疑問があった。僕、何か変なこと聞いた?

「で、でも……それじゃあ何で行きたいとは思うの?」

 行きたくないけど行ってみたい、と言った僕の言葉を覚えていた。よく覚えてるな。僕なら忘れてる。

「いやぁ、居酒屋の焼き鳥とか、美味しそうだし。居酒屋特有のメニューとかもあるでしょ?」

 例えば何かと聞かれると「さぁ」としか答えられないけど。

 そんな会話をしていると、次の駅に停車。僕の隣に座っていた人が立ち、そして乗り込んできた野郎が隣に座る。

 ………………ちっ。こいつ。

 僕は顔をしかめて、鼻と口を覆うように手で抑える。

「どうしたの?」

 それに疑問を抱いて、質問される。

「タバコ」

 なるべく小声で、香月に告げる。

 僕の嗅覚は鋭いわけではない。しかしタバコの臭いは別だ。タバコの臭いに対しては結構敏感な方だと思ってる。うちの家族も多少利くが、中でも僕が一番敏感。日によって違うけど。一番鋭い時はすれ違うだけでもわかる。

 まぁ、そんなこと出来る人は結構いると思うけど。

「替わろうか?」

 僕に気を使って、そう提案してくれる。

「……いや、大丈夫」

 でもこんなことはよくある。駅周辺なんかだと、もっとタバコ臭いこともある。まだマシ、まだ我慢できる。

 ………………ちっ。

「でも……」

「いいから。大丈夫」

 この提案に乗らなかったのには、何となく嫌だったというのもある。

 ここに香月を座らせたら、香月がタバコ臭いのを我慢しなければならなくなる。たぶん、僕よりも平気なのだろうとは思う。でも、なんか嫌だった。

 少しするとだいぶ慣れた。大きく息を吸い、手を口元から離す。

 香月に「大丈夫?」と心配もされたが、問題ない。大丈夫だ。……でも、外の空気を吸いたいな。

「ふぅ…………」

 ため息を吐いて、口から薄く息を吸う。

 それだけで次の駅についてしまい、幸いにも、その男は降りていった。

 また電車を利用する人たちが乗り込み、ドアが閉まって発車。

 そこで僕は、

「すぅ……はぁ……」

 少し大きめに、肺に入った臭いを吐き出すように、深呼吸をした。

 そのことを忘れるかのように、僕は香月に話しかける。

「ところで、佐藤さんも文芸部って言ってたよな?」

「え、うん。そうだよ。希美も私と同じ文芸部」

「他には何人くらいいるんだ?」

「え…………さぁ?」

 部員でさえ、把握していなかった。

 別に心底知りたいわけではないが、興味はあった。しかし推定でさえ把握していないとは意外だった。

「知らないのか」

「うちにも顔出さない部員とかいるからね。私が見ただけだと、私も含めて……七人?」

 少なすぎではないか?

「でも文化祭の展示で作品を出してる人もいるから……十数人はいるんじゃないかな?」

 でも出さない人もいるんじゃないのか?

「とりあえず積極的に参加してるのは、私と、希美と……部長くらいかな」

 積極的………香月はわかるが、佐藤さんは今日初めて会ったし、部長は顔も知らない。部室には顔を出してないだけなのか? よくわからん。

 それを口にすると、苦笑いで答えられた。

「私ほどじゃないけど、二人共顔出してるよ? それに、部長の場合は学科違うし」

 そっか。学科が違けりゃ受ける必修科目も違う。それに選択科目を受けるのも自由だ。それなら空き時間が僕たちと違い、顔を合わせなくてもおかしくはない。

「香月は、文化祭は感想書くのか? それとも小説?」

「私は執筆。って言ったと思うけど?」

「え、あぁ、そっか。そうだったな」

 そういえば文化祭での参加のことを聞いた時にそう言われたっけ。

 もうダメだな、僕の記憶力。まぁ元からダメだけど。

「春風くんはどうするの?」

「んー。どうしようかな……」

 感想を書くのとかは苦手だし、執筆? してみるか?

 でも国語力低いし、漢字もわかんない。文章力も危うい。というか試験とかの記述問題って苦手なんだよね。思ったことを思ったように書けなくて。それ以前に、書こうと思ったことを忘れるから何書こうとしたかも忘れるっていうね。

「興味はあるし、書いてみるかな」

「じゃあ執筆? 春風くんの小説、読んでみたいな」

「……頑張ります」

 期待されるのは苦手だ。その期待に応えられないことがわかってるから。

 だから、期待はされたくない。

「あ、そうそう。執筆なんだけどね。条件があるんだよ」

「条件?」

「そう。文字は四千字以上。それとテーマに沿ってるってこと。だから別に一冊分書き上げるんじゃなくて、短編小説、ショートストーリーを書くような感覚で書いて」

 文字数指定。テーマ縛り。指定以上の文字数であればよし。それだけか。

 なら別にいいか。そんなことよりも……。

「…………でも、友情ねぇ…………」

 問題発生。ストーリーが思いつかない。

 小説を書いてみよう、と思ったのはいいが、肝心のその内容が思いつかない。

「香月はどんな内容のを書くんだ?」

 参考までに、聞いておこう。

 香月はいくつか小説を書いてるみたいだし、いい参考になるような気がする。

 しかし香月の答えは僕の思いとは反し、

「いや」

 笑顔での拒否。なぜだ。

「文化祭でのお楽しみだよ。自分の執筆を始めるよりも早く人から内容聞いちゃったら、どうしてもそれに類似した作品になっちゃうからね」

「なるほど」

 納得した。確かに感化されてそうなってしまいそうだ。僕、影響されやすいし。

「でも全く思いつかない…………」

 どうしようか。と悩んでいると、

「最初から細かく決めなくていいんだよ。まずは大雑把に、こんな話にしたいなって決めて、そこからどんどん細かい設定を足していけばいいと思うな。私は、そんな感じで書くの」

 その大雑把すら思いつかない場合はどうしろと。

「例えば……恋愛小説の場合は、出会いをスタート地点にして、結ばれるのをゴールにする。これだけ決めて、そこまでの道のりは後から足してくんだよ」

 大雑把にも程があった。

「それで、出会い、互いを知り、仲を深め、葛藤し、付き合う、とかって流れを決めて、さらにここにどんどん詳細を足していく。あ、でもこのあたりでキャラについても考えておいたほうがいいのかな……」

 途轍もなく広く決めて、そこからどんどん削って形にしていく、ということだろうか。そういうことだと思う。

 でも何となくわかった。と思う。

「ありがとう」

 うち帰ってから、何か考えよ。

「ううん。いいの。私も最初から書けたわけじゃないし」

「そっか」

 誰もが最初から出来るわけじゃない、って事なんだよな。何もかもが初めから完璧に出来るわけじゃない。そうだよな。

 ……香月の小説か。読んでみたいな……なんて。

「いずれ読ませてよ。香月の小説」

「えー……恥ずかしいよ……」

 何でだよ。学内だけど映画化するぐらいなんじゃないの?

「読ませてよ。どんなの書いたのか気になる」

「…………笑わない?」

「保証は出来ない」

 僕、自分で笑いのツボわかってないし。どこで何で笑うかわからない。

 そういうとまた「えー……」と声を上げる。

「そこは笑わないっていうとこでしょー……?」

「わ、ワラワナイ、ヨ?」

 目線を逸らしながら言う。

「すごく怪しいよ……」

「保証出来んもんは出来ん。香月だって、笑うなって言われて笑わないことないだろ?」

「ん……それはまぁ、そうだけど……」

 人間、笑うなと言われるとむしろ笑ってしまうものだ。

 というか、禁止されてることをむしろ反したくなるんが人間というものだ。たぶん。

 誰しもが心に覚えがと思う。僕は忘れちゃって覚えないけどね。

「香月が書いた小説、読みたいな」

「でも…………」

「いつでもいいからさ」

「…………それじゃあ…………うん」

 こうしてひとつ、約束ができた。

 それから数駅が過ぎていき、その間も何てことない他愛のない話をして、香月が降りる駅につき、ここで別れた。

 ドアが閉まると、いつもの読書スタイルになり、小説を読み始める。

 やっぱり、これが落ち着くな……。

 そしてこのまま、僕は読書に没頭し、しかし頭の片隅にはあることを残したまま、目的の駅まで揺られ続けていた。

 …………うち帰ったら、ビーズ作らないとな…………。


  ✽ ✽ ✽


 …………眠い…………。

 僕は眠気眼を擦り、大欠伸をする。超眠い。

 しかも今日は朝、一限からの授業だ。だから余計に眠い。

「どうしたの? ハルちゃん」

 同じクラスのクラスメイトが話しかけてきた。彼女とは学籍番号が近く、席が始めから固定されている授業の時はだいたい近くに座るので、他の女子のクラスメイトと比べればよく話をする。と言ってもちょっと質問したりするくらいだけど。

 ちなみに、ハルちゃん、というのは僕の大学でのあだ名。大学の初日が始まる前に行われたフレッシュマンセミナーでのクラス毎の自己紹介で、呼んで欲しいあだ名というもので「春風でもハルでもハルちゃんでも、好きなように呼んでください」と言ったらこうなった。まさか本当に呼ばれるとは思ってなかった。今はもう定着している。

「眠くて……」

「また遅くまで起きてたんでしょ。ダメだよ、夜はちゃんと寝なきゃ」

 また、というのは、この一年半で僕に居眠りキャラが定着したからだ。そしてその原因は基本的に夜更しだと知っているから。

 この夜更し生活は中学の頃からのもので、直そうと思ってすぐに直るものじゃない。それほど根が深い。そのうえ直そうと思っていない。なんというダメ人間ぷり。

 それからチャイムが鳴り、授業が始まった。この授業は起きてノートを取るので精一杯で、先生の話はほとんど耳に入らなかった。

 授業が終わり、移動して、また授業を受けて、終了後やっと待ちわびた昼食。すぐに次の教室に移動して、コンビニで買ってきたものを出す。今回はパンとおにぎりと野菜スティック。それを即行で食べ尽くし、机に突っ伏す。おやすみなさい。

「よ、ってあれ?」

 寝ようと思ったのに…………。

「んん……」

 陽斗の言葉に、唸るような返答をする。

「何だ寝るのか?」

「眠いんだよ……」

 頼むから寝かせてくれ。

「……授業、始まりそうになったら起こしてやるよ」

「あぁ……頼んだ…………」

 そして僕は、夢の世界に。

 さらに、その授業はずっと寝てて、欠席扱いになってしまった。なんてこった。

 今日の授業も今ので終わり。放課後だ。

「じゃ」

 帰宅準備を終えすぐに教室を出ていこうとしていた。

「今日は映研の?」

「あぁ。ビーズの件がお前のおかげですぐに解決したからな。もう撮影だ」

「そうか。頑張れよ」

「おう」

 そうして出て行った。

 忙しいなぁ。

 ………………さて、僕も文芸部室に行くか。


 部室に着いて、そこで大きな欠伸と伸びをした。眠気、全然取れない。

 それからドアを開き、中に入る。

「ん、ハルカゼくん」

「ども」

 中には香月ではなく、友人の……名前なんだっけ? とにかく、香月の友達がいた。

 その友人が、いつも香月が座っている席の正面に座って窓の外を眺めていたようだ。

 僕はいつもとは違い、少し離れたところに座る。

「君、本当にここの部員になったんだ」

 半信半疑だったのか。

「文化祭には参加するの?」

「する気ではいるけど……」

「へぇー。執筆? 感想?」

「書いてみようかと……」

「お、積極的だねぇ。ちなみにあたしは感想組」

 ぶっちゃけ興味ない。

「もう書き始めてるの?」

「いや、まだストーリーが思いつかなくて」

「そろそろ始めたほうがいいよ。文化祭、もうすぐだからね」

 ……そっか。そういえばあと三週間くらいで文化祭か。

「それまでには完成するように頑張る」

「うんうん。頑張れ」

 完成すると、いいなぁ。

「あ、そういえば…………」

 とカバンを探り、あるものを取り出す。

「これ」

「ん? 何?」

 それはまたポチ袋。その中から滑り出てきたのは、

「…………犬のビーズ?」

「あ、間違えた」

 素で間違えちゃった。それ僕のだ。

「えっと……こっちか」

 犬のビーズとそれが入ってたポチ袋をもらい、改めてもう一個を渡す。

 今度中から出てきたのは、カモがネギを背負ったビーズ。

「おー。昨日買ったばっかなのに。早いね」

 おかげで眠くてしかたない。唐突に思い出した、佐藤さんか。

 佐藤さんが感心してカモネギを見る。

「やっぱ、うまいねー。可愛いー。器用なんだねぇ」

 作品を褒めるか、僕を褒めるか、どっちかにしてくれ。選ぶなら作品の方で。

 しかし、大学生にもなってビーズを作って欲しいなんて…………。

 作ったあとになんだが、理由を聞いてみる。

「んー? あたしたちは大学生だけど、こういった小物とか好きなんだー。だから可愛いもの見るとね、つい」

「そうだったんだ」

 たち、ってことは、香月もか。大学生だけど、ってのはよくわからんけど。

 別にいいじゃん。大学生が小物好きでも、漫画好きでも、アニメ好きでも、何でも。

「ありがとね、ハルカゼくん」

「いや…………」

 こういった時、「どういたしまして」というのが恥ずかしい。なんでかわからんけど。

 そこで会話が途切れてしまった。

 あんま話したことない人との会話は苦手だ。続かないし。

 というか、佐藤さんはノート出して勉強始めちゃったし。僕は読書でもしようかな。

 そうしてそれぞれがそれぞれのことに没頭し始めると、

「ねぇハルカゼくん」

 佐藤さんから声がかかった。

 そちらに顔を向けて「ん?」と聞く。何の用だろう。

「君、英語得意だったよね?」

「得意じゃない」

「教えてよ」

 人の話聞いてくれよ。

「香月には教えてるんでしょ? ねぇ、いいじゃん」

 はぁ……これで不公平だ、とか言われんのは面倒だな……。

「わかったよ……」

 席を移動して、佐藤さんの正面に座る。

 やっぱり、反対側から見るからわかりづらいな。でも何とか理解できる。

「わかんないとこは?」

「いやもう全体的にわかんないんだけど……」

 ダメじゃん。

「とりあえず、頭から一行ずつ、読んで。単語が理解できなきゃ辞書とか使って調べて」

 じゃあ頑張って。そこまで言って、読書に戻る。

「……香月ともこうやって勉強してんの?」

 戻ろうと思ったら話しかけられた。集中しなさい。

「何で?」

「いや。わかんないとこ聞いて、それをちょっと教えて、それで放置って……それで勉強になってるの?」

「僕が何もかもを教えて、それで相手の身になるとは思わない。自分で考えて、自分で解いて、それで初めて身になるんだと思う」

 というか僕は教師じゃないんだから、教えるのに期待しないで欲しい。

「なるほど。ハルカゼくんにはハルカゼくんなりの教え方があるってことか」

 なんか微妙に違う気もするけど……まぁそれでいいか。

 そう納得して、佐藤さんは勉強に戻った。

 さて、読書しよう。と思ったら、

「こんにちは。あ、春風くん来てたんだ」

 香月が入室。本読ませてくれよ。

「うす」

「香月。遅かったね」

「あはは……提出物を出しに行ってて……」

 そう言いながら、自然な動きで僕の隣に座り、バッグからノートと筆記用具を出して広げる。

 あ、もう僕が英語教えるのはスタンダードなんだね?

「春風くん」

 期待を込めた瞳を向けて、顔には「教えて」と書かれている。やれやれ。

「えっと……あぁ、これは……」

 こうするといい。とちょっと教えて、僕は読書に入る。

 その様子を、佐藤さんがじっと見ていたけど、突っ込まない。

 何か面倒くさそうだったから。

「あ、そうだ…………」

 とまたカバンを探ってポチ袋を出し、香月に渡す。

「何?」

 中から出てきたのは三毛猫が丸まって寝てるビーズ。

「わぁ、可愛いー! もう出来たの? 早いね! すごーい!」

 うん。やっぱ作品が褒められるのは嬉しい。

「ありがとう!」

 喜びいっぱいの笑顔で礼を告げられる。

「いやいや」

 礼に対してこんな返事でいいのかわからないが、よくこれは使う。

 話慣れた人であれば、こうやって会話をすることはできる。でも慣れてないと、どういう反応していいかがわからなくて、なんか変になる。

 そうして僕の隣に香月が、正面には佐藤さんが、座っているという状態で英語の勉強が始まった。

 なんで僕が……。

 しばらくして、佐藤さんが立ち上がり、

「あたし、先帰るね。お先~」

 と早々に帰宅準備を終えて、部室から出て行った。

 その際、わざわざこちら側に回ってきて、香月に小声で何かを囁いていった。

 おかげで香月が顔を赤くしてしまったのだが……何を言われたんだ?

 そこからまた、二人だけで勉強をして――香月の顔の赤みはなかなか抜けなかった――ノートやら筆記用具やらを片付けて、部室棟を出た。

 しかし駅まではやっぱり同じなので、大学の門をくぐってさようなら、というわけにはいかない。今まではなぜか帰宅時間がずれていたが、今回は一緒だ。

 駅まで続く、長いようで短い距離。僕たちは他愛もない話をして盛り上がっていた。

「あ、そういえば……」

 そこで、ふと思い出したことを聞く。

「さっき、佐藤さんが部室出るとき、何か言ってたみたいだけど……何言われたの?」

 あの時に何を言われて顔を赤くしたのか。それが気になっての質問だった。

 のだが……。

「………………」

 なぜかまた頬を薄紅色に染めてしまった。

 あれ? 聞いちゃいけないことだった?

「な、なんでもないよ……気にしないで」

 顔が赤みがかったまま俯いてしまった。

「そういうなら……」

 気にしないことにしよう。気になるけど。……まぁ、どうせ家に帰ることには忘れてる。

 それからは特に会話もなくなってしまい、駅でのホームで別れの言葉を告げて、それぞれの方面に向かった。

 程なくして、僕の方の電車が来た。それに乗り、座席に座って、いつもの読書スタイルになり、本に没頭した。

 案の定、家に帰ると、あのことは忘れていた。

 …………あのことってなんだっけ?

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