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春の風と香る月  作者: 寝台ひつじ
4/13

外出

 帰宅してみると、

「よっ。おかえり」

 見知った女がうちにいた。

 ていうか(けい)だった。

「帰ってたのか」

「今日帰るって言ってたでしょ?」

 そうだったっけ? 記憶にねぇや。

 東山慶。僕の双子の姉。男みたいな名前だが、こいつ自身は心底この名前を気に入っている。ちなみに海外留学をしていて、夏休みを利用しての帰国だ。僕と双子なので同じく大学二年。

 高校までずっと同じ学校に行っていて、僕よりも優秀。何をするにも。そして運動が好きで活発なやつだ。誰かに比べられていたわけではないし、僕自身がそう思っていたから、ぶっちゃけどうでもいい。ちなみに絵を描くのが趣味。たぶん。

「まぁとりあえずおかえり」

「ん。ただいま」

 言い残して二階へと上がっていった。

 僕の部屋の隣は本来慶の部屋だ。しかしあいつがいない間は僕の大学のものが置かれていたりする。

 ……掃除したのかな?

 僕も階段を上がろうとすると、母さんが声をかけてきた。

「おかえり。遅かったね。夕ご飯はどうする?」

「……食ってきた。おかずだけ食べる」

 白米とか、あんま好きじゃないんだよね。理由は特にない。

 そして自室に戻り、バッグを部屋に置いて、下の階で晩ご飯のおかずを食べることになった。

 そういえば、香月はちゃんと帰れただろうか……。

 食べ終わって部屋に戻ると、なぜか慶がいた。自分の部屋にいろよ。

「何でこっちにいんの?」

「ん~? 漫画、続きとか出てんでしょ?」

 つまりは続きが気になっていたと。

 僕が買ってきた漫画を、こいつも読んでいる。それだけ。以上。

「自分の部屋持ってって読めよ……」

「別にいいでしょ?」

 はいはい。持って行ってこっちに返すのが面倒なのね。

 ため息を吐きつつ椅子に座り、イヤホンを片方だけ耳に入れてウォークマンをつける。バッグに入れていた小説を取り出して続きを読むことに。

 ――――ブー、ブー、ブー……。

 と小説を開いたところでメールが来た。常時マナーモードなので振動機能で震える。

 携帯を開いてメールのチェック。

「ん? 何? 彼女? 彼女なの?」

 興味津々か。うぜぇわ。

「違う」

 否定しながら携帯を操作する。

 送り主は『柊木香月』。

 なんだろう。何か問題でもあったのかな。

 とも思ったが、その心配はないようだ。タイトルが『無事に帰れました』だし。

『今日はありがとね。入部もしてくれて……。嬉しかったよ。それと今日は楽しかったよ』

 内容はそれだけ。でも何か嬉しかった。

 とりあえず無事に帰宅ができてよかった。

 ……視線を感じる。

 顔を上げると、慶がこっちをじーっと見ていた。

「何?」

「彼女? 彼女から?」

 興味津々だな、おい。

「違うっつってんだろ」

 そんなに誰かとくっつけたいか。

「恋人とかいないの?」

「いねぇよ」

 ずけずけ来るな。だからいねぇって。

 慶に返事をしながら香月への返信を打つ。

『気にすんな。こっちも楽しかった』

 送信。

 携帯を閉じて机に置く。

 ふーん、と興味ありげに息を漏らしていたが、慶はそれ以上このことに踏み込んでこなかった。てか初めから聞いてくんなよ。

「……ところで、いつまでいる気?」

「まだ読んでるでしょ」

 つまり読み終えるまでここにいると。

 さっさと読み終えろ。


  ✽ ✽ ✽


 数日後。滅多に鳴らない携帯がまた震えた。メールだ。

 今度は陽斗からだ。タイトル、『手伝ってくれ』。

 いやです。頭の中で拒否しながらも、その本文を読む。

『夏休みのフェルト制作の課題。デザイン考えるの手伝ってくれ!』

 いやです。面倒臭い。

『自力で頑張れ』

 そう送ると、間髪入れずに返信された。待ち構えてたのか?

 ……違った。着信だった。

『頑張れないから頼んでんだろ!?』

「ファイトー……」

『一発! って違う!』

 ノリいいな。

「はぁ……いつか集まるか?」

『マジ助かる!』

 向こうで合掌したのがわかった。パンって音したし。

 そのまま日付と時間、場所を決めて会話終了。

 てか、僕寝起きだったんだけど。さっきのメールで起床した。

 眠い……。

「……さて」

 準備しないと。本日の昼過ぎに手芸店に行くことになった。

 ……あいつ、デザイン決めてないくせに何を買う気なんだ?

 一応メモ帳とシャーペンと消しゴムを持って行こう。いつもと同じ、ショルダーバッグを持って出かける。


 そして時間になり手芸店前。

「よ」

「うす」

 短い挨拶をした後、店に入る。しかし男二人で手芸店ってのもなんか恥ずかしいな。

 早速どんなものを作るのか聞いてみたところ、

「……考えてなかった」

 この野郎。

 フェルトを見ながら考えようとしていたらしい。バカ言ってんじゃねぇよ。順番が違う。手芸なめんな。

 メモ帳とシャーペンを取り出し、どんなもんにするか、イメージを聞く。

 とりあえず、季節にあったものにしたいらしい。今は夏だし……海とか? いやムズイな……。波の具合をフェルトでとか、鬼畜だわ。僕たちプロじゃねぇんだから。

 そしてさらに聞いてみると、表が夏なら裏には冬を設定したいとか。ちなみにこの製作は表裏の両面作らなければならない。冬といえば、雪だるま?

「こんな感じでどう?」

 メモ帳にイメージ図を描き、陽斗に見せる。

「おぉ、いいね」

 採用された。

 というわけで、それに必要な分だけのフェルトを入手し、カゴに入れてキープ。ついでに糸も取っとこう。

 さて問題だ。夏はどうしよう。

 本人に聞いてみたところ「んじゃスイカ?」というのでそれを描いてみる。スイカって結構むずいんだよな……。まん丸一つと八つ切りにカットしたのが並んでいる構図。言われるままに描いてみた。

「こうか?」

「そうだ!」

 そして採用。必要なフェルトと糸を買って終了。意外に早く終わった。

 なので二人でファーストフード店で飲み物と、何か軽くつまめるものを買い、店内で改めてイメージ図をデザインすることにした。清書みたいな感じ。

「こんな感じか」

「……うん。サンキュー。ありがたいぜ。俺は絵の才能とかないから」

 僕も別に得意じゃないけど。好きではあるけどさ。絵、描くの。色塗るのは苦手だけど。

 それに続けて裁縫の方は大丈夫かと聞いてみる。極めてヤバイらしい。本人談だから本当のところはどうだかわからんけど。

「手伝うか?」

「あー……いや。流石にそこまでやってもらうわけにはいかん」

 頭をやってもらったのに、終わりまでやらせるなんて……、と付け足された。

 手伝うって言っただけなんだが。僕に全部やらせる気か?

「そういやお前は終わったのか?」

「デザインはな。フェルトには手を出してない」

 縫ってもないし、切ってもないし、チャコペンで印もつけてない。何もしていない。

 だって面倒だし。まだ夏休みは長いし。三日くらいで出来るでしょ。

「ふーん。でも、早めに手をつけたほうがいいと思うけどな」

 へいへい。わかってますよ。

 メモ帳にスケッチしたデザイン画を切り取り、陽斗に渡す。

 まぁ後は頑張れ。


 その後は適当に世間話をして、合計四時間とせずに解散した。


  ✽ ✽ ✽


 ある日の夜。突然電話がかかってきた。

「もしもし」

『も、もしもし……』

 電話の主は香月だ。何か緊張したような声だ。何で?

「何用ですか?」

『え、えっと……あ、明日って、何か用事ある?』

 明日……。

 明日どころか夏休み中ずっと暇だが……。

「別に用はないけど……」

『じゃ、じゃあ、映画とか興味ある?』

 ……映画ねぇ。

 そういえば最近見に行ってないな。ここ……二ヶ月くらい、って意外と最近見てたな。

 ぶっちゃけ、興味はない。というか内容による。でも……。

「まぁ、あるかな」

『そっか……よかった……』

 たぶんこれはお出かけのお誘い。しかも声からして向こうは結構緊張している。なのに断るのはなんか可哀想だ。

『あのね。友達から映画のチケットをもらったんだけど、二枚あって……』

 余っているから一緒に行かないか、と。

 ……別にいいけどね。暇だし。

「いいよ。行こうか」

『う、うん!』

 笑顔に花が咲いているであろうことは容易に想像できた。声からしてとても嬉しそうだ。

「じゃあ、その映画館の場所と開始時刻を――――」

 こうして、明日は香月と映画を見に行くことになった。

 …………しかし何で僕なんだ?



 そして翌日。生憎の曇り。……生憎?

 それと予報では雨になるらしい。

 外出たくねぇ。しかし約束は約束。待ち合わせの場所に向かわなければ。

 と言ってもまだ時間は早いんだけど。

 映画は夕方に開始するので、待ち合わせ時間は午後。昼食はそれぞれで食べていくことに。

 現在、僕は食事中。作ったのは慶。メニューはまさかのお好み焼き。

「しかし、なぜにお好み焼き……」

「向こうの友達に振舞ってあげようかと」

 日本食、というカテゴリーでか。それなら煮物にしなよ。肉じゃがとか。

 煮物、好きなんだよね。

「ちなみに晩ご飯はもんじゃだよ」

「ならお好み焼きと一緒に出せよ……」

 何でわざわざ分けた。

 お好み焼きを少し小さく作って、もんじゃもやればいいじゃないの。

「でも僕今日は晩ご飯食べてくるから」

「えー。何だー」

「春風くんお出かけ?」

 かくかくしかじか。……なんて魔法の言葉は通用しないので、説明する。

 友達と映画を見に行くことになった。夕飯は食べてくる予定。以上。

「へー、そっか。デート?」

「違う。友達っつってんだろ」

「でもその人って女の子でしょ?」

 そうだけど……ってあれ? そんなこと一言も言ってないんだけど……。男二人で映画とか想像できませんでしたか。

「女友達だよ」

「男女間で友情って成立しないと思うんだよね」

 真顔で何を言うか。あんたにも男の友達いんだろ。

 今はどうか知らんけど。

「まぁ冗談だけどさ」

 冗談かよ。

「でもそれ誘ったのって向こうからでしょ?」

 春風はそんなことしなさそうだし。面倒臭がって。と付け足した。付け足しやがった。うるせぇ、正解だよ。たぶんこっちからはそんなことしねぇよ。

 ……たぶんね。将来のことはわからん。

「そうだけど」

「だったらデートでしょ」

「決めつけんなよ」

 知らねぇよ。興味ないし。向こうもそんなこと思ってねぇよ。

 ……たぶん。

「ちなみに内容は? 何観んの?」

 興味津々か。

「知らん。聞いてない」

「そこは聞いとけよ」

 うるせぇ。そこまで頭になかったんだよ。

 お好み焼きを食べ終えると部屋に戻り、読書をする。

 そしてちょうどいいくらいの時間になり、いつも通りの外出の格好――ショルダーバッグを斜め掛けした状態――で出かける。

 今回はこの前とは違い、結構近い場所。うちの最寄り駅と香月の最寄り駅の間くらいにある駅で待ち合わせている。

 まぁそれでも十数分かかるのだが。

 だからといって時間に遅れるわけには行かない。十分は早く着くようにしている。

 しかし思ったよりも早く駅に着いたので、乗ろうと思っていたものよりも一本早い電車に乗った。そしたら待ち合わせの時間より十五分ほど早く着いてしまった。ま、遅れるよりいいよね。ていうか誤差の範囲内だよね。

 待ち合わせている場所には、やはりまだ香月は来ておらず、人の流れが滞ることなく動き続けていた。

 ここで間違いないよな。

 念の為に駅の名前やら何やらを確認し、そこで待つことに。片手には本、片耳にはイヤホンの、いつもの状態で。

「……っ…………は、春風くん!」

 そうして待つこと十分弱。待ち人来たる。

「こんにちは」

「うす」

 小走り気味にこちらへ近づいてきて、挨拶をする。

 ……何だろう。この前とは少し違う……気がする。雰囲気が変わったような……。

「…………あ、髪切ったのか」

 何となく違うことを何だろうと考えて、服装以外に何があるかと思ったとき、ふとそう思った。

「あ、う、うん……」

 僕はそういうの苦手なはずだったんだけどな。よく気づけたよ、僕。

「に、似合う、かな?」

「ん? あぁ。いいと思う」

 というか正直よくわからない。

 挨拶もそのへんにして、目的の映画館に向かう。

 駅からそう遠くないとこにあるみたいだし、時間的にも余裕だろう。

 それにしても人が多いな。平日とはいえ、夏休みだからか。それでも曇りなのに……とにかく、香月とはぐれないようにしないと。

 振り返って僕の後ろにちゃんとついてきているかを見る。……うん、大丈夫。ついてきている。

 かと思ったら何か後ろから力がかかった。見てみると香月が僕のバッグのベルト部分を掴んでいた。

「どうした?」

「え、いや……」

 少し恥ずかしそうにうつむきながら、

「はぐれないようにって……」

 と呟いた。

 それに対して僕は「あー」と納得したような声を漏らす。

 だったら手を繋げばいいのに。何てことは口にしない。実際にされたらドギマギしてどうしたらいいかわからなくなるだろうし、恥ずかしい。しないと思うけどさ。

 このままの状態で、無事映画館に到着。香月が持っていたチケットにて入館し、飲み物を購入して指示された上映場に向かう。

 ……三番スクリーン、ここか。

 中に入り、指定されている席に座る。

 これから観る映画は、小説が原作の作品で、映画化が決定されて出来たようだ。反響により上映期間を伸ばすほどの人気があり、超大作として有名な一本で、字幕化されて海外でも放映されている、らしい。さらにはリメイクも考えられているようだ……ってホントかよ。

 しかし、場内の周りを見てみると、思っていたよりも人が少ない。座席は(まだら)に埋まっていた。

 本当に大ヒットした作品なのか……?

「楽しみだねっ」

 疑問に思うのだが、隣の人はとても楽しみにしている様子。

「そうだな」

 適当に相槌を打っておく。

 僕ひとりだったら本でも読んで待っているとこだけど……。香月も一緒だしな。

「この映画、そんなに楽しみだったのか?」

「うん! でも一緒に行く人もいなくて……あ、じゃなくて、えっと……」

 本当のことを言いかけて、訂正しようと言い淀む。

 いや、もうあなたがチケットを買ったんだってことは知っていますから。ちょうどよくこの映画館で見られる映画のチケットを友人からもらうとか、そんな都合のいいことありませんから。

 でも、何で僕? 友達誘えばよかったのに……。

 少しの間香月はまごまごして、最終的にしゅんと静かになった。

「じゃあ、よかったな。ちょうどチケットもらえて」

「…………うんっ」

 つい、頭を撫でたくなるような衝動に駆られた。同い年のはずなのに、年下を相手にしているような感覚になる。……まぁ年下の女子を相手にして会話とかしたことないけどね。

 そのうちに上映開始の時刻となり、場内の照明が暗くなっていく。席はさっきよりも埋まってきていたが、それでもまだ半分にも満たなかった。


 映画は、とある高校の男性教師とその女子生徒が主体となったものだった。

 その教師が担任を務めるクラスには、いくら注意しても授業はサボり、宿題もやらず、授業に出ていてもずっと寝ているような、不良娘がいた。誰かと一緒にいるわけでもなく、屋上で寝ていたり、木に登ってぼーっとしていたりで、特に悪事を働いているわけではない。何もすることがないのに、勉強をサボっているようだ。たぶん、つまらないから。

 しかし彼女は男性教師が受け持っている美術の授業は基本的に参加している。

 不思議な、困った少女。その少女に男性教師は声をかけ、授業に出るように言う。煙たがる彼女に対し、一方的に言い続ける。しかし嫌がるほどには接さず、あくまで友達のような感覚で。

 そうするうちに、徐々に彼女の気持ちが彼へと向き始める。

 向き始めたその思いは、もう変えることは出来ず、彼と一緒にいる時間が心地よく感じるようになり、気になるだけの存在だったはずなのに。彼女は自分の気持ちに気づく。

 そして教師と生徒という立場でありながら、彼女は教師に告白をし…………。

 ――――禁断の恋、届けたい想いを奏でる、悲恋のラブストーリー。


 …………大体こんな感じかな。僕の主観でのあらすじだけど。ちなみに結末は省いている。

 映画が終わり、僕たちは晩ご飯を食べるためにファミレスに来ていた。

「それにしても、驚いた……」

 席に案内されて座ってすぐ、小さく呟く。

 こう思う理由は単純。映画の途中、隣の少女を盗み見ると、口をへの字にして顔をぐちゃぐちゃにした、ボロボロに泣いている香月がいた。嗚咽を漏らさないように奥歯を噛み締めて、しかし悲しそうに眉をハの字にして、涙を顎からポタポタと垂らして。すごく驚いた。尋常じゃない感動の仕方だった。

 そして各自が注文し、現在は料理が来るのを待っている。

「あー、よかったぁ……」

 映画が終わってからもうすでに二十分以上は経っているのだが、未だに映画の感動に浸っている。

「感動的だったぁ……」

「確かに、感動的だった」

 一方僕はもうすでに現実に引き戻されている。と思う。

 ちなみに二人共が映画を気に入ってしまい、映画館の売店で販売していた原作小説を即座に購入した。

「もうこんなに泣いたの久しぶり……はぁ、感動したぁ……」

 香月はさっきからずっとこんな感じで、感動した感動したと呟いている。

「はぁ……私もあんな恋したいなぁ……」

「へぇ。香月ってああいう恋愛が理想なのか」

 思ったことをそのまま口にすると、「え?」と首を傾げられた。

「禁断の恋。叶わぬ想い。みたいな恋愛」

「別に、そういうわけじゃないけど……」

 顔を赤くして上目遣いになる。

 本当に同い年だっけ?

「……それにしても――――」

 話の内容変えてきた。

「春風くん。全然泣いてなかったね。感動したっていうのは口だけ?」

 口だけ言っても意味ないでしょ。

「実は、感動で泣いたことないんだよね、僕」

「え……?」

 意味がわからない、といった声で聞き返す。

 いや、感動はするのだ。本当に心に染みたり、心が震えたりはする。

 しかし、純粋な感動ができないのだ。

 感動的な時でも、別のことを考えてしまう。

 感動的なシーンでも、頭の片隅で別のことが思い浮かび、「空が綺麗だな」だとか「あのセーターいいな」だとか「あの役者さん力不足じゃないか」だとかと考えてしまう。

 それもあり、純粋に感動して、泣くということがないのだと思う。

 という事を簡単に香月に告げる。

「……何か可哀想……」

 余計なお世話だ。

 泣いたときの記憶は、喧嘩の末やからかわれて――あと怒られた時もか。それら以外では……ないかなぁ。僕が覚えている限りでは、感動して泣いたことは一度もない。はずだ。感極まっても、目が潤むくらいで、流れるまでには至らない。

 だから、感動をして泣けるということが、少し羨ましい。

 ……何か空気が沈んできた? 話題を変えなければ。

「そういえば、その服」

「え?」

「この前、偶然会った時に選んだやつだよね? 似合ってるよ」

 今更ではあるが、そう告げる。

 今日の香月の服装は、この間電車で偶然出会い、そしてそのまま一緒に出かけた時に僕が二択の中からチョイスした服だった。こうして見ると、確かに似合っていた。自分でもよくこっちを選んだと思う。

 それを聞くと、香月は顔を上げて、その表情がパァっと明るくなり、それと同時に恥ずかしそうに真っ赤になった。

「あ、ありがと、ね……」

 言いながら俯いてしまい、もじもじとする。

 …………ありがとう、慶。

 ちなみに今のは慶からの入れ知恵。「そのお友達に会ったら、ちゃんと褒めてあげろよ」と助言をいただいていたのだ。……今の今まで忘れていたが。感謝だ。心の底から。

 そんな会話をしていると、料理が運ばれてきた。さて、食事の時間だ。

 手を合わせはしないが「いただきます」と口にして食べ始める。

 …………それにしても、止まないな。

 映画を見ている間に降り始めたのだ。このファミレスに入るまでも、パラパラとした小雨ではあったが降り続いていた。そして入店してからも、未だにザーザーと降り続いている。全く止む気配はない。むしろ雨足は強くなっている。

 もしかして台風何とか号が日本に来てるんじゃないか? そう思ってしまうほどだ。ニュース見ないからわからんけど。

「雨、止まないね……」

 窓の外を見ていたからか、香月が申し訳なさそうな表情をして言う。

「ごめんね。こんな日に……」

 なぜか突然謝られた。

 まさか僕が「こんな日に呼び出しやがって、面倒臭ぇな。出かけんのだりぃんだよ」とか思っているとでも思われているのだろうか。うん、半分正解。

 面倒だとは確かに思っているけど、本当に来たくなければ、メールで適当に嘘を(でっ)ち上げて、今頃家でゴロゴロしている。

 それに雨は香月のせいではない。突然降り出すことだってある。

「今日は来てよかったと思ってる。だから気にしなくていい」

「……ホント?」

「あぁ」

 すると眩しい笑顔で「よかった」と呟き、嬉しそうにマカロニを頬張る。

「うまいか?」

「うん」

 何か、こいつといるとこっちまで嬉しくなるな。なんでだろ。

 雑談を交わしながら食事を進め、そのうち皿は空になった。ごちそうさま。


 支払いをして――遠慮されたが、当然僕がおごった――店を出ても、やはり雨は降り続いている。でも少しは収まったかな?

「……よし。走るか」

 これなら止むのを待っているよりも走って駅に向かったほうがいい。そう思った。

「え、走るの?」

 その疑問は、そんな必要はないよと告げるような言い方だった。

「私、傘持ってきたよ」

 そう言うと持っていたハンドバッグを開いて探す。

 しかし、あれ? と言いたげな、疑問と焦り困った表情になる。

「…………うちに置いてきちゃった」

 準備はしたけどバッグに入れ忘れてしまった。

 なにこれドジっ子?

 少し和やかでほんわかした気分になった。

「あ、そういや、折りたたみ傘持ってきてた」

「あるの?」

 バッグを漁り、黒い折りたたみ傘を取り出す。ちなみにワンタッチで開くタイプ。

 すっかり忘れてた。慶に「一応持ってきな」って注意されて入れてきたんだ。

 ……姉貴さまさまだな。ありがたや。

 傘をさして入口から離れようとする。じゃないと、忘れてたけど、今更だけど店の邪魔だ。

「……ほら。行くぞ」

 しかし香月はすぐに動こうとしなかった。何か躊躇するように。

 少し躊躇ったあと、僕の傘に入り、一緒に駅へと向かった。

 駅へ向かう道、彼女に雨がかからないように、傘を傾け続けた。それに気づき、香月は少しだけ、ほんの少しだけ僕の方に近寄り、僕も傘に収まるようにしてくれた。

 駅に着くまで、僕たちは特に会話もなく、ただ隣を歩いていた。

 ……そろそろ別れの時間だ。

「春風くん。その、ありがとね」

「何が?」

「えっと……今日のこととか、いろいろ」

「気にすんな」

 何のことだか、よくわからないが、とりあえずそう言う。

 駅に着き、傘を閉じる。

 僕たちは帰りの方面が違う。ここから先は別々だ。

 しかし、この前のことがある。何というか、危なっかしい。

「送ろうか?」

「……ううん。大丈夫」

「そうか」

 短い会話を終えると、僕が乗るべき方面に電車が来た。というかアナウンスでもうすぐだと告げられた。

「香月、これ」

 持っていた傘を押し付け、走り出す。

「え?」

「それ、使っていいから。使い方は見てたからわかるな? じゃあな」

 ドアを開いて待っていた電車に乗り込むと、ドアはすぐに閉まった。危ねぇ、滑り込みセーフ。

 窓越しに香月の姿を捉える。まだ困惑した状態で、おろおろと僕と傘を交互に見て、ありがとう、と告げた。聞こえはしなかったけど、口がそう動いていた。

 それに返事をするように僕は笑い、小さく手を振る。

 電車が動いて彼女の姿が見えなくなる。

 さて、本でも読むか。

 そして僕は、斑に空いている席に座り、いつも通りにイヤホンを片耳につけて音楽を聴きながら、読書に没頭した。

 没頭しすぎて、危うく降り損ねるところだった。


 駅に着いて降りると、そっちでは雨は小降りになっていて、傘がなくても問題なかった。

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