そして……
秋学期の授業の続きが始まり、休みボケも抜けつつある二週間弱が過ぎた。
「はぁ……」
僕は毎日のようにため息を吐いていた。
何に対してもやる気が出ない。もう疲れた。
僕の生活は、春学期までの頃に戻っていた。
その時と違うことは未だ文芸部に所属し、顔を出していること。
あそこは本を読むのにちょうどいい。ただそれだけの理由で。
しかし希美にはまだ英語を教えている。単位取得のために、僕に頼んできたのだ。
香月ほどしょっちゅうではないが、部室で顔を合わせると教えるようになった。
「ごめんね、ハルカゼくん」
「いや、いい」
気にすんな。そこまで言おうとして、言葉は出なかった。
喋るのが面倒に感じた。
別に香月が大学をやめただけなのに、何でか、やる気が起きない。
「これは――――」
でも頼まれたことはやる。面倒だけど。
僕だけに関することなら、適当に済ますんだけど。友達だし。
今日もまた、放課後に文芸部の部室で勉強会。ただし僕は読書。
そうしてると、僕の電話が震えた。メールかな。
と思ったら着信…………っ!
「もしもしっ」
ディスプレイに出た名前を見て、急いで電話に出る。
『あ、もしもし、春風くん?』
その相手は、香月。
夏休み以来、初めての電話だ。話すのはクリスマス以来。
『ごめんね。今、大丈夫?』
「だ、大丈夫。もう授業は終わってるし……」
『そっか。よかった』
電話の向こうで安堵のため息を吐いたのがわかる。
香月と会えなくなって、会わなくなって、僕の想いは日に日に増していった。
もう本当に、好きなんだな……。
「それで、何か用か?」
いつもみたいにぶっきらぼうな言い方じゃない。
何かを求め望むような声で、言った。
『あ、うん……実は……』
少し言い淀んで、戸惑って、彼女は僕に用件を告げた。
「――――希美、僕帰るな。じゃ」
本を閉じ、バッグに詰め込んで、コートを羽織り、マフラーを首に巻いて、部室から駆け出す。
背中に「うん。じゃあね」と言葉をかけられたが、それに対応してる暇はなかった。
走りはしないものの、急いで駅に向かって、ちょうどよく来た電車に駆け込み乗車。良い子は真似しちゃいかん。
逸る気持ちを抑えて、目的の場所へと電車で揺られる。
一度乗り換えをして向かった先は……。
「あ、春風くん」
「香月……!」
香月の住む駅。そこで待ち合わせをした。
電話で聞いたのは「頼みたいことがあるから駅まで来て欲しい」と言うこと。直接話したいので、と。
それは僕としても嬉しい提案だったので、快く受けた。
「それで、頼みたいことって?」
「うん……とりあえず、歩こっか」
そう言って、香月は歩き出す。
前に、クリスマスパーティーの時にも同じように駅で待ち合わせし、香月に家まで案内してもらった。
それ一度きりだったので、ここのことは全くわからない。柊木家までの道のりですら、覚えていない。
どこかへ向かって歩きながら、香月と久々に他愛もない会話をする。
この時間が、心の底から嬉しく、楽しく感じた。
すると徐々に歩く速度を緩めていき、立ち止まったのは、
「ただいまー」
まさかの柊木家。再び。
「え、あの……」
「あがって」
香月に促されるままに、僕はまた柊木家に足を踏み入れる。
「あら、東山くん。待ってたのよ」
「は?」
「東山くん。座りなさい」
「え?」
何が何だかわからないまま、リビングに通されて、椅子に着席させられる。
目の前には香月の両親が、僕の隣には香月が座った状態で、テーブルを囲んでいる状態。
あれ? 何これ。僕これから「娘さんをください」的なことすんの?
全く予定に考えていなかった一文が脳内を過った。
――――いや、将来的にはそれも……。
って違う違う。
一度座ったかと思うと、香月は立ち上がり、台所の方に行った。
「あの……この状況は……?」
一応面識はあるため、こちらから話すことはできた。でもすごく緊張する。
「そんなに固くならないでいいわよ」
「すまんな。いきなり、呼び出してもらって」
柊木父が申し訳なさそうに、しかし微笑みながら言う。
呼び出してもらってって……え、娘使って何で僕を呼び出したんですか? 何やってんですか?
すごくそう言いたい。でも抑える。
「はい、お茶」
「あ、ありがとう……」
緑茶であろうお茶を入れたコップを僕の前に置き、彼女の両親にも、自分にも出して、再度着席。
一応客として扱われてるみたいではあるけど……全く状況がつかめない。
「実はな、東山くん」
「あ、はい」
柊木父が口を開いて、短い沈黙を破った。
「君に、頼みたいことがあるんだ」
「は、はぁ……何でしょう?」
「香月の、娘の家庭教師をしてくれないか」
真面目な顔で、そう言う。
何でやねん。
「それは、えっと……何ででしょうか?」
理由を聞いてみる。
「香月から聞いたわ。あなた、インターナショナルスクールにいたんですって? この子、英語苦手だから、教えてくれるとありがたいのだけど……」
うん、何で人のこと自分の母親に話してんの、この人は。
「もちろん、バイト代は出そう。頼めないかね?」
僕何も言ってないよね? 勝手に話が進んでる気がするよ。
「でも、大学ありますし……」
「暇な時でいい」
それでいいのか家庭教師。
今まで受けたこともやったこともないからわからんけどさ。
「頼めないかね?」
改めて問われる。
正直言って、超面倒臭い。
それならさっさと自宅に帰ってゴロゴロしてたい。
でも……。
「わ、かりました……」
これからも香月に会える。
そう思うと、引き受けるしかなかった。
「そうか!」
僕の答えを聞き、香月の両親、そして香月も表情に花を咲かせた。
そんなに切羽詰ってたのかしら?
「でも」
「何だね?」
「バイト代は結構です」
「何っ?」
柊木父は心底驚愕していた。
「いや、だが……」
彼は食い下がり、何としても払おうとしてる。
いや普通は払わなくていいって言ったら喜ぶもんじゃないの? よくわからんけど。
「バイト代は、いりませんから」
強く拒否しとく。
いや、僕にとっては香月に会えるのがもうバイト代みたいなもんだし……。
「そ、そうか……」
柊木父は納得がいかないままに、無理矢理自分を納得させた。
そうして、僕は香月の家庭教師をすることになった。
「じゃあ、今日から頼む」
「本日より!?」
まさかの今日から。
……いやぁ、驚きだぜ。
✽ ✽ ✽
そんな感じで、香月は昼間に英会話教室へ行き、外国人との会話に慣れる。そして夜には僕が家庭教師として筆記を教える。という生活が始まった。
でも僕でよかったのかな………成績は悪かったんだけど……。
それは柊木母も知ってるはずだ。だって退学してること知ってるし。香月も僕のことを話してるみたいだし。
「そこは違う」
「え、違った?」
おいおい。こんな簡単のもわからんて……。
こいつ、本当によく英米語学科に入れたな。
「それの意味は――――」
「うん、うん……あ、そっか」
間違えた部分を消し、書き直す。
文芸部での勉強と大して変わらない、僕たちの勉強スタイル。これのやり方が一番落ち着くのだ。精神的に。
「…………少し休憩するか」
「うん」
携帯の時計を見て、提案する。
香月もそれに素直に応じ、一旦机から離れる。
僕たちは、ローテーブルを挟むように囲んで座る。
特に会話はない。心地のいい沈黙。
「香月」
その沈黙を破ったのは僕。
「ん?」
「……四月には向こうに行くんだよな」
「あ……うん。そう」
「そっか……」
香月は、カナダの大学に行くことにしたようだ。
そしてその先で、大学に入る前に、ESLを受けなければならないらしい。昼間の英会話教室も、夜の家庭教師も、そのための勉強だそうだ。
向こうでは、大学の寮に入って暮らすらしい。そのために、英会話教室までの時間は、柊木母から料理を教わっているという。自活をするようだ。金銭面では仕送りしてもらうそうだが。
「それまでに、ちゃんと英語できるようにならないとな」
「うん……」
あとほんの数ヶ月か……。
「春風くん」
「ん?」
「……ありがとね」
突然の香月からの礼。
何に対してかわからない。
でも、
「あぁ……」
僕は小さく笑って、言う。
そして思う。
香月が行ってしまう前に、伝えないと……。
「それじゃあ、勉強再開だ」
「はい!」
香月は意気込んで立ち上がり、机に向かう。
あ、シャンプーの香り……。
彼女が立ち上がって、ふと香りが僕の鼻をくすぐった。
もうすぐ、会えなくなるのか……。
行くことを後押ししたのに、そう思うとやっぱり、考えてしまう。
――――やっぱり、行って欲しくないな……。
✽ ✽ ✽
それから四ヶ月間、英語を教え続けた。
英会話の基本は筆記だ。筆記で文法だなんだとできなければ、会話もできない。
だからといって、固すぎる考えもいけない。
例えば、レストランとかで水が欲しいとする。その時、「Could you give me water?」とかって面倒臭く言う必要ない。「Water please」で十分に伝わる。
その手のことも、余談として教える。と言っても僕が教えられることなんて少ないけど。
そうして勉強を教えている間も、小さいがイベントはあった。
バレンタインに香月から手作りのチョコをもらい、僕の誕生日にも、いつだったか買った、ビーズのストラップをもらった。それは僕が以前に香月に作った三毛猫と同じものだった。それらのお返しにクッキーを久々に作り、ホワイトデーにそれをあげるととびっきりの笑顔で喜んでもらえた。
こうして香月と関わり、僕の気持ちはさらに、どんどんと深まっていった。
そして四月の末。
柊木両親と、陽斗と希美とは駅の段階で別れ、そして僕だけが空港まで香月についていった。
あれ? みんな行くんじゃないの? と僕は疑問に思う。
空港に向かう電車の中で、隣で香月が船を漕ぎ始める。
その中で携帯が震えた。メールだな。そこに書かれていたのは、
『柊木さんの両親にも協力してもらって、二人きりにしてやったぞ☆』
という陽斗からのメール。
あの野郎。今度会ったら弁慶の泣き所を蹴り上げてやる。
なんて考えていると、香月は寝てしまい、僕の肩に寄りかかる。
………ジュースぐらい奢ってやるかな。
そしてとうとう空港に着き、もうすぐ、香月ともお別れだ。
しかし搭乗時間はまだ少し余裕がある。出国受付前エリアから、ゲートの向こうに行ってしまう前に、少し話をしたかった。
僕たちはその近くの椅子に座り、でも会話をしたい内容はなく、沈黙の時が流れた。
その沈黙を破ったのは、
「……なぁ」
僕だった。
「ん?」
「本当に行くのか? カナダ……」
「……うん。決めたことだからね」
「そうか……」
…………本当に、行っちゃうんだ……。
改めて、今更、ここでわかった。感じ取った。
香月は本当に、カナダに行ってしまう。もう、会おうと思えば会えるような距離ではなくなってしまう。
そのことが、今になってようやく、実感した。
「…………そっか…………」
ダメだとわかっていても、彼女を引き止めようと思うのに、言葉は出てこなかった。浮かばなかった。
これは、香月自身が決めたことだ。香月が選んだ道だ。それに、僕が口を出すわけには行かない。口を出してはいけない。迷惑だ。
「寮に入るんだっけ? ルームメイトとか、いるの?」
「いるみたい。カナダ人だって。まぁ、当然かな。英語苦手だけど、頑張らなきゃね」
そっか。英語の堪能な人が近くにできるのか。それも、本場の。
家庭教師なんて……もう、いらない。
そんなことを考えていると、何か温もりを手に感じた。
香月が、緊張したように手を寄せて、僕の手に彼女の手が重ねられていた。
そして香月が、指を絡めて、キュッと僕の手を握る。それに応えるように、僕も握り返す。
あったかい……小さくて、柔らかな手だな。
繋いでからまた無言で時間が過ぎていき、
「…………そろそろ、行かないと」
時計を見ると、もう搭乗時間だ。時間が過ぎるのは早い。
乗り遅れてはまずい。
ゲートまでは一緒に行き、そこで僕は言葉を紡いだ。
「頑張れよ」
「……うん。頑張る」
たったそれだけの言葉に、香月も返してくれる。
それだけでも、嬉しかった。
でも、そろそろ伝えたいことを、伝えなければ。
「…………あのさ」
「ん?」
時間はぎりぎりだけど、ここで伝えなければ、もう伝えられなくなる。
そう思い、口を開くが、言葉が出てこない。
「………………何でもない」
そしていつもの諦め癖。そして臆病風。ホント、クズ野郎だ。
もう、すぐには会えなくなる相手に、たったの一言も言えないなんて。
俯いて、唇を噛む。くそっ。
その僕に対し、香月が声をかける。
「春風くん」
顔を上げると、まだ繋いだままの手を引かれて、彼女の方が引き寄せてきた。
体全体に体重がかけられ、温もりに包まれる。
抱きしめられているのだと、遅れて気づいた。
驚いている僕に、彼女自身の口を耳元へ寄せてきて、
「――――――」
一言、告げられる。
「じゃあね」
何があったかと呆気にとられている間に彼女は体を離し、ゲートの向こうへと行ってしまった。
そのまま、こちらに振り返ることもなく、搭乗口へと向かい、飛行機に乗って、彼女は、旅立った。
「…………うっ……くっ…………」
僕は、涙が溢れて、止めどなく流れ続けて、顔をぐしゃぐしゃにして、泣いた。胸の中は、後悔でいっぱいに満たされた。
それから数日後に、陽斗や希美と会うことになった。時間と場所を決めて、その場所に時間の十分前には着くように向かうと、すでに二人が待っていて、僕は珍しくラストだった。
その後僕たちは昼食を食べにファミレスに入った。
そこで話したことは、香月の見送りのこと。
「えー!? ハルカゼくんまだ言ってなかったの!?」
「チキンだなぁ、ハル」
「うっせぇ……」
疲れたように微笑みながら、力なく呟く。
言ってんじゃねぇよ。こちとらまだ落ち込んでんだよ。くそっ。
「何で言わないのよ! あの子、あんたから言って欲しかったに!」
「別に僕からでなくても……」
僕からでなくても、向こうからでもいいじゃないすか……。
男からでないと、とか別にそういったルールとかあるわけじゃなし。
なんて、言い訳だ。僕にその勇気がないだけだ。
わかってる。希美が言いたいことは。でも、そう言ってしまった。
「それでも! あんたから言って欲しかったの!」
「そう言われても…………」
もう遅い。
もう、行っちゃったんだからさ…………。
それから数十分と希美からの説教。しかしその言葉のほとんどは僕の耳には入っていかず、ただ流れていった。
「もう! 聞いてるの!?」
「……あぁ……」
「ダメだ。聞いてない」
おかしそうにそう呟き、陽斗が希美を宥める。落ち着け、と。
そして僕に聞いた。
「後悔は?」
「してないようにでも?」
「見えねぇな」
質問を質問で返すと、僕が言いたいこともわかったようだ。というか見るだけでもわかるのだろう。
僕が無理して笑ってる、って。
それを理解したような顔、してる。
「できることなら、今すぐにでも会いに行きたいよ……」
心からの願い。もしくは叫び。
香月がカナダに行って、まだたったの数日なのに。数日会えないのなんて、そんなのこっちにいた時にはしょっちゅうだったのに。国が違うってだけで、もう随分と会ってないような。そんな気になってしまう。
………………寂しい。
特定の人に会わなくなって、初めてそう思った。
そう考えていると、
「会いに行きゃあいいじゃん。別に異世界に行ったわけじゃないんだからよ」
陽斗が不意に口を開き、そう言った。
「簡単に言うなよ……」
そんなの、無理だ……。
「お前、どうせ「無理だ」なんて思ってんだろ? お前らしい、消極的な考え方だな」
そんな考え方してんの、久しぶりに見た。とカラカラと笑いながら、言われた。うるせぇよ。
「やる前から「無理だ」なんて、馬鹿じゃねぇのか? やってみないとわからんだろ。そのあとがどうなるかは、お前の動き次第だけどな。……前にも言ったろ? たまにはデカイ敵に立ち向かうのも大事だ、って。そんで乗り越えてこそ、デカいもんも得られる、って」
…………言われたな、そんなこと。
逃げるのもいいけど、ずっと逃げてるわけじゃダメだ。立ちはだかる壁はぶち壊して前に進め、って。そんなようなこと。言われた。
「同じ地球上にいるんだ。もう会えないようなとこにいるわけじゃない。会いに行こうと思えば会える。今の時代、遠いけど近くにいるようなもんだ。会いたいと思うのなら、会いに行け。それがいつになってもいい。でも、後悔したこと、そのまま引きずってるな。その後悔を解消しに行け」
なんてな。と最後に付け足して、陽斗は笑った。
……そうだな。別に会えないようなところじゃない。カナダなんて飛行機で一本、半日で着く。問題があるとすれば、金銭面。それと、言葉か。
ここでふと、思い出した。
別れる際、香月が僕に言い残した言葉を。
あの言葉を、信じるのなら…………。
カナダに行くような飛行機代も、カナダで通用する言葉も、何もない。全然ダメだ。
――――――でも、だから何だ!!
「行く…………」
「ん?」
「カナダ、行く」
「お、行く気になったか?」
「あぁ」
と言っても、今すぐに行くわけじゃない。行けないさ。金もないし、言葉もまだまだ。それに僕の自立心もまだまだだ。
何もなっちゃいない。できちゃいない。
だから、まずはそれをどうにかする。
「……ありがとう。陽斗。希美」
「おう」
「どういたしまして」
二人に深く感謝して、決意した。
カナダに行くことを。
✽ ✽ ✽
まず、僕は勉強を頑張った。
すでに三年。二年までで、もう単位もいくつも落としてしまっている。まずはそれを取り返すために、再履修できるものは再履して、学びの及ばないところ、わからない部分は先生に質問。ノートも取りきれていないところを陽斗やクラスメイトに頼んで写させてもらった。その僕の変わりように、少なからず、みんな驚いていた。
それから、英語の勉強をし直した。
慶にチャットやビデオ電話で英語を教えてもらった。最初は馬鹿にしたような対応をされたが、僕の気持ちが真剣であるとわかると、快く教えてくれた。それと、大学の先生にも教授してもらった。二年の秋学期の英語の授業の先生だったのだが、とても面白い人だ。英語はあまり好きではないが、この先生の授業はわかりやすく、楽しい。先生からは筆記と、ネイティブでも教えられない部分を習った。
あとバイトも始めた。
賢人から教えてもらって、初めは、なるべく人と接さない、最小限の人付き合いでいけるバイトをして、それから人に関わるバイトもした。人に慣れないと、そして金も貯めないと。そう思ってのことだ。
授業でも寝ないようにし、何事にも僕なりに真剣に取り組んで、勉強をして、バイトもして…………。
僕の生活もガラリと変わり、母さんも父さんも驚いた顔をしていた。
正直、恥ずかしかった。自分が変わったというのを、周りに見せるのが。
でもそんなこと構ってる余裕はなかった。
ただひたすらに、目的のために。ひたむきに。
僕は頑張り続けた。
そして、大学を無事に卒業した。
危うかったみたいだが、僕の頑張りを認めてくれた、ということらしい。
僕の耳には、いつものように片方だけにイヤホンが入っている。しかし本は読まず、目的の場所を目指して歩いている。
わからなくなったら道行く人に声をかけて、住所を伝えてそこへの行き方を教えてもらう。
前の僕なら出来なかった。声をかけるのが恥ずかしくて、怖くて。
でも、もう関係ない。
「…………ここだ…………」
メモとその住所を照らし合わせ、確認する。寮から引っ越したのか。
その家の呼び鈴を鳴らし、中の人を呼ぶ。
出てきた人は、僕の待ちわびた人とは違った。この人はハウスメイトか。
呼んできてほしい、と名前を伝えると、その人は微笑み、家の中に声を張って、その人の名を呼んだ。
それから数分。その人が廊下に出てきて、こちらへと小走り気味に向かって来る。
「…………え」
とそこで、僕の姿を捉えたようだ。
「よ」
とうとう会えた。やっと、会えた。
時間がかかったな。いや、時間かけたのは僕か。
別れ際に告げられた、あの時の言葉のために。
『会いに、来て』
あの言葉を信じて。
「会いに来た」
するとその人は驚き、涙を流して、嬉しそうに笑って。
僕に駆け寄ってきた。
それを優しく抱きとめて、告げる。
「大事な話がある。聞いて欲しい」
今度こそ、伝えるんだ。僕のこの想いを。
諦めずに、逃げないで、臆病風に吹かれないで、今度こそ―――――…………
fin




