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春の風と香る月  作者: 寝台ひつじ
11/13

 文化祭が終わって、振替休日が一日あって、数日が過ぎ、いつも通りの授業に戻った。

 もうあの祭り気分は完全に抜けていた。

 いつもと同じように授業を受けて、昼飯を食って、また授業。

 しかし変わったことはあった。

「あ、春風くん」

 それは、僕の気持ち。

「……よ」

 自分の気持ちに気づいてから、香月と話をするのが少し気恥ずかしい。

 文芸部の部室のドアを開くと、そこには香月の姿がある。

 それだけでも嬉しく感じるようにもなった。

「今日も英語、教えてね」

 隣の椅子を引いて、座席をポンポンと叩いて、そこに座るように促される。

 前はすんなりと座れたのが不思議なくらい、今はちょっと躊躇してしまう。

「あ、あぁ……」

 香月はノートを広げ、わからないというところを指して僕に聞く。

 そこを教えるため、ノートを見るために顔を寄せると、香月もこちらに身を寄せてきた。

 ……今まで気にしたことなかったけど、顔、近いな。

 いつもと同じように説明を聞き終えると、元に戻って座り、シャーペンを手にして、ノートの上を走らせる。

 いつも通り、香月が解くのを、本を読んで待つ。

 そこでふと周りを見ると、僕たち二人しかいないことに、今更気づく。

 そしてそのことを、必要以上に意識してしまう。

 ダメだ。考えないようにしないと。

 首を小さく振って、本に集中しようとするが、なかなかうまくいかない。

「春風くん」

「あい!?」

 急に声をかけられて変な声を出してしまう。

「……大丈夫?」

「あ、あぁ、大丈夫。ごめん。何?」

「うん、これなんだけど……」

 ノートをこちらに見せて、肩を寄せてくる。

 あ、いい香り……。

 ふと感じた匂いに、僕はどぎまぎしてしまう。

「春風くん?」

「え、あぁ、これな……これは――――」

 しかしなんとか取り繕い、英語の勉強に入る。

 近くに香月がいる。温もりを感じる。息遣いが聞こえる。香りがする。

 ………集中できない。

 ここしばらくこうだ。香月がそばにいると、余計に意識してしまい、集中できない。

 どうすればいいんだ?

 自問自答しようにも答えは出ない。

 今日もこうして香月への授業を終えて、うちに帰る。


 しばらく、こんな感じで日々は過ぎていった。


  ✽ ✽ ✽


 秋学期も授業が着々と進み――はせず、台風やらなんやらのせいで突然休講になったりして、それでもまぁ、滞りなく進んでいった。

 授業ももう中頃まで進んだ。中間試験がある授業はすでに試験して、もうそろそろ冬休み。たったの三週間弱だが、休みに入る。


 という事で冬休み。というかクリスマス。

 今僕は香月の家にいる。

「メリークリスマス! かんぱーい!」

 いや、僕はではなく、僕たちは、か。

 陽斗の音頭で、持っているコップを突き合わせて鳴らし、乾杯する。

 いつもの四人……僕、香月、希美、陽斗で、クリスマスパーティーをしようということになり、どこでするか、話し合いで決まった。

 初めはカラオケや居酒屋でいいんじゃないかということになったのだが、居酒屋の方はタバコを考え僕が拒否、カラオケは陽斗が金がねぇと却下された。

 では僕の家はどうか、となったが、生憎この日は都合が悪かった。なのでうちもダメ。陽斗や希美も同じく都合が悪い。という事で都合がよかった香月の家で行うことに。

 しかし香月の親御さんの許可もなしにやるのは禁止、と僕が強く主張したため、予め可能かを聞いて、許可は得ている。柊木家に来た時に、初めましての挨拶も済ませ、許可してくれたことの礼も言った。

 今は香月の部屋で、まさか持ってくるとは思ってなかった陽斗の酒を飲みながら、宴会状態。もちろん僕は飲んでいない。未成年ですから。

「ハルカゼくん、本当にそれでいいの?」

「ん? あぁ。未成年だからな」

「飲んじゃえばいいのに」

「未成年者飲酒禁止法って知ってる?」

 そう言うと希美は笑い、「真面目だなぁ」と爆笑する。

 僕は別に真面目じゃない。でもルールには従わにゃ罰せられる。

「香月、よかったのか? 許可は得てるとは言え……」

 なんとなく、気が引けてしまう。

 彼女の両親は、今リビングの方で食事中だそうだ。

 友人の親がいる中では、なんか盛り上がりづらいな、と。そう思ってしまう。

「大丈夫だよ。二人共楽しんでるし」

 香月は微笑みながらそう告げる。

 楽しんでるって、何をだろうか。娘が友人と一緒に盛り上がるのを聞いてるのが?

 ……楽しいのか? 親にならんとわからなそうだ。

 それにしても……と、つい見回してしまう。

 ここが香月の部屋か……。僕の部屋とは違うな、やっぱ。んで慶の部屋とも違う。

 女の子らしく、人形やぬいぐるみなどの可愛いものがあり、友達との思い出であろう写真がコルクボードに貼り付けられている。タンスだなんだというものはなく、クローゼットが備え付けられている。あとはローテーブルがあり、他にもいろいろと……あるんだけどよくわからない。

 本棚に収められた本が結構あるが、それでも僕の半分未満。僕の方が明らかに多いな。買いすぎ? ですよね。

 それはともかく。この場において、僕にとって重要なのは、ここが香月の部屋だということだ。

 好きな人の部屋に今いる。その事実のみが、僕の心臓を高鳴らせていた。

 …………僕キモいな。やばいわ。

「ん」

 視線を彷徨わせていると、ある一点が僕の目を奪った。

「どうしたの?」

「あ、いや……あの本」

 それは本棚の中にあった、一冊の本。とても薄い、見覚えのある青に白が入った装丁の……タイトルは…………。

 目を凝らしてよく見てみる。見覚えのある装丁、聞いたことあるタイトル、よく知ったペンネーム…………。

「って僕が書いた短編!」

 なぜにこんなとこに!?

「え…………あっ!」

 僕がそう言うと、香月は僕の視線を追い、その本を見た。

 そしてその結果出たのが今の反応。

 え、何その「あっ」って……!

「ん? あー。あれね。文芸部での小説は、書いた人の手元に戻るか、希望者が引き取るんだよ」

 希美が僕の視線を追い、言葉を聞いて、なぜあれがここにあるのかを教えてくれる。

 何それ初耳。自動的に手元に戻ってくるもんだと思ってたよ。いつまでも帰ってこないから処分したんだと思ってたのに!

 てか、それで何で香月が持ってんだよ。何引き取ってんですか!

 そんな思いを込めて香月をジト目で見る。

「え、えっと……その……」

 香月は黙ってしまった。

「この子ね、あんたの小説気に入ったんだって。それで、言おうと思ってたんだけど、忘れてたわ」

 いけねっ、と希美は片手を前に出してごめんの格好になる。

 それならそう言ってくれ。

「まぁ、それならいいけどさ……」

 自分の作品が褒められるのは嬉しいから。

 それに、まぁ、香月が持ってるならそれも……いいかな。

 なんて、ちょっと嬉しく思ったり。

「その代わり……」

 希美は目を細めて僕の側に寄り、声を潜めて言う。

「香月が書いたの、あたしが持ってんだけど……あげようか?」

「……お願いします」

 同じように声を潜めて、小さく頭を下げる。

 しかし心の底では深々と頭を下げていた。

 ありがとうございます。

「まぁ、そんなことは置いといてさ。盛り上がろうぜ!」

 陽斗がそう言って、話を蹴飛ばした。

 部屋のローテーブルには美味しそうなご馳走が並べられている。

 これは全て、柊木家の食事を任されている香月の母が作ったそうだ。美味そう。

 それぞれがチキンやらグラタンやらサラダやら、いろいろと皿に(よそ)って食べている。

「…………美味いな」

 つい声に出てしまう。

 普段なら絶対にありえない。理由は人が作ったものを褒めるのが恥ずかしいから。だが、出てしまった。気が緩んでるのだろうか。

「ホントだ、美味しい……香月のお母さん、料理上手だね」

「あぁ、美味い。羨ましいな」

「えへへ、そう? お母さん、喜ぶよ」

 そう言って香月も喜ぶ。

 屈託のないその笑顔に、僕は見入ってしまった。

「ん? 何?」

「え、あ、いや……なんでも」

 適当にごまかして、皿に盛った料理を食べるのに戻る。

 本当に美味いなぁ。

 若干僕は蚊帳の外だが、四人で楽しく談笑して、三人は酒を酌み交わして、盛り上がっている。

 僕だけ素面(しらふ)か。いや、それでいいのだろう。いざとなったとき、全員出来上がってしまったら助けを呼ぶこともできない。……そのいざってのが来ないといいけど。

 それにしても三人共、結構飲んでると思うのだが、見た目はあんま変わらないように見える。

 うちの父さんもビールを飲むのだが、父さんはアルコールに弱いらしく、すぐに顔が赤くなる。そして眠ってしまう。父さんにとってビールは睡眠導入剤らしい。ちなみに母さんは飲まない。飲めるし強いらしいけど。

 その弱い人をずっと見てるからか、三人が酒に強く見える。

「ねぇねぇ、はるかくん……」

 と思ったらそうでもない人がいた。

 香月は……見た目は変わらないが、たぶん酔ってる。

 ほろ酔い? じゃ、ないかな。泥酔ってほどではないと思うけど……酔ってるな、これ。たぶん。

 でも理性は残してるようだ。セーフ。そろそろお茶とか水とかにした方がいいと思うな。

 ちなみに僕はトマトジュースを飲んでる。

「どうした?」

「ちゃんと話に加わってる?」

 ……何でそんなこと聞くんだろう。

 僕は、今の状況だと基本的にあまり会話に参加してない。見てるだけで楽しいし、加わろうと思ってない。面倒臭くなったから。聞いてるだけでも楽しい。

「あんまり……でも聞いてるだけで楽しい」

「それじゃダメ!」

 なぜか怒られてしまった。

「はるかくんも、話すの!」

 何をですか。

 何を話したらいいのかがわからない。

 そして香月は四つん這いでこちらに近づいてきた。

「ねぇ!」

 そう香月が発した時、彼女の顔は僕の目と鼻の先。彼女の息がかかる。

 …………酒臭ぇ……。

 普段なら嬉しいし、恥ずかしいのだろうけど、今の香月にそう思うことはできない。

 そんなに飲んだのか?

「希美……」

 これどうしたらいいんだ、という意思を込めて香月の友人に尋ねる。

「ん? まぁ、自由にさせてやんな。あたしもそんなに一緒に飲んだことがあるわけじゃないから、香月が何上戸なのかわかんないし。でも、たぶん大丈夫でしょ」

 ケラケラと笑って酒を仰ぐ。

 ぷはーっと口を離すと、陽斗との会話に戻った。

 この二人も結構仲いいよな。息が合うんだろうか。

 それにしても……。これで香月が絡み酒とか、怒り上戸とか、説教上戸になるとかだと嫌だな……。

 どうしたらいいのかわからん。

 父さんのは眠り上戸だから手本にならんし。

「ねぇ、はるかくん」

「な、何でしょうか?」

 香月はさっきと位置を変え、僕の隣にすとんと座って、横から覗き込むように見てくる。

 でもやっぱり近いんだよな……。そして無防備だ。

「私ね、ちょっと悩んでることがあるの」

「はぁ……そうですか……」

 何でかわからないけど、つい敬語になって話してしまう。

 緊張してるのかな、やっぱ。

「あのね、私ね……。大学、やめようかなって、思ってるの」

 しかしその緊張も、その言葉で吹き飛んだ。

「私ね、夢があって、そのために英語習いたくて、英米語学科に入ったんだけど……やっぱ日本じゃ限界があるんだと思うんだ」

「………………」

「だから……大学辞めて、向こうの大学に行こうかなって……」

「……向こう、って……?」

「んー……アメリカとか、カナダとか……そのへん」

「そう、なんだ…………」

 衝撃的だった。

 在学中は、ずっと一緒にられるもんだと思ってた。

 でも、違うんだな。やっぱ、こういうことってあるんだ。

「それでね……どうしようかなって……思ってるの」

 香月の夢、というのが何なのかはわからない。

 でも英語を学びたい、と言うのであれば、確かに外国に行って英語の世界にどっぷりと浸かった方がいい。向こうに行けば、わからなくても、嫌でも英語で話さなければならない状況が出来上がる。身振り手振りででも、カタコトでも、伝えることができるようになれば、着実に力になるし、学びになる。その中なら確実に英語力はつく。

 今受けてる英語の授業の先生も言っていた。

「本気で英語を学びたいと思うんだったら、今すぐ大学なんかやめて、その残りの金で外国に行け。そうすれば嫌でも英語での会話をしなければならない状況になる。その方が英語の勉強になる」

 と、そんなようなことを。

 だから、香月の判断は正しい。確かにそうだ。

 でも、僕個人としては、行って欲しくない。

「行きたいのなら、行けばいいよ」

「え?」

 それでも僕は、自分のわがままを伝えることが怖くて、言えなかった。

「香月が本気でその夢に向かいたいなら、そのためにそうする必要があるのなら、行った方がいいと思う」

 本当は、行かないでって言いたかった。側にいて欲しいって言いたかった。

 でも、それを伝えることを恐れた。怖くなってしまった。

「はるかくんは、私に行って欲しいの?」

「…………僕の意見は関係ないよ。自分のしたいようにしたらいい、と思う」

 僕もそういう時があった。高校とやめるかどうかって時。

 あの時の僕は、やめる事の背中を押して欲しかった。そういう言葉が欲しかった。

 今の香月がどうかわからないけど、僕は、僕なりの言葉で、背中を押す。

 それができてるかはわかんないけど。

「ふーん……そっか…………」

 香月は俯いて呟き、それが少し落ち込んだように見えた。

 でもすぐに顔を上げて、

「そんなことより、はるかくん」

 と言葉を紡いだ。

 そんなことって、おいおい。

 僕は結局ずっと、まとまりのない香月の話を聞いて、相槌を打っていた。

 陽斗と希美は、二人で会話に花を咲かせていて、ほろ酔い程度で盛り上がっていた。

 そして気がつくと、香月は僕に体重を預けて寝てしまい、僕は動けずにいた。

 体重がかけられてる方を見ると、香月が寝息をたてて眠っている。

 本当に、無防備だよな……。僕だって男なんだけど。

 自然と彼女の胸元に目線が行ってしまう。着ているTシャツの衿口から、彼女の鎖骨が見えて、もう少し上から覗き込んだら、もしかしたら下着が見えてしまいそう。

 ……ダメだ。僕、ダメだ。

 小さくため息を吐いて、希美を呼ぶ。

「ん? あれ、香月寝ちゃったんだ」

「横にしてあげてくれないか?」

「わかった」

 陽斗との会話を切り上げて、こっちに来る。

 希美が体を支え、僕は移動して、香月をその場に寝かせる。彼女の上に毛布をかけると、希美はまた元の位置に腰を下ろした。

 ふとローテーブルが視界に入った。そこにある料理のほとんどは食べてしまい、皿は邪魔物になりつつある。

 ちらほらとある料理をひとつの皿にまとめてしまい、空いた皿は、油物を別にして、重ねてしまう。

「持ってくのか?」

 その重ねられた皿を持って立ち上がると、陽斗が聞いてきた。

「早めに水に浸けとかないと、落ちにくくなるだろうからな」

「手伝おうか?」

「アルコール入ってなければ頼んだけどな」

 見た目はあまり変わってないとはいえ、多少の酔いはあるだろう。ふらついたり手が滑ったりして皿を割ってしまうかも知れない。危険だ。

 大人しく飲んでてもらおう。

 でも両手が塞がっているので、ドアは開けてもらう。

 廊下に出ると、ドアを閉めてもらう。

 数歩、歩いたところで、

「あら。わざわざごめんなさいね」

 こちらに向かってこようとしていたのであろう香月の母と顔を合わせた。食器でも取りに来たのだろうか。

「いえ。お料理、ご馳走様でした。美味しかったです」

「あらそう? 喜んでもらえて嬉しいわ」

 片手を頬に当てて、嬉しそうに微笑む。

 やっぱり親子なんだな。

 その笑顔は、香月のあの無邪気な笑顔にそっくりだった。

 柊木母は僕の片手から食器を取り、運ぶのを手伝ってくれるようだ。

 リビングに行くと、そこには誰もいなかった。柊木母の話だと、どうやら香月の父は書斎で仕事をしているらしい。ご苦労様です。

「それじゃあ」

 台所に持ってきた食器を置いて、部屋に戻ろうとするが、

「東山くん」

 柊木母に呼び止められてしまった。

 何だろうか。

 振り返って「はい」と疑問を抱いた表情で応える。

 彼女は、なにやら真剣な、だけど困惑した表情で、口を開いた。

「香月はね、大学、どうするかを悩んでるみたいなの。あの子、翻訳家になりたいみたいで、大学をやめて海外の大学に行こうかと思ってるらしいわ。私たちも、ついこの間その話を聞いたの」

「………………」

「でも……私たちはあの子に、何も言えなかったわ……。本気なのか、考えを変える気はないのか……それくらいを聞くことしか……」

 柊木母は徐々に俯いていき、表情が暗くなっていった。

 この人は、僕に何を言いたいのだろうか。

 それがわからない。でも、

「柊木さんはどう思ってるんですか?」

「え……?」

「柊木さんは、香月にどうして欲しいと思ってるんですか?」

 僕は、ただ疑問に思ったことをそのまま口にした。

 香月の母であるこの人はどう思っているのか、どうして欲しいと思っているのか……。

 香月に、どうなって欲しいのか。

「…………私たちは、本心を言うのであれば、行って欲しくはないの。やっぱり、自分たちの目の行き届かない所に行ってしまうのは、心配だもの……。でも、これは香月が選んだこと……だから、娘の意見を尊重したいと思ってるわ」

 母として、一人の親として、娘が一人他の国に行ってしまうのは心配だが、これは彼女が選んだことだ。他人が口を出すようなことじゃない。自分で切り開いた道を歩んで欲しい。

 そんな気持ちが伝わってくる。とても真摯で真剣な表情をしている。

 なんだ。ちゃんと答え、持ってんだ。

「だから、その…………」

 柊木母は俯いて、言い淀み、そして顔を上げて口を開いた。

「あの子から、あなたに相談されることがあると思います。その時は――」

「もう言われました」

「――出来れば香月に……って、え?」

 話の途中で僕は口を挟んでしまう。

 そのことならもうすでに本人から聞いている。さっき言われたことだ。

 ということを柊木母に告げる。

 もしかしたら酔った勢いでの相談だったのかも知れないけど。

「…………それで、あの……東山くんは何て……?」

 何と言って返答したのか。そう聞きたいのだろう。

 行きたいのであれば、行けばいい。という風に言ったと伝える。

 僕の答えを聞くと、安心したように息を吐き、そして疑問があるような表情になった。

「何で、そう答えたの?」

 単なる興味か何なのかはわからないが、気になったのだろう。

 それに対する答えは簡単だ。

「僕も、似たような経験をしましたから」

「似たような……?」

 柊木母は疑問符を頭に浮かべ、首を傾げる。

 あれは、僕が高校二年の頃。約二ヶ月の夏休みを半分ほど経過して、後半に入ってからのこと。僕は成績はよくないし、授業も基本的に寝ていた。そのことがあったからか、母さんに、

「学校。やめたいのなら、やめる?」

 唐突な質問だった。

 それまで、学校をやめてしまうという考えはなかった。入れてもらったのに退学はダメだろうと、考えていたのだ。しかし、その親から言われた。

 やめたいのならやめるか、と。

 父さんともその話は上がっていて、僕がやめたいというのなら、その話を進めるようになっていたようだ。

 心はすぐに決まった。学校はやめてしまおうと。

 午後からの塾に通って、高校卒業認定試験を受ける、という流れの提案を聞いていたから。それにしようと。

 しかし、僕はすぐに返事が出来なかった。

 躊躇してしまった。それを口にしていいのかと、裏切りになるんじゃないかと。いろいろ考えてしまったのだ。

 少し考える、と結論は先に伸ばした。

 僕はそれから、悩んで、考えて、迷った。

 やめようという決心は変わらなかったのだが、それを言うことを、迷っていた。

 そして僕は、「学校をやめようか迷ってる」という体で、友達に相談した。

 その時、その友達が言ったのだ。

「やめたければやめればいいじゃん。春風が選んだことだ」

 と。僕の決意を、背中を押ししてくれる言葉。

 僕は、やめるということを後押ししてくれる、最後の一歩を踏み出すための言葉を聞きたかったのだ。それを欲していたのだ。

「僕、高校は二年で中退して、そこからいろいろあって今大学に通ってるんですけど、その時、友達に相談したんです。やめるかどうかを。でも、僕はもうやめようと決めてたんだけど、なかなかそれを言い出せなかったんです。だから相談した。やめればいい、好きにしたらいいと、背中を押してくれる言葉が聞きたかったから」

 柊木母は、静かに僕の言葉に耳を傾ける。

 別にそこまでして聞かなくてもいいんだけどな。

「香月がどうかわからないけど……背中を押して欲しいのかなって、思って」

 彼女は僕と違って、背中を押して欲しいのではなく、引き止めて欲しかったのかもしれない。だとしたら僕は薄情なやつだと思われたかもしれないが。

「…………寂しくは、ないの?」

 そう聞いた柊木母の目は、香月だけでなく、僕のことも心配したような色があった。

 何でそれを聞いたのかわからないが、たぶん、どう思ってるのか聞きたかったんだと思う。

「寂しくない――――――わけないじゃないですか…………」

 たぶん今、僕は泣きそうな顔になってる。

「僕も、お二人と同じ考えですよ。寂しいけど、これは香月が選ぶ、香月の人生。他人の、ましてや家族でもない、ただの友人が口を出してはいけないんです」

「……そう……」

 柊木母はそう漏らして、ぎこちなく微笑んだ。

 この日はもう夜も遅く、柊木家に一泊することとなった。


 それから特に大きな行事だ何だとなく、集まることはなく、

 大晦日、正月、三が日を過ごして冬休みが明けると…………、


 香月はもう、大学をやめていた。

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