自覚
そして二週間弱という時間はあっという間に過ぎ、本日はうちの大学の文化祭。その一日目だ。
だがまだ開始時間より早く、まだ賑わっていない。出店する人たちは、食材の調理の準備や点検をしている。
僕はというと、目的の場所に向かうために学内を歩いている。思ったよりも早く着いてしまったので、そこの露店を見て暇潰し。ほとんど潰せなかったけど。
そして向かうは文芸部の教室。文化祭では部室棟は使わないらしい。なので教室を使って、そこを拠点にする。時間前に行くのは、文化祭が始まる前に最終チェックをするそうだから。
いつものように断りもなくドアを開き、中に入る。いつもの部室とは違い、授業に使う小教室。そしてそこは装飾も施されていて、見慣れた教室とは違った雰囲気だ。
「お、東山君。おはよう。早いじゃないか」
そこにいたのは、香月でも希美でもなく、男性。だからと言って、不審者ではない。その人は僕のことを知ってるし、僕もなんとか名前は覚えた。学科は覚えてないが、三年生の足立真司さん。この人が文芸部の部長だそうだ。初めて会ったのがつい五日前。文芸部に訪れた時だ。
文芸部に用がありドアを開けると、そこには香月と希美と一緒に、見知らぬ男性がいた。それがこの足立さんだった。たぶん、このサークルのメンバーなのだろうけど、誰かと思い香月に聞いてみると、部長だそうだということ。そこで簡単に学科と学年、名前、の簡単な自己紹介をした。その後は三人が何か話をし始めたので、用事は次回に流すことにして、僕は部室を出て帰った。
「おはようございます」
だからまだ話し慣れていない。挨拶をするので精一杯だ。それに、何を話したらいいかもわからない。
「小説、できたんだね」
だから向こうから話を振ってくれるのは、すごくありがたい。
「あ、はい。なんとか、間に合いました」
僕が書き終えたのは、ついこの前、四日前のこと。五日前に訪ねたのは、小説の書籍化について聞きたいことがあったから。でもそれももう終わった。香月に教えてもらいながら。
部屋の中を見回し、どうなっているのかを見る。
他の教室の装飾は、パッと見た感じはハロウィン仕様になっていた。例外はいくつかあるが、ほとんどがそうだ。ここも例外の内。ここはハロウィンではなく、普通の装飾。特にテーマは決まっていない。布で壁を覆ってるだけ。
教室の入口付近には受付があり、アンケート用紙とペンがある。アンケートの内容は、気に入った作品について、読んでみたくなった本について、何か一言、の三点だ。あと、年齢と職業についても。
教室の壁際に並べられるとように置かれている衝立には、ネットで拾ったのであろう本の写真と、その本のあらすじとそれに対する感想が書かれた紙が二枚セットで並べて貼られている。これは「感想文」を書いた人たちの展示だ。
配置の替えられた机には、数冊の手作りの短編小説が並んで置かれている。それらは文章も表紙も、文芸部のメンバーが考え作ったもの。全てが完全オリジナルかどうかは知らないが。
その中にある一冊は、僕が書いたものだ。表紙にはネットで見つけた“コブシ”の花の写真を利用させてもらった。理由はその花言葉にある。そしてペンネームは“やまかぜ”。東山の山と春風の風を取って「山風」、“やまかぜ”だ。……説明いらねぇ。
「東山君の書いた小説、読ませてもらったよ」
ぼーっと見ていると突然、足立さんが言った。
え、マジで? 読んだの?
感想を聞きたいような、聞きたくないような……。
「は、はぁ………どうでした?」
そうは思いながらも、やっぱり気になる。
「んー、そうだね……」
足立さんは、顎に指を置いて考える。
やばい。緊張する。ドキドキしてきた。
よかったと言われるか。ダメだったと言われるか。……ちょっと怖い。
そして告げられたのは、
「文章が甘いね」
厳しい言葉だった。
「表現は幼稚だし、語彙も少ない。言葉の使い方も使い回しもまだまだ……。これ、誰かに読んでもらって添削とかしてもらってないよね? 読んでもらった方がいい。その方が力もつくし、経験になる――――」
きっと、つまらなかったんだ。退屈だったんだ。飽き飽きしたんだ。面白くなかったんだ……。
そう思い、僕は落ち込んだ。暗い気持ちになった。
こんなに、こんな風に思うなんて、考えもしなかった。
………聞かなきゃよかった。
しかし、
「でも物語はいいと思うな。ぼくは好きだよ」
褒められた。
「文章はまだまだなところばかりだけど、ストーリーはいいと思うな」
書いてくうちになれるよ。そう言って、僕に微笑みかける。
「……ありがとう、ございます」
すごく、すごく嬉しかった。
甘いし、幼稚だし、まだまだだって言われたけど……好きだと言ってくれた。いいストーリーだと褒めてくれた。
それが、本当に嬉しかった。
よかった……。
作品を作って、褒められた。……でも今まで感じたことないほど、嬉しかった。
僕たちの会話はそこそこに、しばらくすると、再びドアがスライドされ、香月や希美が入ってきた。
「あ、春風くん。もう来てたんだ。部長、おはようございます」
「おっはよー。ハルカゼくん早いね」
僕と足立さんはバラバラのタイミングで、それぞれが「おはよう」と告げる。
そして香月は僕の手元を見て、一気に顔を赤くし、素早く近づき、僕の手からそれを奪い取った。
それというのは、展示している短編小説の一つだ。
「……まだ読んでたんだけど」
少しキレ気味で、低めのトーンの声で言う。
「そ、そうだけど……」
「わかってんなら取るなよ」
「で、でも……」
「文化祭でのお楽しみ、と言ったのは、香月だぞ?」
「だけど……」
僕が読んでいたのは、香月が書いた小説。ペンネームはわからなかったが、足立さんに教えてもらった。彼女のペンネームは“ホーリー”。柊木の柊から取ったそうだ。
でも、それだとholy、神聖なって意味になる。柊はholly、ホリーだ。こいつ本当に英米語学科なのか……?
「続き、読ませろ」
「でも……」
「ほら」
手を突き出して、未だずっとなおも低いトーンで、要求する。
「春風くん……怖いよ……?」
うるせぇな。さっさと寄こせ。
「香月。渡した方がいいよ」
「恥ずかしがらずに」
希美と足立さんが声をかける。
そのおかげか、香月は渋々といった形で本を返した。
本を受け取った僕は、すぐにさっきまで読んでいたページを探し、再び読み始めた。
「怒ってる……」
「そりゃね……」
「読んでるのに突然取り上げられたら怒るよ……」
三人の会話を聞き流しながら、黙々と読み続けた。
ふぅ……読み終えた。
しばらくして僕は本を閉じ、ため息と共に顔を上げる。
そして周りを見ると、いつの間にやら僕を入れて四人から九人に増えていた。
あー、そっか。文化祭の最終チェック。
その後は僕も参加して――と言っても対してやることはなかったが――最終チェックを終わらせた。
あとは各自、シフトの時間にここに来て、受付をするだけだ。
「それじゃ。解散」
受付をやる人だけは残り、あとは解散する。
最初の受付は、僕と香月だ。なので僕と香月が残る。
二人して、並んで椅子に座る。しかし。
あれ? 何だろう。空気が重い。そして雰囲気が暗い。
何かあったんだろうか。
「ね、ねぇ……春風くん……」
この沈黙を破ったのは香月。しかしその声には元気がない。
「ん?」
「えっと……まだ、怒ってる?」
「何に」
「本……取っちゃったこと……」
…………あぁ。あれか。
僕の態度になんとなく覚えがある。
「いや、別に」
「怒ってない?」
俯き加減で、上目遣いで、再度問われる。
「……あぁ」
「そっか……」
それで一度落ち着いたが、また質問。
「じゃ、じゃあ……なんであんなに怒ってたの?」
「は?」
「やっぱり、本、取ったから?」
怒ってた?
あの時は確か…………。
「たぶんそれ、本の登場人物に怒りを感じてたんだと思う」
「へ?」
僕は感情移入しやすい方だ。そしてそれが現実の感情とリンクする。
登場人物に対し、怒りを感じてたら、実際にキレてる。楽しいことがあれば、実際に楽しい。面白ければ、声を出して笑う。それを隠すことができない。外では控えめにはするけど。うちの中では怒りを感じてベッドを殴ったこともある。大声を出して笑うことは多い。何度もそのシーンを思い出してニヤニヤしたりする。
しかもその感情を引っ張って、少しの間そのまま不機嫌だったり、愉快だったり、ニヤニヤしてたりする。
だからたぶん、香月に対する態度は、そこからの延長だったのだと思う。
「悪者っぽいキャラがムカつくことしてるようなシーンで、そのキャラに殺意を覚えてる時に、ちょうど香月が本を奪ったんだ」
だから、そのとばっちりだったんだと思う。
口調もいつもよりきつく、刺々しくなるのは自分でもわかってるから。
「香月に怒ってたわけじゃない。だから気にすんな」
「……何だぁ……」
香月は心底ホッとした、と言うように胸を撫で下ろす。
「そっか……よかった」
空気が軽く、和やかな雰囲気になった。
うん。よかった。
「それで、小説だけど」
「あ、う、うん」
しかし緊張感のある空気になってしまった。
あちゃー。失敗しちゃった。
でも構わずにそのまま続ける。
「よかったよ。僕は好きだ」
「ホント!? よかったぁ」
純粋に、あの話は好きだった。
主人公とその友人が喧嘩をしてしまうのだが、第三者の力を借りて仲直りをする。という話だった。その中でなんかムカつくキャラがいたのだが……あいつのことは思い出したくない。またイライラしてくる。
とにかく、すごくよかった。好きなタイプの小説だった。普通に売ってたら買いたいくらいに好きだ。
「他にも書いてるんだろ? 次はそっちも読みたいな」
「え……う、うん……じゃあ、そのうち……」
香月は恥ずかしそうに、しかし嬉しそうな表情で、俯きながらも頷く。
次はどんなのが読めるのか、楽しみだ。
それから、受付の交代時間まで、見に来る人も特になく、暇だった僕たちはただ談笑をしていた。やっぱ、昼前だから文化祭に来る人自体が少ないのかな。
午前の担当時間が終わり。今日は昼過ぎの時間にもう一度担当する時間がある。それまでは暇だ。
…………露店でも見て回ろうかな。
そんな考えが一度頭を過ったが、ふと隣を見て思った。
香月はどうすんだろう……。
それは今まで考えたことのあるものとは、少し違う気がした。
これがもし陽斗だったとすれば、気軽にどうするのかを聞いて、「じゃ」と言って別行動するか、面白そうだからと付いていくだろう。希美なら、何も聞かずに別れて、適当勝手に動いただろう。
でも、香月に対しては何か違った。興味や好奇心だけではない、違う「何か」が感じられた。それが何かは、まだわからないけど。
「春風くんは、このあとどうするの?」
そんなことを考えていると、向こうから話しかけられた。
返事をしようとしたら、一瞬ドキッとして言葉に詰まってしまった。
「ち、ちょっと、見て回ろうと……」
「そっか。じゃあ、一緒に回る?」
香月からの提案。
それは、僕も考えていた。香月に特に用事がないのであれば、一緒に回るのもいいかもしれない、楽しそうだ、と。
だからその提案は嬉しかった。が同時に、実際に言葉にされたからか、少し恥ずかしくも感じた。だから、
「あ、あぁ。いいよ」
そう答えるのでも、いっぱいいっぱいだった。
僕たちは並んで歩き、文化祭を見て回った。
外の露店では、チョコバナナや焼きそば、焼きうどん、焼き鳥にフランクフルト、たこ焼き、チュロス、ライスバーガー、お好み焼き、じゃがバタ、ホットドッグ、タコス、大判焼き、カレーなどの販売。
室内では、手作りのバッグやミサンガなどの小物、オリジナルデザインの缶バッジ、地域歴史の展示、少年犯罪についての展示、カフェ、ブラスバンド部による演奏、写真の展示、イラストの展示、自主制作映画の上映、環境についての展示、フラワーアレンジメントのチャレンジ体験など。展示や演奏、販売を行っていた。
いろいろな店で買い食いして、様々な教室に入って展示を見たり演奏を聴いたりした。
その中で、時間もぴったりとあったこともあり、元から行こうとしていたところに向かう。
「ん? お。ハルじゃん。それに柊木さんも」
「よ」
「こんにちは」
僕たちが来たのは陽斗が所属する映画研究会の映画上映をしている教室。
今の時間は映画上映開始の十五分前。まだ客入り前のようだ。
「映画見に来てくれたのか?」
「うん」
「興味あるし」
僕たちが出演しているわけでもある。
…………思い出さなきゃよかった。恥ずかしくなってきた。
それに、香月が書いた台本だ。
「興味、あるし……」
「ん? 何で二回言った?」
「……気にすんな。もう入れんの?」
「いや、まだだな。あと五分くらいしたら入場可能だ」
入口となっているドアの前には、短めだが列が出来ている。パッと見ざっと二十人弱。
次の部は二度目になるようだ。午前中、僕たちの担当時間が終わる頃に一度目の上映を行い、それから片付けや準備などして、次が二回目、ということらしい。
「中は飲食自由だから、今のうちに何か……っていらねぇか」
陽斗は一度その列を見て、またこっちを見ると、自分で言葉を拒否した。
僕たちの手には、タピオカやレモネード、ホットドッグにポップコーンにチュロスがあった。そして僕のバッグにはクッキーもあったりして。
ここに来る前に、既にいろいろと買っていたので、もうその必要はなかった。
「お前ら文化祭満喫してるなぁー」
カラカラと笑い、眉をハの字にする。
うっさいな。祭りでテンション上がっただけだ。
「それにしても……」
陽斗は僕たち二人を交互に見ると、にやにやと笑む。
そして僕の肩に手を置くと、
「おめでとうな」
何か祝福の言葉を僕に送り、
「うんうん。そっか。とうとう……」
と言って、何度も頷き、何度も肩を叩いてきた。何を言いたいんだ、こいつは。
なんて話をしているうちに開場時間になった。
入口のドアが開けられ、中から「どうぞ」と誘い入れる声があがった。
「ん、じゃあな」
「おう。感想とかいろいろ聞かせろよ」
陽斗とはそこで別れて、僕たちも列に並ぶ。
数分すると教室に入ることができ、前の方が空いていたのでそこに陣取る。前から二列目の真ん中だ。結構見やすくてちょうどいいかも知れない。……いや近すぎたかな?
「楽しみだね」
「そうだな」
自分たちも出てると言うことで、結構楽しみだし、どんな風に使われてるのかもちょっと見てみたい。
「香月は、これの台本を書いたんだろ? 内容わかってるんじゃないか?」
これのシナリオライターは彼女だ。ストーリーは知ってるはず。
なのに楽しみなのだろうか。
「そうだけど………あれだよ。原作を知ってるうえで、映画化を見る、みたいな」
「あー。なるほど」
納得した。そういう視点で見れるのか。それなら楽しみなのだろう。
少しすると上映開始時刻になり、映研メンバーからのアナウンスが入った。
「これより、映画研究会自主制作映画『あなたに想いを』が上映されます――――」
注意事項が述べられ、教室の電気が消されて、プロジェクターを使用した映画がスクリーンに映し出された。
主役はヒロイン、ひとりの女の子。高校一年生の女子だ。
高校に入学して、数日が経ち、友達もたくさんできて、だいぶクラスにも馴染んできた。しかしある日の帰り道、その子は落し物をしてしまう。
その落し物というのは、ビーズで出来たリスのストラップだ。
ヒロインはおばあちゃんっ子で、おばあちゃんが大好きだった。だがある日、病気で亡くなってしまい、ヒロインはひどく泣いた。そんなおばあちゃんに作ってもらった、大事な大事なリスのストラップだったのに、なくしてしまった。
いつ、どこでなくなったのかもわからない。それでも、見当をつけて、ヒロインはずっと探した。
そんな時、ひとりの男の子が現れる。それはクラスメイトの男子だった。ただ通りすがっただけの男子だが、一緒にストラップを探すのを手伝ってくれる。
ストラップはその男子のおかげで見つけることができた。
ヒロインにとって、その大事なストラップを見つけてくれた彼は、ただのクラスメイトではなくなった。
それからヒロインは彼を意識するようになり、夏休みに入ったら、一緒に映画へ行ったり、祭りに出かけたり……。いろいろなことを一緒に行なった。一緒にいるうちに、ヒロインはそれが恋なのだと知る。
そして夏休みが終わる前に、想いを伝えることを決意する。
………………だいたいこんな感じかな。
上映が終わって、教室の中にいた観客たちは、それぞれに感想を述べながら席を立ち、出口へと向かう。
僕たちもそれに続いて廊下に出る。
とそこには待ち構えていたかのように待っていた陽斗が。
「よう。映画、どうだった?」
「よかったぞ。でも、最後、締めはあれでよかったのか?」
この映画、最後は告白する決意をする段階で終わっている。
告白もせず、告白寸前でもなく、そういう雰囲気を醸し出しているわけでもなく、決意の段階。
「それに、元々私が書いたのから少し端折ってたね。それに少し変わってた。あと、あれ、半分も行ってないんじゃない?」
「え、そうなのか?」
「うん。私が書いたのだと――――」
香月の話だと、ヒロインが彼を意識するようになってから、
夏休みに入って、一緒に映画へ行ったり、祭りに出かけたり。秋の文化祭では一緒に見て回り。冬休みの正月は友達も含めて一緒に初詣に行き……。いろいろなことを一緒に行なった。一緒にいるうちに、ヒロインはそれが恋なのだと知る。
その想いを伝えようと決意してから、しかし最後の一歩が踏み出せずに時間は流れていき、二年生になってしまう。
二年になってからの夏休み前。あの男子が夏休み中に転校してしまうことを知る。
「そしてヒロインは――――」
「ヒロインは?」
続きが気になって、興奮して先んじてしまい、香月の言葉を止めてしまった。
そのせいか香月は語るのを止めてしまい、口元に指を当てる。
気になって続きを急かすと、いたずらっぽく笑って、
「それは内緒」
と告げられた。
まさかのお預け!?
続きが気になってしょうがない。
「途中までしか作られてなかったけど、あとはどうするの?」
続きの語りを要求しようとしたら、香月が急に陽斗に話題を振った。
話す気はない、ということか…………。
…………気になる。
「あれは……仕方なかったんだ……」
陽斗は遠い目をして答える。
「あれ……学園祭のシーンとか大晦日のシーンとか初詣のシーンとかあるだろ? 流石にそれをこの時期に撮るほどの余裕と財力と技術、その他諸々は、うちのサークルにはない」
あれで精一杯だったんだ、と陽斗は言う。
いや、大学のサークルにそこまでのことを求める方がおかしい。
それなら金払って映画製作会社に頼むべきだ。
「出来れば、こっちとしても最後まで撮りたかったんだけどな…………時間もないし、時期的にも撮れるとこまでしか出来なかったんだ」
「そ、そっか……うん、そうだよね……」
「でも、いい出来だったと思うぞ。続きは乞うご期待って感じだな」
「あぁ、それなら――――」
僕が口を出して言うと、陽斗は一度教室に戻って、少ししてからまた出てきた。
その手には一枚の紙。
「これ。映研と文芸部の共同制作映画の宣伝チラシ」
陽斗にその紙を差し出され、それを受け取る。
そこには確かに「文芸部が書いた小説を映研が映像化した映画を公開!」と書かれている。こんなチラシを作ってたのか。
でも、これがどうしたんだ?
横から覗き込んでいた香月と顔を見合わせ、互いに疑問符を頭に浮かべる。
そして同時に陽斗に視線を向ける。
「ほら、ここ。ここ見ろよ」
その疑問を察した陽斗は、チラシの端、右下を指して言う。
そこに書かれていたのは、
「「文芸部にて、この原作小説を販売してます」」
僕と香月は同時に声に出してその一文を読んだ。
「マジで?」「嘘ぉ!?」
一文を読んですぐ、二人は同時に反応したが、そのリアクションは全然違った。
僕は喜びの声で。香月は驚愕の声で。
でもそれは僕たちの耳には届いていなかった。初耳だ。
「お前ら文芸部なのに知らなかったんだな」
カラカラと笑いながら、告げる。
いや本当に驚きだわ。
そこで思い出して、携帯で時間を確認すると、
「あ、やべ。そろそろ時間だ」
もう午後の受付の担当時間になる。もう行かなきゃ。
香月は香月で、今日はもうその担当はしなくていいが、用事があるらしい。そのために帰らなければいけないそうだ。その時間もそろそろだろう。
「僕、そろそろ行く。じゃあね」
そう言って僕はチラシを持って二人から離脱する。
「春風くん――――」
香月が背中に向けて何か言ったようだが、それを僕の耳では聞き取れなかった。
僕って結構耳悪いんだよな……。
文芸部の展示教室に来てみると、僕と一緒に受付をする人がもう来ていた。
「東山君。来たね」
一緒に担当するのは、部長の足立さんだ。
やべぇ、緊張する。何話していいかわかんねぇ。
「すみません。遅れました」
「いやいや。ちょうどだよ。ぼくもさっき来たところだし」
それはたぶん、嘘だ。さっき来たのであれば、文芸部の誰かとすれ違ったと思う。しかしそんな人とはすれ違うことはなかった。
まぁ僕が来た方とは違う方に向かったんなら別だけど。方向が違ったらすれ違うとか無理だし。
足立さんの隣の椅子に腰をかけ、受付の態勢に入る。
でも、緊張する。
そこまで親しくない人と一緒にいるのって、すごく苦手なんだよな……。
しかも二人きり。すげぇ嫌だ。もう帰りたい。
「あ、そういえば……」
そんな風に思ってたのだが、ふと思い出した。聞きたいことがあったんだ。
ついさっき話してたことなのに、もう忘れてやんの。流石、僕の記憶力はひでぇな。
「足立さん。これなんですけど……」
と貰ったチラシの隅を指差しながら、見せて問う。
あの「文芸部にて、原作小説の販売」の一文だ。
それを見ると、足立さんは「ありゃりゃ」と零した。
「バレちゃったんだ。これ知ったら柊木さんが全力で阻止しようとするだろうから、わざと教えなかったんだけど……」
足立さんはぶっちゃけた。
「これ、どこで?」
「映研で……。友達が所属してるんで」
「あー、なるほど。……その時、柊木さんは……」
「いました。一緒に聞きました」
でも今日はもう帰りました。とそこまで伝える。
「……明日、怒られるなぁ」
部長で年上のくせに、気が弱い人だ。
「それで、これって売ってるんですか?」
つい気になって、聞いてしまう。
本当に売ってるのなら欲しい。
「うん。あるよ」
受付の席から立ち、奥の隅に行って、そこから何かを引っ張り出してきた。
彼の手にあるのは、一冊のハードカバーの本。そこに書かれていたタイトルは、
「『あなたに想いを』。これでしょ?」
僕が尋ねた、映研で映画になった本だった。
「これ、本当はまだ売ってないんだけどね……」
そう言われて、チラシを見てみて、と言われて確認する。
そしたらあの一文の下に、少し小さくなった字で「一日目は十五時、二日目は十四時、より販売」と書かれていた。
売ってるということを知って、興奮状態になってて気づかなかった。
てか、これどっちも香月が確実にいない時間だ。どっちも用事があって、この時間には帰宅してることは、確認済みだ。サークルのみんなが知ってる。……計算されてるな。
そして今はまだ時間より少し早い。まだ販売していないというのは本当か。
うーん……出来れば今すぐにでも欲しいんだけど…………時間まで待とう。
と腹を決めたのだが、
「でも、東山君ならいいかな。はい」
足立さんからその本を渡された。
「え、でも、いいんですか……?」
「うん。文芸部のメンバーだし、それに……」
少し間を置き、机に置かれた手作り小説を一瞥してから告げた。
「柊木さんの本、読みたがってたし」
「………………」
やばい。たぶん今、顔赤くなってる。熱い。
「ありがとうございます……」
恥ずかしい。何がかはよくわからないけど、恥ずかしい。
でも金払わないと。
そう思ってバッグから財布を出すと、
「あ、いいよ、お金は。プレゼントだよ、プレゼント」
なんて言われた。
いやいや。これ一冊書籍化するのにいくらかかってると思ってんだよ、部長。僕は知らないけどさ。
食い下がって金を払おうとするが、足立さんはそれを拒み続ける。
「じゃあ、半分だけでも出しますから!」
「いいって。他のメンバーもタダで持ってってるから」
それが僕にとってのとどめになった。
……他にも金払わずにもらってんなら……と。
そして僕は折れてしまった。
「ありがとうございます」
バッグにその本を入れ、深々と頭を下げて、礼を告げる。
「いやいや。どういたしまして」
そうして支払いするか否かについての話は終わった。
話がまとまったので、互いに椅子に座って談笑。その中で、
「それにしても、あの映画……東山君と柊木さんも出演してたんだね」
見たときはびっくりしたなぁ。
あははと笑いながら足立さんが言った。
しかし後ろの言葉は、耳から耳へと流れ出ていった。
え、は? 見たの? てか見つけちゃったの?
「あ、足立さん……あれ、見たんですか?」
「うん。今日の公開第一回目を。柊木さんが書いた小説を元にしてるのは知ってたし、見たかったからね。でもまさか二人が撮影に参加してるとは思わなかったな。遠くの後ろ姿と横顔を見ただけだけど……やっぱり二人だったんだね」
僕たちが演じたシーンは、確かに映画に使われていた。
ヒロインと主人公が公園を散歩中、離れたところにいる仲睦まじいカップルが遠ざかって行くのをヒロインが目撃し、あぁなりたいと心の内で漏らすシーン。
実際に撮影してたから、僕たちはどこで使われたかがすぐにわかった。それを見て一瞬二人してスクリーンから目を背けたし。
でも出てる時間も短いし、遠目で小さく出てるだけだから、わかる人なんていないだろうと思ってたのに……早くも知人に、しかもサークルの部長に指摘されるとは思わなかった。
すげぇ恥ずかしい。
今すぐここから飛び出していきたい気分だ。
「まぁまぁ」
恥ずかしさで突っ伏せている、顔が赤くなってるだろう僕に、宥めるかのように言う。
そんなやりとりから少しして、僕の心が落ち着いてきた頃に来客。
「ハルカ」
その人に声をかけられて顔を向ける。
「うす」
同学科、同学年、他クラスの成海賢人だ。僕が勝手に呼んでるあだ名は「ミタツ」。名前で呼ぶ方が多いけどね。陽斗と同じように友人。でも陽斗ともクラスは違う。
僕と陽斗は、クラスは違うが、授業の履修プログラムは似ているため、よく話すが、ミタツとはプログラムも違うし、同じ授業でもこいつは後ろの方に座ることが多いから話す機会もちょっと少ない。
それでも僕としては友人だと思ってる。同学科の他の学生よりもよく話すし。
「よー、来たのか」
前に会った時に、僕が文芸部に入った云々(うんぬん)という話はしていたのだが、顔出さんでもいいだろうに……。
「あぁ。大学に来たのは今し方だけどな」
「自分のサークルの方はいいのか?」
ミタツもまたサークルに入っている。確か、イラスト系のサークルだったと思う。サークル名は、クリエイティブ・アート・イラストだったか。オリジナルのイラストを描いて、それをラミネートカードやしおり、ハガキにして販売したり、テーマを決めて描いた絵を展示したり、イラスト集の本のような形にしての無料配布をしていた。
そっちにもうちのような受付はあり、アンケートも行っていた。たぶんうちと同じように受付の担当をする時間があるはずなのだが……。
「オレは午前中は当番なかったし、バイトしてて」
「文化祭の日に入れてんなよ……」
僕は呆れたように言う。
ミタツは僕たち三人の中では唯一バイトをしている。だから三人で遊ぼうという時に、よくバイトのシフトが入ってるということで断られることが多い。そのバイトの内容は確か……ファストフード店でお好み焼きを焼いてるんだったかな?
「まぁ、入れちまってたもんはしょうがないだろ」
悪びれるわけでもなく、あっけらかんと言う。
その発言に、また僕はため息を吐く。
いやまぁ、予め入れてたんならしゃーないけど……。
「んじゃ、これ。アンケート、記入の協力よろしく」
「あいよ」
アンケートボードとペンを渡し、会話を終わらせる。
僕と陽斗と賢人は、クラスは違うが結構仲がいい方だ。一度賢人の家まで遊びに行って、一泊して、酒盛りをしたことがある。と言っても飲んだのは二人だけで、僕は飲んでないけど。それが今年の冬頃、春休み前のことだったと思う。違うかもしれないけど。
あの時は僕だけが十八、賢人が二十歳になり、陽斗はもう過ぎていた。賢人は一度浪人してからの入学だそうだ。
二人共が酒を飲む。だから二人で飲みに行く計画を練ってるようだ。タバコがあまりきつくないようなら、僕もそれについて行こう。僕は未成年だから酒は飲まないけど。それに、社会に出たら嫌でも飲みに行かにゃならん状況もあるだろうし。出られるかはわからんけど。
「なぁ」
「ん?」
ミタツがボードで僕をつついて呼ぶ。ボード使うな。
「お前も書いたんだろ? どれよ」
興味ありげに聞いてくる。
読まれるのか……なんか嫌だな……。
というわけで教えないことにした。
「自分で探してみろ」
「どうせこれだろ?」
僕が言い放つと、間髪入れずに本を掲げて見せる。つーかどうせとか言うな。
……あれは、コブシの花が表紙の……って、僕のじゃん!
「何でわかったし」
しかも一発で。
「東山の山と春風の風で“やまかぜ”なんだろ?」
推測か推理かわからんが、その通りだった。
わかりやすいのかな。
ミタツはそのまま椅子に座って、僕の短編小説を読み始めた。
少しすると数人の来客があり、アンケートを記入してもらった。ほとんどの人が本に対する感想文を読んで、僕たちの小説をパラパラと見ただけ。興味はあるが、そこまでする気はない、といった感じ。
他に、映研での上映を見た人が香月執筆の本に興味を示して購入に来た。それでも数人。大学生が作るクオリティのものだ。こんなものなのだろう。
しかし何人買いに来るかわからない、という事で五十冊くらいを製本化したらしい。百では多いし、二、三十では少ない気もする。そんなわけでそのくらいなのだそうだ。もしそれ以上に求める人がいるようなら、あと二十冊だけの追加も可能だとか。
そこまで欲しがる人もいないと思うけどさ。大学生が書いた、学内で売られてるような本なんて。僕は欲しいけどね。大学生がどんな小説書くか興味あるから。
「んじゃな」
いつの間にやら本を読み終えていたらしいミタツは、アンケートを折り畳んで回収ボックスに入れて、教室から出て行った。
それからしばらくして、交代時間が来た。
さて、今日はもうやることもなくなった。
帰ろう。
✽ ✽ ✽
次の日は文化祭の二日目。
今日の受付担当時間は午後から。なので午前中は家で寝て、昼前に電車に乗って大学に来た。
文化祭の内容は昨日とほとんど変わらない。強いて言うのであれば、昨日行っていたステージ上での何かしらは終わり、今日は軽音部かどっかのライブをやるらしい。興味はほとんどないのでそのへんは適当に覚えてる。
……よく覚えてるな。珍しく。
でも腹は減るので露店で食べ物やら飲みものやら買って、もりもりぐいぐいと飲み食いして腹に入れていく。美味いな。味は昨日と同じだけど。
今日は香月とも希美とも足立さんとも違う、文芸部のメンバーと受付を担当することになった。
めっちゃ居づらい。
かと思ったのだが、向こうからいろいろと話しかけてくれたおかげで、なかなか和やかに、ゆっくりと過ごせた。
談笑している間に、また来客が来て、アンケートの記入協力をしてもらう。昨日よりも少し多めに人が来ているのは、きっと今日が日曜だから。
そして、きっと映研で公開してる映画を見て来たのであろう人も来てくれ、香月の小説を買いたいと申し出る人も。昨日は僕が帰ったあとも購入していく人がいて、四十冊程売れたらしい。そして追加可能だった二十冊も出し、今日は昼頃から売り始めて、さらに今もう少し作っているらしい。十冊ほど。
結構好評のようだ。
なんとなく、僕も誇らしくて嬉しい。
受付の担当時間が終わり、次に交代する人たちと入れ替わった。
さて、帰ろうかな。文化祭は昨日見尽くしたし。
そう思ってバッグを持って、外に向かうために階段を下りていると、
「あれ、ハル。もう終わったのか」
「よぅ、陽斗。何だ、何の用だ」
「お前んとこの教室、行こうかと思ってたんだけど……帰るのか?」
「今日はもう用はないからな」
「んじゃあ俺も」
と言って僕の隣に並ぶ。
そのまま大学の門を潜り、大学の敷地外へ出る。
外に出るまでの間も学生や露店を出してる人からの「いかがですか~?」と声がかかる。しかし全てスルーした。もう結構食ったし。
駅までの道、陽斗と並び、他愛もない雑談する。
どうやらこいつも昨日僕が帰ったあとにあそこに行ったらしい。そして僕の小説を読んだそうだ。こいつにはあんまり受けはよくなかった。ちょっとショック。そして香月の本を買って帰ったらしい。
そんな話の中、唐突に陽斗が切り出してきた。
「お前、変わったよな」
「そうか?」
「あぁ。なんか、明るくなった」
明るく?
「僕は元から明るい方だぞ」
「いやまぁ、そうなんだけど……なんつーか……前はさ、目標もなく、ただただ生きてるって感じだったけどさ。今は、目標というか、なんかそういうのがあるような、前向きさがあるように見えるんだよ」
うわ、わかりづれぇ……。
てか目標て。今も昔もないよ。いや前はあったか。なくなったんだ。
今もないよ、目標なんて。
「よくわからん」
「ふーん……そっか」
陽斗は考えるように視線を上に向けて、口を開いた。
「柊木さんと出会ったからかもな」
からかうような口調で、しかし確信と自信を持ったような力強さで、にっと笑って言った。
「っ! なっ、はぁ!?」
「俺があん時、お前に用事を頼んだから、出会えたわけだから。俺のおかげだな」
はっはっはっ、と大きく笑う。
おまっ、何言ってんだよ!
「あ、あいつは関係ないだろ!?」
「ん? 関係はあるだろ。柊木さんと会って、お前は変わったんだから」
「別に、それは、原因が香月って証拠でも――――」
「証拠って、子供かよ」
「だ、大体……僕が香月と会って、何で変わるんだよ」
「は? だってお前、柊木さんと付き合い始めたんだろ?」
「は!? 何言ってんの!?」
「あれ、違うのか? 昨日一緒にいたし、てっきりデートなんだと……」
「違ぇよ!!」
何それ! あれってそう見えるわけ!?
そしてあの時、映研の映画を見に行った時のあの陽斗の意味がわからなかった行動を思い出した。
あれってそういうことだったのか!
僕たちが付き合い始めたと思ったからあんなこと言って、あんな風に肩を叩いてきたのか!
「なんだ違ったのか……すまんな」
「いや、いいけど……」
いやよくはないけど……よくはないかもだけど……。
別にイヤってわけでも…………。
「僕はともかく、相手に迷惑だろ」
僕は、って……僕はどう思ってんだよ……。
そう言うと、陽斗は心底呆れたといった表情で、
「は? 何言ってんのお前」
驚きの声を上げる。
「……何のことだよ」
それに対して聞き返すと、深いため息を吐いて首を振られた。
そしてその話とこの空気を変えるかのように、違う話題をふられる。
何なんだよ、今の……。
その後はすぐに駅に到着し、陽斗が向かう方のホームにもうまもなく電車が来る様子だった。陽斗はその電子掲示板を見て「じゃ、またな」と言って走り去った。
向こうの電車が去ると、入れ替わるようにこちらの電車が来た。
週末だし、まだ明るいので席には余裕があり、すぐに座ることができた。
座席に座って、いつもの読書スタイルになる。しかしまた本の内容は頭に入ってこない。
その代わり、頭の中はさっきの陽斗の言葉と、香月のことでいっぱいになった。
「…………やべぇ…………」
そして気づいてしまった。
僕は香月のことが、好きなんだ。




