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魂のふるさと

 時刻は午後一時。今まさに橋の上を一台の車が通過しようとしているところであった。白の軽自動車は小川を渡り、少し廃れた印象を受ける町に侵入するところだ。

 進行方向の土手の上には虫取りに勤しむ少年少女達の姿が見える。夏の日差しに負けまいと、半そでを更に捲し上げ、きゃあきゃあと歓声をあげているその姿は夏の到来を象徴するように光景だった。

「どうだい、七年ぶりの故郷は。何か思いだせた?」

 運転席に座る女性が、後部座席に向かってそう問いかける。女は長い髪を一つにまとめ、おっとりとした目をしていた。

「七年前っていうと、小学三年生くらいかね? まーアタシも自分の七年前のことなんてほとんど覚えて無いんだけどもさ」

 女は相手の反応を聞くより先にそう続ける。まるで最初から答えが帰って来ないことを予測していたかのように。

「あれが駄菓子屋で……。流石にあんたも見たことはあるよね、駄菓子屋くらいは。んでもって、あれがこの町唯一のコンビニ。都会と違って新鮮な野菜が売ってるの。確か、一人息子が高校生とか言ってた気がするね。縁があったら仲良くしてやんな」

 ここを曲がったら商店街。だとか、このまま直進すると神社などと簡単な案内をするも、背後からの返事は無い。

「あのさぁ……」

 懐からタバコを取り出し、気疲れした様子で女はバックミラーに目を向けた。

「アンタは最低な環境に居て、最低な目にあった。その事に傷ついていることくらいアタシも分かる」

 でもね、と言いながらタバコに火を点け。

「そんな目に遇ってまでアタシに気を使っているんだったらやめとくれよ。もっと上手く立ち回っていれば何て考えちゃいけない。終わったことなんだよ、全部。一番の被害者はアンタなんだから。気に病むことなんてないのさ」

 換気の為に開けられた窓から外部の空気が侵入してくる。新鮮な空気だ。

「馬鹿になって騒げ。とは言わないさ。ただ、さっき言ったように。アンタの生活はここでまた始まるんだ。そして一緒に暮らすのはこのアタシ、言うなれば親の代わりだ。遠慮することは無い。わがままだって許すよ。……この町で幸せになりな。自分じゃ分からないと思うけど笑顔が似合うんだよ。アンタは」

 そう言い終わると照れ隠しに窓の外を見る。暖かな町の光景がそこにはあった。

 後部座席の少女に向け、女は告げた。彼女が今日から住むことになる町の名を。

「ようこそ、(はこ)(もり)へ。──とか言っちゃってね」


      □

 

 匚盛はその周りをいくつかの山に囲まれた町だ。自然と文明が調和した、と言われれば聞こえは良いが要するにどこにでもある田舎の地方都市である。

 昔ながらの古い趣の家があるかと思いきや、築一年未満の建物もちらほらと見える。住民の出入りが激しい土地なのだ。

 そんな町の中心に匚盛高校はあった。老朽化の進んだ校舎を照らす夕日がまたなんとも言い難い物悲しさを演出する。

 校舎に人影はほとんど見当たらない。中間テストも終わり、短縮授業となっていたので大部分の生徒はすでに帰宅し、友人と遊ぶなり自分の趣味に没頭するなりで一足先に夏休み気分を味わっているのであろう。

 だが、何事にも例外があるのはどこの世界でも同じなようで、西日が差す教室で一人机に向かってペンを走らせている青年の姿があった。

 ゆったりとした時間の中でもその青年は必死な形相でプリントの余白を埋めていく。雑な文字、誤字や脱字も目立つ。

 恐らく自分が数秒前に書いた文章も覚えていないであろう。そんな様子が見て取れた。

 一人、居残りで彼が行っている作業は日本史の課題で、期日通りに提出するも内容の薄さからやり直しを求められたものだ。だから丁寧に、と心で分かっているのだが無情に過ぎていく時間に背中を押されてしまう。

「終わっ……たあ!」

 手にしていたものを筆箱に投げ入れて男は一つ伸びをする。彼の名前は平河(ひらかわ)(りょう)(へい)、匚盛高校二年。出席番号十一番。筋肉は多くないがどこか頼りがいのある、そんな見た目をしていた。

「首尾はどうですの?」

 凛、とした声が平河の耳に届く。目を向けると、深窓の令嬢といった表現がぴったりな美少女が廊下からこちらを覗いている。

貞女(さだめ)か。こんな時間にどうしたんだ、忘れ物でもしたのか?」

「まさか、良平さんではないのですから」

 大島(おおしま)貞女(さだめ)は微笑を漏らし、彼の言葉を否定した。

「部活終わりに表を歩いていると、教室に人影が見えたので。ああ、確か良平さんがあそこで補習をしていたなあ、と思いまして」

「わざわざ様子を見に来たって訳か。本当、お前は昔っからお節介焼きなところがあるんだよな」

「良平さんも昔っから変わってませんわね。こんな風に放課後まで残って課題だなんて、慣れたものじゃありませんの?」

 軽やかなステップで近づくと、彼女は平河の机に置かれたプリントを手に取る。そんな横柄な態度に文句一つ出ないのは、二人が子供の頃からの幼馴染であることに起因するのだろう。

 題名を書く欄には『匚盛の伝承』といかにもやる気のない字で埋まっていた。

『クーサマ。匚盛に訪れた神様。(まれ)(びと)として今も匚盛神社に祭られているが、その性格は凶暴であったと記す書物もあった。飢饉の際には人々を救ったらしいが、代償として人肉を食したのだそうだ。正直な感想を述べると、なんでこんなのが神様として祀られているのか、自分としては理解が出来ない。きっと神社の神主も分かっていないのだろう』

 平河の書いた文章は要約するとこんな感じだった。貞女はプリントを机に戻しながら一言。

「内容はともかく。わたくしの第一印象としては。あらら、意外にも……。ですわ」

「日本史の課題で簡単そうだからこれにしたんだ。別に不思議じゃないだろ」

「いえ、確か良平さんって昔。この町のことが大そうお嫌いだったように記憶しておりましたが」

「俺は今も昔も変わらずこの町は嫌いだよ」

 吐き捨てるように言うと、彼は立ち上がり職員室へ向かう。

「二度目の再提出にならぬよう。祈っておりますわ。あ、ちなみにクーサマが食べるのは邪気や、疫病も含まれるとのことですって。知ってました?」

 貞女のマメ知識を素早くプリントに追記する。

「祈るついでに俺の鞄の中に入ってる本を図書室に返しといてくれ。多分まだ開いてるだろうから」

「女性に荷物を持たせますの?」

 頼むよ、と平河は後ろを振り向かずに立ち去った。

「全く、仕方のない人ですわ」

 彼女は無遠慮に鞄を開くと、目当ての物を取り出す。表紙から察するに、この土地の伝承が事細かに記されているのだろう。そう思いながら、窓から身を乗り出し外の風を浴びる。

「こんなにも好きなのに……」

 この町の空気は心を落ち着かせてくれる。住人達も皆、穏やかで大きな事件も起きたことは無い。

「何が不満なのでしょうね」

 燃えるような夕日が少女の白い肌を赤く染める。眼下を見下ろすと演劇部である友人達の姿が見えた。

 その姿を黙って見送ると、彼女は平河の荷物も一緒に背負い、教室の鍵を施錠し図書室へと向かう。


      □


「本の返却は頼んだけどよ、鞄まで持っていってくれるとは……。そこまで考えが及ばなかったぜ」

 校舎の外、色々あって合流した二人だったが。貞女が頬を膨らませる。

「その言い方だと、まるでわたくしが何か悪いことをしたみたいじゃありませんか。感謝の言葉ならまだしも非難される言われは無いですわ」

 平河はこの発言に足を止め、小馬鹿にしたような表情を見せると、

「お前は良かれと思ってやったんだろうがな。俺はわざわざ職員室まで戻って、教室の鍵を借りたんだぞ。それでも見つからねーから、諦めて図書室に行ってお前と会ったんだ」

 貞女も負けじと哀れみの笑みを浮かべ応じる。

「常識的に考えて、机の上にあったものがそう簡単に無くなるはずがないではありませんか。少し考えれば心優しい誰か、誰かが! 図書室まで運んでくれたんだと気付くでしょう?」

 この少女は見た目や言葉遣いはお嬢様っぽいのに、どうしてこんな捻くれた性格をしているのだろうかと平河は考えた。

 先ほどのように、頼みごとをされたらそれ以上の功績を残すところから真面目であることは否定しない。しかし、だからといってルールに厳格な訳でもなく。砕けるときはとことん砕ける。不思議な人間だ、と子供の頃から思ってはいたのだが。高校に入ってもその性格が健在だということはきっと一生ものなのだろうなと思う。

「さっきの課題で思い出したのですが。良平さんは進路について考えていらっしゃるので?」

 家族、友人、そして貞女本人からも何度か問われた質問。それに対し平河もいつもと同じ答えを告げる。

「大学に行く。学校もほとんど決めてあるんだ」

 通常の会話だったらここで話は一旦落ち着くのだが、諌めるような口調で彼女が口を開くのだ。

「それは、明確な意思があるのですか? いつも言ってるように『ただこの町を出たい』からって訳では無いのですね?」

「理由なんてどうでも良いだろ。他の奴だって明確な理由なんて持ってないだろうし。だったら俺みたいに町を出るって目標がある方がいくらかマシだろうよ」

 両親からは進学について賛成も反対もされない。本人の意思を尊重してくれるのだ、ありがたい。

 それなのに、このお節介な幼馴染は要らぬことを訊いてくるのだ。

「……良平さんはずっとそうでしたよね。この町が嫌いで嫌いでしょうがないって、口癖みたいに。わたくしにはあなたの考えていることがよく分からないんですの」

「そうさ、お前に俺の気持ちは分からないだろうさ」

 この町に住んでいて、息苦しいと感じたのはいつ頃からだったのだろう。周囲を囲う山がまるで自分を逃がさまいと見張っているような感覚。惨めな一生をここで終える予感。視野の狭いままで朽ちていく恐怖。

 血なまぐさい人食いの神を信仰する人々。

「都会に憧れるのは良いと思うのですが、同じ土地で育ったわたくしとしては悲しいです」

「そんなに悲しむなよ。俺にとってお前は特別だ。同じ土地で育った友達。いや、幼馴染のことを否定するほど俺は馬鹿じゃないって」

 平河が満面の笑みを見せたにも関わらず、貞女の表情はどこか釈然としない。不服そうであった。

 校門を出る。いつもなら二人はここでお別れだが、今日は様子が違かった。

 貞女も平河もさっきからずっと校門前で停車している軽自動車のことには気が付いていた。

 運転手は若い女でどこか胡散臭い様子だ。それが後部座席の女子と共にじっ、と校舎の方面を見つめていた。

 さほど危険な人間ではないだろうとは思う。生徒を迎えに来た保護者であると言われれば納得する。

 だから、二人も一目視線を送るだけでその場を去ろうとしたのだが。予想外なことに運転手がこちらにむけて声を発してきたのだ。

「ねぇ、お二人さん。ここの生徒?」

「ええ、そうですわ。それが何か」

 突然の声掛けにも動じる様子は無く、貞女は応えた。

「いやさ、アタシは別に不審者じゃなくて。人が好さそうだからアンタらに話しかけただけだって。この後ろに座ってんのが今日、越してきたってことで町の案内をしてるんだ」

 後部座席に座る少女も、運転手の行動に驚いているらしく。気まずそうに会釈をしてきた。

 慌てて返して、その容貌を確認する。健康的に焼けた肌とばっさりと切られた髪は、スポーツが得意そうな人間のステレオタイプを表現しているようだった。

「アタシ、飯島(いいじま)唯子(ゆいこ)。後ろは逢沢(あいざわ)(あきら)。男みたいな名前だけど良い娘だ。アタシはこの子にとっての叔母にあたるね。んで一応、保護者やってんだけども。明は二年だから、見かけたら声をかけてやって欲しい。それでさ、聞きたいことがあんだけど──」

 二年、つまり自分達と同級になる訳だ。若干の驚きを覚えながら平河は唯子の質問に備えた。

「アンタら、付き合ってんの?」

「は!?」

「あらら、それは……」

「ちょ、ちょっと! 初対面の相手にそれは失礼じゃないか、唯子さん!」

 その質問を聞いた全員が違った反応を見せた。当の本人は後部座席の明に向けて、

「アンタ、こっちきてやっとアタシの名前呼んだね」

 と、全然関係ないことを口にしていた。

「ま、じょーだんは置いといてこの学校ってどんな感じよ。雰囲気とかさ。よそ者ちゃん判るように教えて頂戴」

 再び向き直った唯子の発言の中に、平河の神経を刺激する言葉があった。よそ者、最近はあまり言わなくなったがこの町に住む老人達が時折その単語を口にする。

 町の内側と外側を区別するその言い方は、彼が最も嫌う言葉の一つだったのだ。

「わたくし、大島貞女と申します。こちらは平河良平です。学校の雰囲気ですか……。流石に、大人の方が学校の内情を知るのは難しいですからね」

「実はアタシもこの辺に詳しくなくてねえ。そうなるとやっぱり学校だとかそんなディープな情報だって追えないだろう?」

「学校の様子としましては。皆さん、とても穏やかで物腰も柔らかい方々ばかりですわ。運動部より、文化部の方が数として多いくらいですもの」

「人が好いのはここから見ていて分かったよ。それにアンタらと話してみて確信した」

 人を見る目はあるんだ、と唯子が貞女に笑いかけた。

「そんな、良い人だなんて。わたくしよりも良平さんの方が何倍も心が広いですわ」

「待て。そこで俺を引き合いに出すなよ。否定をしづらいだろ」

 突如として、話題の中心が自分の方に移っているのを感じる。運転席から身を乗り出した唯子も人の良さそうな顔で提案してくるのが見えた。

「心優しい良平君? だっけ。まあ、そんなアンタにお願いしたいんだけどさ。どうよ、明日の午後。学校終わりで良いから、貞女ちゃんと一緒に、この子とデートしてくれないかい?」

 ちらり、と視線が行くのは座席で縮こまっていた小麦色の少女、明だ。

「唯子さん。そればっかりは本当に勘弁してくれ。私は今日、ここに来たばっかりで右も左も分からないんだぞ。迷惑に決まっているじゃないか」

 こちらが何か反応を示すよりも早く、彼女は動いていた。しかし、唯子は聞こえていない体で話を続ける。

「アタシも年だからねえ……。こーゆうのはやっぱり、若い者に案内させた方が良いかと思って」

ああ、腰が痛い。とわざとらしい演技に平河は告げる。

「明日は終業式ですし。良いですよ、俺は。でも、貞女が──」

「良平さん」

 貞女がこちらの手を取り、一旦その場から離れさせられる。

「宜しいのですか。初対面の相手と町を歩くだなんて、それに……」

「俺が嫌いなこの町を案内することが不思議なのか? ああして頼まれたのを無下に断る気も起きないからな。請け負っても良いと思ったんだよ。お前はどうだ、明日空いてるか?」

「……あいてますわ」

 そう応える彼女の顔は不機嫌そうであった。不承不承といったその態度は平河も初めて見る貞女の姿だ。

「何だよ。嫌なら嫌で構わないんだって。案内人なんて俺一人でも出来るからな、そんな風に不機嫌な感じになるんだったら別に──」

「わたくし、不機嫌な顔なんてしていませんわ。とにかく、明日はわたくしも同伴いたしますから」

 顔を逸らした彼女は別れも挨拶も無しにそのまま歩き去ってしまう。

「あららら、交渉決裂かい? 悪いねー」

 悪びれる様子のない声に、平河は顔を向け、

「いえ、明日の午後ですよね。俺と貞女で待ってるんで、校門前集合で良いですか」

「おっ、受けてくれるのかい。やったな明、受けてくれるってよこの人!」

 ハイテンションな女性に対し、明は申し訳なさそうな視線を向けてくる。

「その、私の為にあなたの時間を使わせてしまって申し訳ない。ええと、平河さん。明日は宜しくお願いしたい」

「別に呼び捨てで良いぞ。どうやら、俺らと同級っぽいし。入学はまだなのか?」

「ああ、それね! いきなりの転校だったから色々ごたついてるんだわ、だからその子が実際に通い始めるのは夏休み後になるんだよね」

 急な転校、何か訳アリなのだろうかと勘繰ってしまうがそれを直接訊くわけにもいかず、もやもやとした気持ちだけが残った。

    

 □


「……どうしてあんなことを言ったんだ」

 唯子はこちらを非難する明の声を聞いた。

「さっき言った通りよ。強いて言えば、案内をあの子らに任せばアタシの苦労も減るだろうとは、考えたけどね」

「……こうなった以上、もうどうしようも無いんだけどな」

 そう自虐気味に言い放つ彼女に唯子が明るい声で話しかける。

「何さ。もしかしてアンタ。また要らぬ遠慮なんかしてるんじゃないだろうね。同い年なんだからこれを機に友達になってやろうってくらい考えたりしときなさいって」

「無茶を言わないでくれ……。もし明日、すっごく気まずいことになったらどうするんだ!? 結局聞けなかったが、あの二人、どう見ても付き合ってる感じだったしさ。私の神経はそこまで図太くは無いぞ!」

「やっと話したかと思えば恨み言……アンタ、もっと人生を面白おかしく生きようとは思わない訳?」

 車の進行方向は二人の自宅に向かっている。明の住処は唯子が子供の頃からの夢であったと言う、長屋の建物で今は賃貸で借りている立場だが、いつの日か自分好みの家を建てたいのだそうだ。

「私だってそこそこに人生を楽しみたいと持ってるさ。でも、やり方ってあるだろう、常識的に考えて」

「若い内から常識的にとか言ってると、くらーい人生になるから止めときなって。後さき考えないで、当たって砕けろの精神で行かないと」

「そんな精神力、私は要らない。さっきの時点では要らなかったぞ、絶対に」

 こちらに口答えする彼女の声には、やはり不安の色が見られた。その不安を乗り越えた先にこそ、本当の幸せがあるのだけど。と、少し説教じみたことを思ったりしながら。唯子はハンドル操作を続けた。

「ほら、いつまでも暗い顔してないで。家に着いたら荷解きが待ってんだからね、明日のことは明日考えれば良いさ。良い方向に行きたいと思ってんなら、良いことが待ってるに決まってるんだから。──それにあの平河良平だっけ。中々に男前だったじゃないか」

 込み上げてくる笑いを隠さずぞう言うと、明はこちらを叱責するような言葉を投げかけてくる。

「あの二人の間に入れと言うのかあんたは!! それに顔は関係無いだろう、顔は!」

「へぇ……」

「な、何か?」

「いや、略奪愛とか。そういったことが思いつくって、若いなあ。って思っただけだったば」

「な、ななななななな……」

 きっと後ろに座る彼女は顔を赤くして、自分を罵倒してくるだろう。それに対する回答も用意してあるのだ。

「そんな風にデリカシーが無い発言をするから、二十四にもなって彼氏が居ないんだよ!」

「こー見えてアタシ、貞操観念が強いんだって。明ちゃんはさぞかし早婚であられそうでございますねー」

 それを最後に明は「寝る!」と言ったきり本当に黙ったままだった。

 身を丸める彼女の姿はやはり、十代の女子そのもので。この場面だけを見た人間であれば彼女の抱えた暗い事情をうかがい知ることなど到底不可能なことだろう。

 唯子は無言で運転を続ける。事故など起こさぬよう、絶対の安全運転を心がけた。




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