お嬢様と黒騎士
黒い騎士様からアルディス様は女だと告げられてから、しばらく私は固まっていた。
ほんの数瞬だったのか数分だったのか、ようやく口が聞けるようになって騎士様を見上げると、お嬢様の言うような意外に優しい眼差しをしているのに気付く。
「そ、それでもっ。私、アルディス様の事が好きです」
そう、別に恋人になってほしいとか、大それたことは思ってないんだから。
遠くからでもいいから、アルディス様を見つめていたい、たまに声なんかかけられたらすごく幸せだろうなって、ささやかな想いなんだから。
「アルディス様が女性でも、私の想いは変わりません」
言い終えてから、はぁーっと長く息を吐く。
「よく言ったわ、アリア!」
お嬢様ががんばれというように私の右手を握って、こくこくと頷いている。
「どうよ、黒騎士。女の子はね、恋すると強いんだからね!」
あ、お嬢様、それは違う……かな。
恋……というほどではないような気がしますから。
でも、この気持ちに嘘はない、憧れ……が近いのかな、憧れの美しい騎士様……あ、ぴったりかも。
「……あー……いや、まぁ、あいつが女でもいいってんなら別にいいか」
溜息が頭の上でして、騎士様はかりかりと頭を掻いている。
「あいつを女と知って好きだってのばかりだといいんだが、ショックを受けて泣き出したりってのも何人も見てきたからなぁ……」
騎士様の言葉から、それで心配してくれて「あいつはやめとけ」って言われたのかを知る。
ああ、本当に見かけによらず、もとい、意外に優しいんだなぁ……。
それを即座に見抜くお嬢様もすごいというか……なんというか。
「ねぇ、黒騎士あんた名前は?」
「……俺ぁ、アズールだが、お嬢ちゃんは?」
「お嬢ちゃんじゃないわ、私はレイリア・フォン・アイゼンヴァイスよ」
「フォンの付くお貴族様にしちゃあ、さっきから『あんた』だの言葉使いがいまいちだなぁ」
いつの間にか始まっていたお嬢様と騎士様の会話をぽかんとして聞いているしかなかった。
まぁ、確かにうちのお嬢様は怒ったりすると言葉遣いがかなーりぞんざいになる。
それを執事が社交界デビューに響く、とよく嘆いている。
「あー、アイゼンヴァイスの姫さん、もう俺に用はないな?」
ちら、と騎士様が私を見るので、こくこくと頷いた。
それを確かめると、騎士様は背を向けながらひらっと手を振ってもと来た道へと歩いていく。
「くっそぉ……覚えてらっしゃいよ黒騎士アズール」
えっと、お嬢様は何をこんなに怒ってらっしゃるんだろう……。
半分以上残っていた飲み物を差し出すと、ごくごくと一気に飲まれてしまった。
……お嬢様、また執事に嘆かれますよ……。