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チャプター 07:自宅にて

 戦闘機のコクピットに座り、開いたキャノピーから、ぼんやり天井の照明を眺める菜々。

しかし、菜々の自宅に戦闘機が駐機されているわけではない。これは、HTMIシステム

が提供するサービスの一つで、専用端末の中に自由にカスタマイズできる空間を作る機能

だ。現在は油田を手に入れた日本だが、転移直後から三十年は石油をはじめとした資源が

確保できず、それによって製品や娯楽が激減し、産業の形を大きく変える事となっていた。

核融合炉の実用化によって、電気エネルギーが確保できた事は唯一の救いと言えるだろう。

それによって電子機器の技術はある程度維持され、現代の若者は仮想空間の中で娯楽を楽

しむ事ができている。

 菜々も現代の若者であり、この機能を用いた娯楽空間を持っていた。中心となるシアタ

ールームに、屋内射撃場、そして、菜々が天井を見上げる戦闘機の格納庫。端末を違法改

造するユーザーも存在している為、部屋に置かれた家具などのアイテムはHTMIシステ

ムが一括して販売を行っており、他のユーザーへ不正なプログラムや悪意のあるコードの

侵入を防いでいる。

「あれは…………ううん」

 思い通りの答えに辿りつかず、右手で頭を掻き毟る菜々。更に暫く思案していると、正

面に青白いウインドウが表示された。画面には”MIZUKI0031”と表示されてい

る。右端に浮かぶ了承のボタンを押し込むと、出入り口のテレポーターから瑞希のアバタ

ーが現れた。淡い赤のワンピースを身に着け、容姿は現実世界の彼女と遜色がない。

「菜々ちゃん。やっぱりここだったのね」

 歩きながら、機体のランディングギアに近づいて行く瑞希。梯子の前で止まると、コク

ピットを見上げた。

「何か、いい方法は思いついた?」

 菜々は勿論、何に対してのいい方法か理解していた。電球を見つめたまま、深いため息

と共にばつが悪そうに頭を掻く。

「それが、な。どうしたもんか」

 歯切れの悪い菜々の返答に、瑞希は笑みのまま目を閉じ相槌を打った。

「そうね…………難しいかもしれないわ。あれだけのCQCは初めて見たもの。それに、

格闘の専門家はスナイパーの天敵でしょう?」

「そう、そうなんだ。味方が少人数になればなるほど恐ろしい相手なんだよな。だがいく

らサイレントシューズを履いていると言っても、あそこまで気配がないのは異常だろう。

環境音より静かな足音など聞こえる筈がない」

 相当な時間をかけて悩んでいた菜々は、言葉にため息が混じっていた。

「部長クラスの練度なら、グラウンドソナーにも映らないだろうな。目視する以外に発見

する手段はないと言っていい。かと言って、目視するのは至難だろう。瑞希からはどう見

えてた? 俯瞰視点で見てたんだろ?」

 HTMIの試合観戦機能で二人を見ていた瑞希は、菜々を見返し一つ頷く。

「それがね? ちょっと信じられないの。菜々ちゃんが振り向く前に障害物へ隠れて、前

を向くと同時にまだ追いかけていくの。菜々ちゃんの動きが、全部わかっているみたいに。

場所によっては菜々ちゃんと違うルートを通ったりして、どんどん距離を詰めて。ごめん

なさい。私にも上手く説明できないわ」

 自分の胸に手を重ね、俯きながら両手を揉む瑞希。視線を天井に戻した菜々が、大きく

息を吸い込んだかと思えば、ため息混じりに呟く。

「指向性地雷かコンポジションで罠を張る手もあるが、回避される可能性が高いな。あと

は、立ち回りと装備の改良ぐらいか」

 上体を起こすと戦闘機にかけられた梯子を降り、瑞希に話しながらも、格納庫からシア

タールームに向かってゆく菜々。瑞希も、歩く菜々に続いた。プロジェクターやスピーカ

ーのある部屋を通り抜け、反対に設けられた射撃場へと入ってゆく二人。

 シアタールームからは木製に見えた扉も、射撃場側は鈍く光る重厚な鉄板が張られてい

た。六レーンからなる射撃レンジと、背面に置かれたガンラック。そこには、大昔のアク

ション映画も真っ青な、数々の火器が並べられている。そして、ラックの外に一つだけ置

かれたジュラルミンの大型ケースを手に取った菜々が、それを中央に置かれたテーブルの

上に載せ、蓋を開く。

 収められていたのは、木製部品を多用した狙撃銃。ワルサー、WA2000。百年以上

昔に設計された狙撃銃で、菜々の使用する中で最もセッティングやノウハウを持っている

一挺でもある。

「やっぱり、こいつになっちまうかな」

 自嘲気味に呟きながら、持ち上げたワルサーの二脚を開き、射撃台の上に載せる。視界

の端に待機しているメニューボタンを押し込み、いくつか項目を進んだ先に現れる調整の

ボタンに触れ、リストの中からワルサーのIDを設定した。

 システムは直ぐに応答し、調整用のプログラムが起動して行く。ワルサーの周りには、

青白い無数のダイヤルが浮かび上がり、菜々を取り囲むように帯型の光が並ぶ。この、帯

状の光一つ一つが、ワルサーのセッティングを収めたファイルだ。それぞれ微妙に仕様が

異なっており、その数は百や二百では収まらない。放射状に自分を取り囲むそれらから、

一枚のファイルを引き出し、反映ボタンを押す菜々。

 自動でワルサーのセッティングが変更され、スコープを覗きながら感触を確かめる菜々。

「持ってる中から、最軽量の仕様を選んでみた。発射の挙動を見ていてくれないか?」

 射撃場のテーブルに備え付けられた、不釣合いな程立派な椅子にかけていた瑞希が、笑

顔で頷いた。

 視界の端で、瑞希を見ていた菜々が、改めて正面の射撃レーンへ目を集中させる。台の

上に現れたボタンをリズミカルに操作すると、スコープ越しに見える遠方にマンターゲッ

トが現れた。距離にして約百五十メートル。狙撃銃の運用距離としては非常に短い部類に

入る。

「ふう…………」

 息をゆっくりと吐き出した菜々の右手が、グリップを握りしめトリガーを引き絞る。

 尻を叩かれ飛び出した弾は、正確にターゲットの胸部を打ち抜いた。標的が消えた瞬間、

新たなマンターゲットが浮かび上がり、一秒もしない内に頭部の円へ弾丸が吸い込まれて

ゆく。もう一発、更にもう一発。会話のない空間で、消音器による独特の発射音だけが響

いた。

 ワルサーの弾がなくなった所で、射撃台の横に浮かぶ停止ボタンを押す菜々。その視線

が、背後で腰掛ける瑞希へと向く。

「どうだ? 若干暴れるが、照準は速いと思う」

 小さく何度も頷いた瑞希が、視線を落とし、自分の髪を両手で撫で下ろした。返答を静

かに待つ菜々。

「……うん。確かに速いけれど、着弾の誤差が少し大きいんじゃないかしら? いつもの

菜々ちゃんならもっと精度が高いわ。倍の距離だと外れるかもしれないわね」

 無言で頷き、続きを促す菜々。

「重量が軽い分、照準速度は上がるかもしれないけれど、次弾の命中率が苦しいかもしれ

ないわね。近距離に特化した仕様にしてしまうと、今度は遠距離狙撃で戦いづらいわ」

「そうか。いや、そうだよな…………クソッ」

 菜々は眉間に皺を寄せながら、自分の頭を掻き毟った。

「こいつが一番バランスの取れた狙撃銃だってのによ。ここまで特化させると旨みが殆ど

ないな。持ち替えると言う手もあるが……ボルトアクションは連射が利かないし、他には

碌なのが――」

 菜々がガンラックを眺めていると、同じように眺めていた瑞希が菜々を見る。

「菜々ちゃん。あれなら良いんじゃないかしら?」

 瑞希の指先を追って、菜々の目に映ったのは、デザートカラーの狙撃銃だった。

 スプリングフィールド、M21。突撃銃をベースに狙撃能力を付加した火器で、最長射

程はワルサーに劣るものの、重量は半分強と、非常に軽いのが特徴だ。装弾数も多く、軽

量な事から機動力も高い。

 しかし、当然欠点も存在する。

「瑞希、あれは駄目だ」

 菜々は口をへの字にして、大げさに首を振って見せた。

「幾らなんでも全弾ヘッドショットなんて無理だろう。少しだけ使ってみたが、その時は

散々やられたからな」

 M21最大の弱点は、その威力の低さにある。銃身やチャンバーの強度から、充填でき

る火薬が少ない。ガス圧による動作によって連射は利くものの、その分弾丸を押し出すエ

ネルギーが少なくり、結果的に狙撃銃として最低クラスの殺傷力が、射手へ非常に高い精

度を要求してしまう。一撃必殺の威力を得るには、鳩尾もしくは頭部の上半分を正確に狙

わなければならない。あまりに扱いが難しく、プロ、アマチュア問わず使用しているプレ

イヤーは殆ど居ない。

 しかし拒否する菜々に、瑞希は意味深な笑顔で応えた。

「大丈夫よ。菜々ちゃんはあの頃よりずっと上手くなったもの。きっと使いこなせるわ」

 幼馴染の言葉に、素直に笑ってみせる菜々。二人だけの場所で見せる、とびきりの笑顔

だった。

「そうか? そうか。瑞希にそう言われると嬉しいな。本当に」

 菜々の言い回しに、瑞希は首を傾げる。

「どうして?」

「…………お前、気がついてないかもしれないが、あたしよりずっと強いんだぞ? 自分

が信用する相棒の素直な評価なら、嬉しくないわけがないだろう」

 菜々の気持ちを聞いた瑞希は、唯でさえ明るい表情を更に明るくした。

「菜々ちゃんは頑張りやさんだから。私はそんな菜々ちゃんが好きなの。でも、私はそん

なに強くないわ。ポジションが違うだけだもの」

 同じように素直な気持ちを吐露した瑞希だが、その一言に菜々が噴き出した。

「瑞希……お前自分の事は全くわかってないんだな。瑞希が言うと嫌味にしか聞こえない

ぞ。あの創ですら、お前には敵わないなんて言ってるぐらいだからな」

「創ちゃんが? そんな事一度も聞いたことないけれど……」

 至極真面目に思案する瑞希に、菜々は両目を細める。

「あいつだって男なんだ。負けて悔しいんだろう。お前に言える訳がない」

「そう、なんだ。だったら」

 真面目な表情を崩し、柔らかな笑顔に戻った瑞希が、菜々へと向き直った。

「菜々ちゃんはもっともっと凄いのね」

 ズルリとよろける菜々。

「何でそうなるんだよ」

「そうなの。ふふふ……でも、何だか嬉しいわ。あの創ちゃんに認めてもらえるなんて」

 照れる表情に、菜々の顔も自然と綻ぶ。

 自分の手を見つめながら喜んでいた瑞希が元気良く立ち上がると、姿勢を正して菜々を

見る。

「私も何か、新しい事に挑戦してみようかしら?」

 何もない空間で指を動かしていた瑞希の前に、大きなケースが浮かび上がった。中央の

机にそれを置くと、両端のロックを外し蓋を開く。

 中に納まっていたのは、黒く塗装された軽機関銃だった。殆どが金属製で、銃身すらぶ

厚い得物を器用に持ち上げた瑞希が、それの二脚を立てて射撃台へ置いた。菜々は瑞希の

始める事を黙ったまま眺めている。彼女の構える銃器はM249。発射サイクルの非常に

速い軽機関銃で、瑞希には全く使用経験のないものだった。

 もう一度何もない空間に指を這わせる瑞希。直後に、彼女の右横へ青白いウインドウが

表示された。項目は命中率と反応速度。それらを一瞬確認した瑞希の目が、正面へと向く。

そして小さく息を吸った。

 浮かび上がった仮想の標的は、五十メートル程度の距離だ。

「…………ふう」

 息を吐くと同時に、右手の人差し指を引き絞った。小気味の良い三連発の銃声が鳴り響

き、ターゲットへと弾丸が突き刺さる。標的の消失と同時に、直ぐに新しい標的が現れた。

だが、未だ表示され切っていないそれに、早くも弾丸が飛来する。次々に現れるターゲッ

トの表示が追いつかない程に、素早く反応し命中させていく瑞希。照準速度は菜々を遥か

に上回っていた。

 フルオートの軽機関銃だが、器用に人差し指を戻す事で、三発セットの射撃を行う瑞希。

銃声は違えど、その様は普段の彼女と全く同じ。菜々と言えば、射撃訓練を続ける瑞希を、

呆れ顔で見つめていた。

 最後の一発を打ち出し、あっと言う間に百発もの弾丸を撃ちつくした瑞希が、握ってい

たグリップを静かに下ろす。ウインドウに表示された命中率は86%。その結果に、不満

を感じているらしい瑞希。

「…………慣れない道具は本当に難しいわ」

 両手を腰に当てて唸る瑞希に、菜々が近寄って行く。表情にしまりはなく、呆れた、と

でも言わんばかりだ。

「お前……本当にふざけた奴だな。こんなもの、機関銃の命中率じゃないぞ。狙撃銃です

らここまで当たらないってのによ」

「だ、だって……この距離はM16なら外さないもの」

 さも当たり前のように零された瑞希の本音に菜々の目が見開かれた。

「必中だと? 嘘だろ?」

 何を驚いているのか不思議そうに首を傾げる瑞希に、菜々は酷い眩暈を覚えていた。

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