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チャプター 06:残忍美人

「はっ…………ふう、はあ」

 脳が認識していた息苦しさが、反射的に菜々の肺を大きく膨らませた。噴き出すと言う

表現が相応しい程に、菜々の額や首元から玉の汗が流れ落ちる。

 菜々の呼吸が落ち着いてきた所で、隣のシェルで横になっている唯の目がゆっくりと開

く。同じように柔らかな動作で起き上がると、起き上がっていた菜々と視線が交わった。

「は、はは……居やがった。見つけた。あたしは、アンタみたいなプレイヤーを探してた

んだ!」

 敗北したのにも関わらず、震える菜々の声は喜びに満たされていた。彼女が暫く持てな

かった、自分を更に高めてくれるかもしれないライバルをやっと見つけた事への歓喜。

「満足して頂けたかしら?」

 シェルから床へ足をついて立ち上がった唯が、姿勢を正し菜々へ問う。

「ああ! 大満足だよ!」

 室内に響き渡る菜々の大声に、唯は嬉しそうに目を細めると、部屋の隅に置かれた木製

のレターボックスを開け、中から取り出したA4サイズの紙を菜々たち二人へ差し出した。

「入部申請の書類よ。巌さん、菜々さん。是非入部してちょうだい。駄目かしら?」

「へっ、言われなくても。あんたみたいな凄腕を、みすみす逃すかよ」

 自分の鞄からペンを取り出し、素早く用紙の欄を埋めて行く菜々。対して瑞希は、少し

だけ考える素振りを見せ、菜々に合わせてなのか、結局用紙に記入を始めた。

 ペンの走る音だけが室内に響き、何とも形容し難い緊張感の中、黙り込んでいた香織と

その相棒が、先輩の前へ歩み出る。

「あ、あの! わたし……達は……」

 負ける所を見られた為か、歯切れの悪い声と共に唯を見る香織。

「そうね。少し、待って。二人が書き終わったら、改めて自己紹介をしましょう」

 ちらりと香織達へ目を向け、直ぐに菜々と瑞希に視線を戻すと、黙ったまま書き終わる

のを待つ唯。それが気になったのか、香織は俯いたまま歯を食いしばっていた。

 数十秒で項目を埋めた菜々が、書き上がった入部届けを部長の胸へと押し付け、ほくそ

笑む。とても先輩に対する態度ではないが、唯は菜々の態度に大して不機嫌になっていな

かった。それよりも、自分の胸に当たる菜々の手を見ると、当人へと顔を上げる唯。

「菜々さん貴方…………女の子の胸が好きなのかしら? 先のマッチでも、私のおっぱい

を鷲づかみにしていたけれど」

「な、何?」

 完全に予測していなかった唯の切り返しに、流石の菜々もたじろいた。思い返してみれ

ば、突き飛ばそうとした瞬間が、胸を掴みに行っているように見えたかもしれない。しか

しながら、菜々に女色の趣味はない。

 菜々が経験した事のないタイプの相手へ、切り返す言葉を必死に考えている間に瑞希の

入部届けが書きあがった。

「よ、よろしくお願いします」

「はい、よろしくね。巌さん」

「あ、あの……名前の方で呼んで頂けると嬉しいです。苗字はその、ちょっと……」

「ふふふ、そうね。よろしくね、瑞希さん」

 硬直している菜々から視線を外し、柔らかな笑みを浮かべる唯。

「それでは、改めて自己紹介をしましょう。部長の、畝火唯です。ポジションは前衛。主

にバックアタックが得意ね。得意なレンジは……ゼロ距離から中近距離までかしら」

 自分の紹介が終わると、左手に立つ京花へと視線を送る。彼女は、自分の番だと気がつ

くのにたっぷり数秒固まっていた。気がついた後も、ツインテールの金髪を揺らしながら

何を言おうか更に思案する。

「ふく、副部長の、百野京花(もものきょうか)、です。特定のポジションはありません。

主に突撃銃をつか、使います。中距離戦が一番、得意です」

 京花が視線を送る先には、香織の相棒らしい大女。軍人よろしく背後で手を組み、足を

開く。

「一年生の、萌抜魅鈴(はえぬきみすず)です。ポジションは後衛兼サポート。狙撃銃をメ

インに使用している為、対物ライフルによる遠距離狙撃を中心に行います」

 抑揚のない、張りのある声で淡々と話す魅鈴。簡潔に説明すると、ちらりと隣の香織を

見た。

「同じく一年生、紅条香織。ポジションは前衛。軽機関銃を好んで使っております。ルー

トの閉鎖と面制圧が最も得意です。中距離から遠距離にかけて対応可能です」

 更に左に立つ瑞希へ視線を送る。菜々と違い良識のある瑞希には、香織も優しい表情だ。

力強く頷いた瑞希が、両手を腹部で重ねた。

「巌瑞希、一年生です。菜々ちゃんと一緒に戦っています。ポジションは前衛。えっと…

…M16A4をメインに使用しています。得意な距離は五十メートルぐらいまで、です」

 上手く言えてほっとしているのか、安心した様子で菜々を見上げる瑞希。バトンを受け

取った菜々が、自分の顔に本日一番の邪悪な笑みを張り付けた。

「霧海菜々。瑞希とのコンビでは後衛を担当している。大抵の戦場ならば手が届くよ。よ

ろしく頼む」

 菜々が見る、と言うより睨みつける先は、唯の瞳だった。菜々から浴びせられる痛々し

い程の視線にも笑顔を崩さない部長。もう一度新入部員を眺め、小さく四度頷いた。

「今年は、素晴らしいプレイヤーが四人も入ってくれた。部長として、とても嬉しく思い

ます。各人の持ち味を生かせるよう、訓練を行って行きましょう」

 唯からの激励に、意欲的な返事を返す三人。黙ったまま唯を見ているのが誰なのかは、

言うまでもない。

「くく……楽しみだ。あんたを攻略して、あたしはもっと上手く、強くなってやる」

「ふふふ、そう? 私は一筋縄では行かないわよ?」

 話しながら、自らの胸を両手で持ち上げる唯に、菜々は言い知れぬ悪寒を感じた。


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