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チャプター 04:部長

 緩やかに、生身の身体へ感触が戻って行く。

 ゆっくりと目を開けた菜々が、右目に掛かっていた髪を横へ流すと、身体を起こしてシ

ェルの外へ出る。一拍遅れ、上体を起こした瑞希も菜々へ近寄って行くが、その後ろから、

二人へと向けられる怨嗟の視線。言うまでもなく、香織とその相棒だ。

「なんだよ……何だよ、それ。わたし達がこんな」

 歯をくいしばる香織は、あまりに力んで顎すら砕いてしまいそうな様子だ。対して菜々

は、さも当然といわんばかりに鼻で笑う。

「お前らのセンスは思ったより悪くない。嫌味じゃなくな。しかるべき訓練を続ければ、

良いプレイヤーになれるだろう。だが、まだ時期が早かったというだけの話だ」

 競技は徹底的に実力重視で、敗者である香織達も嫌と言う程理解している事だ。それだ

けに、菜々の言葉に反論する事ができなかった。

 流石に後味が悪くなり、早々に立ち去ろうと頭を掻きながら部屋の扉へ目を向けた菜々

は、室内に先ほどまで居なかった人間が立っている事に気が付く。

 その時だった。

 菜々の背中に走る強烈な悪寒。咄嗟に目配せした先には、自分と同じ事を感じたであろ

う、強張った表情の瑞希が立っていた。顔を見合わせた後、もう一度目の前に立つ女に目

を向ける。

 切れ長の目を更に薄め、口元には薄ら寒い微笑。ボブカットの髪はミッドナイトパープ

ルで、グレイトーンのワンピースを身に着けている。裾から覗く細い足に黒のパンストを

履いており、足元に見えるのは黒いハイヒール。そして何より、瑞希と菜々の二人に全く

気配を感じさせない身のこなし。

 菜々が、相手を見ただけで実力を推し量れると言うのは妄言ではない。生身の身体であ

れ、アバターであれ、コントロールしているのは同じ脳であり、電脳は信号の中継器でし

かない。衣擦れの音すら立てない目の前の女は、それだけで只者ではないとわかる。

「貴方達、強いのね」

 甘く、柔らかな猫なで声。ハイヒールを履いている筈の彼女は、足音を立てずにゆっく

り歩み寄ってくる。菜々達の言い争いに介入せず、室内に入ってから一度も口を開いてい

ない女の横まで歩み寄ると、ゆっくりと息を吸った。

「京花、お疲れ様。彼女達が新入部員かのかしら?」

 京花と呼ばれた金髪の女は、視線を右往左往させながら、菜々や香織を見回すと、もう

一度ボブカットの女へ視線を戻す。

「入部が決定しているのは、そちらの二人で……えっと、えっと……それで――」

「あんた、ここの部員なのか?」

 しどろもどろに話す京花へ割り込み、菜々が話し相手に視線を合わせた。菜々に向き直

った紫髪の女は、肩より少し上で切り揃えられた髪を揺らし、菜々へ目を向ける。

「はじめまして。四年生の畝火唯(うねびゆい)よ。ここの部長でもあるわ。よろしくね」

 相変わらず崩れない、上品で柔らかなハイトーン。唯と相対する菜々は、声の裏に隠れ

る殺気と狂気をひしひしと感じていた。それでも、負けじと笑みを返す菜々。

「ご丁寧にどうも。あたしは霧海菜々。ただ見学に来ただけで、入部するつもりはない。

いや、なかった」

「なかった、と言う事は……入部してくれるのね?」

 虚勢で笑みを持たせる菜々は、黙って首を横に振った。

「あたしは自分の認めた奴としかチームは組まない。馴れ合い抜きに、強い奴と肩を並べ

て戦いたいからだ」

 菜々の言わんとする事を理解したのか、ゆっくり何度も頷く唯が、今一度菜々へ視線を

合わせる。

「なるほど、そうね。無能な戦友程怖いものはないもの。でもね」

 唯の両腕が、胸の前で上品に組まれる。

「私としては、貴方達にも是非入部して欲しいの。貴方達の戦闘、素晴らしかったわ。個

人の練度が高い上に、仲間とのコンビネーションも抜群にいい。だから、霧海さんの要求

に応えられるかはわからないけれど、私でよければ……お手会わせ願えるかしら」

「喜んで」

 武者震いしそうな身体の疼きを抑える菜々は、心から溢れ出る喜びに打ち震えていた。

 自分と同等以上かもしれないプレイヤーが目の前に居る。菜々にとって、これ以上の楽

しみはなかった。

「けれど、一つお願いがあるの」

 シェルへ入ろうとした菜々が振り向くと、瑞希と京花を交互に見る、唯の姿が映る。

「貴方のお友達の――」

「あっ……失礼しました。一年生の巌、瑞希です」

 強張りながらも礼儀正しく名乗る瑞希に好感を持ったのか、唯の微笑から険が消える。

「瑞希さん……巌さんの方が良いかしら? できれば、巌さんと組んで戦って欲しいのだ

けれど……彼女、京花には荷が勝ちすぎるわ。かと言って、私も貴方達二人と戦う自信は

ないの。霧海さん。一対一で勝負して頂けるかしら?」

 無言で頷く菜々の表情は、待っていたと言わんばかりだ。

「菜々でいいよ、部長さん。それに、最初から一人でやるつもりだ。瑞希には悪いが、こ

れはあたしが売った喧嘩だからな」

 菜々が目を向けた瑞希は、優しい笑みで頷いた。

「それでは、始めましょうか」

「いいねえ、シングルマッチって奴だ。やろうか」

 会話が済むと、二人は身体をシェルの中へと収めた。

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