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チャプター 02:女子FPS部

 規則や単位取得の説明を聞いた菜々達は、会議室を出て歩き出していた。菜々は配られ

た選択科目のデータへ目を通し、独り言を呟いている。

「語学は……精霊学でいいかな」

 菜々と同じように、携帯端末を操作しながら黙って隣を歩いていた瑞希だが、思い出し

たかのように菜々の顔を見上げる。

「そういえば、菜々ちゃん。お昼はどうするの?」

 菜々は右下からかけられた声の主に視線を向けた。

「昼飯は食堂で食べようかな。瑞希は?」

 菜々からの問いに、バッグから小さな袋を取り出し、両手に乗せる瑞希。

「私はお弁当。ポーチもお母さんが作ってくれたの。可愛いでしょ?」

 瑞希の手と比べてもそれほど大きくないポーチは、白地に桃色の水玉模様だ。大学生に

は少々不釣合いなデザインだが、瑞希のイメージはぴったりだった。

「はは…………幸子さんはわかってるよな。可愛い瑞希に似合ってるよ」

 母を褒められたからか、自分を褒められたからなのか、これ以上ない程の喜びが身体全

体から発せられる瑞希と、それを横目に微笑を浮かべつつ前に進む菜々。

 廊下の突き当たりに、騒がしい声で溢れる食堂が見えた。更に進み入り口を潜れば、吹

き抜けの天井と、ガラス張りの壁が二人の目に映る。チェック柄の床には無数の机と椅子

が並び、その殆どに学生らしき人間が腰掛けて昼食を摂っていた。

 目だけを動かし一瞬で全体を見回した菜々は、自分達から一番近い四人掛けのテーブル

を見つけ、足早に近づいてゆく。

「よし、確保だ。瑞希」

 声がかかると同時に、反対側の椅子に座り鞄を置く瑞希。

「私が席を取っておくわ」

「ふふ、わかってるな。流石相棒だ。それじゃあ、行ってくる」

 両手を膝に乗せ、一つ頷いて見せる瑞希。菜々は身体の向きを変え、食堂内の自動販売

機コーナーへと歩いて行く。飲み物を先に買うかと思いきや、一番端に置かれたインスタ

ント食品が並ぶ販売機へと向かい、財布から取り出した小銭で商品を購入した。販売機の

ポケットから取り出されたラーメンには、しょうゆ味らしい印刷が施されている。すぐさ

まカップの封を切り、横の給湯器で中へお湯を注ぐと、フタを閉めて割り箸を掴み席へと

戻る。

 椅子に腰掛けると、正面の瑞希が眉をひそめている事に気が付いた。

「もう。またインスタントラーメンなの?」

「悪いかよ。あたしはこれが好きなんだ」

 悪びれた様子もなく、不敵な笑みを返す菜々。何度もフタを開け、今か今かと出来上が

りを待つ親友を眺める瑞希は、大きなため息をついた。

「どうしてお菓子にはあんなにうるさいのに、ご飯は……」

「貧乏舌で悪うございます……おっ」

 瑞希の説教も何処吹く風と、箸で麺をつつく菜々。その感触で食べごろだと感じると、

すぐさまフタを取り、豪快に麺を口へと運ぶ。辺りへとつゆを飛ばしながらすする菜々に

苦笑しつつ、瑞希も自分の弁当を開け、行儀よく手を合わせ食べ始めた。

 余程口に合うのか、一切の会話をせずカップの麺をすくい上げ、テンポよくすする奈々。

そして瑞希も、食べ続ける菜々を静かに眺め、ゆっくりと自分の弁当を食べ始めた。

 菜々は最後に残ったつゆまで飲み干し、空になった容器に箸を放り込むと、大きく深呼

吸をした。

「ごちそうさまだ。やっぱりカップラーメンは美味いよな」

 呆れているのか、いつもの事だからと諦めているのか、口を動かしながら菜々を見る瑞

希は苦笑していた。

 先に食べ終わった菜々は黙り込み考えを巡らせた。

 頬杖をついて一通り思案した彼女は、瑞希へと視線を移す。

「なあ…………強い奴、いるかな?」

 唐突な質問に、瑞希は口の中に入ったものを急いで飲み込み、口を開く。

「ここは確か、推薦入学も受け付けていた筈だから。もしかしたらプロレベルのプレイヤ

ーが居るかもしれないわ」

 下ろされた箸が、弁当箱のおかずに当たる。一拍置き、箸先を見ていた瑞希の視線が菜

々へと向いた。

「菜々ちゃんのお眼鏡に適う、強い子がいるといいね」

「ああ。その為にここへ来たんだからな」

 本人は普通に笑っているつもりなのだが、他人から見れば凄んでいるようにしか見えな

い。

 たっぷりと時間をかけ食べ終えた瑞希は、弁当箱を手早くポーチへ入れ肩提げ鞄へと戻

す。先に立ち上がっていた菜々へ続き席を立つと、お互いの椅子を元の位置に戻した。

「さて、それじゃあ行こうか」

「うん」

 歩き出した菜々の手元には、学内のクラブ紹介が載ったパンフレットが握られていた。

それを頼りに歩を進め、建物の端に用意された部室へと向かう菜々。

 目的地へは、それほど時間をかけずにたどり着く事ができた。『女子FPS部』と彫ら

れたプレートの付いた扉へと手をかけ、ノブを捻って室内へ。

 中には、金髪の小柄な女と、いかにも活発そうな赤髪の女。そして、男に勝るとも劣ら

ない屈強な大女が立っていた。

 入ってきた菜々たちへと視線が注がれるが、対する菜々は、三人の全身を両目で舐め廻

していた。体格、肉付き、姿勢、息遣い、入ってきた菜々達に対する反応。そして、それ

らの情報を過去のデータベースと照らし合わせると、一際大きなため息をついた。落胆し

た様子で振り向き、後に付いてきていた瑞希を見下ろす。

「瑞希、ハズレだ。この調子じゃ強い奴なんて居そうにないぞ」

 菜々と一緒に三人の視界に入っていた瑞希の顔が引きつる。静まり返ってしまった部室

内で、赤髪の女が菜々の前へ出て来た。

「何だお前ら。入部希望者か?」

 いかにも不機嫌そうな言葉を投げかける女に、返答のつもりか、一つ鼻を鳴らし視線を

返す菜々。

「入部するつもり……だったんだが。どうやら、弱い奴ばかりみたいなんでな。やめよう

かと思ってた所だ」

 歯に衣着せぬ物言いに、ただでさえ悪くなっていた室内の空気が、一気に最悪なものに

変わる。菜々を止められる唯一の人間である瑞希も、最初の硬直から未だに抜け出せてい

ない。

 しかし、菜々と相対する女も只者ではなかった。

「ふむ、なるほどな。相手の実力もわからないようでは所詮二流というわけだな、お前は。

わざわざ恥を晒しに入ってくる事もない…………まあ、止めておけ」

 踵を返し、立ち去ろうとした菜々の背中に浴びせられたのは、挑発以外の何者でもない

言葉。振り返る菜々の瞳は、猛獣のようにギラついている。しかし、怯まない赤髪の女も

大概の度胸だ。不敵に笑み、菜々を見る。

「あたしは紅条香織(こうじょうかおり)。この大学に呼ばれて入学した。勿論FPS部に

入る為にな」

「何?」

 菜々の瞳が驚愕に見開かれる。かと思えば、両目を閉じ、カタカタと震え始めた。

「ふ、ふふ…………くく……駄目だ……」

 何を堪えているのかと思えば、突然大声で笑い出す菜々。その奇行に、眉をひそめる香

織。

「何がそんなに面白い」

 肩の揺れも落ち着き呼吸も整ってきた菜々が、涙目になりながら香織を見る。

「これが笑わずにいられるかよ。お前がここに呼ばれた? はっ! 思ってたより遥かに

レベル低いんだな。ここは」

「何だと?!」

 この一言には流石に我慢ならなかったのか、余裕が消え裏返った声でヒステリーを起こ

した香織。しかし、相手の反応を歯牙にもかけず改めて大きくため息をついた菜々が、未

だに固まる瑞希の肩を叩いた。

「……やめだ。おい、瑞希。帰るぞ? ここに居てもつまらん」

「あ…………な、菜々ちゃん! その、も、もっと言い方があると思うの!」

 ようやく思考力を取り戻した瑞希の発言は、タイミングがあまりに遅すぎた。そのお陰

か、場の空気を和らげる効果は高くなっており、どのようにやりかえしてやろうかと言う

表情だった香織も、瑞希の一言に足が崩れる。

「紅条さん、ごめんなさい。菜々ちゃんは、その、ちょっと言い過ぎちゃうから――」

「あたしは本当の事を言っただけだろうが」

 頭を下げて場の消火に当たる瑞希の傍から、新しい油を注ぎ始める菜々。和んだ空気も

霧散し、香織の目が鋭さを増した。勿論、矛先が向いているのは菜々だ。

「見ただけでわかる、か……それだけ自信があるのなら」

 菜々から視線を外し、自分の傍に置かれた情報端末を指差す香織。端末にはキーボード、

ディスプレイと、カプセル型の大きな椅子がケーブルによって接続されている。

「お前の強さを見せてくれよ」

「嫌だね」

 香織から挑発を受ける菜々だが、間髪入れず拒否。肩透かしを食らった香織は唖然とし

た表情になるが、数瞬後、表情に笑みが戻る。

「そうか、そういう事か。口は達者でも、腕は達者ではないようだな。ならば仕方がない。

私らはまだ、入部の手続きが残ってるからな。腰抜けは帰ってくれ」

 続く挑発にも、眉を痙攣させながらも笑みを崩さない菜々。

「何とでも言ってくれ。瑞希、帰るぞ」

 爆発する寸前だと判っているのか、瑞希も黙って菜々の背中を追う。

 しかし、部屋が静まった一瞬が命取りだった。

「ふっ…………」

 黙って立っていた香織の連れが小さく噴き出す。背を向けていた菜々も、彼女の嘲りを

含んだ笑いをしっかり聞き取ってしまった。

 すんでのところで留まっていた菜々が、鬼の形相で振り返る。

「あたしもまだまだ、餓鬼だな、瑞希?」

 香織と菜々の間には、不可視の攻撃が飛び交う。

「ここまで腹が立ったのは久しぶりだ……紅条と言ったか。お前ら、挑発のセンスは抜群

にいい。褒めてやるよ」

 猛獣が喉を鳴らすような、低く響く菜々の台詞。喰らいつきそうな程大きく裂けた口か

ら八重歯が覗く。

「いいだろう。弱い女をいじめるのは主義に反するが、被虐趣味があるなら」

 菜々の瞳孔が一気に縮まり、美しい顎のラインすら、攻撃色を帯びていた。

「一回だけ付き合ってやる」

 香織は菜々に応えるように、口角を吊り上げた。

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