チャプター 24;開幕
四月、第四週の日曜日。一季に一度行われる隣県との交流戦を行うため、参加する各部
隊の隊長たちが、指定された仮想会議室へと集まっていた。室内は、通常のブリーフィン
グルームよりも温かみのある薄暗い照明が光り、大きな円卓を、亮たちを含め二十四名の
アバターが囲んでいる。
「さて、諸君。各分隊の配置を決めようかー」
沈黙を破ったのは、出入り口から最も遠い位置、上座に座る亮だ。非公式なイベントと
言う事もあり、それぞれの座位置が厳密に決められているわけではなかったが、実力順が
通例となっていた。よって、このエリアで最も力のあるチームを率いているのは亮という
事になる。必然的に、発言権も大きい。
「今回、俺達はフラッグの防衛に回る」
「な、何?!」
隣席する大男が声を上げる。その他の参加者達も動揺した様子だった。
「ちょっと待ってくれ一束! 今回相手はプロ崩れのチームを二隊も取り込んできたんだ
ぞ? お前の分隊が攻撃に参加してくれなきゃ落とせない。正気か?」
狼狽する分隊長達を尻目に、亮はいつもの調子を崩さない。
「正気も正気だぜ? 俺のチームはこの対抗戦、新しい編成で参加するつもりだ。女子を
取り込んだ」
室内が更に大きくどよめいた。最も下座に座る小柄な男が、亮を見るや失笑を漏らす。
「何だ、俺達は調整の為の実験台ってか? そりゃ仕方ねえよなぁ。俺達はアンタに逆ら
えないもんなあ? 俺達が前線で喘いでる時に、アンタは女を喘がせてるってるわけだ」
皮肉をたっぷりと混ぜ込んだ下品な発言にも、亮は飄々とした態度を崩さない。隣に座
る唯に至っては、小男に哀れみの視線を向けていた。
「調整だあ? 一体何の為に? 俺達のチームは既に完成している。調整なんて必要ない。
その上で、防衛が最適だと判断した」
小男の隣に座るオールバックの男が、襟を正した後に、大きくため息をついた。
「……了解した。ならば、あと何隊旗につける? 相手の攻撃力を考えれば、あと二分隊
は必要だろう。誰が行く?」
場を仕切り始めた男の口を止めるかのように、亮は大げさに両手を挙げて見せた。
「誰も必要ない。防衛は俺達だけで十分だ。十一分隊で総攻撃を仕掛けてくれ」
遂に我慢の限界を超えたのか、顔を赤くした小男が音を立てて立ち上がる。
「ふ、ふざけるな! いくらっ、ア、アンタが頭の切れる指揮官でも今回ばかりは話にな
らねえ!」
小男の隣、襟を立てた男が右手で台詞を制し、代わりに亮へ視線を投げかける。それは
亮を弁護する類のものではなく、問い質す色が強い。
「俺もこいつに同意だ。到底一分隊で凌げる火力ではない。いくら一束の作戦とはいえ、
そこまで無謀な策に乗る事はできないな。何故、そのようなプランを?」
もっともだと、目を閉じ大げさに頷いた亮は、両肘をつき、口の前で手を組む。
「今回、女子を取り込んだ最大の理由。そして、一分隊で護り切れると判断できる根拠…
………雄二を恐怖させるレベルの狙撃手が味方についた。それだけだ」
亮の発言に耳を傾けていた参加者達が、再度どよめく。納得する者、首を傾げる者。反
応は各々だった。
「雄二とは、鹿野雄二の事か?」
「そうだ」
「誰だよ、そいつは」
「前回の渓谷マップで、敵の四分隊を止めていたスナイパーだ」
亮の隣に座る大男の一言で、全ての参加者が口をつぐむ。四分隊と言えば、約四十八名。
相対すれば、一瞬で穴だらけにされる火力である。それだけに、たった一人で抑えていた
鹿野の強さを、全員が嫌という程よく知っていた。
「作戦というレベルには程遠いが…………今回は俺達のほぼ全ての火力を攻撃に回せるぜ
え。向こうは、セミプロレベルの連中をオフェンスに立ててくるだろうからなー。それな
らば。こちらも最高のプレイヤーで受け止めてやるだけだ。代案は無いか?」
各人がアイコンタクトを取るが、誰も口を開こうとはしなかった。
「よおし。それならば閉会だ。各分隊の健闘を祈る」
会議とも呼べない会議が終わると、席を立った分隊長達がテレポーターへ入って行く。
未だ腰掛けたままの亮に、立ち上がった唯は微笑を浮かべる。
「随分と菜々さんを買ってくれてるのね」
無視しているわけでもなさそうな亮は、後頭部で手を組んだまま天井を見上げる。
「…………俺は、雄二とずっと一緒にやってきてなー。あんな表情のあいつを、初めて見
た。恐怖がべったり貼りついてたんだ。ブレイブとのエキシビジョンでも仏頂面だったあ
いつがだぜ? 俺には、それだけで十分すぎる理由さ」
そう、と一言だけ呟くと、テレポーターへと歩を進める唯。あと一歩の所で、ようやく
立ち上がった亮へと振り返る。
「さあ、早く戻りましょう。皆が待ってるわ」
「ああ、そうだな」
隣に歩み寄った亮と共に、二人のアバターはテレポーターの光へと消えて行った。
「全くよ。何でサポートありなんだよ」
男女混合の分隊用ブリーフィングルームで文句を垂れている菜々に、瑞希は苦笑した。
今回のイベント戦は非公式で、実力よりもエンタテインメント性が重視される傾向にある。
サポートと呼ばれるシステムもその一つで、殺害人数に応じて、偵察衛星からの情報や、
指定地点への爆撃といった特典が得られる。全てのプレイヤーが一つ選択でき、高難易度
なものほど、恩恵も大きい。しかし逆に、プロの世界では実力を軽視しているとの理由か
ら禁止されている。アマチュアの中でも相当なプロ志向の菜々は、サポートありのルール
に嫌悪感を抱いている様子だった。
そして、いつもと変わらないように振舞う菜々に、瑞希は確かな変化を感じた。それを
探すように、菜々を注意深く観察する。
気が付いたのは朝。いつもと全く同じに見える菜々は、纏う空気が変わっていた。これ
は長い時間を共有してきた瑞希だからこそ気がつけた事である。だが、それは良い方向へ
の変化だった。鹿野に敗れるまでの脆さを感じさせる雰囲気は無く、ほどよいしなやかさ
が添加されていた。
自分の心配が杞憂に過ぎなかったことに安堵すると共に、心強い戦友の帰還を予感した。
凝視していた為か、コンソール辺りを触る菜々の目が、瑞希へと向く。
「ああ、もうこれでいいや。…………うん? どうした、瑞希」
「ううん。嬉しいの」
首を傾げる菜々へ、なんでもないと返す瑞希。そうか、と一言返し、菜々は手に握るM
21の調整を始めた。
自分の準備が完了していた瑞希は、漫然と視線を漂わせる。すると、自分の装備リスト
らしきものを見ながら腕を組む魅鈴が目に映る。
「萌抜さん。どうしたの」
近づき、声をかける瑞希。困っている人間を放っておけないのも、瑞希の性質だった。
「今回の装備について悩んでいました。今まで通りM82で戦うか、香織と同じ軽機関銃
にするか。スナイパーが三人も居ては、チームのバランスが悪いかと」
「M82にしとけ」
迷う魅鈴に声をかけたのは、調整用のダイヤルを弄り続ける菜々だった。その傲慢な態
度が気に入らないのか、魅鈴の隣に立つ香織は、あからさまに不機嫌な表情になっている。
「対戦相手、分隊のリストを見てみろ」
言われたとおり対戦相手のリストを確認する二人。瑞希も自分のコンソールからリスト
を確認すると、そこには見たことのある分隊名が記されていた。元々プロのトーナメント
に参加していたそのチームは、特殊な戦法を取る事で知られている。香織はニヤリと笑み
菜々を見た。
「なるほど。そういうことね」
「そういうことだ」
珍しく意見の一致した二人が、不気味な笑みで見合っている。瑞希は仲が良くなったと
楽観し、更に視線を泳がせた。ふと、準備を行う鹿野と目が合った。昨日の今日で、すぐ
に目を逸らす鹿野の反応に、気恥ずかしさがこみ上げてくる。同じように視線を外す瑞希。
視界の端には、一連のやり取りを見ていたらしい菜々がだらしなくにやけていた。頬を膨
らませ、意地の悪い幼馴染に無言の抗議を行うも、菜々は一向に笑みを崩そうとしない。
「さあて。もうすぐ始まるぜえ? 準備はいいかあ?」
テレポーターから姿を現した亮が、全員を見渡す。瑞希も同じように周りを見回すが、
菜々以外はほぼ準備が完了しているように見えた。だが、つい今まで自分をからかってい
た菜々は、再度狙撃銃の調整を行っていた。全員の視線が集まっている事に気がつき、た
め息と共にダイヤルを消す菜々。
「ああ、大丈夫だ。いつでも出られるよ」
先輩である亮に向かってぶっきらぼうに答える菜々。対する亮は、腕を組んで菜々を見
返していた。
「頼むぜえ? 霧海と雄二が今回のキーマンだからな…………さあ、行くぜえ」
テレポーターの行き先を会場に切り替え、亮は男子を、唯は女子を引き連れ、青白い光
りの中へ入っていった。最後になった瑞希は、テレポーターへ入りかける菜々の背中へ、
そっと手を当てる。振り向いた菜々が、滅多に見せない優しい笑みで振り向いた。
「ほら、行くぞ。瑞希」
「うん!」
先に入った菜々へついて、瑞希も、青い光の中へ踏み込んだ。
光の先は、薄暗い荒野だった。晴れとも、曇りともつかない天候。一呼吸するだけで気
管が干からびるかのような、乾燥した空気。背の低い雑草が茂り、植物は大気に水分を搾
り取られ、風に揺らされるたび、枯れた音を立てていた。
そして、同じように戦場へと集まってきた県内の兵士達。開始まであと百秒足らずで、
百四十四名、ほぼ全員が戦場へ集まっている。各分隊は転送された一定のエリアから出ら
れないが、それらが横一列に並ぶ様は壮観である。
開始位置の左端、自軍の旗に最も近い位置に転送されたFPS部のチームは、各人が黙
々と自分の装備を点検している。戦場に移動し、自分の狙撃銃が調整できてない為か、菜
々は未だに自分のM21の機関部を弄っていた。
そこへ、チェイタックを担いだ鹿野が近づいてくる。口を開く直前に、瑞希へ視線を投
げかける鹿野。瑞希は励ますように、満面の笑みで大きく頷いた。
「持ち替えたのか?」
たった一言ではあるが、声をかけられた菜々は直ぐに反応した。
「ああそうだ。鹿野先輩を倒すために、な」
鹿野に対して不敵に笑む菜々は、完全にいつもの調子だった。だが、ほんの僅か、言い
えぬ違和感が瑞希を包む。
正面を見れば、ついに開始まで三十秒。自分の得物であるM16を素早く点検し、ボル
トを後退させ初弾を送り込む。そして、慣れた手つきで予備の弾丸をマガジンへ込め、再
度本体へ挿入。
女子と男子の二班に分かれているFPS部は、それぞれの部長が班長を務める事になっ
ていた。班長である唯が、開始前に迎撃位置の説明を始める。
「皆聞いて頂戴。私達女子班は、フラッグの左翼を担当します。菜々さんと瑞希さん、私
で左方前方を。京花、紅条さん、トレンチの出口を。萌抜さんは……高台へ上って、反対
側のトレンチ入り口の偵察をお願いします。可能な限り、情報を集めて。 …………それ
じゃあ、始めるわよ!」
それぞれが肯定の意思を表し、カウントが零になると、それぞれの持ち場へと全力で疾
走する。
数十秒で目標地点へ到達すると、それぞれが好みの遮蔽物へポジショニングする。狙撃
銃を用意する菜々に、短機関銃を構える唯。
敵の開始位置及びフラッグは八百メートル以上離れており、開始から数分の間は、静か
に過ぎていった。序盤に敵を発見する可能性は極めて低いが、静かに前方を見渡す二人は、
流石に経験豊富なプレイヤーである。
しかし瑞希は、今まで自分が前方に構えていた為に菜々と肩を並べて戦う事は殆ど無か
った。違和感を感じ、唯へと目配せする。
「すみません。その、少し前に出ても良いでしょうか?」
問われた唯は、見慣れた微笑で答える。
「あまり離れなければ構わないわ。だけど、こちらの射線に入らないようにね」
「はいっ」
菜々も瑞希のスタイルを熟知している為か、異を唱える事は無かった。素早く前方へ出
ると、後方の二人から死角になっている場所に、斥候らしき敵兵が潜んでいる事に気がつ
いた。
「右方、植え込みの影に敵1。排除します」
『了解、気をつけて』
唯からの許可を聞きながら、静かにM16を構える瑞希。光学サイトを嫌い、狙いにく
いと揶揄される鉄製のサイトで敵を透かす。
しかし、敵の潜む位置は瑞希から二百メートル以上離れていた。相当な訓練を積んだ兵
士でなければ命中させられない距離。だが瑞希は、躊躇いなく、トリガーを三度引いた。
小気味よい発砲音と共に、敵兵へ飛翔する弾丸。必中とはいかなかったが、瑞希はたっ
た九発の弾丸で、今大会初の犠牲者を生み出した。
『ナイスショット。流石だな、瑞希』
ジャーナルへ戦死のログが流れると同時に、菜々からの通信が入る。
『左方の一部は私から見えないから、そちらからお願いね、菜々ちゃん』
『了解』
阿吽の呼吸で、菜々との連携を見せる瑞希。数々の戦場を渡り歩いてきた瑞希は、相当
な数のプレイヤーを倒している。だが、瑞希が倒されることは直近の一年で皆無だった。
敵を一方的に殺戮する不落の小さな殺害者。瑞希は、総重量五十キロにも満たない、歩く
要塞と化していた。
「…………いた」
開始から数分。自陣左翼の先端に立つ瑞希は、新たな敵兵をいち早く発見する。装備か
ら、同じように戦況偵察にやってきた斥候と判断した。
「正面、土壁の右端に……ぐう…………ううっ……?!」
分隊用のチャンネルへ情報を流そうと口を開いた途端、身体が重くなり、同時に起きた
激しい痛みに襲われる。立っていることもままならない状態で、重力に抗えぬまま、瑞希
は片膝をついた。
『瑞希? どうした』
菜々からの通信が入るも、あまりの苦痛に顔を顰め、言葉を発することもできない。
『おい、瑞希。瑞希!』
菜々から再度通信が入る。応答したくとも、身体どころか口すらまともに動かず、ただ
痛みに耐える事しかできない。
辛うじて動く右腕を持ち上げ、コンソールの端に置かれた切断ボタンを押下し、試合会
場から退出しようと、ボタンに指を伸ばす。
"そいつはやめておいたほうがいいぜ。フヒヒ〟
頭の中へ直接響いてきたのは、非公式の試合では使われない、審判用に設けられた特別
回線からの声。瑞希はその男の声に、聞き覚えがあった。痛みに必死に耐え、小さなうめ
き声をたてる瑞希の声を聞いてか、回線の男は下品に笑う。
”ヒヒ。いいザマだなあ、MIZUKI0031。今のお前の身体は、俺の支配下にある。
クク…………くれぐれも、負傷と電脳接続に気をつけろよ? もしかしたら、本当に死ん
じまうかもしれないからなあ。まあ精々、相棒のNANA0031に頑張ってもらうんだ
な。クヒ、ヒヒッ〟
額から垂れてくる脂汗を拭う事もできない瑞希を嘲笑う男。
しかし、言う事を聞かない手足とは裏腹に、瑞希の瞳は生気を失っていなかった。
憤怒。
今まで対戦相手に対して抱かなかった感情を、彼女は初めて籠田へ向けた。籠田の事は
好ましく思っていなかったが、それでも諦めず、策を練っては自分達に向かってくる姿だ
けには、好感を持っていた。
だが、遂にレギュレーションすら無視した行為に及んだ事で、瑞希は籠田に怒りを覚え
た。正面から向かってこない事への怒り。
「おい、瑞希。 大丈夫か瑞希!」
異常事態を察知したのか、最も近くに居た菜々と唯が駆けつけた。同時に、瑞希の発見
した斥候を直ぐに確認し、ツートリガーで射殺する。
背中を丸め、痛みに耐える瑞希に、狼狽する菜々。
「電脳ハック、なの?」
部長の質問に、瑞希は力を振り絞り、一度頷いた。
「おい、おいおいおいふざけるな! どういう事だ! クソッ、クソッ!」
「菜々さん落ち着いて。先ずは安全に切断を…………」
錯乱する菜々を宥めながら、対処を提案する部長に、瑞希は静かに首を振った。籠田の
言う事を信じるならば、自分がアバターから降りる間に、脳へ深刻なダメージが与えられ
る可能性がある。今のままアバターから降りる事は危険だと判断した。
「ふう、ふう…………な…………な、ちゃん」
「な、何だ、瑞希。どうした?」
目で訴える瑞希に、菜々が急いで駆け寄る。膝をつき、口元へ耳をつける菜々。
「かご、た…………さん。ななちゃん…………ぐうっ……やっつけ、て。ぐ、うう……」
「籠田って…………おい瑞希。しっかりしろ! 瑞希!」
言い終わるや、力尽きたようにうずくまる瑞希。そして、籠田の仕業だと知った菜々は
今まで見たこともないような形相で立ち上がった。
「あんの…………野朗! ぶっ殺してやる!」
「駄目よ菜々さん」
「これが! 落ち着いていられるか――」
致命的な状況にも関わらず、唯の口調は冷静そのものだった。だが、その表情を見た菜
々は、顔を強張らせた。そこには、蝋人形のように表情を凍りつかせた唯が立っており、
その背中から垂れ落ちるのは、怒りの念。
「安全に降りられないのならば、他の手を講じるしかないようね。亮ちゃん?」
唯は左手でインカムを操作し、分隊用のチャンネルへ声を乗せた。
『どうした、唯。何か問題が?』
「瑞希さんが電脳に攻撃を受けてる。私と亮ちゃんで対処します」
『電脳に攻撃だあ? 冗談、ではないようだな…………被害者は巌一人だけか?』
『今のところは。恐らくそうよ。だけど、電脳にどんな細工をされているのかわからない。
こんな回りくどい手を使ってくる人間だから。もしもの時の為に、瑞希さんを護る人間が
必要ね』
『そう、だな。おい百野』
『は、はひ!』
突然の指名に、引き攣った声で応答する京花。
『お前に指揮権を預ける。一発たりとも巌に通すな。わかったな?』
『は、はい!』
「それと、他の分隊にバックアップを頼みましょう」
『いや、そいつは駄目だ』
唯の提案を、亮は即座に却下した。
『今回はかなり特殊な陣形でやってるんだ。一度決めた作戦を変えるとなれば、大幅な戦
線の変化が起こる。移動している間にできた綻びから一人でも通せばおしまいだ。知らせ
るのもよくないな。他分隊の不安を煽る事は避けたい。今は何より、処置が終わるまで戦
場を安定させる事が最優先だ。万が一こちら側に大量の敵兵が移動してきた場合に限り、
分隊単位での支援を要請するべきだ』
「…………わかったわ。皆聞いて」
唯は再度、分隊へ呼びかける。
「十五分で手を打ちます。その間、何としても瑞希さんを護って。お願い。……亮ちゃん。
行きましょう」
『ああ』
ゆっくりと部長のアバターが消えていく。
唯と亮が話している間にも、辛うじて冷静になった菜々は、周囲の警戒を行う。ろくな
遮蔽物もない瑞希を庇うように、辺りを見回した。
『…………鹿野君。巌さんについてあげて。貴方と霧海さん、二人の射程が一番長いわ。
紅条さんはトレンチ出口の封鎖をお願い。萌抜さんは紅条さんについて、反対側のトレン
チ入り口に何人侵入したか報告を。雷門君は男子を連れて一度合流して下さい。
私と男子で右方の隙を埋めます。それと、情報が錯綜しないよう、戦場の報告は分隊長の
私へお願いします。情報を整理し、必要に応じて伝達します…………皆さん、お願いしま
す」
両部長が戦場から退出して僅か数秒。唯の背中に隠れていた人間とは思えない程に、各
員へ指示を行う京花。割り振られた配置に異論は無く、チャンネルにはただ、指示する京
花の声と、肯定の意思を示す各員の応答だけが流れる。
幸か不幸か。瑞希の危機に、男女のFPS部は一つになった。




